喪女につきまとわれてる助けて

第3話 オールハートイーター

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

5

 
 翌日の昼休みに、僕と篠之木先輩は風紀委員会室に呼ばれた。
 だが、僕は呼ばれるだろうことは覚悟していた。それはもちろん、昨日の事件があったからだ。篠之木先輩と吾川君が起こした事件。いや……篠之木先輩が一方的に暴力を振るっていたと言ってもほぼ遜色ないだろう。もしあのままだったら……事態はもっと大きくなっていたかもしれない。そう思うと昨日の展開はまだ幸運だったのだろうか。
 昨日の展開――。あの後、橘さんが現れてからは事態の収拾は早かった。
 風紀委員の名の下に篠之木先輩の暴力行為をとがめ、僕から事情を聞き、事態を把握した橘さんは学校に今日のことを報告すると告げた。そして彼女は吾川君に肩を貸して家まで送ることになった。去り際に橘さんは振り返って、僕達に覚悟しておくように言った。厳重な処罰が下るのだと言う。そして橘さんは篠之木先輩と僕を睨み付けたあと、背中を向けて歩いて行った。
 ――だから分かっていた。篠之木先輩と僕がこうやって風紀委員会室の中に通されて、風紀委員や教職員に怒られることは。そして今日、怪我で学校を休んでいる吾川君に対して謝らなければいけないということを。
 だけど、僕達がやったことは、予想以上に重いものだったらしい――。
「なっ……私が停学処分だと……っ!?」
 あまりの処罰の内容に、篠之木先輩は叫んだ。
 風紀委員会室の真ん中で立つ僕は、風紀委員長の橘さんの言葉に衝撃を受けていた。
「そうよ。昨日公の場であんなに暴れたんだから当然の処置でしょう。退学にならなかっただけ有り難く思いなさい」
 一方、橘さんは落ち着いた様子で眼鏡の位置を正した。
 部屋の中にいる風紀委員会と生徒会と教員の面々は、僕達を異端審問にでもかけているかのような冷たい視線で見つめている。僕は周りが敵だらけのこの状況にすっかり怯えてしまっていて、何の反論もできずにいた。
 だけど、篠之木先輩は僕とは違い肝が据わっていて――どこまでも問題児だった。
「ふふ……たかが学生どうしの喧嘩じゃないか。今回は大目に見てくれないか」
 自分で言うことなのかとも思うが、ここでこんな台詞が出るとはさすがと思う。僕にもこんな肝っ玉が欲しいよ。
 部屋にいる審問者達はみんな眉をしかませた。篠之木先輩の発言に呆れかえっている様子だ。
 橘さんが事務的な口調で説明した。
「篠之木来々夢……あなたはこれまで数々の問題を起こしてきました。また、その都度注意を促してきましたがあなたに反省の様子は全くみられません――」
 篠之木先輩は相変わらずの目つきの悪さで、橘さんの言葉を黙ってじっくり聞いていた。
 そして橘さんは判決を告げた。
「そういうことで、篠之木来々夢。あなたはこれから1週間、自宅での謹慎処分とさせて頂きます」
「…………」
 篠之木先輩は黙って下を向いた。そしてそのまましばらく動かなかった。大人しく処分を受け入れたということなのか。篠之木先輩は……本当にそれでいいの?
「詳しい事は担任の先生に聞くといいわ、これは学校全体で決めたことなんだから。ああ、それと……久遠寺亮貴君の処分は厳重注意で済ませるわ。これに懲りたら篠之木来々夢からは手を引くことね」
 篠之木先輩に処分を下すと、橘さんはついでとばかりに僕に向かって言った。
「話はそれで終わりか。ならば私達は帰る。いくぞ、久遠寺」
「え、あ……っ」
 橘さんが話し終わったのを確認すると、篠之木先輩は何も気にした様子もなく僕の腕を掴んで部屋を出た。
「って、ちょっ……ちょっと待ちなさいっ」
 橘さんが慌てて廊下に出て僕達を呼び止めた。
「なんだ橘織香。まだ話があるのか?」
 立ち止まった篠之木先輩は振り返らずに言う。
「あ、アタシはまだアナタの口から肝心な言葉を聞いていないわ」
 篠之木先輩の強気な態度に、少したじろいでいる橘さん。
「……なんだ、それは?」
「き、決まっているじゃない……アナタは、反省しているのかってことよっ」
「反省か……ふふふ。橘織香、そんな事聞かなくても分かってるはずだろ?」
「……してないのね。アナタのことくらい分かるわよ。アナタはどうしてそこまで恋愛を否定するの? そんなに……妹のことを思っているの?」
 僕は橘さんが言った言葉に疑問を感じた。……妹? 篠之木先輩に妹がいるのか?
 その瞬間、僕の手を握る篠之木先輩の力が大きくなったのを感じた。
「倫々夢の事はお前には関係ない……私はただ、健全な若者が自堕落に性を乱れさせているのが許せないだけだ」
 篠之木先輩の声が低くなった。妹という言葉に機嫌があからさまに悪くなっている。
「ふふ……なに言ってるのかしら。そんなのただ嫉妬してるだけにしか聞こえないわよ、篠之木来々夢」
「ふん。そんな挑発に乗るほど私は簡単じゃないぞ。行こう、久遠寺」
 篠之木先輩は再び足を動かした。だが――。
「あ、違ったわね。嫉妬というより……アナタこそが現在恋愛中ですものね」
 橘さんのその台詞で篠之木先輩は立ち止まり、彼女に振り返った。
「……なんの事だ?」
 僕も思わず橘さんを凝視した。篠之木先輩が恋愛中? 信じられないような話だ。
 橘さんは、それこそ衝撃の言葉を放った。
「篠之木来々夢……あなた、久遠寺くんの事が好きなんじゃありませんの?」
 ……な、なんだって?
「……ば、馬鹿なっ。そ、そんな……ありえない! わ……私はっ!」
 僕も篠之木先輩も驚きを隠せなかった。特に、篠之木先輩の慌てようは半端ではなかった。
「そうやって狼狽するあたりがなんとも怪しいわね」
「ち、違うっ! 断じて私はそんな……っ。く、久遠寺からも言ってやれ!」
「そ……そうですよ! 僕も先輩もお互いをそんな風に思ってないですよ!」
 むしろ僕は篠之木先輩が嫌いなんだ。いつも嫌がらせを受けてるし、つきまとわれてるし、常に迷惑をこうむっているし悩まされてるんだ。好きであるはずがない。
「ふふ。果たしてそうかしらね……。でもね、例え久遠寺くんがどう思っていようと篠之木来々夢、あなたは久遠寺くんの事が好きなのよ。私にはあなたの事くらい分かるって言ったでしょ? 自分でもその気持ちに気付いていないのかしらね。戸惑っているの?」
 橘さんは篠之木先輩に揺さぶりをかけている。その効果は――絶大だ。
「そ、そんな……まさか私が……私が久遠寺のことを好きだって……そんなあっ……」
 篠之木先輩はうつろな目で呟いている。その瞳は焦点が合っていない。
「恋愛しているアナタが恋愛を憎みカップルを決別させようなんて笑止千万っ。まるでアナタは滑稽なピエロよ! こんな茶番は一刻も早くやめることよ!」
 あまりの言いがかりに僕は感情が高まった。
「い、いい加減にしてください橘さんっ! 的外れもいいとこですよ! し……篠之木先輩っ! 違いますよねっ? まさか篠之木先輩に限ってそんなこと……」
「……わ、私は……久遠寺のことが……」
 僕が見たその時の篠之木先輩の顔は、とても美しく女性らしいもので――まるで恋する1人の少女のようだった。
 僕は――言葉をなくしてしまった。


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