天使がきても恋しない!

    1. 終章 All Need Is Love You

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    2

     
     春祭直前の深夜の学校。一種異様な姿を呈した学校の裏庭に、天使1人に悪魔1人に人間1人にクマの着ぐるみが1体いた。ここは完全なる非日常の世界だった。
    「着ぐるみなどと見た目で判断すると痛い目を見るぞ、ラヴぅ〜」
     悪魔、レヴィアンは傷つきながらも、余裕の表情を浮かべている。
    「ぬわぁんだ〜。また天使見習いかぁああ……この前も色々息巻いてた奴がおったが、あっけなかったしなぁあアア」
     不出来なクマの着ぐるみ――ビビラスは表情が全く読めない。ていうかうちのクラスが作った着ぐるみだし、表情なんてあるわけないけど。
    「ラヴ……あのクマ倒せるか?」
     僕はただの人間。だからこの状況において何もできないし、実況するくらいしかない。そう。もはやレディバグでもなんでもない、何一つ持っていない城崎清貴なのだ。
    「清貴さん。私にはさっき清貴さんから貰った愛の力があります。清貴さんとの力がある限り私は絶対に負けません」
     天使、ラヴラドル・ラブ・ライクは僕に天使の笑顔を向けて、ハート型のステッキをクマに向けた。
     ラヴが僕に寄せる無償の愛。でも僕からラヴに対する愛は……本当に愛なのか。
     僕とレヴィアンはそれぞれ後ろに距離をとって、ラヴとクマが距離を詰める。
     そして――町の運命を賭けた決戦が始まる。
    「天使見習いなんてぇぇええ、全っ然興味ないんだが……レヴィアンとやら、お主の計画には高揚するものがある。この地上を悪魔が支配する世界に塗り替えるうううううう! ううっふううーーーっ。興奮するねぇええええ。だから行くぞおおっ、天使見習い」
    「いつでもかかってきて下さい。私があなたを愛の力で浄化します」
    「あいにくだが愛なら間に合ってるよおおお。オレ様は全ての者を怯えさせ、引き離し、孤独をこよなく愛する悪魔なんだぁああああ。オレ様の愛、貴様に受け止められるかぬわぁ?」
     と、クマが言葉を放った瞬間、クマの姿が消えた。
    「ッッ?」
     ラヴの時とは違う。僕には残像一つ見えなかった。まばたきだってしてなかったのに。
     だから僕はすぐさまラヴの方を見る。
     しかし、そこには。
    「えっ――?」
     そこには――クマがラヴの腹部に、ぬいぐるみ生地の腕を思いっきり埋めている光景があった。
    「うっ……こふっ」
     ラヴは苦悶に表情を歪め、その体はフラフラと揺れた。
     僕はこの時悟った。圧倒的戦力差。ラヴは――クマに勝てない。
    「はっはっは! 弱いいいい、弱いぞおおおお、天使見習いいいいいい! 魔界の扉が開けば、オレ様なんか比べものにならないくら〜〜〜いの強力な悪魔が世にはびこることになるぞぉぉぉおおおお!」
     悪魔将軍のクマは声高らかに笑っている。
     このクマより更に強いって、どんだけインフレする気なんだよ。
    「ひゃひゃひゃひゃ! 強い、強いぞ! ムゥの時も一瞬だったんだ! ラヴも瞬殺だ、ビビラス!」
     レヴィアンは小悪党よろしく高らかに笑っている。
     なんで悪魔というのはこんな風に笑うのが好きなんだろうか。
    「やはり……ムゥをやったのは、あなた、だったんですね……」
     ラヴが振り絞るような声を上げて、間近にいるクマに問うた。
    「そうだぁぁぁああ。所詮見習いなんてオレ様の前では足元にも及ばねええええんだよおおおお」
     クマが言ったのと同時に――ラヴが怒りの感情を初めて僕の前で見せた。
    「う……うぁぁぁあああああああああ!!!!!!」
     かろうじて右手に持っていたステッキを強く握り、クマに殴りかかった。
    「ぐうっ!」
     ラヴの攻撃がクマに直撃する。そして――さらに続けざまにラヴは連続で打撃攻撃を加え続ける。
    「ぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!」
     容赦ない攻撃。およそ天使とは思えない必死な叫び。ラヴの逆鱗。
     ラヴとムゥは、僕が見る限り仲がよさそうに見えなかったけれど、きっと2人の関係は僕なんかが想像できるような単純なものではないんだろう。
    「ああああああああああああああああああああ!!!!!!」
     尚もステッキでクマを打ち続けるラヴだったが――、
    「あまり調子に乗るなよぉおおお、見習い風情がぁあああ」
     どぐり、と鈍い音がしたがしたと思ったら、ラヴの攻撃がピタリと止まって、その場に膝をついた。
     クマの逆襲だった。クマは、今の攻撃で――傷一つ負っていなかった。
    「今度はオレ様の攻撃だぁぁあ」
     そう渋い声で言うと、そこからクマの攻撃が始まった。
    「あうっ、うぐっ……」
     まるでサンドバッグのようだった。クマはラヴをぬいぐるみの手で殴り続ける。
     その一撃はとても重そうで、当たる度に痛々しい音が周囲にこだました。
     どうすれば……どうすればいいんだ。僕に何かできることはないのか……。
     そんな答え――最初から知ってるだろ。
     僕はさっきから、なにを解説者に甘んじていたんだ。
     パートナーの僕にしかできない役目がある。ラヴに愛の力を与えることができるんだ。
     ラヴが僕の為に天使になって、町の為に戦っているように。僕はラヴの為にしてあげなくてはいけない。
     もう、僕には抵抗感なんて何もない。だって僕はもう……レディバグじゃないんだ。
     だから愛だって簡単に――簡単に……それで、いいのか?
     僕は倒れる度にクマに起こされて、殴られてる少女を見た。
     ラヴもレヴィアンも言っていた。感情のプラスとマイナスは常に変動するもので、より強力な感情の力はその起伏の差にあると。
     そしてラヴは、僕のこのレディバグとしての特性が、僕の中に強力な愛という感情を生み出すのだという。でも僕は未だ愛に目覚めることはできないし、レディバグでもない。どっちつかずの持たざる者だ。
     ――目を覆いたくなるような戦いはまだ続いている。
     それはもはや戦いと言えない――一方的なその惨劇の光景は、僕の目にはしかし、どこか遠くの景色に感じる。
     レディバグから追放された僕。レディバグである僕を認めてくれたラヴ。
     なら僕はどういう僕として、どういう行動をとればいいんだ。教えて下さい団長……。
     ……違う。それは違う。僕はいま気付いた。
     ラヴラドル・ラブ・ライクが求めた僕は――僕なんだ。
     僕は、自分が勝手に仕立て上げた僕という型にはまっていたかっただけなんだ。その方が楽だから。その方が傷つかないから。
     称号とか追放とか、愛を信じるべきとか、愛を捨てるべきだとか、女性好きでも嫌いでも――答えなんてないし、なんでもいいんだ。
     僕が自分の気持ちにまっすぐなら、自分を信じた感情なら、それが答えだ。
     だってラヴは僕が好きだって言った。そして、だから死した後も天使となって僕を求め続けた。
     ラヴは――どんな僕でも好きになってくれる。それがラヴの愛なんだ。
    「おおっとぉぉぉおお、つい勢いが余っちまったぁぁぁあああ〜〜〜」
     遠くからクマの声が聞こえてきた。
     瞬間、もの凄い勢いでこっちに何かが地面を跳ねてくるのが見えた。
     ラヴだった。
     ラヴの体が石ころのように地面を転がって――僕のすぐ傍まできた。
     酷い……だけど、なんていうタイミングなんだ。僕が思うにこれは偶然じゃない――これこそが愛だ。
     そしてこれが恐らく……最後のチャンスだ。
    「おい、ラヴっ。大丈夫か、ラヴッ!」
     僕はしゃがみ込んで、ラヴの体を両手で抱き起こして瞳を見つめる。
    「は……はい。なんとか、大丈夫です……いえ、やっぱりちょっと大丈夫じゃないみたいです……」
     薄く目を開けて僕を見るラヴは、もうボロボロだった。
    「うひゃひゃひゃ〜っ、さぁビビラス! とどめをさしなさい!」
     レヴィアンの声が遠く聞こえる。
    「だぁぁぁからぁあああ、命令するなってええええのおおおおオオオ!」
     クマがノソノソと、とどめを刺しにこっちに来る。
     ここが僕の決断の時。僕の答えとは――僕の愛の行方は……僕は僕のままでいる事。
     たとえ女嫌いでも、たとえ愛が信じられなくても、たとえレディバグでも、それを剥奪されたとしても――それでも愛を与えられるなら……いいだろう。やってやろう。
     僕はありのままの僕として、僕が僕でいたい僕として、愛と戦う戦士・レディバグの城崎清貴としてラブと共に戦う! それは決して愛に屈服したからじゃない!
    「おい、ラヴっっ――」
     僕はラヴの頭を強引に上げる――。僕は女に対して無慈悲な男なのだッ! それくらいの事は余裕でできるのだよッッ!
    「な……なんですかっ」
     ラヴが僕の突然の行動に戸惑っているようだ。
    「は……はは! ラヴ! 愛が欲しいのだろう? だったら、僕がくれてやるよ! レディバグの僕に……できないことはないんだよおおお!」
     ふ、ふ、ふははははははっっっ! そうだ、困惑しろ錯乱しろ! レディバグは常に女を蹂躙する存在なのだ! だから……愛だってなんだってくれてやるッッッッ!!!
    「これが僕の――愛の力だあああああッッッッ」
     僕はラヴに覆い被さるように体を寄せて――。
    「き、清貴さっ――んっ?」
     僕は――ラヴの唇を奪った。
    「んっ? んんっ……」
     ラヴは驚きのあまりジタバタするが、それでも僕はラヴを離そうとせず、体を抱きしめて口づけを続ける。
     ラヴの鼓動を感じる。柔らかさを感じる。体温を感じる。
    「んっ……ぷっ……ううんっ」
     ラヴは上手く呼吸できていないみたいだ。
     それでもレディバグは容赦しない!
     なぜなら……あらゆる女性は僕の敵(これが僕の愛のカタチ)なのだから!
    「ふ……ふぅ……う」
     次第にラヴの抵抗する力は弱くなり、全身がぐったりしていった。
    「ふぅっ……ぅっ、ぷわっ」
     僕は窒息しそうになるまでラヴに口づけを交わすと、ようやくラヴから唇を離した。
     人間と天使の唇と唇が離れ、僕は叫んだ。
    「はぁっ……はぁっ……どうだ、ラヴ! これが僕の生き様だ! レディバグの力だ! キスくらいなんだ! そんなもので僕の築きあげた僕が壊されてたまるか!」
     そうだ、たとえ追放されても称号を剥奪されても関係ない。僕は僕の意思で僕を名乗る! だから僕は戦う。たとえ間違っていても、僕が僕を誇れる道を進む!
    「これが僕の最終究極奥義、清き愛(ラヴ)。はははははははは!!!!! レディバグ――城崎清貴の完全復活だあああああッッ!!!!」
    「……清貴くん」
     ラヴが頬を紅く染め、目をとろんとさせて、ぽーっとした顔で僕を見ている。
    「ふん……僕だってただ黙って見ているなんて、こんな状況じゃさすがにできないからな。僕のファーストキスをやったんだ……絶対に倒せよな!」
     あの日から――キスなんて僕には無縁のものだってずっと思っていた。
     だけど僕は今、キスをした。それも、僕がずっと恋い焦がれていた少女とキスをしたのだ。
    「……は、はい。きっと……きっと大丈夫です。清貴さんの愛が。真実の愛を感じます。いきます、清貴さん。私があなたの愛に応えます」
     僕の腕の中で頷くラヴ。こうしてみると、正真正銘ただの女の子だけど……彼女の体が淡く発光している。まるで夜の海のホタルイカの如く、黒の中を白の色に染めていく。
     これが……僕がもたらした奇跡だと言うのか。こんな僕でも、必要とされていたんだ。
    「ああ……行ってこい。僕はお前の愛の力を信じているぞ、ラヴ」
     僕の心の中に沈殿して、長年たまり続けていたどんよりしてた様々なものが、綺麗に浄化されたのを僕は確かに感じた。
    「はい――私と、あなたの力で……」
     聖なる光を放つラヴは、僕の腕の中からそっと立ち上がり――、
     パァァアア――と、ラヴの中から発する光は目が眩むほどに輝いて、ラヴの姿は光の中に包まれた。僕は思わず目を閉じて……次第に光が弱まり、僕が再び目を開けた時。
    「ら、ラヴ……」
     僕が見たラヴは――天使そのものだった。
    「……うふっ。やはりあなたの愛は特別でした」
     優しく表情を綻ばせるラヴ。
     その姿は純白の豪華なドレスに包まれて、先程までついていたのよりもより大きな翼が背中に生えていた。しかも数も倍の4枚に増えている。
    「今の私はほぼ本来の力に近い状態です。これが天使としての私の姿です」
     ラヴの甘い声はいつもと違って、もっと清く、高貴に、気高く感じた。
     僕はぽ〜っと、純白の天使にただみとれていた。
     そして僕達の愛に立ちはだかる敵達は。
    「そ、そんな……天使見習いが人間世界でその姿に変身できるなんて……いったいこの人間はどれだけの力を……いや、2人の相性があまりにも抜群だっていうの……?」
     月光に映える日本人形のような顔のレヴィアンが、目を丸くして突っ立っている。
     そしてもう1人の方は、
    「な〜にをやっとるかァ、貴様らはぁああ。せ、戦闘中だってのによぉぉおオオ〜……っ」
     クマの姿をした孤独の悪魔。僕達の近くに突っ立っていた。
     すっかり忘れていた。愛の対極の存在は、僕達の前にかすんでしまってるのだ。
    「に、人間風情が調子に乗ってるんじゃねええぞぉお! なんだ貴様はぁあ!」
     孤独の悪魔は怒りを心頭させている。でも……もしかするとこれは、僕の姿なのかもしれない。本来の僕の悪魔の部分。
     だから僕は、自分と同じ存在に、僕の在り方を名乗る。
    「――僕は城崎清貴。女が嫌いで愛を信じない……ただの人間だっっっ!!!!」
    「なっ……なに言ってんだ……アホか、人間め……」
     クマが僕の発言に引いているみたいだ。僕の在り方は悪魔ですら理解できないのか。
     そしてクマは次にラヴを見た。真の姿になった神聖なラヴを。
     するとラヴは、全てを慈しむような目を、クマに向けて言葉をかけた。
    「魔界に帰った方がいいですよ。私はできるだけあなたを傷つけたくありません」
     その言葉で――悪魔の将軍が吼えた。
    「さっきから……意味分かんねぇえええんだよおおおおおお!!!!!」
     愛の力を前にして、クマの理性はとうとう吹き飛ぶ。
     理解できないものに対する恐怖。クマの攻撃性は100%にまで高まる。
    「て、天使見習いの分際で調子に乗るなよぉおおおおオオオオ!!!!!!」
     クマは叫んで、ラヴに向かって飛びこんでいった。
    「らっ、ラヴッ――」
    「大丈夫ですよ。今の私には清貴さんの愛があります。だからあなたは見ていて下さい」
     ラヴは向かってくるクマの突撃を――軽い身のこなしでサラリと回避した。
     僕にも見えた。それはまるで空気に乗った木の葉のように、緩やかな動きだった。
     そしてラヴは、躱しざまに膝でその着ぐるみの背中部分のチャックを――ジィィィィィ――と下げて、全開にした。
    「くぅぅうわああっっ! な、なにをおおおおオオオオ!」
     必要以上に驚きの声をあげるクマ。彼のその中身が露わになる。
     クマの着ぐるみの中、そこは――空洞だった。まぁ想像はしていたけど。
     しかし、想像できなかったのはラヴの行動。何を考えているのか、彼女はその空洞の前に顔を寄せて、
    「空虚なのは寂しいです……あなたに愛の素晴らしさを伝えたい」
     空洞の中に囁き、ふっと息を吹きかけた。なにをしてるんだ?
     ところが、天使の吐息を吹きかけられたクマは、
    「ぐはあアアアアっっっ!!!」
     先程まではどんなに攻撃を与えてもびくともしなかったクマが、苦しそうな悲鳴を上げて、地面に体を落として転がった。
     よく見れば開け放たれた部分から、黒い煙のようなものがモクモクと立ち上がっている。
    「な、何をしたァアアアアア!!!」
     クマがのけぞりもがいている。
     僕には、なんとなく分かった。
     クマから立ち上る黒い煙は、悪の気のようなもので――ラヴが愛の力を与えたから、ぬいぐるみ本体から悪いものが消えていっているのだ。
    「やはり悪魔には理解できないのですね……残念です。これが――愛の力です」
     ラヴは、本当に残念そうな顔をして言った。
     ……圧倒的だ。これが真の天使。本当のラヴの姿。
    「う……ぐぐ……がああ」
     背中のチャックが全開して黒煙を上げたまま、地面を転がり続けるクマ。
    「魔界に帰りなさい。ここはあなたのいるべき場所ではありません」
     ラヴのどこか遠くを見つめるような瞳。地上の全てを見通すような瞳でクマを見据える。
     クマは――。
    「く……く、クソがああああ!! なに余裕ぶって上から見下してンダよっっ!!! オレ様に命令すんじゃねえええええ!!!!」
     クマは叫ぶと――突然体を起こし、思いっきり真上にジャンプした。
    「なっ? 飛んだっ?」
     上空3千フィートは飛んだってくらいの勢いで、ばびゅーんとクマは一気に上空へ。黒い煙が飛行機雲のようにクマの軌跡を描く。
     ラヴやレヴィアンは翼があるから空が飛べるのは分かるけど、クマの着ぐるみが今空を飛んでいる。見ようによってはシュールな光景だ。
    「モウどうだっていいイイッッ、全部消してやるッッ……この町ごとおおおッッ」
     空に浮かぶクマの体が次第に光を帯び始めた。ラヴとは違う、不吉な色の光り。
     何をするつもりなんだ。僕が疑問に思っていたら――。
    「ま、まさか……ビビラス、アンタッ!?」
     遠くで傍観していたレヴィアンが突然慌てた様子で声を荒げた。
    「やめなさい、アンタ! そんな技使ったらこのワタシまで危険じゃないッ!」
     危険? クマは何をするんだ。
    「関係ねぇぇええよォォォオオ! 下級悪魔は黙ってろォオオ!!」
    「関係あるっての! いいの!? そんな事すれば契約書も灰になるのっ! そうなればアンタはもう人間界にいられなくなるのよッッ!」
     レヴィアンが脅すように春祭ポスターをびらびら振って怒鳴りつけている。
    「黙ってろッ、雑魚がッッ!! そんな事どうだっていいんだよぉおおお! オレ様はただこのクソッタレの天使もどきを倒せれば、後はどうなろうと知ったこっちゃねぇッ!」
    「ひ……ひいッ」
     発光しながら空を舞うクマに怒鳴られたレヴィアンが、涙を浮かべ言葉を詰まらせた。
    「いくぞォオオ天使ぃいいいい!!! オレ様の……全力ぅうううをおおお!!!」
     地面に立つラヴに両手を向けるクマ。するとクマの周りに滞っていた光が、その両手に収束されていく。
    「ひいいいい〜〜〜……」
     レヴィアンの悲痛な叫び。
     これは、もしかして……クマはエネルギー弾的なものを……砲撃魔法を出すつもりだ!
    「ラヴっ、まずいぞっ――」
    「大丈夫ですよ、清貴さん……私に任せて下さい」
     しかしラヴは動揺する素振りも見せずに僕の方を振り返って、静かに清く答えた。
     ラヴは空に浮かぶクマを見る。ところどころほつれが見られる出来損ないの着ぐるみ。
     その凶悪な悪魔を見据えたまま、真っ白いドレスからいつものようなチャチイものでない、もの凄く凝られたデザインの魔法のステッキを手にして――天使は清らかに声を張り上げた。
    「ラブパワー充填! スタンバイ――オーケー」
     ステッキというよりもはや杖のような槍のような凶器を、クマに向けて両手で掲げる。
     ぎゅいんぎゅいん――とステッキにパワーが込められていく。
    「ハッハッハアアアア! 力比べというワケかァアアア!! いいだろぉお!! 塵となって消えるおおおおお!!! 天使見習いィィィイイイイイ!!!!!!」
     突き出されたクマの太い両腕から、毒々しい光が放出された。
     それがもの凄い勢いで僕達に向けて飛んでくる。
     その刹那――。
    「ラブ・ウエディング――」
     ラブの澄んだ声と共に、闇を切り裂く神々しい七色の光が夜の空を横断した。
     まるでそれは、虹が架かっているみたいな光景。
     虹色の光は濁った光を簡単に押し返して、空に浮かぶクマに向かって突き進む。
    「んなあっ? そ、そんな……オレ様の攻撃がッッ……オレ様がッ……このオレ様があああああああ天使見習い如きにいいいいいいいーーーーーーーッッッッ!!!!」
     虹はクマの体を突き抜けて、それでもまだずっとずっと突き抜けていく。この地球を抜けて、どこまでも飛んでいくようにして。ずっと先にあるかもしれない、ラヴの世界を目指すように。その場所は、未来は、僕は、この光のように輝いているのだろうか。
     僕はその虹の橋が消えるまで、ずっと空を眺めていた。
     やがて空には瞬く無数の星と、まん丸い満月だけが残った。
     気が付けば、悪魔のクマ――ビビラスの姿はどこにもなくなっていた。
     ただ地面には、クマの着ぐるみだけが落ちていた。
     戦いは――終わった。
     勝ったんだ、ラヴが……僕の初恋の人が。


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