姫の夢を叶える要

第二章   走るオモイ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 目が覚めた時、そこは俺の部屋で――そこにはオヒメが読書に耽っている姿があった。
「あら、おはようカズマ」
 それは俺が厳重に隠していた秘蔵のむにゃむにゃな本だった。
「なんでお前がその本をっ!?」
 バカな! 誰にも見つけることは不可能なはず! 一体どうやってその黄金の秘宝を!?
「あら? ここの家族全員が周知の事実をなにをいまさら」
「周知なの!? みんなにばれちゃってるのっ!?」
「当たり前じゃない」と、すっかりいつもと変わらないオヒメが涼しそうな顔で答えた。
「ところで、あなた何か変わったところはないかしら?」
「え? いや……っていうか、そんな場合じゃねぇ! あの後どうなったんだっ!? お前、体は大丈夫なのかよ!?」
 すっかり何もかも思い出した俺は、あの時の事をオヒメに尋ねる。
「うるさいわね……。私は大丈夫よ、あなたのおかげで。まぁ、でも私がピンチになった時、あなたがパワーアップして異物に立ち向かって倒したならもっと良かったのだけれども。というかそれが普通よ。少年漫画の王道よ。あなた小心者ね? 臆病者ね?」
「そんな無茶苦茶な……って、そうだよ! あの化け物はどうなったんだ!?」
「あいつは殺したわ」清々しい顔であっさり言った。
「こ、殺した……か。……ん? って俺のおかげってどういう事なんだよ? 俺何もしてないだろ?」
 臆病者とは認めたくないが、確かに何の役にも立たなかったのは事実だ。
「その事なのだけど……ごめんなさいカズマ。あなたはあの時に死んでしまったの……私が、あなたを殺した。」
「え?」
 俺が死んだ? ここは天国なのか?
「正確に言えばあなたと私があの状況から生き延びる為にあなたを一度殺さなくちゃいけなくなったの」
「どういう事だよ? 冗談はよしておくれよ」俺死んでないし。
「冗談じゃないわ。つまりあのままだったら二人共死んでいた。だから私はあなたの命を貰って力を回復させて奴を倒したの。そしてあなたを再生……いえ、あなたは私に命を与えた事で私と同化した事になったの。こんな事悔しいけどあなたが初めてよ」
 そして一応言っておくわ、と流れるように話していたオヒメの顔が少し紅潮し、少し口をつぐんで――。
「ありがとう」
 オヒメは、もしかしたらとてもかわいい女の子かもしれないと初めて思った瞬間だった。

 どうやら俺は死んだらしい。どうやら俺はもう人間じゃないらしい。どうやら俺はオヒメと一心同体らしい。
 と、言われても到底信じる事ができない。というかオヒメの言うことの90%以上が信用出来かねる類のものばかりであった。勿論俺は自分の体が今までと何か変わったところはあるかと言われても、何かを感じる事はおよそ一つもなかった。だから俺はまた平凡な生活を享受できるようになったと思っていた。
「そうはいかないわよ」
 オヒメが焼きそばパンを頬張りながら言う。
「……なんでお前がここにいるんだ」
 サンドイッチを囓りながら俺は言う。
 昼休み。学校の屋上で昼食を食べているといつの間にかオヒメの姿が隣にあった。制服姿だった。
「たまには屋上で食べるのも悪くないわね」
 とか言っている。
「なんで馴染んでんだよっ!?」
 ついに学校にまで浸食してきたよ!
「今までとは状況が変わったの。私達はなるべく一緒にいた方がいいからわざわざ私が学校にまで来てあげてるのよ。感謝しなさいぼけ」
 さらに暴言がばかからぼけに進化していた。てーれっててー(レベルアップの音)。
「はぁ、先が思いやられるよ」
 ……と言っても俺は内心とても嬉しかった。こんな可愛いオヒメと学校でも会える。学校に友達のいない日陰者の俺にとっては正にオヒメは救世主だった。オヒメ制服姿も可愛いよオヒメ(はぁと)。
「……はぁと」
「って、勝手に俺の頭の中を改変してんじゃねぇ! 俺まるっきり変態じゃねぇか!!」 いや、確かに制服姿のオヒメはめちゃくちゃぷりち〜なのは否定できない……。
「こうして制服姿の君と話してるだけでもボクの頭の中が沸騰しちゃうよ〜約5秒前」
「考えてないから! 俺そんな事考えてないからね!? 誤解されるような発言はやめてくれるっ!?」
「なによ、友達いないくせに」
 ぐさっと俺の心に鋭利な刃物が約5p。
「ほっとけよ! そんなの俺の勝手だろ! っていうか何でお前が俺の学園生活を熟知しているんだよっ!?」
 こいつは俺の心を傷つけるその道の達人ですか?
「はぁ。あなたと話してると、ようやくゲットできた購買部人気ナンバー1の焼きそばパンの味も落ちてしまう。……だからね、カズマ。私が言いたかったことは、出来るだけ一緒にいるってことは、つまり異物殺しにあなたにも付き合って貰うということよ」
「はぁ? 突然何いってんだ?」
「言ったでしょ、聞いていなかったの? つまりこれからは私とあなたは一心同体なの」
「え……ええ!?」
「あなたも一緒に今夜から狩りに出かけるわよ」
 サラサラな金髪ヘアーを風になびかせて、オヒメは微笑んだ。


 だからっていきなりこんなハードルの高そうなところに行かなくてもなぁ。俺まだレベル2くらいしかないんだぜ。
「……本当にここにあんな化け物がいるっていうのかよ」
 俺は視線を空高く上げた。
「ええ、直感で分かるわ、このビルのどこかに敵はいる」
 俺達は今、世界的に有名な鳳仙グループの本社ビルに来ていた。鳳仙グループが何の企業なのかはいまいちよく分からないが、とにかく誰でも知っているような有名ブランドだ。
「ったく、俺はもうあんな危険な目に遭うのはごめんだからな」
「大丈夫よ。あいつはもう死に体、殺しきれなかった残りカスみたいなものよ」
「だったらいいんだけどよ……」
「さっさと終わらせましょ。8時からの世界珍獣大集合を見逃すわけにはいかないのよ」
「そうだな、お前そういう番組好きだもんな……じゃ時間も暗いし、ちゃちゃっと行こうぜ」
 お前こそ珍獣だろ、とは口が裂けても言えなかった。
「って、思ったわね?」お前は超能力者か。
「帰ったら殺すわよ?」
「まさに行くも地獄帰るも地獄だな」
 俺達は鳳仙ビルへ侵入した。
 そしてこれが俺とオヒメとの長く、長い、別れとなった――。

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