喪女につきまとわれてる助けて

第3話 オールハートイーター

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 いま、僕の周りはたいへん複雑な状況になっている。篠之木先輩のこと。橘さんのこと。相楽さんのこと。そして、吾川君のこと。
 どうなっているのか、僕にも分からないから説明できない。だから僕は、これからそれを探ろうとしていたのだ。
 幸い、今日は篠之木先輩にからまれる事がなかったから自由に動くことができる。
 それにしても篠之木先輩と橘さんって昔からの知り合いなのかなぁ……なんかお互いのことをよく知っているみたいな感じだし……だったら橘さんも大変だな。今日だって僕が篠之木先輩にからまれずに済んでいるのは、きっと橘さんが風紀委員長の仕事をまっとうしているからで、ちょっと同情するところもあるけれど。でもそのおかげで僕がこうして自由に動けるわけだから感謝しないと。
 そして、そんな橘さんの為にも僕は成果をあげようと、決意を新たに電柱の影に隠れた。
 僕の前には吾川君の歩く後ろ姿がある。吾川君は僕には気付いていない……はずだと思う。
 僕は吾川君が今日も女の子とデートするかどうかを確かめるために後をつけているのだ。
 吾川君が今いる場所は、彼の家のある方角とは違う場所。いっそう怪しくなってきた。
 にしても僕のこの行動力は相楽さんに影響されたのか、はたまた僕が成長したのか分からないけど……このまま何も知らないままでいたくないし、友人の悪事は見過ごせない。
 吾川君は喫茶店やらスイーツ店やらファミレスなどが並ぶ道を歩いていた。学校から歩いてかれこれ20分近く経っているけど……この辺りで待ち合わせしてるのだろうか。
 僕は道行く人々の好奇の目に晒されながらも、それを堪え忍んでコソコソ物影から物影へと移動する。
 すると突然――吾川君がファミレスの前で立ち止まって、周囲をきょろきょろ見回した。
 やばいと思って僕は、とっさにチキン屋の前に立っている人の立像の後ろに隠れた。
 ……どうやらバレてはいないようだ。吾川君はファミレスの中に入って行った。
 僕はほっと安堵のため息を吐くと、周りの人達が白い目で見ていた。は……恥ずかしい。
 僕は視線から逃げるように、吾川君が入っていったファミレスの中に入っていく。
「いらっしゃいませ、おひとりですか〜」「はい」とやりとりしてチラリと視線を送ると、吾川君を発見する。
 ここで待ち合わせしてたらしい吾川君は店内を見渡し、そして目的の人物を発見したのか……笑顔を浮かべて一直線に歩いて行った。
「ごめんごっめ〜ん、待たせちゃったぁ〜?」
 吾川君が爽やかに微笑みながら、テーブルに腰を降ろした。
 というか……た、たまげたっ。彼は中学校の時から僕が知っている吾川君じゃない。いつもとは全然違う喋り方と態度だ。
「う、ううんっ。ワタシも今来たところだからっ」
 昨日とはさらに別の高校の制服を着た女の子が照れくさそうにはにかんだ。お、驚いた……この女の子は3人目ってことじゃないか! 見る度に吾川君の横にいる女の子が変わっていく。いったい何人いるんだ!
 も……もう確実だ。まさか、信じられないけど……吾川君は……吾川君こそが、篠之木先輩や橘さんが追っていた『オールハートイーター』そのものだ!
 僕は動揺しながらも吾川君の視界に入らない席に座り、様子を見守ることにした。
「ミオちゃんは今日学校どうだった〜? オレもう最近、授業がマンネリ気味でつまんなくなってきちゃってさ〜」
 吾川君は椅子に腰を深く下ろして言った。もはやただのチャラ男だ。オレとか言うし。
「ワタシは普通だよ。今日は席替えして窓際の1番後ろの席になったの。それで授業中、ぼーっと外を眺めてた」
 少し緊張気味に話している女の子は、繁華街で見た彼女とも昨日の放課後に見た彼女ともまた雰囲気の異なる女の子だった。清楚で純情そうな子。
「へえ〜。いいなぁ。うらやましいなぁ」
「そ、そうでしょ?」
「うん。本当に羨ましいよ――その窓が」
「え、窓?」
「だってこんな可愛いミオちゃんにずっと見つめられていたんだろ? オレも授業中そうやって見つめられたら、それだけで学校生活は幸せになるよ」
 甘ーーーーーーーいっっっっ! っつーか、意味分かんねええええええ!!!!
 こんなので女の子の心を動かせると思っているの、吾川君!? こんな台詞、よく恥ずかしがらずに平気で言えるね、吾川君っ!? 僕は思わず身を乗り出しそうになったよ。
 なのに……こともあろうか、その女の子は。
「……ぁ、ぅぅ……そんな、恥ずかしいよ……澄志クン」
 照れ隠しにちゅーっと、ストローに口をつけてオレンジジュースを吸っていた。ま、まんざらでもなさそうだ!
 なんなんだ……あんなわけ分からない言葉で女子というものは心惹かれてしまうものなのだろうか? だったら僕は一生彼女ができなくていい。なんだか僕まで恥ずかしくなってきて、注文したコーヒーをぐいっと一気に飲み干した。
 その後、吾川君とミオという少女はしばらくお互い見つめあっていた。吾川君はなんか目を細めてまばたきパチパチさせて、なんか見ていたら鳥肌が立ってきそうだった。
 この拷問はいつまで続くのだろうと思っていると、ミオさんが口を開いた。
「あの……澄志クンはワタシの事どう思ってるの?」
「とっても大好きだよ」
 ミオさんの質問を考える間もなく、ほとんど反射的に吾川君が言った。絶対なにも考えずに言ってるでしょ吾川君……。こんな人だったなんて僕はまだ信じられない。
「でもミオちゃん。どうして急にそんな事を言うのぉ? オレのこと信じられない?」
 吾川君は捨てられた子犬のような瞳でミオさんを見つめる。僕だったら聞かれるまでもなく100%信用しないけど。
「う、ううんっ。そんなことないのっ。ただ……クラスの友達が言ってたの。澄志クンとは付き合わない方がいいって」
 ミオさんが申し訳なさそうに言った。
「って、ちょっと待ってミオちゃん……オレと付き合ってるって友達に言ったの? みんなには……内緒だよって言ってたよね?」
 吾川君の顔から余裕が消えていた。ちょっと声も低くなっている。
「え、あっ、あの……ご、ごめんなさいっ。ど、どうしても言うしかない状況になっちゃって! ……で、でもその友達は口が堅いから大丈夫だよっ」
 ミオさんは怯えたように弁解した。
「うん。そっか……いいよ。別に怒ってないよ。それよりも教えて……その子はどうしてオレと付き合わない方がいいって言ってたの?」
 明るく振る舞っているけど、吾川君の機嫌が少し悪くなったのが僕には分かった。彼の手がカタカタ震えているのが見えた。
「えと……なんかその子、澄志クンと付き合ってたことがあるって言ってて。でもすぐに捨てられてしまったって……しかも澄志クンは、いろんな女の子と同時に何人も付き合ってるって……そんなこと言ってて」
「……あ、あはは。馬鹿だなぁ。オレがそんな人間に見える? きっとその子、ミオちゃんに彼氏ができて嫉妬してるんだよ。ミオちゃんも不安になることはないよ」
「そ、そうかなぁ」
「そうだよ。オレは、ミオちゃんとこうやって一緒にいられるのが1番幸福なんだ。だからミオちゃん、オレを見捨てないで。ずっとそばにいて欲しい……アイウォンチュウ」
 ひぃぎぃやあああああ!!!! あ……危ないっ。つい叫びそうになった! あ、アイウォンチュウって日常会話に出てくる言葉だったの? カルチャーショック受けた!
「澄志クン……わ、ワタシも、あいうぉんちゅう……だよ」
「ありがとう、ミオちゃん……さぁ、じゃあそろそろ行こうか」
「そうだね。今日はどこに遊びに行く?」
「カラオケでも行こうか」
 ようやく茶番を終えたらしい2人は席を立った。なんかドライだね。
 僕は吾川君に姿を見られないように、身を縮めて2人が店を出て行くのを待つ。
 そして2人はファミレスを出て行った。
 僕は後を追う気分にもなれず、ただずっとテーブルに腰を降ろしていた。
 もういい――。これだけで充分だ。やっぱりそうだった。吾川君が『オールハートイーター』だ。悲しいけれど、これが真実だった。
 僕はこの結果を橘さんに言うべきか悩む。きっと報告すれば風紀委員の名の下に吾川君には処罰が下るだろう。だからといってこのまま放っておくわけにはいかない。ミオさんやその他の女の子の為にも、もちろん吾川君の為にも、彼を正さなくてはいけない。
 思わずため息が零れてしまう。僕はぼんやりと窓の方を見た。すると窓ガラス越しに、吾川君とミオさんが並んで歩いている姿が視界に入った。
 おっと、危ない……。顔を見られたらまずいので僕は下を向こうと思った、だけどその時――僕は一瞬、すごく恐ろしい人の顔を……見たくない人の顔が見えた気がした。
 僕は思わず顔をあげた。
「しっ、篠之木先輩ぃいい……っ!?」
 僕にとっての恐怖の女王、篠之木来々夢先輩が越しに手を当てて、威風堂々といった感じに2人の前に立ちはだかった。
 吾川君とミオさんは立ち止まった。ミオさんは不思議そうに首を傾げていて、吾川君は顔を青ざめさせてガタガタ震えていた。
 橘さんに知られる以上に、篠之木先輩に見つかる方がよっぽど恐ろしい。このままだったら吾川君の命に関わる――。
 僕は急いで席を立って、会計を済ませて外へ出た。
 そして僕は3人から少し離れたところで様子を窺うことにする。ここで僕が出て行ったらさらにパニックになるだけだ。出るタイミングを見計らおう。
 篠之木先輩が不機嫌な顔で吾川君に語りかけた。
「……貴様、それはどういう事なのだぁ? 説明してもらおうか」
「え……? 澄志クン、知り合いなの? この人」
 事情を知らないミオさんは篠之木先輩の言葉に翻弄される。
「あっ、ち、違うよっ。オレはこんな人知らないし、なんか変な因縁つけられてるだけだし……」
「で、でもこの人の制服……澄志クンのとこの高校のだよ……」
「た、たまたまだしっ。オレ全然知ら――」
「往生際が悪いぞ、吾川澄志ーーーーーーーっっっ!!!!!」
 篠之木先輩の怒声が響いた。大地が震えた。
「貴様ぁ〜〜……久遠寺の手前、今まで目を瞑ってきたが……まさか二股するような男だったとはなぁ〜……前の彼女はどうしたんだ? もう別れたのかぁ?」
 篠之木先輩は今にも吾川君を殴りかかりそうな勢いだ。
「き、澄志くん、この人なに言ってるの? それほんとなの? 他に彼女がいるの?」
 一方、ミオさんは泣きそうな顔になっている。
「いやっ……ちがっ……いや……それはその……」
 吾川君はもう混乱状態だ。
 駄目だ、収拾がつかなくなってきたぞ。果たしてこの状況を変えられるとは思えないけど、僕はもう黙ってみてられない。
「積もる話はあると思うが……とりあえず吾川澄志……貴様の判決は――死刑だッッ」
 篠之木先輩は手刀を作って、吾川君の眼前で高く挙げた。
「ちょっと待って下さい! 篠之木先輩ーーーっ!」
 僕は叫んでみんなの前に姿を現した。
「な……に? 久遠寺……なぜお前がここに?」
「く、久遠寺くん……助かったよ」
「えっ? ま、また新しい登場人物? こ、今度はいったい誰なのっ?」
 篠之木先輩は驚いた顔で、吾川君は安堵の顔で、ミオさんは戸惑った顔と、三者三様の反応を見せた。
「ごめん、吾川君……実は君のことをつけてたんだ……」
「な、なんで……そんなっ。久遠寺くん……」
 ほっとしていた顔が一転、吾川君は裏切り者を見るような目で僕を見た。
「ごめん、吾川君……でも僕はどうしてもこのまま放っておく事ができなくて……それより、篠之木先輩はいったいどうして……」
「お前がそれを聞くか、久遠寺。答える必要はないだろう。私はキューピッズなのだ。今日だって実は調査していたのだよ。そして、とうとう私の苦労は報われたようだ」
 篠之木先輩は不気味に口を横に引き裂けるように微笑み、吾川君を見た。
「で、でも穏便にやりましょうよっ。ぼ、暴力は駄目ですよっ」
 僕は必死に説得する。
 それが功を奏したか、篠之木先輩は腕を組み少し考えこんだ。
「……そうだな。どうせもうこいつは私から逃げられないのだしな。いいだろう。とりあえずはゆっくり尋問することにしようじゃないか」
 ひとまず篠之木先輩の暴走を止める事はできた。だけどまだまだ安心はできない。
「さぁ、吾川澄志。お前の言い分を聞こう。お前はなぜ今、その女と一緒にいるのだ? どういう関係なのだ? そしてこの前、街で会った女とはどういう関係なのだ?」
「う、うぅ……」
 吾川君は呻くような声をあげている。言い逃れる言葉が見つからないのだろう。
「ほらみろ、久遠寺。こいつに弁解する言葉なんてない。こいつは女をたぶらかす人の皮を被った悪魔なのだ。その女も犠牲者の1人なんだろう?」
「澄志クン……そんなの、嘘だよね……?」
 篠之木先輩の言葉に、ミオさんは失意のどん底といった顔をしていた。
「あ、当たり前じゃないかっ! 僕……いや、オレは君だけを愛してるんだ! 信じてくれ、ミオっ! オレの最後の希望っ!」
 吾川君は恥ずかしげもなくそんな事を言った。もしこれが嘘なら、吾川君はなんて演技力でなんて悪人なんだろう。
「…………」
 ミオさんは黙って俯いている。何を信じていいのか分からないようだ。
「この期に及んでよくそんな口八丁を平気で言えるな、吾川澄志……。正直に告白するんだ。正体を現すのだ。貴様は……何人もの女と同時に付き合っているんだろう?」
「ち、違う……篠之木先輩がこの前見た子は、ただ一緒にいただけで付き合ってるとかそんなんじゃあ……」
「でも手を繋いで体も密着させて歩いていたじゃないか。随分仲がよさそうだったな」
「違う。それは違うんだ……あの子のことなんて何とも思ってない。き、君が1番なんだミオちゃん。だ、だからそんな顔をしないで……な、なあ……久遠寺くんは僕を信じてくれるだろ? なあ? 信じてくれるって言ってくれ。嘘でもいいから。なぁ、僕達友達だろう?」
 吾川君は、篠之木先輩ミオさん僕と代わる代わる助けを求めるように寄ってくる。
 篠之木先輩もミオさんも呆れ果てているのか、何も言わずにただ吾川君の惨めな姿を見ていた。もうこれ以上の言葉はいらない。吾川君のその姿が全てを物語っていた。
「……吾川君。さすがに僕でもかばえないよ。それは……やっちゃ駄目だよ。例えミオさんが1番だったとしても、それを隠して他の女の子と付き合ってちゃ……その時点で2人の女の子を悲しませてるんだよ」
 僕は吾川君を慰めるように、刺激を与えないように、静かな口調で言った。
「な……く、久遠寺までっ……そんなっ」
「ふふ。さすが我がパートナー」
 僕の台詞を聞いて、篠之木先輩は勝ち誇ったような顔で不敵に微笑む。いや、パートナーじゃないし。
 すると、吾川君は今まで見せたことのない凶悪な顔で僕を睨みつけた。
「き……君まで僕を信じないっていうのか。このオレを裏切るつもりなのか……久遠寺」
「吾川君……」
 僕は吾川君のためを思って言ったんだ。でも、僕は弁明はしない。あえて口を閉ざす。
「なんとか言えよ、久遠寺っ! 僕は今までずっと友達でいてやったんだぞっ! この僕が、付き合っている女の子ぐらいにお前に優しく接してやってるんだぞ! それなのに、オレを裏切るのかああああっっっ!!!」
 もはや吾川君の性格はまるっきり豹変していた。僕の知っている純粋で気さくで優しい吾川君はどこにもいない。それとも……これが吾川君の本当の姿なのか。
 篠之木先輩は黙ったままだけど、どんどん彼女の纏う空気が重くなっていくのを感じる。とても怒っているのがビシビシ伝わる。
 そしてさっきまで泣きそうな顔をしていたミオさんは、吾川君の正体に幻滅したのか。
「ばかばかしい……ワタシ、もう帰る」
 これ以上吾川君の顔なんて1秒も見たくないといった風に、ミオさんは氷のような無表情で、早足で歩き出した。吾川君を見限ったのだ。
「あっ。ま、待てよっ。ミオっ! おいっ。ちょっと! どこ行くんだよっ!」
「……さよなら、澄志くん。もうメールとか送ってこないでね」
 ミオさんは吾川君の呼び掛けに答えず、一度も振り返ることのないまま去って行った。
「み、ミオ……」
「残念だったな、吾川澄志。だが、このまま逃げられると思うなよ。さあ、彼女とも綺麗に別れたところで……お仕置きの時間だ」
 ヨロヨロとミオさんが立ち去った方へ進む吾川君の肩を、ガッシリと掴む篠之木先輩。
「い、いやあああああ!!!! 助けてくれええええええ!!!!」
 瞬間、ビクリと後ろに飛び跳ねて命乞いする吾川君。
「って、先輩っ! こ、こんな場所で暴力行為は駄目ですよっ! 吾川君も充分罰を受けたと思いますし――」
「いいや、この男はどこまでも邪悪な存在なのだ。私には分かる。ここで徹底的に叩きのめさなければならない。くくく……さぁどんな制裁を与えてやろうか」
「ぁぁ……いやだぁぁぁ……」
 ジリジリ迫りつつある篠之木先輩に対して、吾川君は後ずさる。
「先輩っ。後は風紀委員長の橘さんに任せましょうよ!」
「駄目だね。私の内なる闘争本能はもう止められないっ」
 先輩は吾川君に向かって行った。
「うわぁぁあああ……く、来るなぁあああああ!!!」
 追い詰められた吾川君は半狂乱状態になって、一か八かの覚悟を決めたのだろう、拳を握り絞めて――篠之木先輩に殴りかかった。
「こんな攻撃、この私には通用しないぞ。ふははははっ」
 篠之木先輩は落ち葉のような軽やかさでパンチを避けて――そのまま吾川君の腕をつかんで地面に組み伏せた。
「はっ、放せっ、ちくしょおおおおお!!!」
「いいだろう。放してやる」
 と、意外にも篠之木先輩はあっけなく吾川君を解放した。もしかして吾川君を許す気になったのか。
「吾川澄志――1つ貴様にもチャンスをやろう。私に攻撃を当てることができたらこの場は見逃してやる。さぁ……どこからでもかかってこい」
 なんて極悪! 僕の考えが甘かった。許す気なんて1ミリもない!
 黙ったままヨロヨロと立ち上がった吾川君は、フラフラと篠之木先輩の元まで近寄ると。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
 決死の顔になって滅茶苦茶に攻撃を繰り出した。
「のろいのろい! パンチというのは――こういうものだあああ!!」
 篠之木先輩は吾川君の攻撃を躱しつつパンチを炸裂させる。一撃一撃喰らうごとに吾川君はよろけて動きが鈍くなってボロボロになっていく。
 一方的な戦いだった。もはや吾川君は篠之木先輩にボコボコにされている。助けようにも僕の足は震えて動かない。道行く人々もみんな見て見ぬフリで通りすがる。
 このままだったら吾川君が死んじゃう! 誰か……誰かこの惨劇を止めて!
「なにやってんのよ、アンタはーーーーーーーーッッッッッッ!!!!」
 突如として、空間を切り裂かんばかりの怒声が響き渡った。
 僕達を含め、周囲の人々の時間が一瞬のあいだ止まった。
 ……僕はこの状況を止めてくれる者が現れるのを願った。
 だけど結果的に、その人物の登場は篠之木先輩とって最悪の災厄をもたらす結果となった。
 なぜなら、この場に現れた人物というのが。
「アンタ……篠之木来々夢。い、いったいなんて事を……っ」
 下校途中なのだろう、うちの学校の制服に身を包んだ少女が篠之木先輩を見て固まっていた。
 それは、篠之木先輩の天敵である2年の女子生徒にして、風紀委員の委員長――橘織香だった。


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