姫の夢を叶える要

第三章  巡るミライ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

12.  7/6 朝

 
 目覚めて、学校へ行く支度をする奏目だが、昨日学校が崩壊した事を思い出した。
 せめて学校に行けば舞亜や九重から何か情報が得られるかもしれないと考えていた奏目だが、学校が無くなった今どうすることもできなくなった。
 奏目は仕方なしにTVを付ける。勿論連続殺人事件の進展を伺うために。しかし、
 ザー、ザー、と。TVはただ砂嵐を流していた。
「なんだこりゃ?」
 奏目はチャンネルを変える。しかしどこも映らない、同じだった。ノイズ、あるいは虹色のカラーバーがTVに映るのみだった。
「これも……世界の終わりが近づいているってこと……」
 考えてみれば今日は7月6日、奏目が体験した世界の終わりは明日にまで迫っていた。
「ほとんどと言っていいほどに何も進展していない……」
 このままでは終わりを食い止める事はできないだろう。ここからはもっと積極的に、なりふり構わず進むしかなかった。
 
「で、俺に電話か……」
 微かな望みを賭けて九重に連絡をとった。連絡先を知っているのは主要人物の中では九重くらいだった。
「まぁ、いいけどな。俺も奏目クンに伝えたいことがあったからな」
 電話口の向こうで九重はにやりと笑っているように思えた。そして、
「連続殺人犯の目星がついた」
「なっ、分かったって? 犯人が! だ、誰なんですかっ!?」
 奏目は目を見開いて全身をこわばらせた。事件を解く一つの鍵。
「まてまて、まだ犯人とは決まってない。今は自分の推理をすり合わせている段階だよ。しかし確証はないが確信はある……まだ断定はできんが俺が見知った人物だ……君もな」
「え? そ、そんな……身近な人間が……ボクの知っている人が……30人以上を殺した殺人鬼」
 唐突に緒姫の顔が浮かぶ。しかしすぐさま首を振って否定する。
「だがそれが世界の終わりと結びつくかと考えるのは正直、難しい。でもまぁ、このまま泳がせてみるのもいいかもしれん。俺は他の可能性をアプローチしながらもう少しこっち方面の調査を行う。奏目クンはまぁなんとか頑張ってくれ」
「泳がせるってこんなに犠牲者が出てるのに。それになんとか頑張れって……もしかして先輩ってあまり他人に関心が向かないタイプのキャラですか」
「ふっ、まぁそうとも言えるかもしれんが、しかしこの場合においては違うぞ奏目クン。なぜなら君にあれこれ言うほどに俺はそこまで凄い奴じゃあないって事だ。これは君の物語なんだろう? だったら俺ごときがあれこれ言えるような立場じゃあ無いはずさ。そんなの滑稽だ。俺が何を考えどう行動しようと、君の行動の前には無意味なんだよ。ここでは俺なんか小さな存在にすぎん。だから君は君の正しいと思うようにやればいい」
「観念的すぎてよく分からないんですが、つまり……なるようになる、と?」
「まぁ、そんなところだ。君は気にせず思うままに行動する事だが、あえてアドバイスするならこの物語を意識して加速するように行動すればいい……結末へと向かってな」
「でもその言い方だと終わりに向かって加速しそうっていうか……まぁ、以前から言ってることですが……」
「……うむ、君の言いたいことは分かる。前にも言ったが、全く別の事を行って違うルートを選んだとして、そのルートからの世界の終わりがやってくるだけなら、そこではいったい何が起こるのか見当も付かない。だからこそ奏目クンの見た未来を上手く利用すべきだと思う。それがこちらのアドバンテージだ。何が起こるか分かるならどうしても防ぐべき部分は回避できるし、そして内容を事前に知っているからこそ対処できることもある。大事なのは無闇やたらに未来の結末を変えないことだ。奏目クンの見た未来は最悪のものかもしれんがこれは逆に強みになっている。武器として最大限に利用しないと君が未来で体験した出来事が無駄になってしまう」
 それは伏線も何もない、ただの現象。それこそ正に、語られる必要のない……。
「だからこそボクにできる事は必要事項を行う、フラグを回収するということ……」
「そうだ、ならばこんなところで立ち止まってないで行ってこい」
 電話先で九重がにやり、と口を歪めて笑ったような気がした。

 九重との通話を終えた奏目は自分の見た未来と今現在をシンクロさせながら小走りに駆けていた。街は相変わらず静かだった。奏目の見た未来をそのまま映しているかのような街を、目的地に向けて駆けていた。目的地――奏目の通う学校、弧乃華高校に向かって。
「確かにあるはずなんだけど……」
 崩壊した学校跡を見廻っている奏目。
「未来で見たときはすぐに見つかったはずなんだ……」
 例のいわくのある姿見鏡を探しているがなかなか見つからない。はたから見ればおもいっきりの不審者なのだが……。
「それにしてもなんで人がこんなにもいないんだ……」
 学校の校舎が倒壊するという大惨事が起こったのが昨日の事なのである。もっと人だかりがあっていいものなのに……。
「……というか既に学校が崩れちゃってる時点でもう未来とは辻褄が合わなくなっちゃてんだけど」
 奏目が7月7日に飛んだ当初は、奏目は学校にいたのだ。
 そして未来では街は壊滅状態になっていた。だとしたら明日までに街を壊滅させる何かが起こるとでもいうのか。
「本当に何もかも起こってしまうんだろうか……」
 九重の死、鳳仙ビルの倒壊、スカイハルトの消滅、そして緒姫との再会と世界の終わり。
「そうだ……鳳仙ビル……」
 ここで奏目は思い出した。スカイハルトの言葉を。
『ビルには明日の夜行って下さい。私の予想ではきっと何かあると思いますよ』
 そう、数々の事件が巻き起こった場所――鳳仙ビル。未来でもその因縁はつきまとう。
 鳳仙ビルはなぜ崩れたのか、なぜそのビルの中で九重が死んでいたのか、ビルが倒壊するのは明日――ならば先回りしてその原因を突き止める事ができたなら……街が壊滅するのが何に起因するのかの答えが、そしてそれが世界の終わりにどう関係しているのか、それを止める事が世界を救う事になるのなら……。
「でもなんであのビルなの……あのビルには何か秘密があるの……鳳仙さん……」
 奏目はもう姿見鏡を探す気はなくなっていた。ここで見つからないのなら今はきっとその時ではないのだ。見つけられるはずもないし、見つけるべきでないのかもしれない。
「今から行けば夕方くらいには着くでしょ」
 奏目は瓦礫の山を後にした。

 街に向かう電車の中で奏目は考える。乗客は見る限りいないが幸いにも電車は動いていたのだ。いや、その為の人材が残っていたというのだろうか……。何を奏目は考えているのか、そこまでは理解の及ばざる事柄ではあるが世界の終わりを目前にして思うところはあるのだろう、人のまばらな街並みを車窓から眺めていた。
「消える人間にはあるパターンがあるのかもしれない……」
 奏目は自分しかいない車両の中、不意に呟いた。
 どうやら奏目が、今もそうであるように、必要なものや、奏目により近い人間は消失を免れているようだ。つまりは奏目から遠いものから消えているのではないかという仮説。
「だったらボクはなんて勘違いをしていたんだろう……ずっと一人だと思っていたのに……誰かを信用して必要として……そして、まだこんなにも街には人が残ってくれている……いつの間にだろう。ボクこんなキャラじゃなかったのになぁ」
 電車は速度を落としていた、もうすぐ目的の場所に着くらしい。
 世界の終わりにふさわしい――逢魔が時。車窓から見える夏の西日が眩しかった。遠くに鳥が見えた気がした。

 奏目が鳳仙ビルに到着した時にはもう日は沈みかけていた。人はほとんど見かけなかったがどうやら街はまだ崩壊してはいないようだった。
「そうだ、その前に……」
 奏目はビル前にあるカフェに寄った。中には店員が一人いるだけで閑散としていた。この時間いつもなら学校帰りの学生や、仕事帰りの会社員で賑わっているのだが……。
「やっぱり誰もいないか……鳳仙さん辺りに会えると思っていたんだけど……ま、それは明日の事だな」
 奏目は意を決して鳳仙ビルに向かった。
 鳳仙ビルの中はやはり誰もいなかった、廃墟ビルの如く。
 オレンジの光から夜の闇に近づきつつあるビル内を恐る恐る進む。目指すは無論、屋上であった。
 しかし――エレベーターを目指して歩く奏目の目が一瞬異様なものを捉えてしまった。
 それは、渡り廊下を横切る白い影のようなものの姿だった。
「っっーー!?」
 奏目はそれに見覚えがあった。それは、
「ひっ……人魂……!?」
 奏目が過去にタイムスリップした際、ビルで見たモノ。この世ならざる何か。
 奏目は背筋が凍りついて固まってしまう。このまま逃げてしまうのか。しかし――、
「いやっ、駄目だ、もう後には引けないっ……進め……進めっ」
 自分を鼓舞させて、どうにか奏目は光の行く先を追う。
 白い光が通った先を見るとそこには階段があった。どうやら階段を登ったか、あるいは地下へと降りたかのようだった。
 元より奏目は屋上にいくつもりだ。もちろん奏目は上に向けて階段を昇っていった。
 何階まで上がったところだろうか、階段の踊り場で奏目は意外なものを発見した。
「こ……これは、学校の鏡っ!?」
 未来で奏目が見て、一昨日に九重が割って、そして先程崩れた学校で見つけられなかった、あの大きな姿見鏡がひび一つない状態で、まるで元々そこにあるものであるかのように――存在していた。
「そうか……さっきの白い光はここに吸い寄せられたんだ……きっと」
 なぜだかは知らないが、奏目には確信があった。
「そういえばボクが未来に行った時に出会った鏡の中のやつも、さっきの光に似ていたような気がする……じゃあ、この鏡はやっぱり……」
 奏目が鏡に近づいてゆくと突然、不意打ちに鏡が強烈な光を放った。
「うわっ!」
 驚きと眩しさで思わず尻もちをつく奏目。
 そんな奏目を尻目にするように、鏡からは先ほど見かけたような白い光のモヤが階段の上へと勢いよく駆けて行った。
「……」奏目はしばらく呆気にとられていたが、
「追わなくちゃ」と立ち上がり、階段を駆け上がっていく。

 案の定といったところであろうか、辿り着いた先は因縁深き屋上であった。外の空気は完全に夜の闇を纏っている。
 ふとフェンスのある隅の方に目を向けた奏目は、目的の白い光を見つけることができた。しかしその正体は意外なものであった。
 いや、ここではそんな事は些細な事なのかもしれない。それよりも意外だったのが、白い光と共にいた人物――。
「おっ、緒姫っ!?」
「どうしてここへ来たの、奏目……」
 そう、世界終末の最重要人物、鼎緒姫がいた事だった。その手には――刃物。
 そして足元にいたのが白い光――いや、光の正体は得体の知れない獣、だった。
「な……なんだ、こいつ……?」
 奏目は我が目を疑いたくなった。
 目の前の獣は犬の様な姿をしていて体は白く発光していた。だが到底犬には見えない。体長はゆうに2メートルを超える、化け物だった。とても不気味だった。
「なにが……どうなっているの? それは一体なんなの? なんで緒姫がここに……」
「来ちゃ駄目っ奏目!」
 緒姫は近づこうとする奏目を制して続ける。
「……私分かったの、奏目……。とうとう思い出したのよ」
 長い髪を揺らしながら緒姫は静かに語り出す。
「思い出したって……何を……」
「一昨日、私と奏目が学校の屋上で奇妙な体験をしたでしょう」
 あの時2人は共に、体に異変をきたしていた。体が操られたかのように奏目と緒姫が互いに引き合い、触れ合った時に強烈な閃光が生じた。そしてその後奏目は未来へと……。
「私も、みたのよ」緒姫の目が赤く光る。「そしてその時思い出したの、全部」闇を背景に妖しく映える姿。「私がこの世界を救済する」手に持ったナイフを高く掲げて光る獣に刃先を向ける。「そして全部、取り戻す」
「ひッヒィッ!! ちョッ! 待てッて!」
 その時、獣が助けを求める声を発した。
「なっ、ええっ!?」
 あり得ない怪現象にさらに驚いた奏目。
「しゃ、喋った……なにこれ? これはどういう事なの緒姫っ」
「あなたには関係ないわ。……いや、あるわね。でも関係しない方があなたの身の為でもあるし世界の為にもなるの、おとなしくしていてくれないかしら」
 獣から視線を外さないまま答える緒姫。スカイハルト同様、以前とは少し性格が変わったような口ぶりだ。
「へへ……マァマァ、仲間外れはよくねェよ……嬢チャンにも関係ある話なんだろ? ヤァ初めましてお嬢チャン、オレが喋っちゃワリィかァ?」
 獣は奏目に乱暴に語りかける。高度な知性を持っているようだ。
「あんた……一体なんなの」震える声で奏目は受け答える。
 緒姫はため息をついて呆れた様子で見届けている。口出しはしないようだ。
「オレかァ? フッフッフッ……最近巷で話題ノ連続殺人事件ッテあんだろ? ソレの犯人……ってトコかな。あれオレガ全部ヤッタ」
 白い怪物は体全体を蠢かすように不気味に嗤った。
「!?」奏目は絶句した。
 連続無差別殺人事件の犯人。奏目が未来へと飛び、現在に帰った直後から起こった猟奇殺人。被害者はみな臓器が丸ごとなくなっていたという事件の――こいつが、犯人。
「クカカッ、さすがにビビッちまって言葉も出ねェかァ? 無理もねェなァ」
「……なんでこんな事を」
 九重の言う、身近な人間が犯人ではなかったらしい。
「フッ、まぁオレが何を言っても信じてもらえないだろうがァ、一応言っておく。オレは悪いヤツじゃない。この世界を変えるために必要な事だったんダゼ」
「そ、そんな話信じられる訳がないよ……」
「別にお嬢チャンに信じて貰わなくても関係ネー。今さらオマエがどーこうヤッてもどうすることもできねーシ、残された時間モ少ないシ」
 獣は不気味に笑う。
「だからオレはオレのヤリ方で世界を救ウ」
 そう獣が言った時、この屋上へ新たな登場人物が姿を現した。
「し、四季方さん?」
 四季方杜岐だった。その手にはつい先ほど奏目が目にした、階段の踊り場にあった姿見鏡を担いでいた。
「なんでここに……? っていうかそれは……」
「……」杜岐は何も答えない。黙って鏡を抱えたまま奏目達の方へと近づいてくる。
「……ねぇ、一体これは何なの? どういうつもりなの」
 どうやら緒姫にも状況が読めないようだ。
「何をするつもりか知らないけれど、これ以上近づいたらあなたも私の敵ってことになるわ!」杜岐を牽制する緒姫。
「……」緒姫の言葉が効いたのか、黙ったまま杜岐は歩みを止め、鏡をその場におろす。
「クククク……」黙ったままの杜岐に代わって獣が答えた。
「アア、それ以上近づかなくても大丈夫……オレの勝ちダ」
 奏目達に向いている鏡が光りだした。
「……ま、また光った」
「な、なにこれは……一体何をしたのっ!?」
 奏目と緒姫はその突然の現象に戸惑っている。その時――、
「逃げてっ!」突然奏目の耳に聞き覚えのある声が入った。
 声のする方――屋上への出入り口の扉から鳳仙舞亜がこちらへと飛び出してきた。
 しかしそんな事を考える余裕もないうちに閃光が夜空を照らして――奏目達は光に包まれた――そして気が付いた時、奏目は学校の裏山、淵渡岬にいた。

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