アウトキャスツ・バグレポート

    1. 第3章 伽藍方式

  • ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

    4

     
     満身創痍の折花と市川を発見した守代は、すぐにカエル荘に2人を連れていった。
     幸いどちらも息はしているけれど、どちらも虫の息状態だった。
     守代は部屋に籠もっていた巡了を呼び出して、2人がかりで市川と折花をベッドに運んだ。
     部屋から出てきた巡了は、はじめ乗り気ではなかったけれど、市川と折花の状態を見るなりすぐさま救出にあたった。
    「それで……本当に救急車は呼ばなくていいんだな?」
     ようやく2人をベッドに寝かすことができた守代は、静かに横たわる折花を横目に、巡了に尋ねた。
    「ああ。それはきっと彼らにとっても不都合なはずだ。あとのことは伽藍方式に任せた方がいいだろう。なに……心配はいらない。治療なら私がした……といっても応急処置程度だけどな」
    「そ、それならいいんだけど……」
    「ああ、だからもう私たちには関係ない。放っておけばいいさ」
     自暴自棄気味に背中を向けた巡了に、守代はやるせない気持ちになった。
     突然、意識を取り戻した折花が口を開いた。
    「そんな悠長なことを……言ってる、時間は……ない」
    「き……気がついたんですかっ、折花さんっ」
     いつから意識を取り戻して守代達の話を聞いていたのだろうか。守代は立ち去ろうとする折花の手をとった。そしてうわごとのように言葉を紡ぐ。
    「は、ハガクレ・チェバスサン……あ、アイツは今にも、あなた達を……殺しにくる」
    「……なに?」
     反応を示したのは、巡了だった。
     折花は続ける。
    「アイツはとんでもない化け物……アイツは能力は分からなかったけど……無敵だ。す……全てにおいて、最善の手を選択している……。まるでこっちの動きを予知しているようだった。か、かすり傷すら与えられなかった……あ、アナタ達には絶対に勝てない……」
     折花がたどたどしく語る、ハガクレ・チェバスサンの恐ろしさ。全てにおいて最善の手を選択しているとは、どういう意味なのか。ヤツはどんな能力を有しているのか。
    「あ、アタシ達は……い、命からがら逃げてきた……市川先輩がかばってくれたから、アタシのケガは先輩ほどじゃないけれど……でももう戦うことは……ごふっ!」
     折花の口から大量の血が吹き出た。
    「折花さんっ! しっかりして!」
     守代が折花の手を握りしめたが――澤木折花は再び意識を失った。
    「そんな……なんてことだ……そんなにも強いやつが僕達を狙っているなんて」
     眠っている折花の傍に寄り添う守代は、うなだれた。
    「…………」
     だが、自分には関係ないといった風に窓の外を眺めていた巡了は。
    「……もう用はないだろう? 私は出ていっていいよな?」
     そう冷たく言い放って、部屋を後にしようとした。
    「ちょっと待って……僕の部屋まで来てくれよ。話がしたいんだ」
     守代が巡了を呼び止めた。
    「なんだ。また私にお説教でもするつもりか?」
     振り返った巡了は、不機嫌な顔で守代を睨む。
    「ううん。違う……僕が君にとやかく言う権利なんてないよ。……実は、さっきまで僕も泣いてたんだ。君と同じように、この世界なんてどうなってもいいって思ってたんだ」
     守代は情けない笑顔で巡了を見た。
     巡了は黙って、守代の顔を見ていたが。
    「……話ならリビングでいいだろ。どうせ鳳明里もいないんだから誰にも聞かれる心配もない」
     巡了は無表情でそう言うと、そのまま階段を降りていった。
     守代は部屋を出る前に折花の寝顔をみて、静かにドアを閉めた。
     守代は誓った。もうウジウジ悩む時間は終わりだ。今からは前に進むと。だから見守っていてほしいと――。
     守代はリンネに誓った。


    inserted by FC2 system