喪女につきまとわれてる助けて

第2話 休日のデート――をするカップルを撲滅大作戦

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 外は温かな気候だった。暑くもなければ寒くもない。おまけに動物や虫たちが楽しげに鳴いていて、空も青く澄んでいる。これからどんどん暑くなることを考えたら、今が1番過ごしやすい時期だろう。
 篠之木先輩は春も夏も嫌いとか言ってるけれど、やっぱり僕とは相容れない人間だから価値観が正反対なんだろう。理解できない存在というのが1番恐ろしいとはよく言ったものだ。ていうか多分篠之木先輩はなんだかんだ言って秋も冬も嫌いだと思う。
 僕はろくに目的地も聞かされないまま、篠之木先輩の後をついていって、近くの駅まで行った。
 結構遠くまで行くんだな、と少し不安になってくる。僕は先輩に行き先を尋ねてみた。ていうか今回の目的を訊いてみた。
 先輩から返ってきた答えはこうだった。
 デートに1番適している日というのは、学校も会社もない休日だということ。休日こそ恋人達のかっこうのデート日和。
 恋愛中毒者ならきっと、休日こそ大胆に行動しているに違いないという推論だった。
 さらに、休日にデートするのならわざわざ地元の公園とかに行くとは思えない。休日にはそれにふさわしい、普段行かないような派手な場所に行くに違いない。
 近くもなければそこまで言うほど遠くもない。お金も大して使うことなくそれなりにたっぷり遊べる。まさに学生が行く位にはピッタリの場所。
 だから篠之木先輩は、電車に乗って若者の集まる繁華街へと向かったのだった。
 ……相変わらず思うけど、篠之木先輩のこの原動力はどこから来るんだろう。あと恋愛に興味ないとか言う割にどんだけデートとかカップルの行動について詳しいんだ。
「わぁ……人多いですねぇ」
 電車を降りて駅を出た僕は、足を止めて感嘆の声を漏らした。
 さすが休日の歓楽街ともなると大勢の若者達で溢れかえっているが……当然、カップルの数もハンパなく多い。
 待ち合わせのスポットになっている銅像の前でいちゃつくカップル。スクランブル交差点を手を繋いで歩くカップル。1つのアイスを2人で食べているカップル。そこかしろに恋愛を楽しむカップル達の姿があった。
「どいつもこいつもうかれやがって……気にくわない」
「ま、まぁまぁ先輩。落ち着いて下さいよ。ほら、今日は目的があって来たんでしょ」
 僕は猛獣の調教師になった気分で篠之木先輩をなだめた。
「そ、そうだな……久遠寺がそう言うなら、ここは堪えよう。いちいち1組ずつ相手にしていたらキリがないからな」
 もの凄く不機嫌そうな顔で視線を彷徨わせる篠之木先輩。
 いつ噛みついてきてもおかしくない様子に、僕はもう気が気じゃない。カップルをみつける度に怒りの形相を浮かべる篠之木先輩に冷や冷やしっぱなしだった。
 そんなこんなで町を歩くが、得に変わった様子も見当たらない。というより変わった様子というのはなんだろうか。はて、僕達は何を探しているんだろうかと不思議に思い始めていた。
「おい、久遠寺。全然見つからないじゃないか。オールハートイーター」
 篠之木先輩が不機嫌そうな声で言った。ああそうか。僕達はそれを探しに来たんだった。
「当たり前じゃないですか。ていうか具体的にそれは誰なのかも分かってないですし……ここにいたとしてもどうやって見分けるんですか?」
「ばかもの。お前はそんなことも分からず歩いていたのか。オールハートイーターは私達の学校にいる誰かなのだぞ。だったら私達の学校の服を着てデートしている人間が犯人だということだ」
「……えーと。ツッコミどころはいろいろあるけれど、とりあえず休日に学生服を着てデートする人間がいるとは思えないですけど……」
「着ていなくてもウチの生徒の顔くらい覚えているだろう」
 先輩はあっさりとそう答えた。
「先輩は覚えているんですか」
「ああ。もちろんバッチリだぞ」
 いや、たぶん……ていうか絶対嘘だ。だって先輩は興味が無いことに対してはとことん無関心なのだ。自分のクラスメイトの顔だって覚えているような人じゃないもん。
「それよりも久遠寺。腹は減っていないか? そろそろ昼食時だろう」
 なんか話題変えてきたもん。
「え、ああ……そ、そうですね。ちょっとお腹が減ってきたような」
 でも僕もそろそろ歩き疲れてきたから一回休みたい。本当にお腹も減ってるし。
 ていうか……こんな時間まで篠之木先輩と無駄に歩いて時間を潰していたなんて。ああ、僕の休日が。
「そうかそうか、久遠寺も腹が減ったか。ならばそろそろ昼食にしようじゃないかっ」
 と、篠之木先輩がなぜか嬉しそうな声で言った。
「まぁ……いいですけど。どこで食べるんですか? 店はたくさんありますけど、この時間ですからどこも人でいっぱいですよっ」
 本当は先輩と食事なんて嫌だけど断る勇気は僕にはないし、昼食を一緒に食べるくらいなら我慢しよう。
「安心しろ久遠寺。実はな……今日はお前のために私が弁当を作ってきたのだ!」
 そう言って篠之木先輩は手に持っていたバッグをぽんぽんと叩いてみせた。
 僕はなんだか、すっごく嫌な予感がした。
「あ。はぁ……お弁当ですか……先輩手作りの……」
 食べたくない食べたくない食べたくない食べたくない食べたくない。
「ああ、お前の為に腕によりをかけて作ったのだぞっ」
 篠之木先輩は自慢げに胸を張って答えた。大きめの胸がぽゆんと揺れた。ちなみに先輩の私服は今日も全体的に黒っぽくて黒魔術師っぽくて結論で言うと怖い。
「あの、先輩……それでお弁当を食べると言ってもどこで食べるんですか……?」
「その点なら安心しろ、久遠寺。ちょうどいい場所があるのだ」
 篠之木先輩はとある方角を指さした。僕の目に入ったのは、ごちゃごちゃした建物から離れたところにポツンとそびえる小高い丘。
「そうだ。あの丘の上にある岬から見る景色は絶景なのだ。弁当を食べるにはちょうどいい場所だろう。思う存分この町の人間を見下ろそうではないか!」
 そう言って、先輩はけっこう距離のある丘までの道をまっすぐ歩いて行った。
「はぁ……そうなんですか。先輩、ずいぶん詳しいですね」
 強引な先輩に僕はくたくたになりながらもついていく。
「まぁな。私はカップル撲滅の為に戦う戦士なのだからな。実はあの丘の上の岬……そこは隠れたデートスポットとして一部では人気があるのだ」
 歩く速さを緩めることなく篠之木先輩は説明する。
「へぇ。初めて聞きました」
「隠れた、だからな。そういうわけで人は少ないんだ。繁華街から離れていて丘の近くには何もないから、2人きりになりたいカップルとかが行くような、ただ景色が綺麗というだけの場所なのだ」
「そ、そうなんですか〜」
 知る人ぞ知るデートスポットを、なんであなたがそこまで熟知してるんですか。
「ま、私にとっては忌避すべき場所であり、全然興味のない場所なんだがな」
 その割にめちゃくちゃ詳しいですよ? 興味ありまくりですよね?。
 そうこうしている内に、やっと丘に到着。さらにそこを登って隠れたデートスポットらしい岬へと辿り着く。
 自然広がる緑の地面。生い茂る草花。カサカサと木々の葉の擦れる音。吹き抜ける涼やかな風。土の匂い。
「ほら見ろ。人もいないし、広いし、開放的だし、景色も綺麗だろ?」
 篠之木先輩が両手を広げてくるくる周りながら言った。
 長い黒髪をサラサラと春の風にたなびかせながら舞う姿は……正直悪いんだけど、魔法使いの儀式みたいに思えた。いや、綺麗なのは綺麗なんだけど。
 先輩の言うとおり確かにいいデートスポットだと思いながら、僕は展望台に立って町を見下ろしてみた。
 素敵な景色だった。さきほどまで僕達が練り歩いていた町並みが小さく見えていて、行き交う人々の姿はアリのようだった。そこにいる1人1人がそれぞれの人生を、ドラマを繰り広げているんだなぁって、僕は月並みな事を考えた。
 そしてやっぱり、カップルが多かった。
「さぁ、久遠寺。昼食を食べようではないか」
 いつの間にか僕の背後では、篠之木先輩がビニールシートを広げて、持参したお弁当の包みを取っている姿があった。いつもだったらカップルにキレだすとこなのに、今はあんまり気にしていないようだ。
 ちなみにビニールシートの絵柄は悪趣味としか思えない、真っ黒の下地にドクロが無数に並んでいるものだった。僕は悪趣味シートの上に正座して、弁当を挟んで篠之木先輩と対面する。
「ほら、今あけるからな」
「わ、わぁい……うれしいなー(棒読み)」
 先輩はゆっくりと弁当のフタを開けた。
 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。もちろん緊張しているからであって、箱の中のものが食べたいと思ったからではない。
 だってフタを開けて出てきたのはまるで――中世ヨーロッパで行われたサバトのために必要な、口ではとても表現できないものばかりだったから。
「こ、これはぁぁ……」
 はたして食べ物なのかどうなのかも分からない代物だった。色はといえば、自然界にあったら絶対食べちゃいけないって全ての生き物が分かりそうなサイケデリックな原色系の色をしていて。形といえば、僕が今まで食べてきた既存の食材全てから大きく外れた一種のアートのような形状。
 食べるのがもったいない――そう思えるくらいに、食べ物というより芸術作品なお弁当だった。って、お弁当? これが!? どこが!?
 これを見て百人中千人がそうするように、僕は苦笑いを浮かべて食べるのを躊躇した。そして涙目になって顔を上げ、篠之木先輩を見た。先輩……これはいくらなんでも冗談ですよね。
「さぁ、食え」
 しかし篠之木先輩は薄気味悪いせせら笑いを浮かべて、僕に奇妙な何かを食べるように促した。ていうか強要した。だって目がマジだもん。
「はっ、はいぃ……いただきます」
 僕は覚悟を決めて、いったい何でできたものなのか分からない物体を1つとって(なんか人の形を模していた)口の中に放り込んだ。
「んぐんぐんぐ……」
「どうだ……うまいか?」
 篠之木先輩が珍しく自信なさげな顔をして僕の目をじっと見ているような気がしたが、僕はそんな事をじっくり考えている余裕なんてない。なにせ僕の命がかかっているんだ。
 だが、異常事態が起こった――。いつものパターンだったら、僕はここで倒れるか泡を吐くか最悪臨死体験するかなんだけど……今回はなんと意外な結果だった。
「あ、あれ……おいしい?」
 見た目は変だったけど、どうやらただのハンバーグのようで味はおいしかった。いや、しかもただおいしいだけじゃない……ひょっとしたらうちの母さんの料理よりおいしいかもしれない。人型のハンバーグっていうのが悪趣味だけど……。何もないなんてありえない。なぜ。
「そ、そうか……うまいか。ならよかった」
 篠之木先輩は僕のその感想に胸を撫で下ろすような格好をしていた。いつもは僕の困った顔を見て喜んでいるような人が、今日はいったいどういう風の吹き回しだろう。謎だらけで僕は戸惑いを隠せない。
「……それにしてもなんだその顔は。まるで私の手料理がうまかったのが意外だったみたいじゃないか」
 みたいじゃなくて、意外そのものだったんだけど。でも変なことを言って先輩の怒りを買うつもりもない。
 僕はパクパクと篠之木先輩お手製のお弁当を食べ続けた。普通においしい。オチがないぞ。
「くふふ……気に入ってくれたようで嬉しいぞ」
 そう言って篠之木先輩もお弁当にお箸をつけて食べ始めた。
 2人で向かい合って、1つのお弁当を食べるこの構図。
 って、いま初めて気が付いたんだけど……これ他人から見たら、僕らこそカップルに見えるんじゃ……なんて不吉な事を思ってしまった。
「……」
 僕はのぞき見るように篠之木先輩を見る。先輩は何も気付いていないみたいで、おいしそうにお弁当をもしゃもしゃ食べている。
 いや、でも気付かないなら気付かないで黙っておこう。言ってもいいことないし、何をしでかすか分からない。
 僕は春の陽光を浴びながら、篠之木先輩と一緒にお弁当をたいらげた。結局お弁当に仕掛けなどもなくて、本当にただのおいしいお弁当だった。
「さぁ、久遠寺。昼食もとったことだし、これから後半戦だぞ」
 篠之木先輩は空になった弁当箱を片付けながらこともなげに言った。
「……って、まだやるんですかぁっ!?」
「当たり前だろうが。私達はまだ何の成果もあげていないんだぞっ」
「いてっ。な、何も殴らなくても……」
 もしかしてこのお弁当が普通だったのは――まともじゃないお弁当を僕が食べたら体を壊して午後の予定がおじゃんになるから、だから普通のお弁当だったとか……じゃないよね。


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