姫の夢を叶える要

 第一章 廻る世界 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

8.  7/4 現在

 
 奏目はいつもそうしているように、家を出て電車に乗って長い坂を登って学校へ行く。
 いつものように奏目は自分のクラスの教室に入ると、そこにはいつもと違う光景が。奏目の席に長身のメガネをかけた生徒が座っていた。そして奏目に気付くと、
「聞いて驚け奏目クン、実はあの後俺は鼎緒姫について独自に調べてみることにした。しかし誰に聞いてもそんな生徒は知らないと言う。そして分かったことだが、なんとこの学校には鼎緒姫という生徒は存在しないのだ!」
 学校の名簿を手にして、長い体をクネクネさせながら九重アキラは言った。
「そう……」
 しかし、奏目はさほど驚かない。どころか奏目はその事実に納得する。
「どうした? あまり驚いていないようだが……さては君もその情報を入手済みかね、さすがだ、是非うちの部に欲しいところだが、どうかね奏目クン?」
「いえ、結構です」即答する。
「……それはそうと奏目クン、あれ以降鼎緒姫と何か接触はあったかね?」
「……いえ、会って……ないです」嘘だ。
「そうか……奏目クン、君は狙われているのだ。くれぐれも気をつけるんだぞ、何か陰謀が渦巻いている。この世界は危機に瀕しているのだ! これはその布石だ。まず手始めに君の命を狙っていて……(以下略)……その対策を……(略)……」というか割愛。
 結局チャイムが鳴ってホームルームが始まるまで九重の話に付き合わされ、奏目は自分の席に座ることができなかった。シリアスモードも台無しになった。
 奏目はもう諦観したというか、自暴自棄だった。だから教室の隅の席に座っている鳳仙舞亜に話しかけたりすることもなかったし、鳳仙ビルとの関係を聞く事もなかった。
「奏目さんっ。今日はなんだかいつにも増して暗そ〜だね〜。だいじょぶ?」
 だから、いつもは気にしない杜岐からのそんな言葉に、奏目はつい皮肉を返してしまう。
「四季方さんはいつも悩みなんてなさそうで羨ましいよ」
 という、奏目からの言葉に杜岐は目を丸くして、少し困ったような顔をした。
「や、やだな〜。あたしにだって悩みくらいは人並み位にあるよ〜。約60個くらいね!」
 相変わらずの明るさで冗談を交える杜岐。だが、奏目はそれを華麗に回避して、
「でも、ボクと四季方さんは違うよ……四季方さんはいつも明るくて元気だし、友達もいっぱいいる……ボクとは正反対だ。どうしてボクみたいな人間に声をかけてくれるの?」
 奏目は疑うような眼差しを杜岐に向けた。
 杜岐はまた冗談で返すのだろうと思いきや……意外な反応を見せた。
「正反対……か」
 杜岐の顔に少し影がよぎった。珍しく真剣そうな顔に奏目は少したじろいでしまった。
「奏目さん、正反対っていうのは、遠いからこそ、それと同時に最も近いって事でもあるのさ……だからあたしは奏目さんを放っておけないのかもしれない……あたし達実は似たもの同士なんだよ」と、杜岐は力なく笑う。
「……似たもの同士」
 しかしそんなの詭弁だと奏目は思いたがったが、杜岐の言葉に何か重みを感じたのも確かだった。いまだに奏目の胸の内のわだかまりは消えない。奏目はとても、疲れていた。


 違和感。今日は朝からずっと妙な違和感を感じる。ここ数日で起こったこととまた違うなにか、を。むしろ今までのものは序章にしか過ぎないといわんばかりの予感……まるで動物が災害の前にそれを察知し、異常な行動をとるという現象、強いて言うならその感覚。


 昼休みにいつもそうしているように、奏目は屋上へと向かう。しかし何気なく訪れた校舎屋上で事件は起こった。そして、物語はここから大きく動き出す……。
 奏目が屋上に来た時、まず最初に目に映ったのが鼎緒姫だった。
「あ……」
「……奏目」
 お互い、ほぼ同時に言葉が漏れる。
 どうやら緒姫は無事だったようだ。思わず奏目は安堵の溜息が漏れる。
「無事でよかった。昨夜ビルで別れたきりだったから……あの後は大丈夫だったの?」
 奏目がじっくり緒姫の顔を見たとき、彼女のおかしな様子に気付いた。
「ど……どうしたの? なんだか顔色が悪いっていうか……」
「……奏目。私、なんだか変なの」緒姫の顔が妙に熱っぽい。「とても大切なことを忘れているの」息が荒い。「どうしよう……、このままじゃ大変な事になりそうな気がするわ……」突然訳の分からない事を言い出す始末。
 そして、ゆっくりと奏目に向かって歩き出す。
「お、緒姫……どうしたの」
 理解不能な台詞を吐きながら近寄る緒姫に、狼狽する奏目。
 徐々にこちらへとにじり寄る緒姫の姿を見て、奏目は一昨日ここで起こった事件を思い出していた。目の前にいる少女が、九重アキラを――まさにこの場所から投げ飛ばした事を。
 だがしかし、事もあろうに奏目は動こうとしなかった。いや、動けなかったのだ。頭では逃げなくてはと思ってはいるのだが、体がいうことを聞いてくれない。
 奏目はこの感覚を知っていた。そう、これは昨日奏目がビルの中で体が突然動かなくなって、そしてそのままガラス窓から飛んだ時と同じ感覚だ。操られる感覚。こんな非日常な出来事の数々……まるでご都合主義のシナリオ通りに動かされているみたいだ。
 そうこうしている間に、とうとう緒姫が奏目のすぐそばまでやって来た。
「奏目。私、どうしちゃったのかしら…… 体がいうことをきかないの……」
「え? まさか! 緒姫……君もなの? これは一体なんなのっ」
「そんな……もしかして、すると奏目じゃなくて、私……私だったの……? そんな……助けて……奏目……」緒姫が奏目へと手を伸ばす。
「え……? 緒姫っ、君が何を言っているのか分からない! 君は何を知ってるのっ? ボクはどうしたらいいのっ……ボクには、何もできない」
「一人じゃ……駄目なの……どうしても。でも、2人なら……私と奏目の2人なら……きっと……だから……かな……め……」
 緒姫の言葉は明瞭とせず、助けて欲しいのはこっちも同じだが、どうすることもできない奏目はただ立ち尽くす。その体に緒姫の手が触れる。
「あっ……お、緒姫……っ?」
「奏目……」
 ゆっくり緒姫が奏目の体に身を委ねてくる。密着する体、聞こえてくる心臓の鼓動。その時、なんだか懐かしい匂いがしたような……2人は……文字通り一つになって……。
「そう……なんだか、気持ちいい……」
 直後、2人を中心に世界は白い光に包まれる。今までよりも強烈で、綺麗な光。

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 光が世界を満たしていく中、その中心点を見つめる男がいた。
「とうとう、始まったか」
 スカイハルトは感慨深く呟いた。
「ここからが正念場だな……」
 少し辛そうな口調だ。
「もう少し、もってくれよオレの体」
 その体は光のせいか、少し透けているようにみえた。
「この世界はオレが救ってやる、ヒメ」
 ……いや、あんたじゃ救えない。あんたは既に救えなかった……。
 ――そして俺はまた時を越える。これが三度目の正直だ。ここが、運命の分かれ道。
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