姫の夢を叶える要

 第一章 廻る世界 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

5.  7/3 現在

 
 奏目は朝から絶不調だった。登校の間いろいろな事で頭が一杯だった。これから自分がどうするかを考えていた。夢のことが気がかりだったし、自分の身が心配だった。
 とにかくスカイハルトに会おうと奏目は考えた。彼ならきっとなにか知っているはず、夢に出てきたのには何か意味がありそうだった。それと、もうひとり……。
「鳳仙さん、話があるんだけど……いいかな」
 授業が終わって放課後、奏目は鳳仙舞亜に声をかけた。
「何?」舞亜は相変わらず愛想の欠片もなかった。
「あ……えと、昨日夕方に会ったけど、学校は休んでたんだよね」
「……そう」
「……言いそびれたけど、一昨日はありがとう。おかげでとても助かったよ」
「……」
「……そ、それで鳳仙さんにちょっと話があるんだけどいいかな?」
「私もあなたに用がある」
「よ、用……? そう、分かった……」
「ここじゃ都合が悪いから別の場所に行きましょう」
 
 というわけで二人で帰宅することになった。相変わらず外は暑かった。
「…それで鳳仙さん、昨日はおかげでなんとか死なずに済んだんだけど、どうなってるのかさっぱり分からないんだよ」
「……」
「どうしてボクばっかりこんな事に巻き込まれるんだろう……」
「……あなたは鍵。世界は非常に危険な状態にある。あなたが未来の行方を左右してる」
 奏目はぞっとする。そんな責任持つ気はないし、そんな突拍子のない話信じられない。
「……鳳仙さんは一体何者なの?」
「あなたのクラスメイト……同時に私は世界を正しい方向に導く、世界の調律を安定させる役目を担った存在……とだけしか教えられない」
「そ……そう」
 さっぱり意味が分からなかった。そのまま奏目が自宅方向に行こうとした時、ぐいっと右手首を舞亜につかまれた。
「着いてきて」
「ど……どこに……」
「私の用」
 そのまま舞亜は奏目の手を引いて、有無を言わせず連行した。
 
 着いた先は高層ビルが立ち並ぶ都会の街。舞亜に連れられしばらく歩くと、オフィスビルが立ち並ぶ中一際大きな、だがどうやら工事中で中に入れない様子のビルの前まで来た。
「ここ?」
「そう」舞亜はこくりとうなずく。
「このビルで何があるの?」
「ある人物が来る」
「誰?」
「あなたもよく知っている人物。きっとあなたも会いたいと思っている」
 奏目の脳裏にある人物の顔が浮かぶ。……スカイハルト?
「どうしてボクばっかりこんな目に……?」
「あなたにはやらなければいけないことがあるから。桑崎奏目、信じられないかもしれないが、私はあなたに会ってあなたに道を示してもらった。あなたは自分で自分の道を切り開いてる。その事を覚えといて」
「ボクがって……何の事なの? ……これからどうすればいいの?」
 奏目の質問に舞亜は黙ったままビルの最上を見つめる。気のせいか敵意が感じられた。
「屋上に行けばいい……ただしそれはあなた一人で行かなければならない」
 オレンジの太陽を突き刺した塔のような建物は、天にも届きそうなくらい貫禄を感じた。
「つくづくボクは屋上に縁があるんだな……」

 鳳仙ビル――この辺りに建つ建物の中でも一際高いビルである。偶然であろうか、鳳仙舞亜の名字と同じ名を冠したそのビルは、目の前に立つ奏目を威圧するようにそびえる。
「鳳仙さんと何か関係があるんだろうか……」頂上付近を見るがその全貌は分からない。
 夕暮れがすっかり夜へ変わり、会社人が帰ったオフィス街は静かになり、どこにいるのだろう鈴虫の声が静寂に響いていた。
「よし、行くか」
 奏目は一人、鳳仙ビルの中へと入って行った。
 何かこのビルで事件でもあったのか、ビルの敷地内には立ち入り禁止の看板やドラマでよくみるキープアウトのテープが目立つ。結構不気味だ。
 ビルの内部は、完成したばかりなのか、とてもきれいな状態だが、明かりが付いておらず光は外からの街の明かりだけに頼っていた。ビル内部はさらに不気味だった。
「最近不法侵入多いなボク……」
 帰りたい気持ち一杯で歩を進めていると、ありがたいことにエレベーターを発見した。奏目は中に飛び込み、一番数字の大きい階数のボタンを押し、エレベーターは動き出した。
 不気味さを増長するようにエレベーターは軋むような音を立てて上昇する。その時、
「奏目さん」背後から声。
「!!!??」
 奏目は心臓が口から飛び出るくらい驚いて振り返ると、エレベーターの隅、暗がりで気付かなかったが一人の少女がいた。奏目が来る前からエレベーター内にいたのか?
「え……な……ど、どうしてここに……」
 鼎緒姫がいたのだ。
「まぁ、こんな所で出会えるなんてっ、私たちきっと赤い糸で結ばれているのだわ」
 なんとも白々しい大げさなアクションで感動を表す緒姫。
「だ、だからなんで君がここにいるんだよっ」
「だから偶然です」
「うそつけ! 立入禁止のビルに何の用があるんだよっ」
「奏目さんは何の用があったんですか?」
「うっ……それは、ボクは……って話をそらすなっ。分かっているんだから、ボクを殺しに来たんでしょ。見たんだ、昨日君が九重先輩を屋上から投げ飛ばしたところを!」
「……み、見てたの……。そうか、やっぱり近くにいたんだ……」
「いたよ、そしてこの目でしっかりと見たよ! 先輩がなんとか壁につかまって助かったからよかったものの、下手したら死んでたんだ!」
「そう、助かったのね……」暗くて緒姫の表情がよく分からない。
「そんな無責任な言い方っ! 君はなんて人なんだっ! きっと……そうやってきっとボクの事も、信用させたところで裏切るつもりだったんだろ!」
「…………」緒姫は何も話さない。
「なんとか言ってよっ! ボクは君の事をこれっぽちも信用してないからなっ!」
「う、くくっ……」その時、緒姫に異変が……?
「な……なんだ。反論でもあるのか」思わず身構える奏目。
「ひ、ひぅ……うぐっ。ご、ごめんなさい……怒らないで、奏目……。ひっく……そんなつもりじゃ……ないの。謝るから……だから許して……」
 緒姫が泣いた! しかしあまりにも嘘くさいというか。嘘泣きじゃないのか。
「えっ、な……泣いた? ……演技?」
「マジ泣きよ、えぐっ……」マジでか?
「は……はんっ、泣いたら許して貰えるとか思ってるんでしょ。そんなんで有耶無耶にできると思ったら大間違いだからね」
 奏目も一応は、緒姫と同じ少女。その武器は奏目には通用しないのさ。なんともないぜ。
「ううっ……ぐすっ。ひどいよ奏目。そんな言い方はひどいよ……。えぐっ、えぐっ」
 緒姫の涙は止まらない。人形のような顔を歪ませて泣きじゃくる。長い黒髪の幾筋かが、涙によって頬に張り付く。
「…………」
 さすがの奏目も平静を保てなくなってきた。というか元々メンタル弱いから間が持たない。いったい何がしたいのだこの少女は。半分切れそうになる。
 だけど丁度その時、エレベーターはようやく目的の階に到着して、扉が開いた。

「えぐ、えぐっ、ひっく」
 奏目は泣きじゃくる緒姫と2人、ビルの13階フロア内を歩く。ビルの中は薄暗く、窓から差し込む月明かりだけに頼った光は、ぼんやり浮かぶようで幻想的だった。
 いい加減泣きやまないものか、そもそも本当に泣いているのか、そもそもなんでついてくるのだと思いながら奏目は、自分の服を掴んで離さない緒姫に疑問を口にする。
「あの……それでさっきの質問だけどいいかな? 君はどうしてここにいるの……?」
 子供をなだめるような口調で奏目は言う。結局、有耶無耶にされてしまった。
「……奏目に会いたかったから……」答えになっていそうでなってない回答は、どこまで本音なのか分からないし、しかもいつの間にか奏目の名前を呼び捨てにしてるし。
「それで……ボクに何の用?」
「……それは分からないの。でもあなたに会わなきゃいけない気がして……」
「……え、なんで?」
「だからそれが分からないって言ってるでしょ、奏目のばかっ」
「……ばかって……」奏目は緒姫のキャラがどんどん分からなくなってきた。
「……そういう奏目はこんなところで何してたのよ」
「え? えっと……さ、さんぽ……?」
 じーっ、と擬音が聞こえてきそうな顔をして奏目を見つめる緒姫。
「じーっ……。嘘でしょ、それ」実際言っちゃった。バレバレだし。
「嘘です、ごめんなさい……実は人と会う約束をしていて、……それで屋上まで行きたいんだけど、どこから上がれるんだろう」
「そう……人と会うんだ……」
 と、なぜか緒姫の表情が少し曇ったような気がした。
「分かったわ。それじゃあ手分けして屋上へ続く道を探しましょ。私はこっちに行くから奏目はあっちの方をみてきて。それじゃ」
 奏目の返事も待たず、そそくさと緒姫は一人で暗がりへと消えていった。涙はすっかりかわいていた。
「……なんだよ、勝手なやつ。どういうつもりなの」
 奏目はやっと緒姫から離れることができて嬉しい反面、少しさびしい気がした。
 奏目は緒姫の姿が見えなくなった後、方向転換してゆっくりと歩き始めようとする。その時――こちらに何者かが近づく足音。そして、
「こんばんは、桑崎さん」
 暗闇から聞き覚えのある声。屋上へ行くまでもなかった。果たして目的の人物なのか、スカイハルトが月明かりに照らされ奏目の前に姿を現した。この男はいつも神出鬼没だ。
「いつの間に……」
「そんな事はどうでもいいじゃないですか。あなたは私に用があるんじゃないのですか?」
 確かにそれは奏目にとってどうでもいいことだし、この男に深入りするのも避けたい。
「……予知夢っていうんでしょうか。3日ほど前に夢で車にはねられそうになった夢を見て翌日それが現実になりました、あなたと出会ったすぐ後。その直後に恐らく、いや……ボクは確かに未来に飛びました。そして――その夢には、あなたが登場していました」
「ほうほう、それは興味深いですね」
「とぼけないで下さい! あなたは何か知ってるんじゃないですかっ!? それを全部ボクに話して下さい! ボクはまた、今朝も夢であなたを見ました!」
 いつも気弱な奏目がいつになく強引に迫る。
「そう、ですか……。見たんですね、今日も。……分かりました、分かりましたよ桑崎さん。あなたの気持ちは十分分かります。ですがそれは桑崎さん。ご自身で答えを見つけて下さい――残念ですが」
「……どうやって」
「……」答えないスカイハルトは、代わりに怪しい笑みを浮かべる――。
 瞬間、視界の全てが眩しく輝いた。同時に轟音が鳴り響き、炎が吹き出す。奏目が状況を理解するよりも前にその体は衝撃で吹き飛ばされていた。
 奏目の記憶はここで途切れた。
 
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 緒姫は炎に包まれたビルの屋上で月を見つめていた。
「何……この気持ちは……」
 ……そうか緒姫、今の君もそうなのか。
 スカイハルトが星空と炎の色を纏った緒姫の後ろ姿をずっと見つめていた。
「……ヒメ」
 そうか、スカイハルトやはりお前は……。
 けれど、救うのはお前か? お前なら救えるのか……?
「俺に残された時間も少ないようだ……」スカイハルトは重々しく呟く。
 月に照らされたその姿は儚げに見えた。
 そうだ、お前は既に終わっているのだ。所詮お前も幻想にすぎない――。
 ……確かに向かっている、結末へと着実に。それぞれの想いが混じる――俺も含めて。
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