姫の夢を叶える要

 第一章 廻る世界 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

9.  7/7 未来

 
 何が起こったのか奏目には分からなかった。緒姫に抱きつかれた瞬間に何かが起こったとしか。ようやく視力が正常になった時に奏目が見たものは、誰の姿もないさっきまでと同じ、学校の屋上だった。
 東の空、並ぶ建物の間から太陽が昇るのが見える。朝日だ。
「また……なの」
 何度もこの現象を経験している奏目は今の状況を直感的に理解できていた。さっきまで太陽は自分のいるほぼ真上にあったのだ。だとしたらやはり……。
「これで3度目のタイムトラベル……か。はぁ」
 さすがに3度目ともなったら驚きも多少は軽減していた。
 しかしこの時、奏目はまだ気付いていなかった。本当の恐怖がここから始まることを。
「とりあえず学校から出るか……」
 状況の確認のために奏目は校舎内へと戻る事にした。
 やはり今の時間は早朝である。どこの教室にも、校舎全体にも人の姿はなかった。
 学校から出た。やはり人の気配はなかった。
 なんとなく、奏目は異様な気がした。いくら早朝だからといって誰もいないなんて。
 そう、奏目には知り得るはずがなかったのだ。終わりを――。

「なんだかおかしい……」
 あてもなく街を歩き続けた奏目はようやく異常に気が付いた。
 かれこれ1時間くらい歩いているが、人が誰もいないのだ。とりあえず奏目は人通りの多い駅前に行ったがやはりここにも人の姿はなかった。
「絶対おかしい。おかしすぎる……とりあえず家に、家に帰ろう……」
 帰宅するため電車に乗ろうと駅の中に行くが、やはりここにも人は誰もいない。駅員も。無人だった。当然この状況で電車などくるはずもないだろう。奏目は駅を後にした。
「なんで誰もいないの……」
 と、途方に暮れていた時だった。救いの人物が現れたのは。
「あっ、奏目さんじゃないか〜っ! おいす〜♪」
「へ? し、四季方さんっ?」
 振り返るとそこにいたのは奏目のクラスメイトであり、おとなしい奏目にとっては数少ない友達の一人、四季方杜岐の姿があった。
「四季方さんなんでここに……?」
「それはこっちの台詞……って、えぇ〜!? ちょっとそれは酷いよ〜! まるでアニメの録画予約したけど、最終回だけ野球中継が延長して録画失敗しちゃったみたいな〜」
 よく分からないし、長すぎるし、全然上手くない比喩を使う杜岐をとりあえず無視して、奏目は返答する。
「酷いって、何が……?」
 奏目には、杜岐の動揺する理由に思い当たる節がない。
「え〜、わっ忘れちゃったの!? ここに来いって言ったの奏目さんだよぉ〜。ひ〜ん」
 とうとう泣き出してしまった杜岐。フリだけなんだけど。
「何言ってるの? そんな事言ったっけ?」
 それどころじゃない奏目は、あっさりスルーして尋ねる。
 ここ一連の事件のせいでスルースキルの上がった奏目には隙がなかった。仕方なしとばかりに、杜岐は渋々ながら説明し始める。
「2日前に学校近くの駅に集合って奏目さん言ったじゃな〜い。しかも始発時間って」
「え……ええ?」
 勿論、奏目はそんな事実知らない。ということは……。
「……んあー。まぁいっか。だって最後なんだしね……でもまさか本当にこんな事になるなんてねー。あたしもまだ完全には信じられに〜よ。アンビリーバボールペンだよ」
「……え? こんな事? 最後?」
「せめてやり残した事をやろーかな〜と思ってたんだけどなんか今更じたばたしても一緒かなって……。っていうか……ここまでスルーされるとさすがに傷つくんですが……あたしも一人のか弱い人間なんですが……」
「さ、さっきから何を言ってるの四季方さん……」
「あっ、えとね、アンビリーバ……」
「あ、ギャグじゃなくて最後とか信じられない事とかそっちの方」
「……ですよね。ってか……いや、え? 知らないの? 何って、今日がその日なんでしょ? つーか奏目さんが教えてくれたじゃん。だからあたしもその気になってんのに」
 何を言ってるのかしら、この子は……と、短めの髪を揺らしながら首を傾げる杜岐。
「だから……なにを、言ってるの……?」
 それでも奏目は、何も把握できない。
 杜岐が目を細めて、子供に言い聞かせるような声で言った。
「なにって、今日7月7日だよ? 世界が終わるんでしょ、今日」
 ――それは奏目の知る世界から3日後のことであった。


 世界は誰がために在るのか。いくつもの世界。終わるためだけのものに意味はあるのか。世界の価値は誰も知らない。だが――ついにこの時が来た。
 そう、繰り返す終わりの輪廻。未だリフレインからは抜け出せない。そしてまた世界に終局が訪れる。


 奏目は杜岐と共に学校へ向かっていた。それはひとえに杜岐が奏目に告げた信じられないような話を確かめに行く為だ。奏目は今回の時間移動は前の2回とは比較できないほどの異常にあると感じていた。とにかく今の状況が一体どうなっているのかが知りたかった。
「だから、電車はちゃんと動いてるよぉ。え? 人がいない? 気のせいっしょ。元々こんなもんっす。街は普通っす。……世界の終わり? もしや奏目さん記憶喪失じゃね? や……うん、だって3日前位からなんか言ってたじゃん、奏目さん。あたしも最初は信じられなかったけど……ほら見てみ?」
 どこにあったのだろうか、杜岐が奏目にチラシを手渡す。いや、よく見れば地面に紙が、さらにそれも含めて、ゴミが辺りに散乱していた。
 杜岐の言う話は荒唐無稽で奏目には理解の範疇を超えていた。情報を知るどころかますます分からなくなった。たった3日の間で一体何が起こったのだろうか。
 ――チラシにはこう書かれていた。本日7月7日世界は終わります、と。……依然街には、人がいなかった。
 やがて2人は目的地に辿り着いた。
 先程杜岐は、街は普通だと言った。だがその言葉は間違っていた。少なくとも学校は。
「な、何これ……どうなってるの」
 奏目が目の当たりにしたものは瓦礫の山。別の言い方をすれば学校の残骸であった。
「なんで……なんで学校が無くなっているの……だってさっきまで……」
「だから言ったでしょ。っていうか何言ってんのさ? ここは2日前からこんなだったじゃん?」追い打ちの如き杜岐の言葉。「奏目さんこんな何もないとこに何しに来たの」
 ――完全に歯車が狂っていた。今までのおかしな時間の移動2回は時間こそ飛んでいたが、結局はそれだけの話で、あとは人も物もいつもと同じで、そう、同じ世界だったのだ。同じ世界でただ時間だけがずれてしまっていただけだったのだ。
 だが今回は違った。世界のステージ自体が違う。3日でここまで世界は変わるのか? いや、それよりなぜ学校が崩れているのだ。奏目が学校の屋上で目を覚まして街を歩き、また戻ってきたらこの様だ。現実を遙かに超えている。
 奏目は頭がパンクしそうになっていたが、それでもその時瓦礫の中で何かがキラリと光るのを見逃さなかった。
「あれは……鏡……?」
 瓦礫の山の中から顔を覗かせる大きな鏡。見覚えがある。それはまさに、
「踊り場の鏡……!」
 私立弧乃華高校七不思議のひとつ、先日奏目が夜に見たそれだった。奏目は導かれるように瓦礫の山へと向かった。
「って、奏目さん。なにやってんのっ! 危ないっちゅーのっ!」
「いや、ちょっとなんか気になって……」
 導かれるように奏目は鏡を瓦礫から出そうとコンクリートの欠片の山を掘っていく。
「もう、奏目さんホント最近どうしちゃったのさ〜。じゃああたしも用事できたしそろそろ行くから、危ないことはやめときなよ! ばいなら」
「え、用事って?」手を止めて、何気なく問う奏目。
「おっ、とうとうツッコんでくれたよ……。いや、うん。奏目さんと会って、ここまで来て……それでちょっとやり残したことを思い出して……というかあたしのやりたかった事、かな……世界の終わりだから、ね」
 その時の杜岐の表情は、いつものお調子者のそれではなかった。強いて言うなら奏目がこの世界に飛ぶ直前の、杜岐と奏目が似たもの同士だと言った時に見せた寂しそうな顔。
「さらば友よ」
 手を振って、うっすらした笑顔で杜岐はその場を立ち去った。
「ふ〜ん……」
 特に奏目は気にすることもなく鏡を掘り出す作業を再開し、間もなく完了した。掘り出した鏡は倒壊した建物の影響のせいかひびだらけで、今にも割れそうだった。
「見たところやっぱり普通の鏡だけど……」
 奏目は自分でもなぜこの鏡が気になったのか分からなかった。ただこの理解不能な状況の中、なにか少しでも手がかりが欲しかった。
「っても……なにもないよね。だよね……」
 と、奏目がため息をついて鏡面に触れた時、鏡が光った。
「うわっ!?」その眩しさに目を瞑る奏目。
 辺りを照らす強烈な輝きは、一瞬のものだった。世界に色が戻る。しかし……、
「……」ゆっくりと奏目が目を開いていくと目の前には信じられないものがあった。それはこれまで体験した怪現象でも一際奇怪な存在といえた。そう、これまでの時点では。
「なっ、ボ……ボク?」
 桑崎奏目の目の前に現れたものは、桑崎奏目であった。
 もう一人の桑崎奏目の姿は蜃気楼のようにおぼろげだった。パニックになる奏目。鏡に映る自分の姿かとも考えたが、
「鏡じゃ……ない」それは明らかに立体的であり、2次元的なものではなかった。
 一歩も動けない奏目の前で、同じく動かない奏目の姿をしたものはゆっくり口を開いた。
「キミか……この世界での救世主は……」
 奏目の姿をしたそいつは言う。
「しゃ、喋った!? おっお化けっ……?」
 固まっていた奏目は驚愕の反応。対するもう一人の奏目は落ち着いた様子だ。
「ボクはお化けじゃないよ……。キミはいちいち驚きすぎだ。こんなに非日常な状況が続いているに……これくらいのことはもう慣れておいて欲しいところだ」
 やれやれとポーズをとるそれは意外と親しみやすさを感じさせる話し方だった。
「……でも、驚くななんて無茶だよ。目の前に自分がいるなんて……。いや、それより……君は一体何者なの!?」
 それでも奏目は不思議とそれほど恐怖を感じていなかった。理由無き安心感があった。
「……そんな事はいいんだ。いや、ボクは君に対してそれを言う事ができない、が正解かな。時間もあまりない。キミはもっと知らなくちゃいけない事があるんじゃないの?」
「え……なにを……?」
 混乱する奏目にはさっぱり分からない。
「ふふっ、キミは本当に鈍いな。いいかい? キミはこの数日間、常識では考えられないような事件に遭遇してきんだろう? 数々の疑問があるはずだ。ボクがいま教えられる範囲で真実を話してあげるよ。キミはそれを聞かなければならない。それがボクたちの望みでもあるから」……ま、まさかこいつ。
「……。全部、知ってるの? 教えてよっ一体この街はどうなってるの! どうしてボクばっかりこんな目に遭っているの!? 今までの事も、全部っ!」……。
「……今、この世界にとてつもない危機が迫っているんだ。それはキミも薄々感じているんじゃないかい?」
 興奮する奏目をなだめるようにそいつは優しく語り出した。
「……信じられないけど」
「簡単に言うとね、もうすぐ世界は終わるんだ。そしてそれを救えるのはキミだけ。だから君には不思議なことが起こった。それは必要なことだったからね。いうなれば世界の意志がそうさせた」
「せ……世界が終わるって……そんな! それにどうしてボクなの……? どうしてこんな事に巻き込まれなきゃ……」
「おやおや、心外だな。キミは心のどこかで望んでいたんじゃないのかい? 毎日の鬱屈とした人生に変化が欲しいと。自分からは変わる努力をせずに都合のいいドラマを。そんな受動的な変化が。日々の退屈から脱却し、人生を非日常なものにしてくれる何かを」
「……」奏目は何も言えない。
「図星だね、やっぱり。なんでって、ボクはキミの事なら何でも分かる。だってボクはキミなんだから……。いや、今のは気にしないで。みんなそんなもの、ないものねだり。自分にないものに憧れるのさ。今のキミが安息を求めるように。人間は勝手な生き物さ」
 それは誰もが持つカタストロフィー願望。
「……分かったよ。確かに君の言うとおりだよ」
「そうだね、ボクにも時間はないから、ね。ボクがこうしてこんな形でいられるのもあとわずかだから端的にいくよ」
「……うん、分かった」
「詳しくは言えないけどこの世界はわかりやすく言うと偽物の世界なんだ。そして偽物の世界はしょせん幻想だから壊れてしまう。それがこれから起こること」
「は……はぁ……ちょっとタイムいい?」
 いきなりのぶっ飛んだ話に呆然自失する奏目。だがそいつは構わず続ける。
「まぁまぁ、とりあえず話を最後までさせて。……で、じゃあ本物の世界はっていうと、それはちゃんとあった……いや、あったというより、この世界にとっての本物の世界っていうのかな……言うなればね、この世界の外側だよ。正真正銘の本物の世界なんてボクだって知らないんだ。いや……そんなモノそもそも本当に存在するのかも分からない」
「な……に? 本物の世界が存在しないって……?」
 さっきからとんでもない展開に、奏目は自分の頭がどうにかなりそうだった。
「まぁ、でもそれは関係ない話だから置いといて、話を戻すと……そう、この世界の外側だ。それで実はね……ある出来事が原因で、その外側の世界が壊れてしまったんだ。それでこの世界が本物の世界の代用となった……っていう風に思ってくれたらいいよ」
 えらく歯切れの悪い説明に、奏目は不信感を隠せない様子。
「……なんでそんなに遠まわしで曖昧でいいかげんなの? もっとはっきり教えてよ」
 こんな重大な世界の秘密、知りたいという欲望は抑えられない奏目。自分の姿をしたそいつに掴みかからんばかりの勢いだ。けれど、奏目の姿をしたそいつはひょうひょうと奏目を煙に巻く。
「残念だけどボクがキミにそれを言う事はできないんだ。言ったろう、世界は偽物だって。つまりは世界なんていうのは、意識の中にしか存在していない架空のものなんだ。だからこそ、世界を構成している共通意識体がその真相を知ってしまってはいけないんだ。知覚してしまう事でその可能性を消してしまう」
 意味不明だ。
「よく分からない……。つまりこの世界はボクの妄想、もしくは夢の中って事?」
「ちょっと違うな。う〜ん、強いて言うなら君を含め世界に存在するありとあらゆる全ての意識が創りあげた舞台、劇場ってとこかな。ここまでは分かる?」
「……なんとなくは。でも世界を創っている人間がこの世の真相を知ってはいけないってのはどういう事なの?」
「それを今から説明しようとしてたところさ。共同幻想で創られている世界には謎で満ち溢れている。宇宙の全てを説明する事はできないだろ? 実はそれで世界は保たれているんだ、知らない事によって」
「知らない事で、保たれる……?」困惑顔の奏目。
「構造主義って言葉がある。モラルや常識という暗黙のルールがなぜ、いつ、どのようにしてその地域に根付いたのか説明できないけれど、それでもそこで生きる人間は何の疑問も抱かず無意識のうちにその決まりを守って生活している。知らなくてもルールの中で生きている」
「よく分からないけど、それが何なの? 知らなくても生きてけるってこと?」
「はは、違うよ。でね……逆に言うとね、世の中には決して知ってはいけない事があるんだ。何かを認識する事によってその可能性を生み出してしまうから。始まりには終わりがある。だから可能性を生み出してしまう事は、同時に可能性を殺す事なんだ。真理をひとつ悟る事で世界を構成する要素をひとつ消してしまう。そして全てを理解する事によって縛り付けられていた世界から解き放たれて、夢は醒める……。つまり世界の消滅」
「知ることで世界が壊れる……そんな……」
「そうさ、生きることは可能性を殺していく事だ。ある世界に属するものはその世界の真理は決して知りえないし、知ってはいけないということ。ボクだって例外じゃなかった」
「この話こそが夢物語みたいだ……」
「いや、立派な現実さ。キミ達この世界の人間にとっては……。話を戻すけど、正しい世界が壊れてできたこの幻想の世界。でもしょせん偽物だから綻びが出てくる。それが今の状況。じきに破綻してしまう。それまでにこの世界を壊すことなく、正しく導くことによってこの世界が正常さを取り戻し、世界は本来のものに戻るってわけだよ。だから世界の安定を守るため、ボクはヒントまでしか出せない。特にキミには、ね」
「なんでボクが特別みたいな言い方をするの……? それに……そう、ボクが時間を飛んでしまう事もなにか関係があるの? 知ってるんでしょ全部」
「いや、結論を言うとね、時間なんてあってないようなものなんだ。現在も過去も未来も全て同一。本と一緒さ。本は好きなページから読み進められるだろ? この世界に限っていえばね、キミはなんでもできる。どのページだってめくる事ができるんだ。ただ、キミのあるべき場所へキミ自身が行っただけなんだ。世界の意思……いや、物語の意思に従って。そう、行こうと思えばどこへだっていつだって行ける。けれど……もう時間を移動することはないだろう。きっとキミにとっては……キミの物語にとってはこれ以上は必要のないことだから」
「なんで……ボクがそんな事を……」
 奏目は体を震わせながら泣きそうな顔で自分自身を見つめる。
「キミだからだよ。いくつもの終わってしまった世界、それを救おうとした者達……だから今度こそキミの手で。キミじゃなきゃいけない。キミが……鼎緒姫を止めるんだ」
 そいつの口から出たのは予想外の人物の名前。
「へ? 鼎緒姫? な、なんで? なんでここで緒姫が出てくるの?」
「それは鼎緒姫が世界の崩壊に関わっているからだと思う」
「お、思うって……」
「別に隠してる訳じゃない。実はボクにも具体的な方法やその他の詳しいことは分からないんだ。それが分かったら既に世界は救えていたはずだ」
 そいつは両手を上げて降参するようなポーズをとった。
「そりゃ、ごもっともだけど……そんな無茶な……」
「無茶を承知で頼む。ボクもできるだけキミに協力したいと思っている。その為にボクはここにいるのだから」
「そ、それじゃあ教えて。どうしてこの街には人がいないの? あと四季方さん……さっきまで一緒にいた人だけど……その人が言ってる事がおかしいんだ。街は昨日までと変わらないって……それとなぜ学校が崩れているの? さっきは確かにあったんだ。ボクが実際に中にいたんだから」
 奏目は待ってましたとばかりにまくしたてた。鏡の奏目も若干引き気味だった。
「そんなに一気に聞かなくても……。一つずつ答えるよ。人がいないのは世界が終局に近づいてるため因果が消えていき、結果、あらゆる事象が消えていってるんだと思う。まぁ、キミには分からないと思うけど。残った人達……四季方さん達は、世界から様々なものが消えていっているのと同じように、記憶も変化しているのだと思う。いや、世界が変わり、その人達も世界に合わせて適応している、辻褄を合せている、といったところか……それでこの世界では、ただ世界が終わるっていう事が認識されているのかも。……学校は君がこっちの時間に来た時にはもうなかったんだ。でもキミの下にあるその鏡の力が君に幻想の学校を与えてくれたのかも。つまりあの学校は幻」
 駆け足の説明。でも――どれも断定文ではなく、あくまで個人的見解だった。
「消えている……? 学校が……幻想?」
 だけど奏目はその話に食いついていく。
「あくまでもこれまでの経験上のボクの考えだけどね。……けどキミは例外だ。記憶が改ざんされる事はない。キミは特別……だからキミにしかできない。まずは協力者を捜して。いるはずだろ? この世界に詳しくてキミの行動を常に気にかけていた者が」
 協力者……それはスカイハルトや鳳仙舞亜の事だろうか……。
「けれどなによりも鼎緒姫を見つけるんだ。そして彼女を止めて。彼女が世界を消し去る張本人……。もう時間のようだ……世界はキミにかかってる。後は任せたよ」
そう言うと奏目の姿をした存在が蜃気楼のように揺らぎ薄らいでいく。
「えっ、そんなっ? まだ聞きたいことは山ほどあるのにっ」
「ふふ、キミと話せてよかった。そしてボク達の想いを君に託した………忘れないで、キミは一人じゃない。ボクはキミの中にいるから……過去も未来も関係なく……ずっと」
 そして奏目の姿をした存在はその姿を消していった。いや、今だから分かる。こいつは奏目の姿をしているのではなく……こいつは……。
「…………」
 
 奏目は瓦礫と化した学校跡でしばし立ち尽くしていた。言葉も出せなかった。
 それでも奏目は消化不良を残しながらも、とりあえず街まで行くことにした。帰る為に。
「本当は家に一度戻りたいんだけどこの様子じゃ無理だろうな……」
 誰もいない坂道を下りながら歩いてゆく。電車に乗らず、歩いて自宅までというのも無理なことではないが結構な時間がかかるだろう。
 だから奏目は再び街まで行ってみた……しかしやはりというか案の定ゴーストタウンだったが。そのついで、さっき杜岐と会った駅まで行き、電車が走っているか調べてみた、確かに杜岐の言うとおり電車は動いていた。乗客はおろか乗員も駅員も誰もいないのに。
「どうなってるんだよ、そんなの乗れるわけないじゃん……」
 仕方なしに歩き続ける奏目。すると次第に街の異変が感じられるようになってきた。
「な、なんてこと……」
 奏目は我が目を疑いたくなった。進んでいくにつれ街は壊れていた。まるでモンスターが暴れた後のようだった。そして、
「人だ」
 人がいた。しかもよく見ると奏目と同じ弧乃華高校の制服を着ている。さらにその人物がこちらに顔を向けた時――、
「え、宮崎さんっ?」
 確か奏目のクラスメイトである。あまり親しくはなく何回か会話した程度の級友だと思うが、この際人見知りがどうとか言ってられる状況ではなかった。奏目は救いを求めるように宮崎に走り寄る。
「桑崎さん……どうしたの? こんなところで」
「どうしたもこうしたもないよ。なんで街がこんな事になっているのっ?」
「え? 何が? 別に普通だけど……桑崎さん最近なんか変だね……」
 と宮崎が言った時、建物の影から「おーい」と声。
「めんごめんご。待たせちゃって」
 同じくクラスメイトの男子生徒がやって来た。
「あ、小暮く〜ん。遅刻だよっ! 待ってたんだからね〜」
 奏目を無視して、声のトーンを3オクターブ位上げて答える宮崎。男子生徒――小暮君――とは付き合っているのだろうか。いや、どうでもいいけど。
「小暮君も……いるの?」驚いた様子の奏目。
「あったり前でしょ。わたしたちこれからデートだから、ね〜♪」
「ね〜」
「……世界が終わるんじゃないの?」
 疑心暗鬼気味に聞いてみる奏目。その目には嫉妬心が見え隠れしている。
「ふ〜ん」と、宮崎はしかし特に何の感慨もない様子で答える。
「世界が終わる日にデートなんてしてる時じゃ……なんとか……なんとかしないとっ!」
 奏目は半ば混乱気味に叫ぶ。
「なんとかって具体的にどーすんのさ?」小暮が横から口を出した。
「そ、それは……」
 奏目に分かるわけがない。
「……もう桑崎さんの話には付き合っていられないよ」
「そろそろいこーぜ」
 それじゃ、さよならと二人はこの場を後にした。

 結果的に言えば奏目はその後も何人かに出会うことはできた。
 だがいずれの人間にも共通している点があった。
 それは――ひとつ、みな奏目が知っている人間であること。弧乃華高校の生徒が多かったのだが、同じ中学だった現在他の高校に通っている生徒や、何も高校生に限らず奏目がよく行くゲームセンターの店員や喫茶店の主人。店も奏目がよく通っている場所は普通に開店しているのであった。決して偶然で片付けられる確率ではなかった。
 そしてふたつ、その会う人間が、みなもうすぐ世界は終わるかもしれないというのにとりたててパニックになっているわけではなく、至って普段と変わらないような普通の日常生活を謳歌している感じであった。逆に奏目の方がおかしいぞとでもいわんばかりの冷ややかな目を向けられた。これも世界に併せた記憶の辻褄合わせというのか……。
「くっそ〜……こんな何もヒントのない状態で一体どうすればいいんだよ〜」
 街を歩き疲れ、半ば挫けそうな声で奏目が呟いていると、
「奏目クン」
 最近よく耳にする声がした。それは――九重アキラだった。
「いよいよ世界の終末だな。思えば君に会った時から俺達の戦いは始まっていたのかもしれんな。だが何もできなかった。俺達はただみているだけしかできないのか」
「先輩……」
 ここにきて、ついに奏目の味方が現れたようだ。
「受け取りたまえ、奏目クン」
 面白くなさそうな顔で、九重は奏目に紙の束のようなものを渡した。
「というか……新聞?」
「ああ、その辺からとってきた」
 ゴミが散乱した地面に目を向ける九重。だが奏目にとってこれは思わぬ収穫だった。今の状況を確認する奏目。
「今日は7月7日……」
 やはり奏目は学校の屋上で光に包まれた時から3日後の未来に来ているようである。そして一面にでかでかと目を引いたものが、
「世界の終わり……か」
 まるで小学校で作る子供新聞か何かのように思える非現実的な見出しだった。肝心の内容は、ただ本日中に世界が終わるとのみ書かれていて、なぜ終わるのか、どういう手段をもって終わるのか等は一切不明であった。
「こんなの信じられない……」
 奏目は呟きながら新聞をめくっていった。
 そこで一つの記事に目がいった。
「大量死亡事件……?」
「……ん? さすが奏目クン。我が超自然会の会員にふさわしい着眼点だ。3日前からこの街に住む人が次々と死んでいるんだ。本当だったら大きな話題になるところだが世界滅亡の前には連続殺人も霞んでしまうんだろうな」呆れるように言う九重。
「はぁ……」人が一定期間の内に度重なり死亡。偶然ではないのか。
「だが俺はな、奏目くん。そこにこそ世界終末との関係があると踏んでいるんだ。一見関係のないこの事件。だが実は見えないところで繋っているのだ」
 目を光らせて意味深に眼鏡を指で持ち上げる九重。
「繋がってるってなんでそんなことが……」
「ふむ……死亡、という言い方が悪かったか。この街ではいま大量殺人、事故、病気、そして失踪、その他多数の事件が相次いでいる。どれもバラバラで偶然と片付けたいがその件数が圧倒的なんだ。そして一見無関係に見えるこれらだが、実は全てに共通している事がある。人の存在が消えることだ、存在の消滅……ちょうど世界終末に合わせたかのようなタイミングで始まったのだ。それだけで俺には十分たる理由になる」
 それは……確かに異常だ。まさに世紀末。混沌。
「それで、先輩は終末に立ち向かうんですか……超自然会の会長だから」
 奏目はすがるような目で、救いを求めるような目で九重に尋ねる。
「そうだな……ああ、まだ俺は諦めない。超自然会会長として、世界は俺が救う。ありがとう、奏目クンのおかげで目が覚めたよ。俺は最後まで諦めない事にした」
 と、九重は何か吹っ切れたような、憑きものがとれたかのような顔になった。
「九重先輩? ボクのおかげって、ボクなんにもしてないんですけど……」
「……いや、君のおかげだよ奏目クン。世界を救うことができれば俺達は英雄だな。超自然会の力をみせてやろうじゃないか。俺は独自に調査を続ける……。少々危険だが一筋の光明がある。君は来ない方がいい……。そして気を付けろよ、この街には大量殺人鬼が潜んでいるからな……それじゃあ世界が救われたらまた会おう」
 にこりと笑う九重。少し儚げな顔に見えるのは気のせいか。九重は走り去ってしまった。
 また一人残された奏目は九重が言った台詞が気になり、手に持った新聞に目を通した。
 すると別の箇所に奏目の興味を引く記事がみつかった。しかも2つ。
「鳳仙ビル幽霊騒動……?」
 書かれた記事には見覚えのあるビルの姿がある。見覚えがあるのも当然、奏目の体感時間では昨日何度も訪れた場所であるから。
「これまでにも幽霊騒ぎや原因不明の爆発事故が起こったが、7月6日未明またしても事件が起こった……」
 奏目は声に出しながら続きを読み続ける。
「当ビルは倒壊の危険があるため封鎖されていたが、何者かがいるという通報や謎の発光現象が報告されている……」
 それで昨日警備会社が鳳仙ビルを調べに行ったところ事件があったらしいということだ。らしいというのは実際何があったのかは分からないのだ。調査に行った者達はみな記憶があやふやで、実態が掴めなかった……というのだ。なるほど。
 奏目は新聞から目を離そうとしたところで2つめの注目すべき記事が目に入った。
「淵渡岬……ここって、もしかして……!」
 ここにも見覚えがあった。学校の裏山、奏目が緒姫と会った場所だった。
「ここでも発光現象……」
 記事によると鳳仙ビルと同じく昨夜未明に謎の発光現象が起こったようで原因は不明と載っていた。
「発光……まさか……」
 奏目の頭の中のジグソーパズルがピタリとはまる。行くべき場所は分かった。あとはどちらに行くかだが――。

 半分廃墟と化した街で手掛かりを探しながらゆっくりと進むと目的地、鳳仙ビルへとたどり着いた。その道程で分かった事は、街は死んでいるという事を再認識しただけだ。
「ここのカフェは開店しているんだ」
 何気なくビルの向かいにあるカフェを眺めると、
「鳳仙さん?」
「……」鳳仙舞亜が屋外テーブルに腰かけていた。
「鳳仙さんっ、よかった……君に会えて」
 奏目は破顔して舞亜の元へ小走りに駆ける。まるで偶然街で恋人を見つけた時のよう。
 舞亜はそんな奏目に気付くと、特に表情を変えることもなく、
「ビルにはもう行った?」といきなり尋ねた。
「え? ビルってそこの? え? っていうかどうして行くって知ってるの……」
「分かった。まだ行ってないのね」
「これからだけど……いや、それよりこの状況は一体なんなの? この世界は……!?」
「……それはあなたがビルから帰ったら話す。あなたは先に目的を果たして」
「……目的って、ボクにも分からないよ……というか、なんでボクがそこのビルに行こうとしているのを知っているの? このビルやっぱり鳳仙さんと何か関係あるのっ?」
「……話はあなたが帰った時にする」
 どうにもさっきから会話がかみ合わないような感じがする奏目。
「……分かったよ、なんだか腑に落ちないけど行ってみる」
 引っかかりが残ったが、舞亜に急かされるようにして奏目は鳳仙ビルへと歩を進めた。
「うわっ、前行った時とまた雰囲気が随分変わってるなぁ……」
 完全封鎖されているはずなのにあっさりとビルの内部に侵入できた。
「うひゃぁ……これはひどい……」
 やはり爆発事故のせいだろうか、奏目が来た時とはまた様子が変わっていた。 窓ガラスが割れていたり、ビル内部は破壊し尽くされていた。
 じっくりとビル内部を探索し、やがて屋上へ出たときに奏目は思わず叫び声をあげた。
 目の前には人が倒れていた。それは……。
「なんで……嘘……そんなの……」
 おびただしい血が流れ出ている。ぴくりとも動かない。それは……死。
 そこにあったのは――死体だった。
「だって、だって……そんな……」
 奏目は自分の目が信じられなかった。
 奏目は目の前で死んでいる人物をよく知っていた。つい先程まで話していた人物。その顔は――九重アキラのものであった。
「九重先輩っ! 九重先輩っっ!!」
 奏目の叫びは空しく響く。間違いであって欲しかった。
 叫びながら奏目は回想する。『少々危険だが一筋の光明がある』奏目が最後に九重に会った際に聞いた言葉。
「……犯人がまだ近くにいるかもしれない」唐突に奏目は身の危険を感じた。
 気のせいか、何者かの気配がする。九重の事が躊躇われたが一刻も早くここから出ないと。

 何も言わずビルから脱出した奏目はカフェへ行った。屋外ベンチへ腰を下ろす。
 テーブルの向かいに鳳仙舞亜が、奏目が鳳仙ビルに入る前と同じ姿勢で座っていた。
「鳳仙さん……」
「おかえりなさい」
 奏目はこの世界の異常について答えを知ってるかもしれない人物、鳳仙舞亜に話を聞く。
「……と、いうわけなんだけど……」
 一部始終を舞亜に話す奏目の顔はすっかり意気消沈していた。
「とにかく戻りたい……元の世界に帰りたいんだ……」
 奏目の顔は今にも泣きそうだった。
 だが、舞亜は相変わらずのぶっきらぼうな声で、
「そう」と区切ってから、「分かった。協力する」とだけ答えた。
 舞亜はいつも頼もしい存在だった。果たして奏目にとっての救世主となるのだろうか。
「ありがとう……やっぱり鳳仙さんは頼りに……」
 安心して奏目は地面にひざまずきそうになった。ところが――。
「桑崎奏目、でも今はここは危険だから逃げた方がいい」
「……え?」
 その時だった。ものすごい轟音。地割れのごとく鳴り響く、音の方へ振り向くと鳳仙ビルが崩壊を始めていた。奏目には悲しんでいる余裕はなかった。
「ウソでしょ……なんでビルが……今までいたのに……」
「……早く離れた方がいい」
 鳳仙ビルは完全に壊滅し、同時にものすごい風圧が襲ってきた。
「こんな、こんなこと……うわああッーー!」奏目は一目散に逃げ出す。
 辺りは埃と煙の嵐。走っている奏目の目に偶然にも雑居ビルらしき建物の入り口が入ってきた。転がるように滑り込む。その横を恐ろしいスピードで白の煙が駆けていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。わけが……わけが分かんない……。はぁ、はぁ、なんなのさっきから……展開が、急すぎる……」
 外は真っ白だ。しばらくはここから出られそうにない。奏目は呼吸を落ち着かせていく。
「鳳仙さん……」舞亜の事を思い出す。
 自分の事ばかり考えていた奏目。舞亜を置いてきてしまった。大丈夫だろうか。
 しかし奏目は体の震えが止まらず、動くことができなかった……そしてまた振り出しに戻ってしまった。もう奏目に残された道はひとつしかなかった。
「……淵渡岬」
 学校の裏山にある岬。舞亜と共に向かった場所で、鼎緒姫と出会った場所。先程新聞に書かれていた小さな記事。奏目の頭でそれらがひとつになる。
 けれど本当に行くのか? 奏目は九重の最期の姿を思い出した。
 足が竦む。しかしこのままだと元の世界には戻れない。元の世界へ帰ればきっとこの未来を変える事ができるはずだ。
 奏目はさっき出会った、自分の姿をした正体不明の存在の言葉を思い出す。
「ボクが世界を救う……か」
 奏目は白い霧の中うっすら姿を見せる山を見つめた。
「そんなの……ボクにできっこない……でも、けど……ボクは元の世界に帰りたい」
 雑居ビルから出た奏目は舞亜の姿を探すがどこにも見当たらなかった。奏目は決意する。
「行こう……ボク一人で……もう、それしかない……」
 外の煙は落ち着き、街の視界はぼんやりと砂漠の光景であるかのように揺らいでいた。
 
 学校の裏山へやってきた。ちなみにここへ来る途中に見た学校はやはり瓦礫のままであったのだが、不思議なことに奏目そっくりな存在が出現した例の姿見鏡がなくなっていた。
 しかしそんなことよりも奏目は思わず目をみはる現象を目撃する。
 世界がやけに白く映っている。奏目はそれを、裏山を登って初めて強く実感した。
「霧……? 街が霧に包まれてる……」
 常軌を逸した光景。裏山から見る街並みは白の色が支配し、街が霞んでぼんやりとしか見えない。そういえば夏の暑さも、眩しい日差しも感じない。これが世界の終わりの前兆なのだろうか。奏目はごくりと唾を飲みながら岬まで歩を進めようとした。その時――。
「なんだ……あの光……?」
 視界の奥に映る一筋の眩しい光。電灯に寄せられる蛾のように奏目の足は木々の間を抜けて光の方へと向かう。
「あっ」
 林を抜け平原に出ると、奏目は思わず声を漏らしてしまった。光の発生源を見つめながら固まってしまう。その正体は人間――スカイハルトだった。
「……フフッ……やぁ桑崎さん」
 光に包まれたスカイハルトが呟いた。否、彼の体は光そのものだった。透けている。体が消えかかっている。足が地面から浮いていた。空中に浮かんでいた。
 徐々に――この世界から消滅するかのように。
「ちょっ……これは……」
 奏目は動けなかった。目の前の光景に驚愕していた。どうしたらいいか分からなかった。
「せっかく再会できたのに残念です。私はもうこの世界にはいられなくなりました」
 この世界から消えてしまうというスカイハルト。どういう現象なんだこれは!
「……なんなんですか……こんなこと……」ただ見ているだけしかできない奏目。
「現実かどうかは分かりませんが全部真実ですよ。私はここで退場しますがあなたはここからが正念場です……ここから先の物語はあなた次第です」
 何もできず佇んでいる奏目を見つめるスカイハルトの顔は、やけに晴れやかだった。
「桑崎さん、これから大きな試練があなたを迎えています……ですがこれだけは覚えておいてください、あなたならきっと大丈夫です。だってこれはあなたの物語なんですから……あなたならきっとこの結末をハッピーエンドにすることができますよ……」
 スカイハルトの体は高く浮き上がり、その姿はもうほとんど消えかかっていた。
「何言ってるんですかスカイハルトさん……どうなってるんですかこれは……こんな」
「頑張って下さい。後はあなたに任せました」ほんの少し笑みを浮かべるスカイハルト
 ――そして一瞬の閃光の後、周囲には奏目を残して何もかもが消えていた。
「そんな……スカイハルトさん……」
 もはや奏目は正常な思考をする事ができなくなっていた。この状況に全くついていけない。話に置き去りにされている。放心したように何も考えられないまま、それでも足が前に進みだした、岬に向かって。何かに呼ばれるように。

 何がどうなっているのか分からない。……次から次へと瞬く間にいろいろな出来事が起こりすぎている。急進展……話が詰め込まれすぎている。このままさらに物語が濃縮される事になれば……もう駄目だ。ここがカオスポイントだ……特異点へと到達してしまう。
 加速しすぎている。もう、追いつけない……。物語は、終点へ――。

 これ以上の驚きはないだろうと、ふらふら放心状態で岬にやって来た奏目はまたも驚いてしまった。目的の人物にようやく出会う事ができたから。
「……緒姫」
 岬の端に立つ鼎緒姫。彼女が世界を滅ぼす鍵。
 しかしそのありようは――スカイハルトと同様に、彼女もまた、発光していた。
「緒姫まで……そんな……これが、これが終わり……」
 それだけではなかった。彼女の体は空に浮き上がり、彼女を中心として嵐が発生していた。 まるで世界の終わりをその身で体現しているように。この場は混沌そのものだった。
「緒姫ーーッ!」
 奏目は叫ぶがものすごい風にかき消され、自分ですら聞き取れない。
 緒姫の目は虚ろでそこには何も映していないようだ。意識があるのかも分からない。
「どうすればいいの……緒姫を止める事ができれば世界は救われるっていうの……」
 勢いを増していく暴風雨の中、奏目は一歩、緒姫へと足を延ばす。
「くっ……」その時、飛んできた木屑によって奏目の頬に傷が付く。血が滲む。
 それでも緒姫の元へ近づいていこうとする奏目。強風に煽られながら、一歩一歩踏みしめるような速度だが確実に近づいていく。
 ……彼女らしくなかった。奏目はこんな行動に出るなんて自分でもおかしいと思っていた。世界が狂っているから人物設定も狂ってしまうのだろうか? いや、違う。緒姫の元へ進みながら考えた。
 もともと自分は自分ではなかったのかもしれない。自分は劇場の上で全て予定通りに動いているだけなのかもしれない。それでも、奏目は。
「あと、少しで……緒姫っ、緒姫――っ!!」
 奏目が緒姫まであと一歩というところまで近付いた時、奏目の思いはあと一歩で届かなかった――奏目は足を滑らせてしまった。

「   」

 ――瞬間、ボクの体は風に飛ばされる。――岬の下へと。
 崖の下に落ちていく刹那にボクの目は捉えていた。
 落下し続ける中で目に焼き付けたもの。
 世界の終わりを。
 瞬間、自分の正体が分かったような気がした。
 世界の仕組みを全部思い出したような気がした。
 緒姫の体は完全に見えなくなっていた。ボクは落ちていく景色の中、小さくなる緒姫の姿が一種のブラックホールのようなものに感じられた。全てをその身に収束していく。
 霧のような白に包まれていた街がいま、完全な白に塗りつぶされていった。
 気づけば落下するボクの周囲も白だった。いや、白ではない。白でも何でもない。何も分からない。果たしてボクは落下しているのかも分からない。
 もしかしたら空を飛んでいるのかもしれないと思った。だって、緒姫となら飛べるのだから。緒姫とならこの世界を救えるのだから。なぜかそう思った。
 ……なぜ、こんなにも緒姫にこだわるのだろうか。でもボクはその答えを知っている、きっと。全部理解していたんだ。けれど……世界から全てが消えていく。
 この世界にいま何が存在しているのかも分からない。
 ボク自体が存在しているのか。
 全部、きえたのか。
 また、ぜんぶ、わすれてしまった
 いや、そもそもさいしょからぜんぶが―― 
 ――――――
 ――――
 ――

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