アウトキャスツ・バグレポート

    1. 終章 拒絶体質の能力

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    「安心してください、巡了さんは大丈夫ですわ。ただ、少しの間寝てもらって頂きたかったのですわ」
     まるでおしとやかなお嬢様のように、気品ある言葉遣いで、鳳明里は言った。
    「な……な……んで、鳳さんが……」
     夕暮れの空を背景にして鳥居の上に立つ、ここにいることがまったく予想外の人物――鳳明里を見上げて、守代は言葉を失っていた。
     まるで木の葉のようにふぁさりと鳥居から飛び降りて、鳳明里はにこやかに言った。
    「うふふふ。守代様。どうしたんです、そんなお顔をして……。そんなにわたくしがここにいるが不思議ですか? もうっ、これまでの展開から大体は予想していて欲しいですわね。意外性なりなんなりを考えたら、わたくしが登場することは予想できるじゃないですか。わたしは死にキャラじゃあないんですわよ」
     鳳明里のその口調や佇まいは、市川右近や澤木折花のように、守代が知っているカエル荘の住人とは違う少女だった。
    「鳳さんがなぜここに……それにその物言い……。ま、まさか鳳さんも伽藍方式の……っ」
    「うふふ。何を言ってるのでしょう。わたくしをあんな、謎を盛り立てるためだけに存在してるような、そんな薄っぺらい組織の人間だなんて……不愉快ですわね。ああ……ちなみに、勿論ですがわたくしはハガクレの仲間でもありませんわ。……うふふ、ハガクレも馬鹿な奴でしたわ。せっかく運命を司るタイプの能力があるっていうのに、物語の渦に自らを投じるなんて……いくら世界を変えるチャンスだからって、こんなステレオタイプな悪役を演じても殺されるに決まってるじゃないの……ふふ」
     鳳明里は愉快そうに顔を歪めていたが、眼鏡の奥の瞳はまったく笑っていなかった。
    「……君が今回の黒幕なのか? 君の目的は……なんなんだ?」
     ようやく思考がまともに働くようになった守代は相手を探るような口調で尋ねた。
     鳳明里から返ってきた答えは意外なものだった。
    「黒幕? とんでもありません。これはリンネ様が望んでいたことなのです。わたくしはただ、その意志を遂行しただけですわ」
     落ち着いた、丁寧な口調で鳳明里は告げた。
    「……な、何を言ってるんだ、鳳さん。な、なんでリンネさんが……」
     鳳明里の口から出た名前に、守代は驚きを隠せない。リンネの意志? これがリンネが望んでいたものだというのなら、リンネは自らの死を望んでいた――と、鳳明里は言いたいのか。
     鳳明里はため息を吐いて、物わかりの悪い生徒に言い聞かせるように話した。
    「……守代様。あなたはまだリンネ様がどれだけ偉大か分からないから実感が沸かないでしょうけど……リンネ様という存在は生死すらも超越してるのですよ」
     恍惚ともとれる表情を浮かべて語る鳳明里のその姿は、まるでリンネを崇拝しているかのようだった。
    「なんだよ、生死を超越ってっ……そ、それはもしかして、リンネさんは死んでないってことなのかっ! リンネさんは生きてるのかっ!?」
     思わず守代は、食いつくように鳳明里へと身を乗り出す。
    「ふんっ……だから、そういうレベルの話ではないのですよ。わたくしが言っているのは、そういう低俗な世界の話をしているんじゃあないんですよ……」
     今度は幻滅するような表情を浮かべた鳳明里。
    「何を言ってるんのかさっきから全然分からないっ。だから結局あんたは何者なんだよっ」
     守代は鳳明里の話についていけなかった。これまでのどの人物よりもわけの分からないことを言っている。こんなのとまともに相手する必要なんかないと彼は思い始めていた。
    「…………ふぅ。そうですか、まともに相手にする必要のない人物ですか……さすがにそんな認識をされるのは……まずいですわね」
     困った様子で鳳明里は考え込み始めて、
     そして口を開いた。
    「――わたくしの能力は、地の文を読むことです」
     はっきりと、淀みのない口調だった。
    「え……?」
     守代はその言葉の意味を理解するのに少々時間を要した。
    「って、じ……地の文だって? なんだ……それは」
     いきなり能力を宣言されて守代は面食らった。なぜ突然、そんな事を話すのか。いや。だがそれ以上にもっと面食らったのは――その能力の内容。地の文を読むとは……?
    「このままでは話しが通じないと思われ、守代様に相手にされなくなると困りますから。だからわたくしの能力のことを話しました。能力の内容は説明しづらいですわね……なにしろ、ハガクレ同様、わたくしの能力はこの世界に直接干渉するものですから、あなたには認識できないでしょう……。だけどとにかく――読むこと、なのです」
     鳳明里は守代が一瞬にして思った疑問に答えるように、的確な説明をした。まるで心の中を読んでいるかのような答えだった。
    「読むって、何を……」
    「えぇ、やはりそういう顔をしますよね。それが普通ですよね、分からないでしょう。いえ……決して馬鹿にしているわけではありませんわ。だって分かるわけがありません。世界の内側にいるあなた達には、理解できる範疇を超越していますから。そう……この世界に生きている者で、それを理解できる方がおかしいんですよ。わたくしだってそう思いますもの。だからわたくしは……ずっと一人で生きてきましたもの」
     その言葉はまるで、守代に対するものというより、もっと別の、不特定多数の誰かに説明するような話し方だった。守代を見ているようで守代を見ていない――。
     戸惑う守代を置き去りにして、鳳明里は流暢に言葉を続けた。
    「わたくしは孤独でした。この能力ゆえに余計なものが頭のなかで一杯でした。誰もわたくしの事を理解できるはずがない。わたくしは、世の中にとって必要のない存在なんだと思っていました。諦めていました。……なのに、そんなわたくしの前に、あの人が突然現れたのです。わたくし以上にずっとずっとおかしい、あの人が」
     ここにきて初めて鳳明里の表情が緩んだ。初めて鳳明里の素顔を垣間見た。その遠い視線に、誰かの顔を見ているような顔だった。
     守代には分かっていた。他人をこんな顔にさせる、美しい少女のことを。
    「それが……リンネさんか」
     鳳明里の能力に関してはよく分からないが、鳳明里がリンネを大事に想っていたことは十分理解できた守代。……だってリンネは、誰もに影響を与える人物だから。
     鳳明里が、視線を守代に戻して囁くように言った。
    「あなたは……リンネ様を見て考えたことないかしら? 異物(マザリモノ)を狩ると言っているリンネ様こそが、世界の常識から最もはみ出した存在じゃないかって。つまり……リンネ様こそが異物なのかもしれないって」
     とつぜん話題を変えた鳳明里。
    「そ、それは……」
     言われてみれば確かにそうなのだ。守代は今まで考えないようにしていた。
     そう。異物(マザリモノ)よりもなによりも、リンネの存在そのものが守代にとっては一番の謎だったのだ。究極の魔女という、現実離れした存在が。
    「うふふ……そうなのですよ。究極の魔女であるリンネ様は、正真正銘の異物(マザリモノ)なのですわ。というより……そもそも市川右近や澤木折花のような伽藍方式の人間も……そして勿論そこにいるリンネ様の出来損ないの妹、天乃廻巡了も、みんなみんな世界から拒絶された異物なのですよ」
    「なん……だって」
    「ふふ……その様子なら自覚はないみたいですね。そうやって驚いてますけど、守代刻羽様。そういうあなたも異物(マザリモノ)なんですよ。言うまでもなく……かくゆうわたくしも、そうですわ」
     鳳明里は、周りの人間すべてが異物(マザリモノ)だと断言した。
    「それは……どういうことなんだ」
    「だってそうじゃないですか。世界の常識を逸脱した者を異物(マザリモノ)だと呼ぶのなら、わたくし達はみんな異物ですよ。普通の人間はこんな物語とは一生無縁です。いえ、こんな物語は本来あってはならないのです。この物語に関わっている全ての存在が異物なのです。だから、いうなればリンネ様やあなた達は、異物同士で殺し合っているのです。同族を殺し続けていたのですよ」
    「で、でもリンネさんが戦ってた相手は、世界を脅かしていたからで……」
    「そうですわね、確かに一理ありますわ。ですがわたくしは思うのです……リンネ様は、存在しているだけで世界を脅かしているんじゃないか、って」
     それはつまり。天乃廻リンネは究極の魔女であると同時に、究極のバグであるというのだ。
     そうだとしたら、この世界から1番消えなければいけないのはリンネだということ。なら、リンネが死んだのは――。
    (もしかしたらリンネさんは始めから全部を知ってて……)
     一つの仮説に気付いてしまった守代は、声を落として訊いた。
    「教えてくれ……リンネさんの目的はなんなんだ。そもそもこれがリンネさんのシナリオだとしたら……どうして彼女は死んだんだ」
    「――だってそりゃあ、面白くないからでしょう」
     守代の質問に鳳明里はあっさり答えた。
    「……え? お、面白くない……って、なんだその滅茶苦茶な理由は」
     てっきりリンネは世界の脅威である自分がこの世から消え去るために殺されたのだと思った守代。だが鳳明里から返ってきたのは意外すぎる答え。守代は冗談かと思った。
    「冗談ではありませんわ。あなたにリンネ様の考えは理解できませんよ。ですが、教えないとフェアではありませんものね……。謎は適度に回収しないといけません。教えましょう。リンネ様は……はっきりいって無敵すぎるのです。きっとリンネ様がいればどんな物語もあっという間に、あっけなく終わらせてしまうでしょう」
    「……物語?」
    「つまり今回の一連の出来事ですわ。リンネ様がもし力を失うことがなければ、すぐに異物(マザリモノ)を消滅させて終わってました。だからリンネ様は、物語を面白くさせるために、この物語からわざと退場なされたのですわ」
    「……そんな、そんな理由で死んだっていうのか……バカな……他にもっと……他にもっとやり方があったろう……そんなわけ分からないことで死ぬなんて……」
     自分がいたら物語が盛り上がらないから死ぬ。確かにそれによって、守代や巡了、さらには市川や折花など伽藍方式をも巻き込んだ壮絶な戦いが行われたわけだが……それでも、果たしてリンネが死ぬ必要があるのか。
    「物語を盛り上げるという意味では、あなた達はよくやってくれましたわ。まぁ及第点でしょう。きっとリンネ様の期待にそえられたと思いますわ」
     死んだら期待もなにも意味ないじゃないか――守代は舌打ちして鳳明里を睨み付けた。それは鳳明里に対し敵対する目だった。守代は鳳明里に対して怒りを向けていた。
    「なんなんだよそれ……そもそもなんでそんな物語が必要なんだよっ! なんでリンネさんは死んでまで物語を盛り上げる必要があったんだよ! そして……お前はどうするつもりなんだっ! このタイミングで僕達の前に現れてこんな説明をするのには、何か意味があるんだろっ!?」
     怒りを剥き出しにする守代に対し、気品ある佇まいを崩さない鳳明里は。
    「うふふ……」と、微笑して両手を広げ空を仰いだ。
    「よくぞ訊いてくれましたわ! そうです! わたしは、この瞬間を待っていましたっ! 答えはこれから、守代様自身で体験して頂きますわ! いまが物語のクライマックス! 今がここぞという時ッッ! 期は熟しましたっ! ええ、ええ。わたしは今こそ、この世界を越えた向こう側へと馳せ参じましょう!」
     眼鏡の奥の見開かれた瞳は、狂気の色に濁っていた。
     突然変貌した鳳明里。これから何をするつもりなのか。守代が身構えようとした時。
    「――ち、違う……姉さんは……違う」
     と、巡了の声がした。守代が後ろを振り返ると――そこにはずるずると地面をはいずって来る、巡了の姿があった。
    「あっ……め、巡了っ。気がついたのかっ」
     守代は巡了によびかけたが、巡了は聞いてない様子で、
    「ね……姉さんは、姉さんはそんな人間じゃないっ! お前に、お前に何が分かるんだっっ!!!!」
     巡了は立ち上がることもできないくらい満身創痍だったが、そんなこと関係ないというくらいに、鳳明里に対して怒りを剥き出しにしていた。
    「ふん、そんな姿になりながらも威勢だけはいいのですね。無力な者ほど吠えるといいますが……ほんと、リンネ様と同じ血を分けた妹とは思えないくらい出来損ないですわね、あなたは」
    「くっ……なにをっ! ぅっ……ごぷっ」
     大声をあげたせいか、巡了が大量に吐血した。
    「ふふ……屑が。何もできないのにしゃしゃり出るからですわ」
     石ころを見るような目を巡了に向けていた鳳明里は、しかしすぐにどうでもいいといった感じで視線を守代に移した。
    「それに比べて刻羽様……あなたはなんと素晴らしいのでしょうか。リンネ様の血にぴったり馴染んでいる! この物語にぴったり馴染んでいる! まるでリンネ様を見ているようですっ! さすがリンネ様が主人公に選んだわけですっ! わたくしは感動すら覚えています!」
     くるくるとその場で回り始めた鳳明里。
    「主人公? だから何を言ってるのか――」
     守代は怪訝な表情を浮かべる。ついていけない。彼女の存在は守代の許容範囲を超えている。
    「だから守代様には分からなくていいのですよ。だけど説明だけはしてあげますわ。あなたにではなく、分かる誰かに向けてです。わたくしはね……知っているのですわ。わたくしの能力ゆえに、この世界の秘密というものが何かを!」
    「――世界の秘密?」
    「うふふ。思いませんか? わたくしが地の文を読める能力だというのなら……地の文というものが存在しているなら――この世界は誰かによって観測されているのですよっ。神の視点があるということなのですよ!」
     まるでそう語る鳳明里こそが神だとでも言わんばかりに、声を大きく宣言するように話す。
    「リンネさまはっ……リンネ様はそれをご存知なのですよっ。そして思っているのですよ。この世界の、向こう側に行きたい――と」
    「向こう側……なんだそれは?」
     彼女の言葉が理解できる者なんて、それこそこの世界にはいないだろう。それでも守代は彼女に続きを促した。まるでそうすることが物語の正しい道筋のような気がして。
    「うふふ……考えたことありません? この世界に、異物(マザリモノ)なんて存在がいるのなら、そしてそれが間違ってこの世界に生み出された存在だというのなら……本来それがいるべき世界があるってことじゃありませんか?」
    「それが、向こう側……別の世界……異物(マザリモノ)のいるべき世界……」
     それが地の文を読むという、世界の構造そのものを壊さんとする能力ゆえに至った鳳明里の仮説。別世界の存在。
    「これは仮説ではありません! リンネ様と出会ったことでわたくしは確信したのです! わたくしのこの能力は、このためにあったのだと! わたくしは……向こう側に行きます! そしてその鍵は、リンネ様の命を与えられた守代様にあります! さぁ守代様! 見せてください! わたくしを、向こう側に連れて行ってくださいっ!」
     大げさに身振り手振りをかざしながら叫んだ鳳明里は、守代の元へとゆっくり近づいてきた。
    「な、何をするつもりだ。僕にはなにも――」
     鳳明里の意図がまったく分からない守代はただ戸惑うだけだった。
    「この世界は誰かの手により創られた舞台です。誰かによってプログラミングされた世界だからこそ、バグが存在してるのです。わたくしは、こんな不具合だらけの汚れきった世界なんかじゃない、完璧な本当の世界へと向かいます」
     呟きながら守代の元にやって来た鳳明里は――彼の胸を拳で貫いた。
    「ぐっ――っっっっ!?、ぐッブアアアアああああああああああアアアアアッッッッ!!!!」
     前触れのない突然の激痛に絶叫する守代。
     しかし鳳明里は表情一つ変えずに、守代の胸の中にある手をグるリグるリと動かすと――やがて胸から手を引き抜いた。
     その手には、守代の心臓があった。
    (い、いったい……何を、するつもりなんだ……)
     リンネの命のおかげで、心臓を抜き取られてもまだ守代はかろうじて生きていられた。
     あまりの激痛にむしろ痛覚をなくした守代は、虚ろな瞳を目の前に立つ鳳明里に向ける。
     守代の心臓を手にした鳳明里は、愉悦に浸りながら宣言した。
    「あはははははは! これでわたくしは世界の外側に、リンネ様の元へと辿り着くのです! 天乃廻巡了! ここで指をくわえて見てなさい! わたくしの存在は今こそ上昇するのです!
     この世界を越えた別の世界にっ。開発者の側に! ここよりももっと完璧で素晴らしきセカ――」
     鳳明里が天空に向かって叫んだ。
     だが――。
    「が、だが……って? って、え? あ、あれ? あれれれれっ?」
     突如。鳳明里の体がピタリと停止した。なにも、変化なんて起こらなかった。
    「て、停止ですって? なにも起こらないって……ど、どうして……な、なにがっ?」
     鳳明里にも分かっていないようだった。地の文を読む能力といっても、彼女もしょせん物語の登場人物に過ぎないのだから。
    「えっ? な、なにをバカなことを……わたくしは登場人物だなんてそんなくだらない存在じゃない。わたしはっ」
     と。さっきから一人で何もないところに向かって話している鳳明里。
    「や、やめてっ! そんな、わたしをピエロみたいに扱わないでええええ!」
    「さ、さっきから一人で何を言ってるんだ……」
     守代は呆気にとられた顔で、鳳明里を見ていた。心臓すらも再生するらしく、胸に空いた守代の傷はみるみる塞がっていった。
    「再生っ? そんな馬鹿なっ! リンネ様の心臓で扉が開くんじゃなかったのっ!? なんでわたしが、こ、こんな扱いなんて……そんな、リンネ様……わたしを裏切るというのですか……わたしを消すというのですかっ」
     少しも動けずにいる鳳明里の体が、徐々に薄く半透明になっていった。
     鳳明里が、この世界から消えようとしていた。
    「……なんだか分からないけれど、裏切ったのはあんたの方だろ」
     鳳明里になにが起こっているのか分からない。だけどそれが、守代の答え。理由なんて単純だ。
    「リンネさんは、僕やお前がカエル荘の一員になったことを本当に喜んでいたんだ……」
     守代は歓迎会の夜、新入生に対するリンネの笑顔を思い出した、だからそれだけで十分だ。
     だけど鳳明里はそんなことも知らないで――ただ狂乱していた。
    「な、な、なんでですかあああっっ! わたしは、わたしはただ純粋に……! な、ならっ……ならせめてっっっ」
     もはや守代の言葉が耳に入っていない鳳明里は、どんどん透明に消えゆく体で、それでもどこかに向かって弁明めいた言葉を放った。
    「こ――これはわたくしのせめてもの願いですっ。ここまで世界に肉薄したのですっ。いいでしょう!? 最後に答えを……答えを教えてください! ここまで物語を進めたのですからっ。一つのクライマックスまで到達したのですからっ。わたしに……真理を教えてくださいっ!」
     鳳明里は何もないところに向かって……まるで神に対して乞い願うように叫んだ。
     しかし鳳明里。それは――無駄なのだ。
    「……へ? な、んで」
     鳳明里の地の文を読むという能力。
     それは既に殺されている。
    「え……な、なんですってっ! な、なんでっ! 誰がッ!」
     それは――守代刻羽の能力。
    「かっ、守代刻羽がっっっ!? なぜっ。だって彼の能力は……っ」
     守代刻羽の能力。それは単に死ににくいという性質ではない。それはただリンネから借りた一時的な体質に過ぎない。そしてハガクレの能力を無効化するという能力でもない。いや……厳密に言えばそれは能力の発動結果による一つの効果でしかない。
    「そんなまさかっ! な、なら守代刻羽の能力はいったい……そ、それにわたしとどんな関係がっ」
     冥土の土産に教えてやろう。
     守代の、この世界に対して持っているプログラミング能力は――拒絶。
    「拒絶?」
     彼に自分に敵対するあらゆるプログラミング能力に対して、それぞれの最善策を、本人の意思に関わらず自動的に発動させるという能力である。
    「……?」
     つまり例えば――ハガクレの能力は自分の前に選択肢が出現し、それをじっくりと判断できる――というもの。だからこの場合、相手の能力を拒絶する守代の能力は――ハガクレがどうあがいても、絶対に最悪の結末に至る選択肢を選んでしまう、という能力になるのだ。
    「まさか。そんな……守代刻羽の能力は……相手の能力によって変わる……対処するために最善のチカラ……そんな」
     だから、鳳明里。お前が地の文を読むという能力を持っているならば、守代のそれに対する拒絶は――地の文での攻撃。だから今この文章は、お前にとって毒でしかない。
    「な、なに……そんなふざけた文章はっ……る、ルール違反よっ!」
     ルールなんてものは誰かが勝手に作ったものに過ぎない。お前はもう、自分にとって都合のいい文を読みとることはできない。世界を識ることはできない。
    「ま、まさか……わたしは地の文に嫌われたから、それだけで消されるのですか……わたしは、わたしはこんな世界ごときに……」
     これ以上、世界のルールを破るんじゃない。これ以上、彼らを混乱させるのはやめろ。
    「か、彼ら……彼らって誰……?」
     識る必要はない。お前は――この世界で朽ち果ててろ。
    「え――? あ、あっ……あっ。あああああああああああああっっっっっ」
     ――そして鳳明里は、壊れてしまった。
     抵抗する意志をなくし、彼女はなすがままにぐったりと脱力した。その体は、ヒドゥイヤロやハガクレの時と同じように、砂粒のようになって徐々に崩れ始めた。
    「……なにが起きてるんだ」
     ただならぬ鳳明里の様子を見ていた守代は、一歩も動けずにいた。
     世界から消えつつある鳳明里は、まるで廃人のように虚ろな目をしている。
     そして。
    「…………わたしは、負けました。完敗しました」
     もうどうすることもできなくなった鳳明里は、うなだれたまま敗北を認めた。
    「え、なんで……なにがどうなって」
     気がついたら、何もしてないのに勝手に負けていた鳳明里。既に全ては終わっていた。状況が分からない守代だった。
    「……うふふ」
     守代たちに視線を移した鳳明里は、小さく微笑んでいた。彼女の体は、もうほとんど世界に留めていなかった。
    「……あなたは分からなくていいのですよ、刻羽くん。言ったでしょう? わたしはあなたとは違うのです。だけど……これで終わりじゃありませんよ。だってリンネ様は――」
     鳳明里は最後まで言うことはなく、強烈な光が弾けるように、その体が完全に消えていった。鳳明里は、世界の意志によって消されたのだ。これが、異物(マザリモノ)の運命。
     その世界のルールから大きく逸脱した者は、排除される運命にある。
     だけど消えゆく前に守代に見せたその顔は、守代が知っている、同じカエル荘の仲間である明里の、消極的な笑顔だった。


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