姫の夢を叶える要

第二章   走るオモイ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 そんなわけで現在俺の部屋は、主である俺と自称人間ではない正体不明の少女が互いに牽制し合うという、なかなかに貴重な第三種接近遭遇的な空間を醸し出していた。
「さぁ、俺の部屋に連れてきてやったんだ。洗いざらい話してもらおう」
 強気で切り出す。洗いざらい話してもらった後、丁重にお帰り願おう。決して理不尽には屈しないのだ。
「そうよね、しばらく行動を共にする事になるんだし、少しはあなたにも知っておく権利があるものね。こんなばかでも」
 ああ、そうだ。当然だ。俺にも知る権利がある。この非常識な女もようやく……って、しばらく行動を共にするって何だよ。勝手に決定するな。さりげなく馬鹿って言うな。
「いい? 私はね、ある目的があってこの街に来ているの」
「目的?」
「ええ、この街はいま異常な状況なの。このまま放っておくと世界が滅びる事になるわ」
 そうなのか、滅びるのか。それは大変だ。
「って、ちょい待ち。今なんて言った?」
「このまま放っておくと世界が滅びる事になるわ」
 オヒメはご丁寧にそっくりそのまま台詞を反復してくれた。
「はぁ? お前何言ってんの?」やはりホラー界の住人だったのか?
「このまま放っておくと世界が滅びる事になるわ」
「それはもういいんだよ!」
「じゃあわざわざ口を挟まないでくれるかしら。私はね、世界を救うために人知れず日夜奮闘しているってわけなのよ。分かった?」
「いや、分からない」
「……まぁ、無理に分かってもらわなくても私は全然結構。でもあなたは私のことを知ってしまった。だからしばらくは私はあなたの元にいさせてもらう事にするわ。あなたは自分の世界を救う手伝いができるのよ、よかったわねおめでとう」と、拍手。
「やったぜ、俺がヒーロー! ってなんでそうなるんだっ!」思わずノリ突っ込み。
「勿論その方が私にとっていろいろ都合がいいからよ。あなたに決定権はないからね? ……あと、今のギャグ? 全然つまらないんだけど」オヒメは不敵に笑う。
「宇宙人にこの世界の高度なギャグは理解できんさ……」だが俺はショックを隠せない。
 けれども、オヒメはそんな俺の心の傷どうでもいいとばかりに俺に向かってびしっ、と言った。
「こんな美少女と一緒に暮らせるんだからもっと感謝しなさいよっ」
 
 その後オヒメは俺の部屋に住み着くようになった。なるべくオヒメを俺の部屋から外――家の中ってことだが――をうろつかせないようにしているが、家族がいない時はむしろ積極的にうろついている。風呂だって普通に入っていた。俺はそれをあえて黙認する。全ては湯上がりのオヒメが一段と可愛かったからの一点のみ。……まぁ次の日、妹が「下着がない」と言いながら、俺をまるで犯罪者を見るような目で見つめてきたのは兄の尊厳的にとても悲しかったが。ちなみに服も勝手に妹の物を拝借していた。
 オヒメの食事は俺が残しておいたものを与えたりしている。おかげで俺は慢性的に空腹気味だ。しかしオヒメは俺のそんな心遣いもおかまいなしに、それでも腹が減っていたら夜中に冷蔵庫を開け、中身を物色するという犯罪じみた荒技を平然とやってのけた。
 幸い今のところ家族には見つかっていないようだ。オヒメと会話している時もなるべく細心の注意を払っている俺の努力の賜だ。けれどもやっぱりというか、オヒメはそんな事は全く気にしていなかったし、別にバレても問題ないといった態度だった。
 俺とオヒメの会話はとりとめのないものだった。
「あなた……童貞ね?」
「なんでよりにもよってその会話をチョイスしてくるんだよ!」
「あら、大声は禁止じゃなかったかしら?」
 両親が家を留守にしがちなのが幸いした。つーか、居候のくせになんて恩知らずな人間なんだ。あ、人間じゃねーや。
 あと懸念すべきは妹の存在だったが、幸い妹も最近忙しいらしくあまり家にいないので、ある意味で安心だがある意味で心配だ。
 それで――オヒメが寝る時はどこぞの猫型ロボットかのごとく押し入れの中ですやすやと寝息をたてている。
「勝手に覗いたらどうなるか分かるわよね?」
 いい気なもんだ。たまに俺のベッドを占領して爆睡してる奴が言う台詞か。おかげでこっちは安心して眠れないんだよ。ちなみにそんな時俺は床の上で寝る。それでも朝起きた時、俺の隣でオヒメが寝息をたてていた時は驚愕した。オヒメが目を覚ました後はそれ以上に恐怖した。血を見た。自分の。
 学校に行くときは細心の注意を払った。よく漫画等にありがちな状況を想定したからだ。
「いないな……」教室を見渡して呟く。
 心配は杞憂だった。どうやら学校の中まではオヒメはついてきていないらしい。オヒメはいつもふらっとどこかへ出かけて行っては、いつの間にか俺の部屋に帰ってきた。朝夕夜中と関わらず。普段お前は何をやっているんだ。
「私は世界を救っているの。お気楽なあなたとは違うのよ」びしっと言う。
 こんな怪しい人物を部屋で飼っていてもいいのだろうか。いや、よくない(反語)。しかしだからといって出て行けなんて言ったところでもっと恐ろしい目に遭う事なのは火を見るよりも明らかなので、ここはあえてこの多角的に見て異常事態な日常から、目を逸らす事にした。戦略的撤退というやつだ。もしくは現実逃避ともいう。
 ……まぁ、本音を言ってしまえば俺は心のどこかで今の状況を快く受け入れているところがあったのかもしれない。俺は望んでいたのかも、退屈な日常から逸脱した刺激的な非日常ってやつを。さらに言えばオヒメは見た目だけなら俺のストライクゾーンど真ん中の美少女でもあった。結局、それが一番大きかったかもしれない。

inserted by FC2 system