喪女につきまとわれてる助けて

第1話 嫌な先輩

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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「はぁ……学校に行くの嫌だなぁ」
 朝、今日も早くに目覚めてしまった僕は、深いため息を吐いて憂鬱な気分に浸った。
 ようやく雨もあがって晴れの日が続くようになった清々しい朝。夏が目の前に近づいている季節。外はあんなに天気がよくて太陽が燦々と輝いているのに、僕の心はどこまでもダークに黒より黒く沈んでいる。
 それというのも、全部あの人に原因がある。僕の青春を暗黒に染める張本人。
「はぁ……あまり考えないようにしよう。そんな沈んだ気持ちでいたら、ますます心が暗くなってしまう……」
 僕は無理矢理に元気を出して、顔を洗って歯を磨いて制服に着替えて朝食を食べて家を出た。
 そしてにっこりと頑張って笑顔を作って、門を出て――僕の笑顔は引きつった。
「どぉ〜したんだ〜久遠寺〜〜? 今日はやけに明るい顔をしているじゃないかぁ〜〜〜」
 今日は晴天のはずなのに、なぜか雷がピカゴロガシャーンと轟いた。
 ――家の門を抜けたすぐ先に立つ、綺麗な顔でモデルのようなスタイルの美少女……というかこの人こそが僕の暗黒の青春を送るはめになっている原因。
「あ、ああっ! し、篠之木先輩っっ! ど、どうしてここにぃぃっ!?」
「何をそんなに驚いているのだ、久遠寺〜? まさか朝からこの私と会うなんて最悪だなんて思ってないよなぁ〜?」
 可憐な美少女が馴れ馴れしく僕の肩に腕を回して、脅すような口調で言った。
「そ、そんなことありませんっ。朝から先輩に会えるなんてラッキーだなって思ってましたっ」
 嘘だ。本当は朝からこの人と会うなんて滅茶苦茶ついてないと思っていた。
「くっくっくぅ。そうか、それならいい。さぁ、久遠寺。お前も登校だろう? こんなところで偶然会ったのも何かの縁だ。一緒に学校まで行こうじゃないか」
「え、えと……はい。そうですね」
 絶対待ち伏せしてたくせによく言うよ。ていうかこの人とうとう僕の家までつきとめたのか……。最悪だ。ストレスで頭はげそうだ。
「ところで久遠寺〜〜」
 と、僕が不吉な美少女の後ろを怯えるように歩いていると、彼女はこっちをくるりと振り返った。なんかお香みたいな香りがして僕の恐怖心はさらに煽られる。
「な、なんですか先輩……」
「いやな、もうすぐ夏だろ。巷では海に山に夏祭りにと浮かれる季節であろう? さあ久遠寺……これからどんどん暑くなっていくこの季節をお前はどう考える? 何を連想する?」
「え、いや……なんでしょう。まぁ夏といったら夏休みがありますし、暑いですけど色々なイベントもあって、海に行ったりと……うん。とってもいい季節だと思いま――」
「こ、この大馬鹿者が〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!」
 朗らかに答える僕の頬を、篠之木先輩が思いっきりぶった。
「ふぎゃあああっ! い……いきなりなにするんですかぁっ……」
 い、意味が分からないっ。ぶたれた頬を押さえながら僕は涙目で篠之木先輩を見た。
「貴様はそれでもキューピッズのトップ2かっ!」
「…………」
 トップ2というか2人しかいないのに……キューピッズとか本当どうでもいいって。
 ――ちなみにキューピッズは篠之木先輩が勝手に創りあげた組織とやらで、その活動は平たく言えば恋愛するカップルを駆逐するという、およそその名前からはかけ離れた悪魔の所業と思しき犯罪組織なのだ。
「夏! 夏だぞっ! 夏といえば性が乱れる肉欲の季節っ! ナンパ目的で男は海に行って、女も女でナンパされるの期待して海行って、なんやかんやでアバンチュールな感じになるんだぞ!? そして夏祭りでは開放的な気分になった高校生カップルが人気のない茂みに隠れてヤリまくりなんだぞっ!? な……なんて不潔で汚らわしい季節なのだっ!」
 篠之木先輩はいつものように変なスイッチが入ったみたいだ。ていうか何をヤリまくるんだよ……その偏見はどこ情報だ。
「ああ! 何ということなんだ! ついこの間、始まりの季節の春が終わったばかりだというのに……っ。新学期。新入生。新入社員。そして新たに生まれるカップル! それらを駆逐して一安心と思いきや……ああっ! 私達の戦いは永遠に終わらないのかっ!」
「…………」
 私達って、そこに僕を含めないで欲しいんですけど。勝手に戦っといて欲しいんですけど。
「さらに巷では、オールハートイーターなる恋愛中毒者という強敵まで現れる始末っ! 戦いは熾烈になっていく一方だぞっ!」
「…………」
 なんか伏線っぽいことも言ってるけど、僕は何も訊かないぞ。
「さ、さっきから何を黙ってるのだ久遠寺っ! 私達の崇高な使命を忘れたというのかっ!」
 とうとう痺れをきらして篠之木先輩が僕にリアクションを求めてきた。というか忘れたい。
 でも僕は、何も答えたくないからそれでも黙っていると、先輩はさらに一人で続けた。
「それはな――この世にはびこるカップルを全て排除し、健全な世の中にしようという気高き使命だあああああっっっ!!!!!」
 なぜか篠之木先輩は泣きそうな顔になって、声高らかに叫び声をあげた。
 周りを歩いていた人達が一瞬ギョッとして僕達を見た。
「ちょっと先輩。恥ずかしいですし、やめてくださいよ……」
「恥ずかしいだと!? 久遠寺っ! お前最近たるんでいるぞっ!? いったいどうしたんだ! も……もしやお前は災厄に囚われているのかもしれない……。今日だってとても不吉な日なんだぞ。タロットカードでお前を占ってやってやったところ、嫌いな人間につきまとわれる最悪の一日と出ていたっ」
「え……ていうか僕を占ったんですか?」
 なに人のいないところで勝手なことしてくれるんだろうか。というか……その嫌いな人間ってどう考えても……ねえ。
「ふん、当たり前だろう。私はいつでもお前の事を気に掛けているのだ」
 いや、気に掛けてくれるなら、僕のこと勝手に占ったりしてないで、僕に近寄らないで欲しいんですけれど……。
「だから――実はお前に特訓メニューを用意してやった。聞いて驚け」
「えっ!?」
 そんな驚きいらないし、丁重にお断りしたいんですけど。
「まずはなんと言っても体力だ! 夏に向けて体は鍛えておくに越したことはない。お前には体力がないからこれで朝の特訓を始めるぞ!」
 と言って、篠之木先輩はガサゴソとカバンから何かを取りだした。
「っていうか今からですかっ? そしてこれは……て、鉄アレイっ!?」
 それはボディービルダーとかが使っていそうな結構大きい鉄アレイだった。しかも2つある。
 というかなんでこんなものがカバンの中にっ!? 重くなかったの!? よくカバン破れなかったね!?
「特訓だ、久遠寺! これを持って学校まで走るのだ!」
 篠之木先輩が鉄アレイを僕の方にぐいと差し出す。
「え、い……嫌ですよっ! 朝からこんなもの持って歩きたくないですよ!」
 こんなもの持って登校してる人間なんて日本中探したって……いや、いるかもしれないけど。
「なに〜〜〜? 私の好意を無駄にするつもりかぁ? ほら、いいから持つのだ!」
 篠之木先輩は強引に僕に鉄アレイを持たせた。
「わ、分かりましたよ。持てばいいんでしょ持て――ばばああああああぁぁぁっっっ!?」
 左右それぞれの手で篠之木先輩から鉄アレイ受け取った瞬間――その重さで僕の腕は体ごと地面に落下した。
「お――重おおおおおおおおっっっ!?」
 なんだこの重さは!? 尋常じゃないぞ!? 何トンあるんだっていう位の重さだ!
「情けないぞ、久遠寺。早く立ち上がって走らないかっ」
「む、無理ですよっ! こんな重さじゃ持ち上げるのも……」
「そうか……仕方ない。だったら私としても不本意だが、久遠寺にはきっつ〜〜〜い制裁を受けてもらうしか……」
「うぐぐぐぐぐぅぅぅ〜〜〜〜〜っっっっ……」
 制裁という言葉を聞いた瞬間――僕は歯を食いしばって、全身全霊の力を込めて鉄アレイを持ち上げた。
「おおっ。やればできるじゃないか。さぁこのまま学校まで走るぞ! ついてこい!」
「ちょっ……ちょっと待って下さいっ! そんな早く走れないです! こ、これいったい何キロあるんですか! 尋常じゃない重さですっ」
 僕はフラフラと篠之木先輩のあとを追った。
「そんなペースじゃ遅刻するぞ久遠寺。走れ走れ。人間死ぬ気でやれば大抵なんとかできるものだ」
「朝っぱらから死ぬ気になんてなりたくないですっ。もぉ限界ですっ。ゆ、許してください先輩ぃ〜〜」
 腕がちぎれそうだ。まだ学校も始まっていないというのに、なんで僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
 登校中の生徒達が好奇の目で見てくる。ああ……恥ずかしいし、朝の日差しが暑いし、辛いくて苦しい。
 高校生になってまだ1ヶ月も経ってないのに、僕はどうしてこんな地獄のような毎日を送らなければならないのか。
 いっそ学校を辞めてしまいたい。でも学校を辞めたところで果たして篠之木先輩から解放されるのだろうか。弱い僕は、3年間ずっと篠之木先輩に虐げ続けられるのか。
 いや。もしかすると僕は一生、この先輩につきまとわれるのかもしれない。そう思ったら、いっそ僕は死にたくなった。


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