天使がきても恋しない!

    1. 第3章 天使 対 悪魔

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    2

     
     朝、僕が学校に行くといつものように遠野友晴が僕に……話しかけてこなかった。
     彼はただチラリと僕の方を振り返って、すぐに視線を前に戻した。実に珍しいな。
    「どうしたんだよ遠野、浮かない顔して」
     僕は悪友の様子が気になったので、珍しいついでに自分から彼に話しかけた。
    「ああ、実は昨日春祭の準備をしていた時の話なんだけどさ……実は着ぐるみが盗まれたんだよ」
    「……え? 着ぐるみが? そもそも着ぐるみって何?」
     春祭に一切興味のなかった僕は、いつから開催されるのかもよく分かってないし、どんな事やるのかも分からない。
    「てかお前、クラスの出し物すら知らなかったのかよ! どんだけ協調性ないんだよ!」
    「レディバグは常に孤高ッ! 群れるという事は個人の能力を腐らせるだけでしかない!」
     僕が格好良く発言すると、遠野は白けた目で僕を見ていた。
    「はぁ〜……まぁいい……盗まれたのは怪物のぬいぐるみなんだけど、せっかくみんなで作ったっていうのにさぁ……ったく、誰が盗んだっていうんだよ……俺のモテモテ計画が台無しだよ」
     暗い顔をして嘆くように言う遠野。
    「って、モテモテ計画? なんだそれは?」
     このクラスが着ぐるみを作っていたというのも初めて知ったけど。
    「よく聞いてくれた! このクッソくだらねぇクマみたいなぬいぐるみを俺が主体となって作る事により、女子達が『わ〜、遠野君って頼りになる〜。男の子なのに器用なのね〜』ってなって、『よかったら中に入ってみなよ』って俺が言って、『1人じゃ怖い〜』って女子。『ははは、しょうがないな。なら一緒に入ってやるよ』って感じでクラスの女子をとっかえひっかえ、一体のぬいぐるみという密室の中で一緒にいちゃいちゃいちゃあああああああいぎゃああああ! 痛いいいいいいいいいい!!!!! 腕があああああ!!!」
     いつの間にか僕の幼なじみの宇佐原仮夢衣が遠野の腕を思いっきり捻りあげていた。
    「どう? 懲りた? ううん、やっぱ懲りないわよね。何をやっても無駄よね。なら死ね」
     仮夢衣の氷のような目。ますます遠野の腕を締める手に力が入った。
    「ぎいいいいい!! ごめんなざいいいい!!!! でも……腕に大きな胸がちょっと当たってて嬉しいい痛いいいっっっっぎひいひひひいいいいい!!!! ぐじぎゅっ!」
     あ、死んだかな?
    「あんたって本当に最低の屑ねっ。女の敵よ。万死に値するわ」
     仮夢衣は地面に転がった遠野をゴミをみるように捨て吐いた。
     見渡せばクラス中の女子達が遠野の方を蔑むような目で見ていた。
     さすがに僕もこの時ばかりは同情の余地はなかった。まさに外道。むしろ、こいつはわざとやっているんじゃないだろうかってたまに思う。
     当の遠野はフラフラと立ち上がって、その状況を確認すると――。
    「……う、うわっ、し、しまったっ! お、俺としたことがつい本音をっっ! あっ……ち、違うんだっ! これは、これは……うわあああああああ!」
     遠野は己の失態に気付いて今までよりも一層くらい表情になって、涙を流しながら教室を出て行った。あの様子だと今日はもう再起不能だな。本音だし何も違わないもんな。
    「ふぅ〜……遠野もあんたと同じくらいの問題児よね。彼、黙っていればマシなのに」
     仮夢衣はやれやれと頭を振った。
    「でもモテるのは女じゃなくて男にだけどな。てか僕はあいつレベルまでヤバくはねぇよ」
    「どっちも同じもんよ。ま、遠野が男にモテるのは認めるけどね」
     そこに関しては仮夢衣と珍しく意見が一致した。ま、女にモテる女に言われたくない事だろうけど。……遠野、やはりお前は新しい道に行くべきかもしれないよ。
    「それで仮夢衣。着ぐるみが盗まれたって話は本当なのか?」
     遠野の事なんてどうでもいい僕は話題を変更する。クマみたいな怪物のぬいぐるみらしいけど。
    「ええ、音楽準備室を貸して貰ってそこに置いておいたんだけどね……まったく、週明けに春祭が始まるってのにどうすればいいのよ。おまけに校内に貼ってあったチラシも大量に剥がされてたみたいだし……どこの誰よ、こんな事するのはぁ〜〜」
     仮夢衣はなんだかイライラしているみたいだ。怖いなぁ。僕にはとてもできないわ。バレたら死より恐ろしい制裁が待ってそうだもん。
    「お……お前は別にクラス委員長でもないんだからそんなに気負うことないだろ。ってか、昔からそうだったけど……なんか最近変だぞ。やけに周りに気遣いしてるっていうか」
     そうだ。仮夢衣は最近周りの人間に対して心配りしすぎている。僕にしても遠野にしてもそれ以外でも。
    「別にそんな事ないわよ。っていうかそんな事あんたに関係ないでしょ」
     仮夢衣は肩まで伸びる藍色のショートカットをいじりながら口をとがらせた。
    「……そうだな。僕が女に対して杞憂を抱くなんてらしくなかったな」
     ふん、と僕は鼻をならす。
     そうだ、僕は何を考えているんだ。仮夢衣の事なんてどうでもいいじゃないか。
     でも……仮夢衣がやってる事は、まるで天使の行動のようだと思ってしまっていた。


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