天使がきても恋しない!

    1. 第2章 愛の普請者と愛の不信者と愛の不審者

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    「いや〜。今朝来たときも思ったんですが、清貴さんのお家ってなんだかいい匂いがしますねぇ。きっとこれが清貴さんの香りなんですね〜。すんすんっ」
     紅茶を片手にソファーに座る私服姿バージョンのラヴは瞳を閉じて、まるで花畑にいるかのような表情でうっとりしていた。
     そう。僕は不本意ながらラヴを自宅に招き入れることにしたのだ。
     ここまで関わり合いになってしまえば、もうラヴの存在を無視することもできない。命の危機にまで遭ったというのだ。とりあえずラヴの話を聞くしかなかった。
    「僕の家の匂いとかはどうでもいいんだよ。さぁ……もう遅いし帰った方がいいぞ」
    「はい……って、あれっ!? この流れで話を聞かないんですかっ!? いま来たばっかりなのに! 優雅にお茶を飲んで、何でも答えますよ的なオーラ全開でしたのに!」
     基本ボケ役だけど、ツッコミもちゃんとできるのが天使クオリティーだな。いや、天使がそういうのできるんかどうか僕は知らないんだけど。
    「面倒臭いし別に聞かなくていいんだけど……まあ話したいんだったらいいや。じゃあ手短に説明してもらおう。いったいどうなってるんだ」
     今夜も母親は帰ってこないので、僕は台所で簡単な夕食を作りながら追及する。ちなみにこいつの分も用意してやることにした。一応助けて貰ったわけだからな。
     ラヴは落ち着きを取り戻し、咳をしてから得意げに口を開いた。
    「う〜ん。どうなってると言われてもですね〜……まさかあのタイミングで悪魔が出現するなんて思っていませんでしたよ〜」
     ラヴは大して悪びれた素振りも見せず紅茶を飲み干し、てへへと笑う。
    「笑い事じゃないっての。その悪魔って何なんだよ。なんか知り合いみたいだったじゃないか。それにもう一人の天使見習いだよ。あいつが言ってただろ。ここは自分のテリトリーでラヴのいる場所じゃないって」
     勝手にやってろよと思いたくなるこんな展開、僕にとってとばっちり以外の何物でもない。無責任なと言われるかもしれないけど、そもそも僕は無関係なのだ。レディバグとして戦いに生きる僕にそんな暇ないんだって。
    「レヴィアンはなんというか、よく人間界へ悪事を働きにくる悪魔ですね。本来悪魔が人間界に来るにはかなりの労力を必要としますが……レヴィアンは少々特別なんです」
     ラヴは紅茶のおかわりを入れて、その中にイチゴジャムを投入する。
    「特別?」
     どうでもいいけどあんま人の家のイチゴジャム使うなよ。
    「そう、特別です。クラスの高い悪魔であれば人間界に来るのは至難の業なんですが、レヴィアンは下級悪魔です。だから結界をくぐって人間界に来れます。しかも下級悪魔といっても能力的にはそこそこある方なので、こっちに来ても強い力を維持していられるし……つまり絶妙なバランスで無事に魔界と人間界を出入りしてるですよ」
    「それでしょっちゅうこっちに来ては悪事を働くのか」
     悪魔と言ってもいろいろ制限があるんだな。
    「イエスです。だから私はその度にレヴィアンを魔界に追い払っているわけです。それで、ムゥですね……あの子は私の仕事仲間です。私と同じく天使を目指し、変身して戦っています。どうやら彼女、今はこの町が担当のようですね」
     町ごとに天使見習いが派遣されて平和の為に悪と戦う。なるほど、僕が知らないところでいろいろと世界は回っているんだな。
    「でもだ、ラヴ。この町がムゥの担当なら、なんでお前がいるんだよ? 同じ町に天使見習いが2人いてもいいのか?」
    「そうですね……大きい町でない限り基本的には1人なんですが、色々訳があるんですよね。ヴィーナス機関でも結構複雑な事になってるんで、うん。まぁ……そういう事もあるんですよ」
     説明するのが大変なのか知らないが、すごく適当な感じにはぐらかしてくれるラヴ。
    「ま、僕は別に天界の組織とかどうでもいいけど、こんな面倒事うんざりだからな。これ以上巻き込まないでくれよ。ていうか別にパートナーが僕である必要ないだろ?」
    「またまた〜。そんなこと言わないでくださいよぉ〜、つれないなぁ〜。私達、お互いの事をもっと深く知っていけるはずですよ」
     ラヴが流し目的なものを使って僕を誘惑しようとする。
    「いやいや、無理だってば。他をあたれよ、ゴールデン・レトリバー」
    「もはや全く似ていない! 絶対わざとの間違いですっ!」
     いや、犬の種類的には似てるかなと思ったんだけど。
    「ま……まぁでも、清貴さんの気持ちも分かります。今日はちょっと失敗してしまいましたけど、始めのうちは仕方ないです。ドンマイです。次は頑張りましょうね、清貴さんっ」
     ラヴは僕を励ますようにウインク。
    「いや、全然分かってないしッ! 次とかねーよっ! 別に拗ねてないのっ! 僕は本気でやりたくないんだって! この際言っとくけど……悪魔とまではいかないけどな、僕はむしろ愛の敵なんだよ! 愛なんてくだらないものに僕を巻き込むな!」
     こいつと一緒にいるだけで僕のレディバグとしての存在は脅かされる。本来僕はラヴの敵なのだ。
     すると、今まで飄々としていたラヴの態度が、やけに真面目に移り変わった。天使が人類に対する態度。
    「いいえ、清貴さん。愛こそ全てです。人類の歴史は愛の歴史。感情の根源は全て愛に通じる。私は愛の伝道者です。あなたが愛を信じられないというのなら……やはりあなたをパートナーにしたのは正しかったようです。天使見習いとして、私があなたの愛を取り戻してみせます。大丈夫、私は愛の天使……たとえあなたでも私のことが好きになりますよ」
     ラヴは僕に強い眼差しを向け、言い切った。駄目だ……話なんて全然かみあっちゃいない。
     これはラヴの僕に対する敵対宣言(告白)。
     ふ。ふふ……ふふふ。――いいだろう。なら僕は本気でお前に立ち向かう。
     全ての男を落とす天使と、全ての女と敵対する人間。
     ラヴ……君と僕は、どうしようもなく相容れない存在だ。


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