喪女につきまとわれてる助けて

第2話 休日のデート――をするカップルを撲滅大作戦

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 僕達は丘を下ってまた繁華街へと戻ってきた。そしてまた人で混み合う街を探索する。
 なかなかに今日はハードスケジュールだ。気付けばなんだかんだで時間がだいぶ過ぎていった。もう午後も随分まわっている。
 いったい僕達は何をしているんだろうかと、貴重な休日を現在進行形で浪費している不運を嘆いている時――隣を歩く悪の元凶が何かを発見した。
「む……あれは、保健室で会った久遠寺のクラスメイトではないかっ」
 ピタリと止まって篠之木先輩は前方を指さす。いきなり何を言っているんだ? 保健室。クラスメイト。それって……。
「え、もしかして……それって相楽さんのことですか? 相楽早苗さん?」
 篠之木先輩の言葉の意味を理解した僕は、とっさに目を凝らして先輩の指さす先を見た。
 そこには――肩までかかるサラサラ流れる髪と、春らしいいかにも清楚な私服姿の少女。だけど……僕が知っている彼女のトレードマークである眼鏡はしていない。だから僕は、あれが相楽さんだとはすぐには気付かなかったけれど。
「ほ、本当だ。あれは……相楽さんだ」
 間違いない。ちょっと見た目がいつもと違ってお洒落な雰囲気を醸し出しているけど、言われてみればどことなく面影がある。そしてなにより、あの落ち着き払ったおとなしい佇まいは相楽さんだ。
「でも……こんなところで一人で何してるんだろう」
「さあな」
 素っ気なく答える篠之木先輩。すごいなぁ。クラスメイトの僕ですら気付かなかったのにあれが相楽さんだとすぐに気付くなんて。
「でも偶然だなぁ……こんなとこで会うなんて」
 ここで会ったのも何かの縁だし、せっかくだから挨拶でもしておいた方がいいのかな。
 僕は勇気を出して相楽さんの方へ行こうとしたら――いきなり後頭部に強い衝撃を感じた。
「ふぎゃん! ……って、なっ、なにするんですか先輩ぃ〜っ」
 後ろを振り返ったら、手刀を構えた篠之木先輩がいつも以上に険しい顔をしていた。
「はやまるんじゃない、久遠寺。お前はあの女を見て何も感じないのか?」
「感じるって……何を? コスモとか言わないでくださいよね」
 篠之木先輩に対する不信感しか感じないんだけど。
「なんだ、それは? 違うぞ、そうじゃなくて相楽早苗とかいう女……。うかれたカップル共が集まるこの繁華街で1人でいるなんて怪しいと思わないか? それに眼鏡もしてないし、服装だってなかなかのお洒落じゃないか」
「ま、まあお洒落ですよね……怪しいかどうかは分からないですけど」
 それに比べて先輩は全然服装に力が入ってないですね――とは僕にはもちろん言えない。
 すると篠之木先輩は何か悪巧みを考えついたみたいで、半笑いの不気味な顔をして言った。
「くふふ……久遠寺。あの女の後をつけようじゃないか」
「え……いや。そういうのはやめといた方がいいと思いますけど……」
 この人は他人の迷惑になる事にしか興味がないんだろうか。
「なにぃ……久遠寺。お前は嫌だというのか!? 私の手製の弁当をこれでもかという程に食べておきながら……お前は恩を仇で返すというのかっ」
「え、いや。そういうわけじゃないですけど」
 お弁当はもしかしたら先輩の罠だったのかもしれない。ていうかそんなもので恩に着せようとしないでよ。
「来るんだ久遠寺。でないとお前の恥ずかしい噂を学校中に広めるぞ」
「また脅すんですか……やめて下さいよ。どんな噂なんですか?」
「根も葉もないあらぬ噂を、さも本当の事のように広めてやる。お母さんと週3のペースでお風呂に入ってると言ってやる」
「や、やめてくださいよ! 最低だっ」
 ホントにで悪質すぎる。なんで僕ばっかりこんな目に遭うんだ。僕は前世でよっぽど悪いことでもしたのか?
「なら来るんだ」
「……分かりましたよ」
 いいや……どうせ僕の抵抗なんて先輩には無駄だって最初から分かっていたさ。
 僕は諦めて、篠之木先輩と共に相楽さんの後をつけることにした。
 相楽さんはしきりに周りをキョロキョロしていて、僕と篠之木先輩はコソコソ隠れながら追っていたけど……確かに相楽さんの挙動は不審だ。僕達のように、まるで誰かを追っているような、そんな雰囲気だった。
「おっ、久遠寺。相楽早苗のやつ、どこかに入っていったぞ」
「ゲームセンターですね……誰かと待ち合わせでもしてるんでしょうか」
 やたらとゴテゴテした外観のゲームセンターに入っていく相楽さんを追って、僕達も建物の中に入っていった。
 相楽さんはゲームセンター内をうろうろと一巡したあと、ピタリととある場所で立ち止まった。そして。
「むぅうう〜……」
 相楽さんはクレーンゲームに熱中していた。ピンクのクマのぬいぐるみが欲しいようだった。
 ちょっと僕は拍子抜けする。
「ただクレーンゲームしに来ただけなんじゃ?」
「まだ決めつけるのは早いぞ、久遠寺。もう少し様子を見ようではないか」
 僕と篠之木さんはカーテンで仕切られたプリクラ撮影する機械の中に入って、相楽さんの様子をじっと見守っていた。
 相楽さんは今なお必死でクレーンゲームと格闘中で、コイン投入口の横には百円玉が高く積まれていた。
 ちなみに、全然とれる気配はない。ていうか相楽さん、クレーンゲーム下手すぎ。
 その様子を狭いプリクラ機の中で見守っていたら、篠之木先輩が口を開いた。
「……久遠寺。せっかくだから写真を撮っていこうではないか」
「え……ええっ?」
 篠之木先輩にいきなりそんな事を耳元で言われて、僕は跳び上がりそうになった。
「何をそんなに驚いているんだ? 私はただ……もうしばらく時間がかかりそうだから……ひ、暇つぶしにこれで写真でも撮ろうと言ってるのだっ」
 なぜか言い訳めいた感じで早口になっている。
「あ、僕は別にいいんですけど……それじゃあ撮ります?」
 本当は篠之木先輩とプリクラ撮るのなんとなく嫌だったんだけど……。なんか僕の写真悪用されそうで怖いし。でも篠之木先輩がこういうのが好きとは意外だった。
「ようし、ならば撮ろうっ! さぁ久遠寺っ、300円持ってるかっ」
「え、僕が払うんですかっ」
 自分から撮りたいって言っておきながらよくそんな大胆な事が言えたものだ。僕は渋々プリクラ機に百円玉を3枚投入した。
 フレームやら何やらを設定していく。写真撮るだけなのにとても手間がかかるなあ。設定を終えると、ようやく写真撮影に入った。
『それじゃあ撮るよー。3、2、1』
 瞬間――隣にいた篠之木先輩が僕の鼻に指を突っ込んできた。それも2本の指で両方の穴に。
「ぶふぉあああっっ! な、なにするんですかぁあああああ!!!!」
「いやな、普通に撮るだけじゃ面白くないだろうと思って」
「だからってこんないきなり……僕はそれ以上に全然面白くないですよ……」
「ほらほら、グズグズしてるうちに次の撮影が始まるぞ」
「え、あ、わわっ」
『2人でポーズを決めちゃおう。いくよー。3、2、1』
 ぽ、ポーズ? 篠之木先輩と2人でポーズって何をすればいいんだ? と僕が頭の中でアタフタしていたら、いきなり先輩が――僕の服を脱がした。
「なななななななああああああああああああっっっっ!!!???」
 上着とTシャツが見事にべろんとめくれ上がって、僕の上半身が露わになった。
「もっ、もうお嫁にいけない……っ。この写真ばらまかれたらおしまいだ……」
「ははは、何言ってるんだ久遠寺。お前は男だろう。馬鹿だなあ」
 篠之木先輩は何も悪びれた様子もなく快活に笑っていた。ちょっと殺意が沸いた。
 もう絶対、篠之木先輩には何もさせない――。
『さぁ、最後の撮影だよ−。自由に撮っちゃおー。3、2、1』
 と。先輩が僕に向かって何かしようと動いた刹那――僕はそれを察知してすぐに避けて、更に反撃に転じた。
「おおっと、手がすべったーっ」
 僕はわざとらしく声を上げて、篠之木先輩に変顔でもさせようと彼女の頬に手を伸ばす。――だが。
「う……うわっ!?」
 先輩も僕の行動を回避しようとして、さらに僕も先輩を攻撃しようとして、僕達はバランスを崩してしまった。そして。
「きゃっ!」
「おわあっ!」
 僕と篠之木先輩の体が正面衝突して――その場に崩れ落ちた。
 パシャリ。と、タイミングよく最後の写真が撮られた。
「……痛いじゃないか。久遠寺のくせに」
「で、でも元はといえば先輩が……」
「うるさい久遠寺。というか……そろそろおりろ。重いだろう」
 篠之木先輩が僕から目を逸らして言った。
 僕はその時、ようやく今の自分達の状況を知った。
「……あ」
 カーテンで仕切られたプリクラ機の狭い個室の中、押し倒すような形で僕が篠之木先輩の体の上に重なっていた。
 そういえば僕の手の平に何か柔らかい感触がするなと感じたら――仰向けに倒れている先輩の胸に、僕の手が押しつけられていた。むにゅんむにゅん。
「う、うわっ。うわわわっ……ご、ごめんなさいぃぃぃいいいっ」
 殺されてしまう――嬉しさとか柔らかさとかをそういうのを感じるよりも前に、自分の命の危機をなりよりまず感じて、とっさに篠之木先輩の体から離れた。
「ふ、ふふ……べ、別に私はそんなの気にしないし。だ、誰にでも間違いはあるさ」
 だけど、篠之木先輩は思ったよりも怒ってなくて、普段のように半笑いみたいな表情で微笑むと、埃をはたきながら立ち上がった。でもちょっとその顔がひきつっているように見えた。
「さあて。そろそろ写真ができあがった頃かな……おお、もう出てきたぞ。見て見ようじゃないか、久遠寺」
 そう言って篠之木先輩はプリクラを取りだして、2人でそれを見た。
「ひ、ひどい……」
 痛々しくて見ていられない内容だった。僕の鼻に先輩の指が豪快に突っ込まれている姿に、僕の服がめくれ上げられ上半身が露わになってる姿に、僕が篠之木先輩を押し倒そうとしている姿。
 被害者ほとんど僕じゃん! 最後にいたっては僕、普通に見たらただの犯罪者みたいになっちゃってる!
「なかなかいいものが撮れたな。これなら色々使えそうだ」
 先輩は嬉しそうにプリクラ機の個室から出た。
「色々って何にっ!?」
 全然いいものじゃないよ。不吉な予感を感じながら僕も後に続く。
「ていうか僕達、何か大事なことを忘れているような気が……」
 すっかりプリクラに夢中になっていた僕は、辺りをぐるんと見回した。
「むむぅ〜〜……あうっ」
 向こうの方で、クレーンゲームに勤しんでいる相楽さんの姿が目に入った。
 あっ、すっかり忘れてたよ相楽さん。ていうか……まだクレーンゲームやってたよ。いったいいくらつぎ込んだんだ?
「なんだあいつ。まだ取れていないのか? 不器用な奴だなぁ」
 僕と篠之木先輩は、半分哀れむような目を相楽さんに向けて見つめていた。
 結局その後、お金を使い果たしたらしい相楽さんは、ピンクのクマを取ることはできずにフラフラと力なく足を進めた。
「お、とうとう建物を出るらしい。ついていこう」
 相楽さんがゲームセンターを出て、また繁華街を歩き始めた。
 ゆらゆら歩く相楽さんは、吸い寄せられるようにとある建物に入っていった。ペットショップだった。
「うわぁ。かわいいなぁ……相楽さんも動物が好きなんだ」
 僕はいつになく興奮して、ペットショップの中にいる相楽さんを見ていた。という名目で売られているペット候補達を見ていた。癒されるなぁ。
「ふ〜ん……ペットね。興味ないなぁ」
 篠之木先輩は全然動物に関心ないという感じ。
 一方、僕は動物が好きだ。特に小動物が好きだ。彼らには癒しの力がある。僕の日々傷ついた心を彼らは癒してくれるから大好きだ。
 僕はついうっかりペットショップの中に入っていきそうになったけど、なんとか欲望を抑えて外から相楽さんを眺める。
 相楽さんは僕以上に動物が好きなようで、トロンとした目でケースの中にいる犬や猫たちを見つめている。僕達が隠れる必要がないくらい周りが見えていないようだ。
「これはまた長くなりそうだな」
 犬猫に興味がない篠之木先輩は面倒臭そうに辺りを見回していた。
「だったらもういいでしょ? 帰りましょうよ」
「それは駄目だ。あいつの秘密をまだ何も握っていないじゃないか」
「秘密なんて何もありませんよ。ただ一人でゲーセン行ってペットショップ行っただけですよ」
「でもあの格好はなんだ。やたらとはりきってるじゃないか。一人なのに。ぼっちなのに」
「年頃の女の子ですから、ぼっちでもお洒落くらいしますよ。てか相楽さんはぼっちじゃないですよ」
「私はぼっちだけどお洒落はしないぞ」
「まぁ先輩はそうでしょうよ」
 というか……さりげなく悲しいことを言わないで欲しいです。なんとなく友達いなさそうだなとは思っていたけど。
「なんだ、その意味深な言い方は。まるで私がお洒落とは無縁な喪女みたいじゃないか」
 篠之木先輩が僕の頭をゲンコツでグリグリしながら不愉快そうな声で言う。あれ、喪女に誇りを持ってるんじゃなかったっけ?
「い、いやっ、先輩はお洒落なんてしなくても全然……って、あれ? 吾川君……」
 先輩にグリグリされているその時、道行く大勢の人達に混じる――見知った人間の姿を僕は見てしまった。
 それはクラスメイトであり、中学の時からの僕の友人である、吾川澄志君。
 でもそれだけなら別に、僕は何も動揺する事なんてなかったんだ。まずいのは、彼が1人じゃなかった事だ。
 そう。周りにいる若者達と同じように、吾川君は――女の子と楽しそうに歩いていた。
 それはどこからどう見ても、恋人同士の光景だった。


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