姫の夢を叶える要

第二章   走るオモイ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 太陽はさんさんと輝いていた。しかしもう間もなく日食は始まる。時間がなかった。俺は裏山の岬に到着した。岬はこの前の時のように――異物との遊歩道での戦いの時のように――白い霧に包まれていた。辺りには誰もいなかった。ただ、一匹の人間の形をした化け物を除けば。
「オマエ一体なにモンだ? ……まさかここまで来るとはなァ〜」
 呆れたような声で異物は言った。
「あいつとの約束でな……ここからの景色は最高なんだよ」
「ハァ? 何いってんだァ? まァいいや、オマエ、死期ノ敵討ちに来たのカ? なら返リ討ちにしてやるゼ?」
 異物は俺に見せつけるように爪を伸ばして不気味に笑いかける。反吐が出そうだ。
「いや、ただお前がここにいる事でせっかくの絶景が台無しなんだ。だからお前をぶちのめそうとな……」
「ヒュー、かっちょいィー! 決め台詞アリガトウゴザイマス……そしてついでにもうヒトツありがとう。好都合だゼ、最高に高まったオレの力ヲ試してみたかったトコロなんだァ。よく分からないがオマエはコノセカイの人間でありながら少し特別な存在のようだァ! あの死期と関わった事で運命に特殊な変化が引き起こッたのかァ? もしやオマエも世界の外へ行く資格がアルのかもナァ……まぁそんなことはいい、どうせ関係ない。認めてやるゼ? オマエがオレに殺される事をッ! 少しは楽しませろよォ!?」
 太陽が徐々に隠れ始める。ついに日食が始まった。
「いや、どうやら期待には答えられないかもしれないぜ。一瞬でてめぇをぶッ倒すっ!」
 俺は一直線に駆けだした。
「しャらくせェ!」
 影のように黒い人型を模した異物も、俺に向かって走り出す。そして激突。
「くぅうああっ!」
 お互いの拳同士がぶつかった。激しい痛みが走る。だが大丈夫、いける。俺にはオヒメがついている。これはオヒメと俺の力だ。
 拳が交わった後すぐ、俺と怪物は互いに距離をとった。
「なッんだとッ!? ……確かに特殊な存在かもしれないが、なんで只ノ人間がオレと互角に……死期の血はこれ程までの力を持ってイルというコトか……?」
 後ずさって、異物は俺に驚いている様子だったが……、異物は不気味に笑う。余裕を見せていた。
「だがァ、ソレでもォ、オレは無敵だァ! ほら空を見ろよォヒャハハハハハハハハハ」
 言われるままに空を見た時、太陽が今にも消えようとしていた。日食は完了間近だ。
「それが……どうしたんだよっ!」
「闇の存在だったオレはこのセカイを思うままに生きるッ、その為ノ力を手に入れるッ、世界ノ根幹をッ」
 何を言ってるんだこいつは……。
「ばかかお前、世界は終わるんだぞっ!」
「ハァ? なんだそれ? 知らネーよ、関係ネーよ、終わらネーよ、オレがセカイを救うんダヨ、その為にオレはこのセカイで無限を手に入れるんだッ。外側からこの閉じた世界を! 世界という物語を!」
 俺には異物が何を言っているか分からないが、これだけは分かる。こいつは狂ってる。
「……はっ、はっ、……さぁ、さぁさぁさぁさぁ来たゾきたゾキタゾォォォォ!! チカラがみなぎってくるゥゥ……とうとうオレは手に入れたァァァァーーーーー!!!」
 異物が狂喜乱舞する。俺は呆気にとられている。そして――。
 その時、俺達のいる岬を残して、世界は暗闇に包まれた。完全に太陽は隠れた。
「ハッハーーははははははハハハハ」異物は狂ったように笑い続ける。が、「……ハハ……は……な、なぜだ……? ナゼ何も変わらナイ!」様子がおかしい。
「闇の力……感じる……もうオレは完全だ……セカイの中心なのに……なんだ、何も変わらナイ」異物が明らかに動揺している。
「そんな……ソンナ……そんな……いやだ、ウソだろ……オレは除外されたとでもイウのか……枠ノ外だとでもいうのか……」
「何を言ってるんだ、何がどうなってるんだ?」
 俺は異物が動揺している訳が分からなかった。ただ、もうタイムリミットがきた。世界は終わるのか?
「なんでナンデなんで……足りないのか……何が……闇……光……死期……そうか……! まさかオマエが……! オマエなのか!? だからオマエはこんなにもこのセカイに縛られていなかッたのかッ!? お前の力を取リ込めば、それでオレが完璧になれるのかッ!? ……ダッタラ」
 異物がゆっくりと俺に目を向けた。何を勝手に納得してるのだ。
「太陽ガ再び現れる前に、オマエの力を頂くッ!!」
 突き刺さる程の眼光が俺に向けられる。そして、
「なっ――?」
 速い!? 異物が跳んだと思った瞬間、俺の目の前に現れて、殴りかかってきた。
 見えなかった。見えなかったが反射的に後ろに飛んだ事で何とか避けられた。偶然だ。運が良かった。だが次も避けられる自信はなかった。
「クッソォ、チョロチョロ逃げるなッ人間がッ!」
 再び異物が跳ぶ。やばい、体勢がっ。
 ――ドズン、と鈍い音。そして数瞬後に来る鋭い痛み。
「うっがぁぁあっ! がほっ、ぐはっあっ」
 みぞうちに異物の打撃をもろにくらった。まずい……一撃で、こんなにまで……。
「まだまだァ!」
 異物は怯んだ俺に追い打ちをかける。サンドバック状態だった。やばい……このままだと俺は……オヒメ……。
「もっとモットもっとモットォォォォォ!!!!!!!」
 異物は必死で俺を殴り続ける。何かに怯えるように。
 駄目だ、意識がなくなってきた。俺はここまでなのか。結局俺は世界の救世主にはなれなかったのか。ごめんなオヒメ……お前との約束、守れなかった……。

『カズマ……』

「死ね死ねシネシネしねしねぇぇぇぇ!? クソッ……気絶してるのか!? でもコイツなんでなんで死なネェーんだ。ただの人間だろォ? 俺はミンチにするつもりで殴ってンだぜェ……クソォ!」
 なりふり構わず殴り続けた異物は、一旦手を止め、右腕を変化させる……そして、その刃物化させた右腕で息の根を完全に止めようとした。
「これで終わりだッ、オレのチカラの全てをぶつけるッ!」
 異物は思い切り右腕を振りかざした――だが、
「なにッ!?」
 こっちはそれを左手で掴んで、止めた。
「クソォ、離せッ、チクショーッ!!」
 異物は左手を離そうと必死で暴れる。右手で何度もこちらを殴りつける。
 でも決して異物の右手を離さない。
「はやくしないとっ、太陽がっ、オレの永遠がっ! ウワァァァァアア!!」
 異物は悲痛な叫びをあげる。本当に哀れだ。
 そんな異物の様子を見ていたが、ゆっくりと静かに異物の体に右手で触れてやる。哀れな存在を消滅させてやろうと。
「なにをっ、そんなっ、まさかっ! だってオレはっ永遠をっ、クッソこんな、なんでオマエにこんな事がッ!? オレが消えるッ! 存在が消えてしまうッ!! オマエは、オマエは……違う。お前は何なんだッ!?」
 異物の体が砂のように消えていく。
 全ての因果がこの体に収束していく。全ての運命がクリアになる。そして全てを断つ。
「あと少しだったのに……こんな……こんなコトがッ……だがオレは諦めない……オレは何度だッて……」
 そして異物は完全に消滅した。この世界から。……異物を取り込んでやった。
 これで世界を救う鍵は、全てそろった。
 オヒメとの約束――いや、オヒメとの幸せを手に入れるために決意する。

 真っ暗の世界で、俺は岬の端にある展望台へ行った。街全体が見渡せた。昼なのに夜のような世界が広がっていた。
 ほら、オヒメ綺麗だろ。仇はとった。約束、果たしたぜ……。
 俺の体は光で満たされていた……駄目だ、もうこれ以上は保っていられなかった。
 その時、暗闇の世界の中、唯一の白の空間――俺のいる場所――その白が、俺を中心にものすごい速さで広がっていく。街が一気に黒から白へと変わっていく。
 いや、色なんてない。ああ、そうか、これが。俺は理解した。いや、もう全部分かっていた。どうやら、俺は間違っていたんだ……オヒメ、ごめん。約束は果たせなかった。
 それでも俺はお前がいない世界は嫌なんだ。……たとえ夢に託したとしても――。
 世界中が、虚無に染まる。全ての事象がリセットされる。

 ――世界は、終わった。

 そして、ここから悲劇の全てが始まった――。

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