姫の夢を叶える要

第三章  巡るミライ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

10  ――7/4 昼――

 
 桑崎奏目は目を覚ました。
 そこは学校の屋上。夏の太陽が真上にあった。
「……なっ、ここはっ、学校? もしかして……戻って、来れた……?」
 奏目の最後の記憶は、裏山の岬での出来事。未来の世界の消滅――あれは鼎緒姫によってもたらされたものなのか?
 そして、それを含めて奏目が3度目のタイムリープによって体験した数々の出来事はおよそこの世のものとは思えない、夢のような現実だった。
 しかし3日後の世界からは帰って来られた。今はひとまずその事実に奏目は安堵した。
 だが、奏目は先程の体験を思い返してみる。信じられないような現象の数々。そして岬から落下した奏目はその時世界の終局を感じた。だから、つまり――、
「このままだと世界が、終わる……」

「ボクは確かにこの目で見たんだ。あと3日で、世界が終わってしまうんだ。だからなんとかしないと……」
 教室に戻った奏目は舞亜をつかまえてここ学校の階段の踊り場に連行し、相談することにした。
「そう……分かった」
 何が分かったというのか、鳳仙舞亜はいつも通り、感情を表に表さない冷静な口調で一言答えて、「けど私にはどうにもできない」突き放すように言った。
「そんな……! 今まで助けてくれたじゃないっ……」
「私にできる手助けはする。でも世界を救うのはあなた。あなたは選ばれたから。あなたが体験している事には意味があるから」

 結局舞亜から有力な情報が得られなかった奏目は、次にどうすればいいのか早くも詰まった。本当は真っ先に鼎緒姫とコンタクトを取るべきなのだが、なぜか奏目が目を覚ました時、彼女の姿は屋上にはなかった。3日後の世界に飛ばされる寸前までいたはずなのに。そもそももしかすると未来へ飛ばされた原因が彼女にあったのでは……と考える。
 再び教室に戻り、奏目はとりあえず駄目元で前の席にいる四季方杜岐に話してみた。
「はひ〜っ? 奏目さんなに言ってるの? 暑さにやられちったのん……? 救急車呼ぶけ?」
 杜岐は目をぱちくりさせている。まぁ、それが常人の反応だ。
「前にも予知夢がどうとか言ってたけど……ん〜、人の趣味をとやかく言うつもりはないけどさ、あんま変な事に没頭しすぎないようにね。あたし達は花も恥じらう乙女という事忘れべからず。や、あたしは結構忘れ気味なんだけどね。にゃははは」
 そう言って杜岐は席を立った。奏目は冷静になって考えた。
「まぁ、そうなるよね……。そりゃ普通信じられないよね……はぁ、でも世界を救うなんてどうすればいいの……」
 世界を救うにあたり、大きな事実は一つある。奏目には他の人間では絶対に知り得ない情報を知っているのだ。3日後の出来事を、奏目の目で見た範囲の出来事を。
 だから奏目は回想する。あの時起きた事を、出会った人物達を――。
「そうだった! 九重先輩死んじゃうじゃん!」
 それは鳳仙ビルの屋上での光景。血を流して倒れていたあの姿。
 
「なんだってーーー!!!? 世界があと3日で滅びるだってーーーーー!!」
 学校中に響くくらいの大音量で驚く九重アキラ。リアクションでかすぎるし。……というかこいつの場合、ただ叫びたいだけなんじゃないかと思う。
「は……はい、まぁ」
 放課後、超自然会の部室に訪れた奏目は九重に彼の死が3日後に訪れ、それを目撃したということと、世界が消滅するという話をかいつまんで話した。
「……ふむ、おもしろい。その鏡から出てきた奏目クンそっくりな奴が構造主義を出してきて、世界の終わりとかけてくる辺りなんかは、なかなか考えさせられるな」
「それは……どういう事ですか……?」
「ふむ……いいかい? 構造主義は無意識のうちに、背景の見えないルールの中で生きる事。無意識のうちにルールに沿って生きる事。そして構造主義とはつまり多数決の暗黙の了解によるルール。つまり現在の資本主義・民主主義世界の基本背景はキリスト教的考えだ。多くの人間は知らないうちにみなキリスト教的考えに縛られている」
「はぁ……なるほど」
 説明を聞いてもあまり理解できない奏目。何事も平均以下の奏目は頭もそんなによくないのだ。適当に相槌を打っている間も九重の説明は続く。
「そしてキリスト教の最大の教えは最後の審判。ルサンチマン的考えが根本になっているそれは、全ての人間は世界の終末後に神によって裁かれるというもの。キリスト教ではいずれ世界に最後の審判が訪れるという。つまり極大解釈すれば、人や社会全体が無意識のうちに自ら自身で終末へと向かっている、と解釈する事もできる……何とも皮肉だな」
 長すぎて難しすぎて、奏目にはいまいち分からなかったが適当に感想を漏らした。
「……無意識のうちに崩壊に向かう……それが人類の意志?」
 ならば世界の真理を知っても知らなくてもどっちみち世界は滅びるではないか。
「あくまで俺の勝手な解釈であって屁理屈だ。それより俺個人として一番興味がそそられたのは『世界の外側』という概念だな」
「ああ……この世界が内側とか、本物の代わりとかそういう話ですか?」
 それこそ嘘みたいな話だと、奏目は一笑に付した。しかし九重の表情は真剣だった。
「……俺にはどうも一連の事件が、フィクション臭いように感じられるんだ。この世界が内側で、架空の出来事と考えれば納得できることばかりだ」
「って、フィクションって……偽物ってことですか?」
 全てが作り物、全てが演技だと、九重は言いたいのか?
「メタの考えだよ。メタとは超えるという意味、あるいは集合の中の集合のこと。つまり、映画の中で映画を語る事。漫画の中で漫画を語る事。小説の中で小説を語る事。俺達はそれを外側から鑑賞している。それでだ、もしも俺達が内側にいる人間なのだとしたら、その外側に鑑賞する人間がいるはずなんだ。そして鑑賞される側の俺達は、世界の中で世界を語っているんだ」
「えっと……じゃあボク達は舞台の上で操られているだけ……ってこと」
 これは架空の世界だと言うのか。だからこんなにも物語のような出来事が次から次へと起こり、都合良く展開していくのか……。奏目は目眩を起こしそうになった。
「だが内側に俺達はどう足掻いても外側を認識する事はできない。この問題はどうしようもないんだ。確かに興味が引かれる事だが、それは一旦おいとくとして……さぁ、奏目クン! 来るべき審判の日に備えて、我々の活動もこれから忙しくなるぞ」
 九重は両手を広げ、大げさなポーズを取って高笑いした。
「いや、それよりも先輩、自分の命の心配はいいんですかっ。死んじゃうんですよっ!?」
 忘れそうになっていたが、九重だって危ないのだ。普通、自分の身を一番に気にするものなのだが。
「む……それもそうだな。世界の終わりに立ち会えないというのは残念きまわりない。なんとかせねばな。そして超自然会の会長として世界を救わねばな……ふむ。だがなぁ……奏目クン――君はそれでどうしたいのだ?」
 唐突に、九重は眼鏡を光らせて奏目に尋ねた。
「え? どうって……もちろん世界を救うにきまっているじゃないですかっ!」
 何をそんな当たり前の事をいちいち聞いてくるんだ、と奏目は憤慨する。しかし九重は。
「なぜだ? それは義務とか責任からくるものか? 興味本位? それともただ状況に流されているだけなのか? 君は見たくないのか? 君は本当に世界が終わってほしくないと思っているのか?」
 九重はまるで奏目を言及するように問いかける。それは悪魔的な好奇心。
「そっ、そんなっ、違います、これはボクの気持ちですよ。ボクはこの目で見たんです! 先輩の死をっ、世界の終わりを! あんな事あっちゃいけない……この目で全部見たからこそボクは止めたいんです!」
 奏目は九重をこっち側に戻そうとするように、説得するように、自分の意見をぶつけた。それが舞台の台本通りの台詞だとしても、演技だとしても。
「そうか……君はいい人間なんだな……少し、見直したよ」
 だけど、九重は穏やかな顔つきになって微笑した。珍しい顔だ。いつもこんな顔をしていたらさぞモテるだろうになと思うくらいに。 
「こ、九重先輩……?」
「ふふ、気にしないでくれ。……さて、ではさっそくだが……」
 九重の顔がきっ、と引き締まった。これから彼らの戦いが始まるのだ。
「は、はい……なんですか?」
 奏目も思わず緊張して九重に向き直る。
「この入会書にサインしてくれ」
「……」
 この日、桑崎奏目は超自然会の会員になった。
 
 奏目と九重は今、弧乃華高校七不思議のひとつ、階段踊り場の姿見鏡の前に来ていた。
 こんな時でもセミは空気を読まずに、外でミンミンと大合唱を繰り返していた。
「この鏡から奏目クンとそっくりな人物が……ふむ、興味深い。鏡は異世界や別次元へと通じるなどと古くから言われている神秘そのものだからな」
 九重は熱心に大鏡を調べている。
 具体的にどう世界を救っていくべきか分かるはずもないので、2人は3日後に奏目がみたものに対しての検証を行っていくことにした。そういう意味ではこの鏡は身近にあり、大きな謎を孕んでおり、実に検証のしがいがあるものだった。
「見た限りおかしなところは……ん?」
 鏡を触りながら隅々までチェックする九重。
「なにか発見したんですか?」
 後ろから若干心配そうな顔で見守る奏目が尋ねる。
「奏目クン。この鏡、君が見たときはひび割れしてたって言ってたよな?」
「……そうですが?」
「いや、なんというか、俺の常人を超越した勘が囁いているんだ……」
 わけの分からない事を言って、何を考えているのかどこから持ってきたのか、この男はいきなり金槌を取り出し鏡に向かって――、
「なっなにするんですか九重先輩っ!」
 思いっきり打ち付けた。ガシャン、と。
「っう――な、なんてことをっ……」
 甲高い音、思わず耳を押さえる奏目。破天荒すぎる。無茶苦茶だ。奏目は一瞬にして思う、こんなとこ見られたら大変だ。騒ぎになる前に逃げないといけない、と。
「九重先輩っ、行きましょうっ!」
 奏目は九重の手を引き、後ろを振り返ることなく走った。
 だから、仕方なかった。奏目が気付かなかったのは――。
 鏡から異様な黒煙が吐き出されていた事に。
 そして後に、それが崩壊を招く要因になるという事は……。

「では奏目クン、今日はこれで解散という事で」
 調査が行き詰った頃、九重は言った。ようやく解放される、と奏目は若干嬉しかった。
「そうですね、もう手がかりらしいものもないですし……」
 ほっとした顔を隠しきれない様子で答える奏目。ちょっとにやついてた。
 結局今日は何の成果もあげることのできなかった2人はそのまま別れた。


 自宅に帰った奏目は今日体験したことについて思いを馳せていた。
 昼休み、学校の屋上で鼎緒姫と接触した後に訪れた悪夢の数々を。
 学校で目覚めてから、誰もいない街に行き、無人になった駅で四季方杜岐に出会い、彼女から学校は2日前になくなったと聞いた。そんなわけないと学校へ戻ったらその通り、さっきまであった学校は崩れ去っていた。
 しかしこの後もっと信じられない事があった。校舎の瓦礫から見つけた鏡を調べるとそこから奏目そっくりの何かが現れて訳のわからない事を言って消えた。しかし驚いてる暇もなくその後も衝撃の展開が休みなく続いた。
 九重と出会い、この街の人間が消えていると聞かされる。因縁深き鳳仙ビルへ行くとその九重が死んでいるのを発見した。悲しむ間もなくビルは倒壊し、手掛かりを求め学校の裏山へ向かうと、そこでスカイハルトの体がこの世界から消滅する瞬間を目撃し、最後に岬にて鼎緒姫と再会することができたが、そこで――世界は……。

「はぁ……駄目だ、考えれば考えるほど訳が分からない。ボクにはどうすればいいのか見当もつかない」
 あまりにもごった返していて無秩序。まさに物語として破綻しているシナリオ。
 未来に飛んだと思えば、次は過去に飛んで、また未来に飛んだかと思えば、それは世界の終わりの日だった……そもそもどうして奏目には未来や過去へと飛ぶ事ができたのだ。
「いや、そもそも時間……現在も未来も過去もないのか」
 それは奏目の姿をした正体不明の存在の言葉。必要だったからその時点に存在しただけ。
 時間を飛んでしまう前には予知夢のようなものを見た。それも関係あるのだろうか。
 謎だけが山のように積まれていた。果たしてこれらの謎の全てに答えが用意されているのだろうか……。いや、答えは知ってはいけないのか。
 しかし奏目の見たこれらの出来事が全て真実なら、こうしている間にも世界の終わりは刻一刻と近づいているのだ。あと、3日で――。

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