アウトキャスツ・バグレポート
第3章 伽藍方式
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3
守代の人生は拒絶という一言に集約されていた。
そして今回、守代はそれを実感した。彼はこれ以上ない最悪の結末でまたもや世界から拒絶されたのだ。このカエル荘こそが、守代がずっと求めていた場所だと思ったその矢先に、こんなにもあっけなくどん底に突き落とされた。
守代は自暴自棄になっていた。巡了のように世の中を恨んだ。巡了にあんな綺麗ごとを言っておいて、その実自分こそどうでもいいって気持ちになっていた。
少しでも遠くに行きたい――守代はよろけた足取りで、カエル荘を出た。空の色は春らしく澄んだ青色をしていて、守代にはそれが気に食わなかった。ますます自分が世界から否定されているような気がした。
守代はフラフラと歩いた。あてもなく、カエル荘から少しでも遠くに離れるように歩いていった。
今頃市川と折花はどうしているのだろう。守代はふとそんなことを考えたが、すぐに頭を振った。どうせ、自分には関係のないことなのだ。
やっぱりはじめからこんな事に関わるべきではなかったのだ。それこそリンネは守代を拒絶するべきだったのだ。自分みたいな人間なんかが首を突っ込んだから、リンネは命を落としたのだ。自分さえいなければ――。
守代は後悔した。取り返しのつかないことをしてしまった。選択肢を間違えてしまったのだ。もう一度やり直したい――彼は何度も心の中で叫びながら、ふとこの気持ちがいったい何に起因するのか不思議に思った。
「いや……考えるまでもない……こんなの、最初から分かってたじゃないか……」
守代は、情けないくらいに弱りきった声をあげた。
現実離れした銀色の髪。現実離れした赤い瞳。現実離れした真っ白な肌。どこまでも綺麗で、どこまでも優しく、現実なんかをどこまでもぶっちぎった、器が大きいなんて言葉では片づけられない程の――特別な女の子。
守代が一目見たときから感じた胸のときめき。
「僕は……リンネさんのことが好きだったんだ……」
守代のこの気持ちは恋だった。
一目惚れだった。彼は初めて会った時からリンネに恋していたのだ。
「リンネさ……ん」
その名前を呼ぶだけで、我慢していたものが耐えきれずにこみあげてきた。もう駄目だった。抑えきれなかった。
「り、リンネさん……リンネさんっ……うああ、あああ……っ」
守代は泣いた。嗚咽を漏らして思いきり泣いた。泣かないと決めていたけれど無理だった。
幸い、守代が今いる場所は何もない道のただ中で、彼以外に人の姿もなかった。でもそんなこと関係ない。たとえ人がいてもいなくても、今はただ感情のままに泣いていたかった。
これが守代刻羽の初恋と――失恋だった。
しばらく泣いていた守代は、やがておぼつかない足取りで再び歩き始めた。目的地などなく、ただ無意識のままに歩いていた。
すると見覚えのある自販機を見つけた。それはカエル荘の近くにある自販機だった。あてもなくフラフラ歩いていたら、いつの間にか戻ってきていたらしい。
「……なんだよ。結局戻ってきちまったのかよ……なんて滑稽なんだ」
拍子抜けした彼は、そういえば喉が渇いているなと気がついて、お金を投入してボタンを押すが。
「くそ……まだ壊れてるのかよ」
飲み物は出てこなかった。守代は苛立ちと情けなさを感じつつ、くるりと体の向きを変えた。
――その時、道の向こうから何かがゆっくりとこっちに近づいて来てるのが見えた。よろよろとしたおぼつかない足取り。危なっかしくてついつい見てしまうその姿。
近づいてくるそれを、守代は目を凝らして見た。守代はそれを知っていた。
「――あ」
それは――澤木折花だった。そして彼女の背には、市川右近の姿があった。2人とも満身創痍といった風貌で、服はズタボロに破れ、体のいたるところから出血していた。
「なっ……さ、澤木先輩っ」
その異様な姿に驚いた守代は、まだ涙が乾いてないのも気にせず折花達の元へと走った。
「あっ。と……刻羽く、ん」
市川を背負って片足を引きずりながら歩く折花は、守代に気づいた途端、血だらけの顔を綻ばせた。
「先輩っ! ひ、ひどい……どうしてこんな目に……っ」
「よ、よかっ……た。刻羽く……ん。無事……だった」
守代の姿を見て安心したのか、市川を背負ったまま折花は地面に倒れた。
「大丈夫ですか先輩っ。何があったんですか、先輩っ」
守代はすぐに折花のそばに駆け寄り、その身を抱き起こした。
「負けた……アイツには、勝てない」
守代の膝の上に頭を載せられた折花が、蚊の鳴くような声で言った。
「な、なにを……先輩?」
混乱している守代には一瞬、折花が何を言っているのか分からなかった。
「アイツは……来る……キミを狙って……やってく、る」
そして折花は、ガクリと意識を失った。