喪女につきまとわれてる助けて

第4話 安息の日々と解放

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
 次の日、学校に行くと噂はもう広がっていた。
 もちろん噂というのは、篠之木来々夢先輩が吾川澄志君をボコボコにして停学処分を受けたというものだ。
 吾川君は学校に来ていた。見たところ怪我はなさそうだったのが幸いだけど、僕は昨日の保健室でのこともあって、なんとなく吾川君に話しかけることができなかった。
「…………」
 僕はずっと吾川君に声をかけるタイミングを探ってたけれど、結局何も言えず、謝ることさえできなかった。だって僕は、そんな勇気がある人間じゃないから。
 そして吾川君も、僕の気持ちを知ってか知らずかずっと前を向いたまま、一度も僕に振り返ることはなかった。篠之木先輩の暴力に荷担した僕を怨んでいるんだろう。
 思えばいつもそうだった。僕はいつも受け身で、自分から話しかける事も、自分から意見することも、自分から仲直りすることもできなかった。僕は本当に弱い人間で……本当に嫌いだ。
 僕は陰鬱な気持ちになって、逃げるように視線を相楽さんの方に向けた。
「……っ」
 驚いた。相楽さんも僕のことを見ていて、目が合った途端に彼女は視線を逸らした。
 相楽さんはどこか申し訳なさそうな、いたたまれないような表情をしていた。
 そうか……相楽さんは篠之木先輩が起こした事件を知ったから、それで僕の事を怒っているんだ。吾川君が傷つけられたから……。
 僕はもう……相楽さんにも会わせる顔がない。

 昼休みになって、僕は2年の篠之木先輩がいるクラスの前まで足を運んだ。
 ……やっぱり篠之木先輩は学校に来ていないみたいだ。
 僕が静かにその場から立ち去ろうとしたその時、篠之木先輩のクラスメイトが、「あ、君はいつも篠之木さんにイジメられてる……ねぇねぇ、篠之木さんがいなくなって正直ほっとしてるんじゃない?」と、聞いてきた。
 もちろん答えはイエスだけど、僕はうまく答えることができなかった。
 そりゃあ嬉しいに決まっている。僕はずっとそれを望んできたのだ。
 休日に繁華街に行って以来、篠之木先輩がからんでくる頻度が減って、そしてとうとう学校自体に来なくなって――それは僕にとって幸せなはずなんだけど……なんだか変な気分なんだ。
 思えば僕がこの高校に入って以来、ずっと篠之木先輩につきまとわれていた。それが当たり前になっていた。
 おかしい……こんなの、まるで僕が篠之木先輩を恋しがっているみたいじゃないか。
 そんなこと、あるわけない。そうだ。篠之木先輩のことは忘れてしまおう。
 僕は思考を停止させたり、また活動させたりして、ずっとそんな気持ちで時間は過ぎていって――あっという間に3日が経った。
 しかし僕は未だに、篠之木先輩のことが頭から離れなかった。そればかりか、日に日に篠之木先輩について考える時間が多くなった。あろうことか、僕は篠之木先輩に会いに行こうかとも考え出す始末だった。
 僕はふと思った。僕がこうやって篠之木先輩のことを考えているのと同じくらいに、いや……それ以上に彼女は孤独に考えているのだろう。1週間の停学期間の間、彼女は1人きりで過ごしているのだ。
 いくらあの篠之木先輩だって、きっと心細い思いをしているはずだ。
 ……僕は、何を考えている。
 ――篠之木先輩のいない学校生活は平和で、穏やかで、僕が望んでいた理想の生活だった。
 でも僕は、心のどこかでもやもやした何かを感じているのは確かだ。
 僕はこの数日、篠之木先輩のお見舞いに行くべきかどうかずっと迷っていた。
 きっと彼女のところに行く奇特な人間なんていないだろう。僕だって会いたくない。
 でも篠之木先輩が学校を休んでいるこの間をどんな気持ちで過ごしているのかを考えたら、胸がチクチクする。その痛みは日を増す毎に強くなっていった。
 思えば、先輩はいつも僕の迷惑も考えずにやってきた。僕が受け身で、先輩がいつもいつも行動を起こしていた。
 なんだよ……もう答えは最初から決まってたんじゃないか。


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