姫の夢を叶える要

第四章 続くアシタ

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 残光だけが在った。
 色が全てなくなっていき、景色が全て流れていく。何もかもなくなっていく。
 一つの世界が終わった。
 そしてまたこれから新たな世界が始まるのか。ずっと、終わる事はないのか。
 永遠に辿りつく事はできないのか――。虚無が、無限に無間に夢幻に――。
 記憶が流れる。今までの全ての記憶を共有して――
 そう、全てが同一。ボクは――蒼野和馬であり、スカイハルトであり、桑崎奏目でもある。さらには、語られなかったもっと多くの者達でもある。そして――この物語の語り部でもある。ボクは、物語の傍観者。悲劇の世界から逸脱せんとする読者。
 そしていま――過去も、未来も、全ての経験が、運命が、この身に内包される。

 ……ボクにはどうする事もできないのか
 何もない空間でボクは全部を理解した。
 結局、ボクはオヒメにとっての夢の世界の話だったんだと。
 オヒメに夢を見せていたのはボク。これはボクが引き起こした出来事だったんだと。
 オヒメは幸せな結末を願ってずっと終わらない夢を見ていた。変えられない結末をずっと。何度世界が終わっても。過去も未来も巡りめぐって。ボクの為に――ボクのせいで。
「違うわ」と、声が聞こえた。
 誰だろう、ここにはボク以外は誰もいないはずなのに……いや、もう分かっている。遠回りは抜きにしよう。
 ボクはゆっくり目を開けると目の前にはオヒメがいた。
「本当に……やっと……会えたわね」
 ボクの知ってるオヒメがいた。
「オヒメ……どうしてここに」
「ここは私の夢の中なのよ、私がいてもおかしくないじゃない」
 それに、とオヒメは片目を瞑って付け加える。
「私の夢であって、あなたの夢でもあるのよ」
「ボクの……夢。でもボク達がこんな形で出会えるなんて……」
「今回は特別。それは……あなたと私……いえ、みんなが奮闘したから……今回私達は小さな奇跡を起こす事ができたのよ。だからこの邂逅はそのご褒美。時間はあまりないけれど私達が頑張ったから今、私とあなたはここにいる」
「ボク達が奇跡を……けれど、そもそもボクが君に夢を……」
 ボクがいなければこんな事起こらなかったんだ。なのにオヒメは尚も笑っている。
「なぜこんな出来事が起こってしまったか私にも分からなかった。そしてなぜあなたが彼の中にいたのかも……その為に世界が変わる毎に微妙な変化を繰り返していたのかも」
「それは……ボクが望んだから……。オヒメと、そして彼といると君が楽しそうだったから……だからボクは……みんなと幸せを分かち合いたかったから」
 だからボクは入ったんだ。君の為に、彼の中に。
「私も望んでいたわ……。だからこれはあなたの望みでもあり私の望み。私とあなたは共同体だったの。そう、2人で見ていた夢。2つに別れる事で保たれていた夢。2つに別れる事で辛い記憶を忘れて、そして私達は幸せを探すための長い長い旅に出た……2人だからこそ起こった奇跡……」
「奇跡? これが? こんなの悲劇以外の何物でもないじゃいないか……」
 蒼野和馬も、スカイハルトも、桑崎奏目も結末は変えられなかったじゃないか。
「ふふっ、奇跡の前には悲劇がつきものなのよ。ちょっと悲劇が長すぎたけれど、きっと最後には報われるわ」
「だから……?」
「別れる事で始まった夢……2人がひとつになって夢は終わる……もう夢を見るのはやめて、全てを思い出して……2人で一緒に大きな奇跡を起こしましょう」
「ひとつに、なる……?」
「私達は元々はひとつだったの。けれど私とあなたは別れ……あなたが彼の中に入って、そして全てが始まった。だから」
「だから再びボクとキミが一つに戻る、か。でもそんなことしたら……それこそ悪夢の世界じゃないか。だってキミは……」
「分かってるわそんなこと……けれど、もう終わりにしましょう。だっていつかは夢から醒めなくちゃ前に進めないでしょう?」
「でも……ボク、怖いんだ……オヒメとは、もう会えないんだよ?」
「いいえ、会えるわ」
「なんで? だってずっと結末は変わらなかったじゃないかっ。悲劇しかないんだよ」
「私達ずっと悪夢を見ていたのよ……ねぇ、外には素晴らしい世界が広がっているの……やり直しましょう、今度こそ私達幸せになれる。そんな気がするの……」
「そんな……奇跡なんて起こらないよ……そんな確証のない事いわないでよ……」
「私達が信じなくちゃ奇跡なんて起こせないわ。それに実際私達は奇跡を起こしたのよ。奇跡を起こして今ここで出会えたのよ。これは最後のチャンスなの、きっと。ここから本当の奇跡を起こすの。ここが本当のラストシーンよ……私を、そして自分を信じて」
「オヒメ……ボクは……やっぱり駄目だ、前には進めない……怖いんだ」
「……ねぇ? なんで私達の世界はずっと悲劇だったのかしら」
「そ……それは、結末は変えられないから……ボク達の世界は悲劇以外に終わりようがないから……」
「ううん、私は違うと思うわ。だってこれは私とあなたの世界なのよ……。私達次第でどんな世界にも変えられるはずよ。だからもう、新しい一歩を踏む出す事を恐れないで、終わってしまった出来事にとらわれるのはもうやめて……私達で幕を下ろしましょう」
「オヒメ……ボクはどうすればいいの……?」
「それはあなた自身が導き出さなければいけない答えなの。分かって……あなたが会いたいと思えば私達きっとまた会えるから。奇跡は絶対あるの。だってこんな悲劇にはハッピーエンドはつきものでしょ?」
 そう言ってオヒメはボクの体を優しく抱きしめてくれた。ボク達の体は優しい光に包まれる。全ての光の源泉だった。そして全ての光はその残光。
「あとはあなたが決めて……あなたが夢から醒まさせて……私は先に行くから……待ってるわ」
「オヒメ……」
 光に満たされた空間の中でボクの思考は真っ白になっていく……。


 そしてボク達は生まれ変わる――

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