姫の夢を叶える要

 第一章 廻る世界 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 3.  7/2 未来

 
 奏目は自宅に戻り、すぐ自室のベッドへ直行。一人暇そうにベッドで寝ころびながら何もない天井を見ている。傍に設置されたTVでは夕方のニュース番組が流れていた。
「さっきの男、あいつも衝突事故のこと分かってたような口ぶりだったなぁ……。はぁ、世界の未来を担う、か……」
 奏目の頭は先程の出来事の事で一杯だった。
 そしてどうでもいい事だが、自分の部屋ではやたらと饒舌になる奏目である。
 ちなみにニュース番組ではお天気コーナーが始まったところだった。
『本日7月2日の天気は全国的に晴れでしたが……』と、お天気キャスターの声。
 その時、奏目は一瞬我が耳を疑った。
「んっ!? ……いや、今日って7月1日じゃないの……?」
 朝のニュースでは今日から7月と言っていた。そして今日、奏目は学校に登校してきた際、黒板の右下辺りの日直当番の欄に日付が書かれていたのを見て、「ああ、今日から7月なんだ〜」と思った。
 だから今日は――日本全国的に7月1日で間違いないのだ。
 携帯電話での日付も7月1日であるのを確かめ、奏目の注意はテレビに釘付けになる。
『明日のお天気は雨になる地域が多くなるでしょう』
 それは7月3日の事をいっているつもりなのか。奏目はチャンネルを変えてみる。
『続いて本日正午頃起こった事件です』この時間帯はニュース番組が多い。
『桂区にある私立弧乃華高校で女子高校生一人が校舎の屋上から転落死するという事件が発生しました。自殺の可能性が高いとのことです……』
「んなにいぃーっ……!?」
 ニュース内容に衝撃を受ける。思わず素っ頓狂な声を上げる。そんな事があるはずはない、奏目は思った。
 だが、TVに映し出された建物に強烈なほど見覚えがある。なぜならそれは奏目が毎日、今日だってさっきまでいた場所――そう、奏目の通う高校なのだから。
 けれど、だからこそそんな事ありえない。奏目はさっきまで学校にいた。こんな事件は勿論なかった。正午ならなおさら。お昼は普通にいつものように屋上で一人過ごしていた。
 奏目以外誰も来なかったし、もちろん奏目が知る限りでは誰かが飛び降りたなんていう事はなかったし、そんな話は全く聞いていなかった。これは何かの間違いだ。
 しかしニュース番組は無情にも奏目に追い打ちをかける。
『屋上から転落し、病院に搬送されましたがまもなく死亡した、桑崎奏目さんです……』
 奏目の目の前が真っ白になっていく。
 TV画面に映っていた顔は弧乃華高校の制服に身を包んだ――恐らく入学式の日に撮った時の写真であろう――間違いなく自分自身の顔が、TVの前と瓜二つの、格好まで同じ桑崎奏目がそこにいた。
「し……死んだ。ボクが……。自殺? ここにいるのに」思考回路はショート寸前。
『繰り返しお伝えします。本日7月2日正午頃桂区にある私立弧乃華高校で女子高校生一人が校舎の屋上から転落死するという事件が発生。この事件で……』
「何も繰り返さなくても……」
 TVを眺めているうちに奏目はツッコミができるほどには冷静になり――その時、ある一つの記憶が脳裏を横切った。
『今夜、今日が明日になってたなら学校の屋上に来て』
 放課後に鳳仙舞亜の口から発せられた言葉だ。
「……よし」
 プツッ……、とTVの電源をOFFにして、奏目は部屋を後にした。


 奏目は学校の校門まで来ていた。空は暗く、街は夜の世界に包まれていた。
 こうして見ると真っ暗な学校も新鮮だ……悪い意味で。と魔境と化した学校を前に、怯みがちの奏目。
 だが迷っていても仕方ない。さて、どうやって中に入ろうと奏目が学校の敷地へ進入する為にぐるりとまわっていると不意に、
「やぁ、桑崎奏目さん。やっぱりまた会いましたね。でもこんなに早く会えるとは。アハハハハ」
バッドタイミングで予期せぬ人物と予期せぬ再会を果たしてしまった。
「スカイ……ハルトさん」
 闇夜の中、金髪と青い瞳を妖しく光らせて唐突に登場した西洋風の男。そして相変わらずの胡散臭い笑顔。
「桑崎さん〜、私の名前覚えていてくれたんですね、嬉しいです」
 こんな名前は忘れたくてもなかなか忘れられないだろーが。
 スカイハルトは清々しい笑顔を奏目に向けていたが、いきなり真剣な眼差しに表情を変えたかと思うと、奏目に尋ねた。
「ところで――桑崎さん。ここで一体何をしているんですか?」
「あ、あなたには関係ないことでしょ……」
「う〜ん……それはどうでしょうか。ひょっとしたら関係あるかもしれませんよ〜?」
「いや、ないと……思うけど」
「あると思います。桑崎さん、あなたこれから学校に行くんでしょう?」
「……」
 こんな時間に学校の周りをうろちょろしていたら、考えを当てられても不思議はない。
「目的は……日付があなたの現在いる時間がなぜか1日ずれているみたいなので元の時間に戻る方法を求めに来た、でしょう?」
「な、なんでそれを!?」
 予想外の言葉を聞いた。なぜこの男がそんな事を知っているのだ? いいや、それよりもやはりそうだったのだ。この世界は奏目の知るより1日未来の世界なのか。
「あなたも気づいたんですかっ? 今って、今日が明日になっているでしょう!?」
 自分以外にもこの奇妙な現象に気付いた人間と会えて思わず興奮する奏目。
「ええ、まぁそうですね」
 でもスカイハルトは特に感慨なさそうな感じに答えている。
「やっぱり……やっぱりそうだったんだ! ボクはっ……」
 けれども奏目は自分の考えが正しかった事を確信して、一人で興奮している。
「桑崎さん、少し落ち着いて下さいよ。ええっと……先程の質問ですが、あなたはこれから学校に行くんですよね」
「あっ、すいません……まぁ、そうですね」
 スカイハルトになだめられ、少し顔を赤くして自重する奏目。
「ふむ、そうですか……」
 と言うと、スカイハルトはう〜ん、となにやら考え事を始めた。
「あまり気が進みませんねぇ」
 スカイハルトは奏目の行動に反対のようだ。
「そ、そりゃあ勝手に学校に忍び込むのは悪いって分かってますけど、今はそれどころじゃないんですっ!」
「いえいえ、私はそういう事で止めているんじゃないんですよ。学校なんていつでもジャンジャン忍び込んでくれて構いませんよ……ただね、学校に忍び込んで何をするのかっていうのが問題で――桑崎さん、これからあなたはある人物と出会う。そして元の時間に戻して貰おう、というわけですよね?」この男エスパーか。
「な、なんでそんな事まで分かるんですか?」
 奏目の反応を見て確信したのだろう、スカイハルトは奏目の発言を無視し、そのまま続ける。
「その人物とはひょっとして少女……ですか?」エスパーだ。
「え……ええ、そうですよ」奏目は観念して正直に告白した。
「……ならやはり気が進みませんね、あなたをこのまま行かせるのは……」
「どっ、どうしてなんですか。」
「桑崎さん、私はあなたにあまり行って欲しいとは思いません。私からのお願いです。ここから先はご遠慮願えないでしょうか」
「……嫌だって言ったら?」
 奏目のその言葉にスカイハルトの仮面の奥が垣間見えたような気がした。それは冷たい瞳、それは無機質な無表情、それは――見覚えのあるような……。瞬間、奏目は背筋が寒くなるのを感じた。
「力ずくでも止めましょうか? ……なんていうのは冗談です。分かりました。桑崎さん、でもお気を付けて下さいね」
 スカイハルトは再び仮面を被り、再び笑顔を貼りつかせた。
「……お気遣いありがとうございます」
「ハハハッ、いえいえ」
 スカイハルトの笑い声を聞きながら、奏目は無言で閉じられた門の方へ行く。その背中にスカイハルトは爽やかに言葉を続ける。
「何しろあなたは今日お亡くなりになったのですからね、気持ちは分かります」
 思わず歩みが止まる奏目。スカイハルトはさらに続ける。
「桑崎さん、これは本当に起こった事実なんです。どうか気を付けて下さい」
「……十分承知です」
 そう言って奏目はスカイハルトから離れていった。

 スカイハルトと別れた奏目は、閉じられた校門をよじ登り、学校の敷地内へと潜入した。辺りはすっかり暗く、静かで、夏の夜に響く虫の声だけが聞こえていた。
 誰かに見つからないよう注意しながら、奏目は必要以上に警戒し、前屈みで校舎へと小走りで向かう。走りながら奏目はそんな自分自身を不思議に感じていた。
 普段の奏目なら決してこんな勇気のいるようなこと、行動に確証も無いようなことは、やらないはずなのだ。それなのに、これじゃあまるで自分が別人のようだ、と。
 校舎の前まで辿り着いた奏目は、そこから中に入れる場所を探していると、どうやらどこかの教室に通ずる窓の鍵が開いているのを発見し、そこから潜入する。
 夜の学校は昼間とはまるで別世界。廊下を渡り、階段の前まで来た奏目は踊り場を見上げ、思わず立ち止まる。暗闇に怯む。しかしこのまま引き下がる事はできない。
「よしっ い、いくぞっ」
 奏目は自らに言い聞かせ階段を上がっていく……が、3階と4階の間の踊り場まで来ていた時に、こんなタイミングで思い出さなくてもいいような、いつもは下らないと思いも馳せなかった事を思い出す。弧乃華高校七不思議の一つ『踊り場の鏡』を……。


「奏目さん、『踊り場の鏡』の噂って知ってる〜?」
「いや、知らないけど……ってか四季方さん。休み時間になるなり、いきなり何を」
「やははは〜、まぁ聞きなさいな。この高校の七不思議の一つなんだけどさ〜、ほらこの棟の階段におっきい鏡あるじゃろう? 夜中にあれ見るとさ〜……」
「……どうなるの?」
「……んっと、なんだっけ? 忘れちった」
「忘れちったって……」
「とにかく映らないはずのものが映るとか、中から幽霊が出て校舎を歩き回るとか、鏡の世界に連れて行かれるとか、自分の死んだときの顔が映るとかそんな感じ」
「……そんな感じって」


 四季方杜岐との不毛な会話を思い出し、奏目の顔は蒼白してしまう。
 目の前には不気味な、大きな鏡――姿見鏡があったから。
 姿見鏡の前まで来てしまった奏目は後悔した。なぜわざわざここに来たのか。見たくなくてもつい大きな鏡に目がいく。鏡面に映るモノの姿を見てしまう。
 だが大鏡の中には怯えた奏目が映るのみで、それはごく一般の姿見鏡であった。
「ふ……ふふっ く、くだらないっ。しょ、所詮噂さ」
 奏目は自らにそう言い聞かせ、逃げるようにその場を通り過ぎた。
 ――しかし、異様な現象はこの時に発生していた。
 奏目が去った後、姿見鏡の鏡面には波を打つように光が渦を巻いていた。だから後ろを振り返らなかった奏目はそれに気付かずに済んだ。
 いや、気付くことが出来なかったのか――。
 そんな事つゆも知らずに奏目は4階までの階段を上がりきり、そこから立ち入り禁止のチェーンをくぐって、その先の屋上への階段を上がる。
 普段使われることのない階段は汚く、落書きが目立つ。階段の両脇には学校の備品のような物や、何に使うのか用途不明な物が多くあった。上にいくほどそれらが目立った。
「さて、と」
 普段から一人で屋上で過ごす事が多いロンリーガールの奏目は、慣れた手つきで壁に掛けられた絵画の裏に隠してある鍵を手にとり、屋上への扉を開く。
 そして扉の先には、ほんの十数分ほど前に見た光景なのだが、懐かしく感じられる初夏の夜が広がっていて――そこに、鳳仙舞亜がいた。
「鳳仙さん……」
 この少女は何らかの情報を持っている。奏目は屋上の端から街を見下ろしている形で背を向けていた舞亜に声をかけた。
「……」奏目の呼びかけに舞亜は無言でゆっくりと振り返った。
「あの……鳳仙さんは知ってたのっ? 今日が明日になってるんだ! それにボクが死んでるんだ! だから鳳仙さんが夜に屋上で待ってるって言ったの思い出したから……ねぇ、これはどうなってるのっ? なんで鳳仙さんは知っていたのっ!?」
 奏目は一気にまくし立てた。まさに藁にもすがる思いである。
 鳳仙舞亜はゆっくりと語りだす。
「桑崎奏目……あなたは今、未来にいる。つまりあなたは7月1日から7月2日の世界に飛ばされた。あなたは特別な存在だから」
 現実では考えられないような事を平気で口走る舞亜。 
「そ、そんな事ってありえるの……」
 実感はあるがどうしても信じきれない奏目。そして特別な存在と言われて少し嬉しかったのはここだけの話だ。
「あり得ないことはない。現にあなたは時を越えて、こうして一日後の時間という世界に飛ばされた……それをあなた自身が実感したから私に助けを求めて今、ここにいる」
「……でも、なんで飛ばされたの……? それにボクが特別な存在って……」
「詳しい説明はできない。でも恐らく何らかの危機的状況がきっかけだと思う。考えられる一つの可能性。だが憶測に過ぎない。あなたの事に関してもいずれ分かる時がくる」
 奏目は理解不能な説明に言葉もなかったが……。
「き、危機的状況……」
 奏目は下校途中トラックにはねられそうになった事を思い出した。
「まさか、あの時……」
 確かにあの瞬間、奏目は理解できない奇妙な感覚に襲われた。
「じゃ、じゃあ鳳仙さんもボクみたいにこの時間に飛ばされたって事なのっ?」
 奏目の頭には同時にスカイハルトの事も浮かんだ。さっき見たのはやはり……。
「それは違う。私はこの時間の人間。あくまで飛ばされたのはあなただけ」
「だったらなんで鳳仙さんそんなに詳しいのっ?」
「……」答えない。
 一体舞亜は何を隠しているというのか。何を知っているのだ。何者なのだ?
「と……とにかく、だったら元の時間に戻れる方法はないの?」
 奏目は諦めることなく舞亜に食いつく。自分の事になると必死なのだ。
「……ある。そのためにこの場所へ連れてきたから」
 舞亜は嬉しい朗報を放った。奏目に笑顔が戻った。だが謎は残る。
「ほ、本当! というか……屋上に? 何か意味があるの?」
 しかし舞亜は奏目の質問に答えず、再び奏目に背を向け空を見上げた。そして舞亜は歩き出す。校舎の屋上の端、転落防止用の手すりを越える。そして奏目を誘った。
「こっちに来て。ここから飛び降りて」
 とんでもない要求をさらりとしてみせた舞亜。
「なっ? なあっ!? え? どこ? ……嘘っ、マジ? 飛び降りるの? ここ、ここからっ!? いや、いかないよっ! っていうか危ないよっ鳳仙さんっ!」
 当然奏目は断固拒否する。けれど舞亜も引かない。
「ここはあなたのいる時間ではない。本来のあなたの居場所ではない。あなたは戻らなければいけない。本来の自分の居場所へ」
「で、でも……こんなの自殺行為だよっ! 戻るどころか死ぬって! 更に別の世界に行っちゃうって!」
「……このままではあなたはこの時間を永遠に彷徨うことになるかもしれない。どっちみちあなたは本来の時間に戻り7月2日までに運命を変えなければ死ぬことになる。何もしなければその通りに時間は進む」
「だからって、なんで飛び降りなきゃいけないのっ!」
「危機的状況による瞬間的な時空の歪みを利用する。準備は既に整えた。今はこの方法しか使えない。時間がない、はやくして」
「……そんな……何を言っているのかさっぱり分からないっ。無理だよ、だって、だってっ……」
 きっと悪い冗談に違いないと奏目は思った。こんなめちゃくちゃな事あるはずがない。これは夢に違いない。飛び降りたら地面に着くギリギリで目が覚めるってパターンだと。
 そう、これは夢なのだ。だから――いっそ。
「分かったよ……やるよ」
 奏目は恐る恐る屋上の端へ、手すりを越えて舞亜の隣へ立つ。
「無事に戻れても安心しないで。今は未来。だから過去に戻ったら、今度は未来に起こるあなたの死を回避するのを忘れないで」
 舞亜は機械的に話す。奏目はその言葉がほとんど耳に入らない。震えていた。
 奏目はゆっくり下をみる。見なければよかった。先程奏目が小走りで駆け抜けた校庭が遠い彼方にあるように見える。奏目を怖じけさせるにはそれで十分。
「や、ややややっぱり無理だよ、こここんなの……」
 奏目の声は震えている。
「あなたならできるはず。はやく」
 分かってる。分かってはいるのだが。それができないのが人間ってものさ。
「ゆ、夢だ。悪い夢だ。お、落ちても平気なんだ。い、いくぞ……い、いい……」
 声も体も震えていた。足も立っているのが限界なくらいすくんでいた。できっこない。涙が出そうになる奏目。いや、流れてた。無理もない……だから……。

「        」

 ……え? いま誰かの声が。あ、体が。

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 瞬間、奏目の体は真っ逆さまに下へと落ちていった、自分の意志とは無関係に……。舞亜はその先を、何も動じずにただじっと見つめていた。
 その時、舞亜の背後から男の声が聞こえた。
「あんた誰だ?」
 舞亜は振り向く。そこにいたのはスカイハルトだった。
「……あなたは?」
 舞亜が同じ質問をそのままスカイハルトに返した。
「そうだったな。先にこっちから名乗るのが道理だよな。オレは……そう、スカイハルト。桑崎奏目の友人ってところだ」
 舞亜の前に立つスカイハルトは、奏目にみせている態度とは大きく異なっていた。
「私は鳳仙舞亜。桑崎奏目のクラスメイト」冷静に答える舞亜。
「……なにをしていた?」
 スカイハルトの声は、舞亜に対して明らかに敵意を持っていた。
「――桑崎奏目の支援」しかし舞亜は全く動じない。
 対峙する2人。ただならぬ空気が流れる。
「お前……何者だ? 一体目的はなんなんだ?」
「それはこちらも同様……あなたこそ何者? あなたについての情報が一切無い」
「……オレも言えないな。お互い秘密主義ってやつだな」
 お互い一歩も引かない。2人は互いを敵として見ている。
「邪魔をするのなら敵とみなす……私たちに干渉しないで。これは警告」
「だからそれはこっちの台詞だって……いいのか、手加減はしないぞ?」
 2人の体は仄かに光に包まれていた。夏の夜によってそれらは美しく輝いて見えた。
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「バッキャロー! てめえ、ひき殺されてぇーのかっ!」
 その声で、気を失っていた奏目は目を見開いた。
 走り去るトラック。奏目はその後ろに倒れていた。
「う……うわあああああ!」
 意識が鮮明に蘇った奏目は体を起こし、叫んだ。
「ああああ……あ、って、あれ? ここは? ……天国?」
 校舎から飛び降りたはずなのに……ここは学校ではなかった。
 奏目はしゃがみ込んだままあたりをキョロキョロと伺う。不思議な感覚を覚えた。
「いや……もしかして……戻っている?」
 よく考えれば、そこは学校の帰り道にスカイハルトと出会った場所で、そしてあやうくトラックと正面衝突しそうになった交差点だった。
 空はオレンジ色でひぐらしが鳴いている。校舎から落ちたときは夜だった。ならやはり。
「……は、ははは……やった。戻れた! 戻れたんだ! あはははは! ……帰ろう」
 すっかり神経を使い果たした奏目は何も考える気力も残らず、そのまままっすぐ家に帰り寝る事にした。

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