アウトキャスツ・バグレポート

    1. 終章 拒絶体質の能力

  • ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

    ――――

     
     ――あたりは淡い光に包まれていた。
     明里が消えた際に放った、光の残滓が神社を漂っているのだ。
     その光はまるで、この場にいるものを優しく抱きしめているような感覚だった。
     その中で、守代は感じた。
    「刻羽クン」
     守代はその、どこまでも暖かい声に聞き覚えがあった。
     それは確かに、リンネの声だった。
    「り、リンネさんっ。リンネさんですかっ!?」
     まばゆい光で周囲の様子が分からない。守代は必死に叫んだ。
    「ああ、そうだ。ワタシだ。ご無沙汰だな刻羽クン。といっても数日ぶりだけどな。はっはっは」
     リンネらしい、のんきな言葉が返ってきた。
    「や、やっぱり生きてたんですねっ。ど、どこにいるんですかっ」
     マイペースなリンネに対して、守代はそんな悠長な雑談している余裕はなかった。
    「いや……残念だけどワタシはどこにもいない。ワタシは死んだのだからな」
     どこか寂しそうな、言葉だけが返ってきた。
    「そ、そんな……でも今、僕と話してるじゃないですか」
    「それは君が頑張ったから、奇跡が起こったんだよ。君と同じような事はいま、メグちゃんにも起こっているよ。ワタシはこうやって刻羽クンと話しているように、メグちゃんとも同じように話しているんだ。そういう類の、奇跡だよ」
     リンネの穏やかな声がした。
    「いや、それすごく適当じゃないですか。ほんとは何かあるんでしょう。なんなんですか」
     納得できない守代が問いつめたが、リンネは。
    「はははっ。いいじゃないか、奇跡で。それとも君は本当にそんな事が知りたいのかい? 伽藍方式のようにプログラミングとかバグとかデバッグとか……そんな風に普通の人間にも分かるような理由を強引にこじつけて君を納得させられる事もできるけど……でも、そんなこと、知っても知らなくてもいいことじゃないか。世の中には分からないことがあるんだ。一つの答えを得ることで無限にある他の可能性を殺すことよりも、分からないなりに奇跡ってことにしておいた方が素敵なときもあるってワタシは思うな〜」
    「…………」
     鳳明里は全てを知ろうとしていた。だけど知らないことを知らないままにしておく……その方がいいことも、もしかしたらこの世界にはあるのかもしれない。
    「そうですね……はは。リンネさんって言うことは滅茶苦茶なのに、妙に説得力がありますね」
    「そうだな。なんせワタシは究極の魔女だからな」
    「それ関係ありますか」
    「う〜ん……ないな」
     と言ってリンネの快活な笑い声が聞こえると、守代もつられて笑った。究極の魔女なんてものを抜きにして、やっぱりリンネには不思議な力を持っていると守代は再確認する。
     リンネはしばらく笑ったあと、それより刻羽クン――と、声の調子を変えて言った。
    「君はワタシにいろいろ聞きたいことがあるんじゃないのか? 刻羽クンは頑張ってくれたから、特別に何でも答えてやるぞ。なんならさっきの質問でも構わないぞ」
     それこそ、まるで世界の全てを知っているような口ぶりだった。
    「…………」
     だがリンネからそう言われた守代は、黙り込んでしまった。
    「どうした? いっぱいありすぎて逆に困るか? はっはっは」
     リンネはまた笑った。顔は見えないけど、守代はその表情が頭にくっきりと思い浮かんだ。無垢な銀髪の少女の笑顔を。
    「……リンネさんは、僕が好きですか?」
     リンネの笑い声に紛れるようにして、守代が言葉を紡いだ。
    「え……その質問の意図がいまいち……」
     リンネの困惑気味の声が返ってきたとき、守代は――。
    「僕は……僕はリンネさんが好きなんです!」
     守代は、リンネに自分の気持ちを伝えた。それは、告白だった。
    「え、はは……こ、こりゃあ驚いたな。まさかそんな質問がくるとは」
     台詞こそ茶化した風だが、それは冗談ではなくて、リンネの言葉には本当に動揺の色が伺えた。それはまるで、等身大の少女そのものだった。
    「答えて欲しいんです……リンネさんは、僕のことをどう思っているか。僕の告白に、答えて欲しいんです」
     守代の表情は真剣そのものだった。
     リンネからの答えはなかなか返ってこず、守代はじっと答えを待っていた。守代にとってはそのことが他の何より知りたかった。ほんの数秒の刻が、無限の時間に思えた。
    「うん。それはだな――」
     と。無限に等しい数秒の沈黙を破り、ようやくリンネの声が耳に届いた。
     そして守代に、その答えが告げられる。
    「―――――――」
     …………。
     リンネからの返事を聞いた守代は、じっとしてその場を動かなかった。
     そして口元に、微かに笑みを浮かべた。
    「……他に訊きたいことはあるかい?」
     動かない守代に、リンネからの言葉がきた。
    「ありません。僕がリンネさんに訊きたいのはそれだけです。でも……強いて言うなら――カエル荘に戻ってきてくれませんか? これは……質問じゃなくてお願いです」
     守代の声は落ち着いていた。期待はしていない。最初から返事なんて分かっている。
    「……すまないがそれはできない。でも、寂しがることはないぞ。ワタシはいつでも、君たちのそばにいるんだ」
    「……そんな月並みな言葉で、僕は納得できませんよ……できるわけ、ないじゃないですか」
     守代の声は震えていた。でも、涙は流れていない。せめてこの間だけは、涙を流したくなかった。
    「ふふ、そうだな……君は強いな。では……刻羽クン。そろそろさよならだ」
    「……」
     守代はなにも言えなかった。
    「もし――これはもしもの話だけど……こんな事にならなかったら、あるいはワタシは刻羽くんのことを……いいや、なんでもない……」
     微かにそう聞こえて、温かい光が消えていく感覚がした。
     守代は何も言えなかった。何かを言おうとしたらそれはきっとリンネを困らせるものになる。だから守代は何も言えなかった。
     そのまま、リンネはどこかへ消えた。
     見えてはいないけれど、守代は確かに実感した。優しさに包まれていた空間が、寂寥としたものに戻っていた。
     そしてまばゆい光がおさまるといつの間にか世界には夜が訪れていた。寂れた神社がいっそう寂しい雰囲気を醸し出していた。
     その中を一人、守代は月を見上げながら佇んでいた。
    「さようなら」


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