姫の夢を叶える要

 第一章 廻る世界 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

4.  7/2 現在

 
 だから次の日――7月2日、奏目にとって真実の意味での7月2日。奏目が大変な事実を思い出したのは、朝起きて朝食を食べて学校へ行って自分の席に着いた時だった。
「やばい……このままだとボク死ぬじゃん」
 思わず声に出るほどの衝撃の事実だった。その割には気付くの遅すぎだけど。
 きっと昨日の出来事が強烈過ぎて奏目はすっかり忘れていたのだ。だから思い出すと同時に奏目は反射的に一番廊下側、一番後ろの席に目をやるが……。
 ――そこには誰も座っていなかった。結局一時間目の授業が始まってもそこは空席で、つまり今日、鳳仙舞亜は学校に来ていなかった。
 なんとか手を打たなければ。このまま何もせずに過ごせば奏目は死んでしまう。タイムリミットは正午まで。危険区域は学校の屋上。奏目は休み時間になると行動を開始した。
「ん? タイムスリップとか予知に詳しい人ぉ……? 珍しいね、奏目さんが相談事なんて……しかもそんな変哲な内容」
 奏目は不本意ながらも、前の席にいる四季方杜岐に専門の人物について尋ねてみることにしたのだ。交友関係の広い杜岐なら心当たりがあるかもしれないと見込んでの事。
「う〜ん、あんまりお勧めできないけど超自然会あたりにいけばいいんじゃねぇかなぁ」
 さすが杜岐。まさかいい返事が返ってくるとは思ってなかった奏目は目を輝かせる。
「ち、超自然会? なにそれ、部活? ウチの学校にそんな部あったの?」
 名前がもの凄く胡散臭いのだが。
「いんや、正式には部活動としては認められてないんだけんど、なんてーか……とにかくよく問題起こしてる部なんだよ。ま、行ってみればいいさ〜。さすれば分かるさ〜」
「はぁ……でも、どうしてその部なの?」
 正直そんな部に行きたくないわ〜、と奏目は思った。
「そこが扱ってる内容がね〜、また凄くて。世界の謎を全て解明してやるとかで、オカルト的な事件が大好物なの。でもなんつっても一番おかしいのはその会の会長。頭脳明晰で顔もいいのに言動がぶっとびまくっててすごいのなんの、しっちゃかめっちゃかだよ」
 と、杜岐が説明している内にチャイムが鳴った。二時間目の授業の始まりだ。
「とにかく奏目さんの言ってた事だったら、あそこなら喜んで食いついてくるから一回行ってみることだね。旧校舎のどこかに部室あると思うから……くれぐれも気を付けてっ」
 と、杜岐は言っていたものの、説明を聞いて奏目は行くことに気が進まなかったが、次の授業の終了後にはさっそく旧校舎にあるという例の部の部室へと足を向けていた。
「しっちゃかめっちゃかな部かぁ……」
 普段はあまり使われることのない、主に部活動をやっている者達が各部屋を部室として使うくらいの建物、旧校舎へと奏目は足を踏み入れ、超自然会とやらを一階から一部屋ごと順番に探していった。
「あった、超自然会……」
 3階の階段を上がってから一番奥の部屋がそこだった。部屋の扉に手書きで『超自然会』というでかでかした文字が書かれた紙が貼ってあったのでとても分かりやすかった。
 張り紙を眺めながら、奏目が部屋の前で立ち往生していると、
「だからもうこんなところやっていけないって言ってるの!」
 と、いきなり部屋から怒鳴り声。どうやら中で生徒が言い争っているらしい。
「ここはオカルト部じゃない! こんな非科学的で非論理的な空想……あんたの訳の分からない言動とわがままにわたしはこれ以上付き合ってられないの!」
 かなり揉めているようだ。女子生徒の声がここまではっきりと聞こえてくる。
「ふむ、俺はあくまで現実に則った範囲内でものを考えていたつもりだったのだが……そのうえでの産物がそれなんだよ……」
 と、男の声も聞こえた。その声は重低音でなかなかダンディーなものだった。
「ふん、わたしは科学しか信用しないっ。あんたとは根本的に違うんだ!」
「俺のも一応科学のつもりでやってるんだがな……。それによく言うだろ? 優秀な科学者ほどそれに比例して世界の神秘を信じる傾向にある、と」
「そんなものは自身の能力の限界に気付いた者の逃げ道さ、わたしは違う」
 どうやら男女2人が言い争っているようだ。修羅場というやつか。少し様子を見ようと奏目は、見つからないようそっと部屋の中を覗き込む。
「そうか。まぁ、そこまで君が耐えられないというなら俺も無理には止めん、好きにすればいい。残念だよ、君は素晴らしい人材なんだが……って、ん? 何見てるんだお前?」
 すると男子生徒の方が奏目の存在に気付いた。って、バレるのはえーよ! どんだけ鈍くさいんだよっ!
「あっ、ああっ、ええっと……ちょっと超自然会さんにお願いというか相談に乗って貰いたいことがありまして……」
 修羅場に慣れていない奏目の言葉はつっかえつっかえだった。しどろもどろしてる。
「……後にしてくれ、今は立て込んでいるからな」
 背の高い、眼鏡をかけたクールそうな男は言った。
 仕方がないので奏目は言われるがまま部屋を後にしようとすると、
「いいえ、話は終わり。悪いがわたしは今日限りでここをやめさせてもらう!」
 部屋の中から声。そして中から一人の女子生徒が怒りの表情を露わにして出て行った。
「……」
 部屋の前でどうすればいいか分からず突っ立っている奏目に、教室の中にたった一人残った男子生徒が声をかけた。
「参ったな。これでとうとう俺一人か……おい、君。こちらの用はもう済んだ。話とやらを聞こうじゃないか。とりあえず中に入ってこい」
 教室に一人残された、眼鏡の似合うイケメン男子生徒は言った。この男が会長のようだ。
「え……と、実は折り入って相談したいことがありまして……」
 超自然会の部室に入ったはいいが、正直なにやら切迫した状況だったので帰りたいなと考えていた奏目だった。が、こうなったらやぶれかぶれの勢いで話を切り出す。夢のこと、未来のこと、そこでの自分の死、そしてそれがもうすぐ実現するのでは、ということ。
「……というわけなんです」
「……」
 大体の話を一通り終えた奏目は、男子生徒がどのような反応を示すのだろうか窺った。一般的な人間だったら大抵は信じないだろう。男子生徒は腕を組んだまま何も答えない。
「あのー……何か分かりますか……?」
「……」
 依然男子生徒は腕を組んだまま何も答えない。
「……」
 奏目は心配げな眼差しで男子生徒のリアクションを見守る。
「……す、」
 と、男子生徒がぽつりと言葉を発した。
「す?」
「すっごいじゃあないかああああぁぁぁぁーーーーーー!! 君イィィィィ!!!!!」
「は、はいっ?」
 奏目は男子生徒のいきなりの雄叫びに驚いた。ていうか引いた。
「何というスクーーープッ! これは、運命だッ! 君ィ! 名前は何というッッ!?」
「……か、桑崎……奏目、です」
 男子生徒の突然の異常な興奮にたじろいでしまう奏目。
「そうか、桑崎奏目クン。君は今日から我々超自然会の一員だッ!!」
「……へぇ?」
「といっても今この会には俺一人しかいないがな! まぁでも会員なんかどうとでもなるさ。むしろ、何人いても、一人もいなくともどっちも同じようなもんだ」
 違うだろ、部の存続的に。そしてやはり……こいつがこの会の会長なんだろう。
「いや、そうじゃなくて……。ボクこの部活に入りたいなんて言ってませんよ。……というより正式な部活じゃないでしょうに……」
「フフッ、若いな小娘。部活? 正式? そんなの関係ない! ただ俺は俺の信念に従い、この世界に溢れるありとあらゆる謎に挑戦していく、それが俺のやり方だッ!!」
「……」杜岐の言っていた事がよくわかった奏目だった。
「自己紹介が遅れた。俺は二年四組、九重アキラだ。よろしく」
 九重と名乗った男子生徒が手を伸ばした。
「あ、はい。よろしくお願いします」
 差し伸べられた手を反射的に握り返してしまう奏目。
「よし、これで君も晴れて超自然会の愉快な仲間に加わったというわけで」
「いや、ならないよっ! なにその悪魔の契約。そんなこと一言も言ってないよっ!」
 思わずツッコミを入れてしまった奏目。
「ふぅむ、残念だ」
 九重アキラはわざとらしく肩を落とす。
「こほんっ。あ、あの……そろそろ本題に入ってもらえませんか?」
 と、キャラでもない事をしてしまったので恥ずかしそうに咳をしてみせる奏目。
「そうだな……とにかく君が言っている事が本当だったらならこの問題は簡単に回避することができる」
 なんとあっさりと回答を導き出した九重。超自然会会長の名は伊達じゃない。
「え……ほ、本当ですかっ」
 半信半疑でいた奏目が目を輝かせる。
「簡単さ。というより、その問題は既に解決したようなものだよ。君は現実のルールから外れて、本来知りえない未来を知ってしまったんだ。しかし知覚する事でその未来の可能性は同時に失われる……つまり死ぬと分かっている行動を誰がとるというのだ? 死という事実、時間と場所も分かっているなら、その時間その場所に行かなければいい」
「……あ」
 確かにその通りである。絶対な情報があるなら絶対に回避することができる。……なのだけれどもそれで、はいそうですかと安心できるわけもなくて。
「でも、結局違う形で死ぬとか……死という運命は変えられないていうオチかも……」
「……うむ、奏目クンの説も一理ある。その気持ちも分かる……なら、それを逆に利用してみてはどうだ」
「それってボクが死ぬって事実を利用する事ですか?」
「ああ……そうだ。君も知りたいだろう? 真相というものが。ニュースで言っていた正午頃というのは多分昼休みの事じゃないのか。その時に何かがあるかも。やってみる価値はあるだろ?」
「そんな……危険すぎる……」
 屋上には近づいてはいけないんじゃなかったのか。
「事件の事は分かっているんだから気を付ければいいだけのこと。君は真実を知りたくないのか? ……まぁいい、では俺が行こう」
「……わ、分かりました。ボクも行きます。けどボクは遠くから見てるだけですからね」
「あくまで俺主導か……フフッ、ますます君が欲しくなったよ。それでは昼休み屋上で」
 この男から色々な意味で危険な香りがした。悪寒を感じる奏目だった。
 
「……何も変わった様子はないな」
「そうですね……」
 昼休み。夏の太陽がさんさんと照りつける中で奏目と九重は、2人以外誰もいない屋上の塔屋の上で、背中合わせに高熱のアスファルトの上、うつ伏せになって屋上全体の様子を見張っていた、青の空が広がっている。学校すぐ近くの裏山からセミの声がうるさい。
「……そろそろ戻りません? すごく暑いし、もうすぐ昼休みも終わる頃だし」
 かれこれ30分は経過していた。いいかげん自分達が馬鹿らしくなってくる。
「いや、もう少し様子を伺おう。ひょっとしたら――む」
 突然九重は真剣な顔をして口をつぐんだ。
「……? どうしたんですか九重先輩?」
「しっ、静かにしろ。誰か来るぞ」
 九重は声をひそめて下の様子をじっと見つめる。
 その時、一人の女子生徒が扉を開けて屋上へとやってきた。見覚えがある後ろ姿。
 少女はまっすぐに歩いていった。その先はそう、丁度奏目が昨夜、舞亜にそそのかされ転落したその場所。そこまで行くと少女は突然後ろ――こちらの方を振り返った。
「っ!!!!」
 衝撃が走った。奏目は彼女の事を知っていた。その顔に見覚えがあった。それは一昨日の学校の帰り道で出会った美少女――鼎緒姫であった。
「まずい、気づかれたか……?」九重は身を縮める。
 奏目は衝撃の余波で九重の声が耳に届いていない。何をしているのだろうか、緒姫は辺りをぐるりと見回している。
「……どうやら気付かれていないようだな」
 九重はほっとして緒姫の監視を再開する。
 すると緒姫がなにやら独り言を呟き始めた。
「どうして……おかしい。何もないじゃない。なんで。このままじゃ……私……頭が、痛い。思い出せない……奏目に、会わないと」
 どういう意味だ。緒姫はうずくまった。そして緒姫の様子を見ていた2人は彼女の口からでた名前に驚いていた。
「……奏目クン、君とあの女子生徒は知り合いなのか?」
 地面に寝そべる長身の九重の姿は、緑色のなんかの昆虫っぽかった。
「……あ、はい、一応。でも一昨日会ったばかりですし……なんでここでボクの名前が出てくるのかは……不可解です。それになんだか様子も……おかしい」
「それは見れば分かるよ……あの子の名前は?」
「えと……そう、鼎緒姫さんです」
「ふむ、そうか……。奏目クン、君はここで見張っていてくれ」
 緑色の昆虫はそう言うと、何を思ったのか静かに立ち上がった。そして塔屋から降りる。
「こ、九重先輩っ、何をするつもりですかっ」
 奏目の制止も聞かずに九重は緒姫の方へと近づいてゆく。
「やぁ、君こんなところで何をしているんだい?」
 そして九重は陽気な声で緒姫に語りかけた。
 その言葉で緒姫は立ちあがり声の主を睨みつける。
「……あなた、なぜこんなところにいるの?」
 緒姫は冷たい口調で、九重の存在に対して疑問を口にする。
 その様子に奏目はさらに驚く。緒姫の雰囲気が先日会ったときとはまるで違っていた。
 奏目が緒姫に対して感じていた得体の知れない恐怖の片鱗を味わったような気がした。
「いや、だからそれはこっちが聞きたいことなんだがねぇ……」
「いいから質問に答えて」
「ふむ……ちょっと君に事件の匂いがしたのでね、事情聴衆を……と」
「そういう事じゃないわ。私が聞きたいのはね……どうしてあなたが私に近づく事ができるのってことよ……」
「……? 君のその発言、意図がよく分からないんだが?」
「……ねぇ、あなた。もしかして……桑崎奏目をご存じかしら?」
「――っ!?」
 奏目は思わず声をあげそうになった。どうしてここで奏目の名が……?
「……さぁな、そんな事は関係ない。だが興味深い。聞かせてもらうぞ、君の全てを」
 九重はそれでも動揺を見せずに緒姫の元へとゆっくり進む。
「あなた何者なの……? こないでっ! これ以上私に近寄れば危害を加えるわよっ!」
 それでも九重は緒姫のそばまで近づく。緒姫の表情がどんどん曇っていく。
「俺は九重アキラ。超自然会の会長……さぁ次は君の番だ、君はここで何をしているんだい? 鼎緒姫クン?」
 緒姫の目の前までやってきた九重はにやりと笑った。
 その刹那、鼎緒姫の目の色が変わった。文字通りに。蒼穹の青から深紅の赤へ――。
 次の瞬間――九重アキラの体が飛んだ。
 奏目は我が目を疑った。緒姫が九重を投げ飛ばしていた。
 その先には――四階分の高さの空と、その下にある地面だった。
「ぬおおおおおおああああぁぁぁぁ!!!!」
 落下する九重の断末魔が炎天下の屋上にこだまする。
 ――死んだ。殺した。奏目は恐怖した。目の前の少女が目の前の男子を殺した。奏目は戦慄した。凍り付いたように震えて声も出せず動くことも出来なかった。
 緒姫はしばらく立ち尽くしていた後、その場を後にした。
 そして緒姫が去ったのを確認して、奏目は恐る恐る九重が落下した現場まで行ってみた。
「九重先輩……」
 奏目は泣き出しそうな声で故人を偲んだ。変な人だったけど決して悪い人間ではなかった。惜しい人を亡くしてしまった。と、その時――足下から、
「か、奏目クン……悲しむのはいいが、手を貸して貰えるならより助かるのだが……」
 九重の声がした。もう幽霊になって現れたのだろうか。奏目はびっくりして足下を見る。
「抜群の運動神経を持つ俺じゃなかったら死んでたぞ。さ……さすがだな俺は」
 生きていた。九重は校舎のふちを両手で掴んで必死でぶら下がっていた。
「だ、だが、これで一応君の命は救ったぞ。俺が君の代わりに死んだのだからな」
 九重は冷や汗をたらしながらも、にやりと笑った。

 奏目は夜遅くに家に帰った後、自室に篭もっていた。何も考えたくなかった。
 放課後、すぐに家に帰ろうとしたら九重に呼びとめられて訳のわからない話を延々と聞かされ、やっと解放されたと思ったら今度はどこから出てきたのか、今日学校を休んでいたはずの舞亜がいきなり現れて、
「夜になるまで家には帰らないで」と言ってまたすぐに姿を消した。
 礼を言う間もなかったが、舞亜には命を助けられた事もあったので、一応その言葉に従って結局奏目が自宅に帰ったのはそれから3時間後だった。
 もううんざりだった。何も考えたくなかった。今までのように嫌なことから、全部から逃げ出したかった。
「姉ちゃ〜ん! 飯はいいのか〜!!」
 奏目を呼ぶ弟の声。今日はいいと告げ奏目は引きこもる。全てから逃げ出したかった。
『とにかく、もしもこの時、俺じゃなくて君が行っていたら、君が見てきた未来の通りになっていた、ということだ。念のためにこれからもあの女には気をつけろ。何かあったらいつでも俺のところに来い。……ふはははは、なんだか燃えてきたぞ〜!』
 一歩間違えれば死んでいたところなのに九重は奏目とは対称的にとてもいきいきしていた。ついでに別れ際に会に勧誘された。勿論、奏目は断固拒否した。
「……一体なにがどうなってるの、もう」
 鼎緒姫――もう一度会いたいと気になっていた人物との思わぬ形での再会……。
 奏目は部屋から一歩も出ることなく眠りについた。そして再びリアルな夢を見てしまう。


 男がいた。その姿は見覚えがあった――スカイハルト。そうだ、2日前の夢で見た男もスカイハルトだった。その男がこちらへ近づいてくる。何をしているのだろうか。あたりは暗く、どこかよく分からない場所だ。でもとても高い場所にいるような気がする。
 突然、閃光であたりは包まれた。真っ白だ。凄い炸裂音と衝撃が辺りを包む。間髪あけずに今度は風圧に襲われる。そして次に視界が赤く染まって――、


 目が覚めた。

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