喪女につきまとわれてる助けて

プロローグ 地獄の日々の始まり

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 それは僕が高校生になった最初の日だった。
 無事に入学式を終えて帰宅している時、僕は歩道橋の上に1人の少女が立っているのを見た。
 僕が通う高校の制服を着た、もの凄い綺麗な顔の人だった。
 でもその少女は、綺麗だけど……凄く陰気なオーラを纏っていた。
 制服の上からなぜか黒いコートを羽織っていて、腰まで伸びる長い髪もそれに合わせるように真っ黒。さらに素肌を隠すように黒い長手袋に黒いニーソックスと、何から何まで黒づくしの少女。ちなみに目の周りには黒いクマがくっきり浮かんでいる。
 僕は歩道の途中で立ち止まって、その漆黒の美少女を観察していた。
 魔女のような美少女は、同じく高校の制服を着たカップルらしい男女と何か話しているようだったけど――なにやらただならない様子だった。
 カップルの男女は美少女に向かって、穏便とはいえない態度で怒鳴っていた。
 そして興奮している男女に対して、怒鳴られている漆黒の美少女は平静を装って静かに佇んでいた。
 まずい――喧嘩だ。なんのトラブルがあったのか分からないけど、男の方は今にも美少女に殴りかかりそうな勢いだ。
 ……正直僕だって怖い。でもこのまま無視して通り過ぎるのもなんだかしのばれるし……なにより、あの漆黒の美少女を……放っておけるわけがない。
 だから僕は――恐る恐る歩道橋の階段をあがって、3人の近くまで行った。彼らの言い争う声が聞こえる。
「んだからねぇ! 先輩だか何だか知らないけどぉ、なんで俺らが付き合っちゃ駄目なのかって聞いてるんだよ!」
 男子が叫んだ。ネクタイの色から察するに、どうやら僕と同じく新入生らしい。
「そうですよ! 私達は中学の時から付き合ってたんですよ! あなたに口出しされる筋合いはありません!」
 男子に寄り添うように立っている女子も同じく1年のようだ。そしてやっぱり2人はカップルだった。
「ふ……ふふ……つ、付き合ってる、だとぉ〜?」
 今まで黙っていた美少女が、今まで以上に黒いオーラに発しながら、口を開いた。
「なんだお前ら〜、あれかっ!? 中学の時から付き合い始めて、それで『高校生になったらオレらどうなるのかな?』とか言って、『私、あなたと一緒の高校に行く!』とかで簡単に進路決めてそのまま同じ高校に行っちゃったクチか!? ……フン! どうせお前らなんてあと1ヶ月くらいしたら、中学の時とは違う高校生活になんとなくお互い疎遠になって、それで他の奴を好きになったりするんだろ? で、二股とかしてなんとなく気まずくなってしまって結局別れるんだよ! だったら最初から別れておけばいいんだああッッ!」
 ……な、何を言っているんだろうこの人は……。怖い。もの凄くどす黒い感情が少女から溢れ出しているのが感じられる。こ、この人に関わっちゃ駄目だっ。これは――現代に蘇った魔女だっ! 僕の本能が危険信号を告げるアラームをけたたましく鳴らした。
 だけど、こともあろうに陰気な暗黒のオーラを纏う美少女は――。
「なぁ。そこでさっきから黙って見ているお前。お前はどう思う? こいつらをぉ〜」
 少女はくるりと僕の方を振り返って、指さして言った。
 ば、ばれていたあああっっ!?
 魔女につられて、カップルの2人も僕の存在に気付き……僕は3人の視線に晒された。
 どうしよう。僕が見ていたことがバレてしまった。なに。僕はどうすればいいの? ていうかなんで3人とも黙ってるの? こ、これって僕が何か言わないと駄目なの?
「え、えと……あ、あのう……何をしてるか知りませんけど、あまり大ごとにするのはどうかと思います……よ」
 僕は視線を泳がせながらしどろもどろに答えた。
「な、なんだ……あんたは?」
 カップルの男子が、いきなり登場した僕に言葉を発した。
 その瞬間――。
「隙ありぃいいいいいいいいいッッッッ!!!!」
 ――と。なんと魔女が、突然男子に向かって蹴りを入れた。
「うごおおっっ!?」
 思いっきり不意打ちを食らった男子は、歩道橋の端まで吹っ飛んでいって倒れた。
「きゃああああ!!! まーくううううううんん〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!!」
 カップルの女子は男子の方へと駆け出して行った。
「……ふ。また1つ、不純な悪を成敗した」
 蹴りを食らわせた魔女は、腕を組みながら頷いていた。
「って、な、何を悠長に……」
 僕はただ茫然として震えているだけだった。そしてここに来た事を後悔した。怖い。まずい。やばい。きっとこの魔女は話が通じる相手じゃない!
 一刻も早くここから立ち去ろう――僕はゆっくりと踵を返して、一歩足を踏み出すと。
「どこへ行く、少年」
 魔女が僕の肩をぐいと掴んで、逃走を阻止した。
「ひいいいい!」
 僕は漏らしそうになった。もしや僕も殺される? と思ったら不気味な魔女は。
「よくやった少年。君のおかげで恋愛なぞにうつつを抜かす馬鹿なカップルを、また1組抹殺することができた。くふふふふ……」
 意味の分からないことを言いながら、不気味な笑い声で喜んでいる魔女。
 その抹殺されたはずのカップルを見れば、今にも男子が起き上がってきそうな気配だった。いつ反撃してきてもおかしくない目でこっちを睨んでる。
 魔女もその様子に気付いたようだった。
「……よし、少年。長居は無用だ。逃げ……じゃない、立ち去るぞ!」
 そう言うと、魔女は僕の腕を掴んで走りだした。
「――って! な、なんで僕までっ!」
 僕はむしろこの人から逃げ出したいのに、無理矢理共犯者みたいな形で連れ去られた。
 最悪だ。僕なんもしてないのに、最悪だ。
 思えば……これが僕――久遠寺亮貴(くおんじあきたか)――と、先輩――篠之木来々夢(しののきくらいむ)――の出会いだった。
 そして僕の、地獄の日々の始まりだった。


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