天使がきても恋しない!
終章 All Need Is Love You
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3
ラヴは身の丈近くある魔法の杖を一振りすると、手品のようにそれは消えた。と同時に、身を包んでいた純白の豪華な衣装と4つの翼が光に包まれると――通常の魔法少女姿のラヴに戻った。ピンクのドレスに2つの翼。
そしてラヴは、残った悪魔――レヴィアンに対して、宣託を告げるように切り出した。
「さぁ、どうしますか? ビビラスさんは魔界に送り返しました。あなたに魔界ゲートを創る力は残されていない……もう打つ手はないのじゃありませんか?」
柔和で穏やかな瞳を小さな悪魔に向けるラヴ。
「く、くそぉ〜〜……たかが天使見習いのくせに、まさか魔界の将軍を倒すなんて……く、くくくくく」
しかし、追い詰められて絶対絶命のはずのレヴィアンが笑みをこぼした。
「なにがおかしいのです? まだ何かするつもりです?」
天使見習い、ラヴが優雅に小さく首を傾げた。この姿ももこの姿でなかなかいいな……なんて、僕はそんな事をつい思ってしまった。
僕は頭を振ってレヴィアンを見ると、レヴィアンが持っていた春祭のチラシが……ひとりでに燃えさかり、灰になって宙に消えた。レヴィアンは――。
「ワタシが何かするって? ふふふ……それはな」
ま、まさかレヴィアンにはまだ何か策があるのだろうか。
「そ、それは……?」
僕は無意識に声を上げていた。これ以上、何を――。
「そんなの……逃げるに決まってるだろーがぁッッ!」
レヴィアンが叫ぶと電光石火の如く走り出して、一瞬のうちに見えなくなった。
「って、あっ、ちょっ、待てっ――」
あまりの逃げ足の速さにツッコむ暇もなかった。無駄な事だと分かっていても、僕は見えなくなったその背中に叫んだ。
「く、くそ〜……逃げられてしまった」
「まぁまぁ、清貴さん。去る者は追わずです」
なんとも慈悲深い発言。純白天使でなくなってもラヴは天使力ばっちりだな。
「だ、だけど……」
僕が不満の声を上げた時――遠くから、「くぎゅんっ!」という声が聞こえた。
「えっ?」
それはレヴィアンの声だった。
僕達はすぐに声がした方を見る。すると、こっちに向かってくる何者かの姿があった。
「いや〜、やっと捕まえたっすよ〜。追い詰めるといっつも逃げられるから苦労してたんすよね〜」
僕達の前に現れたのは、片手にレヴィアンを担いだ、天使ジュティー・ムゥ。
「あ……あ……あなたは、ムゥ!」
ラヴは体を震わせ、瞳をうるうると潤ませて天使見習い仲間を凝視していた。
「た、確かあんたクマにやられたんじゃ……?」
仮夢衣が戦いの場を見た時、そこには大量の抜けた羽があって、ムゥとも連絡がとれないし……とか言ってたのに。
「甘いですよ〜、少年。天使がそんな簡単にやられませんよ〜。ウチはずっとこのレヴィアンを捕まえる機会を窺ってたんすよ〜」
ちっちっちっ、と黄色い天使姿のムゥが指を振って答えた。
ムゥに担がれている小さな女の子、レヴィアンは「きゅぅぅん……」とか呻きながら気絶している。
「う〜ん。それにしてもこの小悪魔ちゃんも、こうして大人しくしてたらめっちゃんこ可愛いじゃないっすかぁ〜。ペットにしたいっすよ〜」
金髪天使がなにやら不純な瞳でレヴィアンを見てる。悪魔なのに、僕は今レヴィアンの身がとても心配になった。
「で、ムゥ……じゃあ今までずっと隠れて見てたっていうのか?」
少しでもレヴィアンから注意を引いてやろうと僕はムゥに訊いた。
てかラヴがクマにぼこぼこにやられている間も助けに来ようと思わなかったのかよ。
「えっ、いや……だってその……ほら、ウチは信じてたっすからっ。ラヴが負ける訳ないってねっ!」
いや、嘘だろ。目が泳いでるし、声が裏返ってるし。すごい嘘が下手じゃん。
「ム……ムゥ! そこまで私の事をっ……私は、私は今、とてつもなく感動しています!」
しかしさすがのラヴさんは格が違った!
「完全に騙されちゃってるよ!? 絶対嘘だもん! お前はもう少し疑うことを知れ!」
「え……? 嘘なんですか?」
ラヴは目をパチクリ開けて僕とムゥを交互に見る。
「な、何言ってんすか〜。天使が嘘吐く訳ないじゃないっすか〜。やだな〜城崎さんは〜。あっはっはー」
「天使が嘘ついてるよ! なんだかラヴが不憫に思えてくるよ!」
天使ってやっぱおっかねぇ!
「まぁまぁ、どちらにしてもいいですよ清貴さん。こうして無事に解決できたのだからよしとしましょうよ」
僕が疑心暗鬼になっていると寛容な心でラヴは笑った。
「そうだな……ま、別にいいか」
さすがラヴだ……と普通の人は思うが、なんかこれ結果的にラヴがおいしいとこ持ってってる感じになってるよ。しかし、ふふふ……残念だったな、ラヴ。僕に隙はないのだ!
「でもうれしいです、清貴さん……あなたのおかげで倒せました」
僕の歪んだ気持ちも知らないで、ラヴが慎ましやかに頭をさげた。
「ま、まぁな。あんな凶暴なクマ、町にのさばせる訳にもいかないもんな」
僕は自分の心が見透かされそうな気がして――なんとなく視線を、遠くに見えるグラウンドの方に向けた。そこには春祭用に特設された出店やらが並んでいる。
「それに清貴さん……私達とうとう結ばれたんですよ。一つになったんです。ほら……清貴さん、勝利の記念ということで――もう一度キスしませんか? んちゅ〜〜〜」
「って、なにやってんだよ! するかっての!」
ラヴが口をタコみたいにして僕に迫ってきた。僕はそれを両手で食い止める。
「そんなっ、清貴さんっ! 何故に2人の愛を阻止するのですっ!?」
「意外そうな顔で驚くなッ!」
「さっきは2人、あんなに愛し合っていたというのにっ!」
「誤解されるような言い方すんな! ふんっ……勘違いするなよっ。僕の愛は偽物なんだからなっ。あれは仕方なくやったんだからなっ!」
「またまたぁ〜、ほんとに清貴さんは照れ屋さんなんだからぁ〜」
「だから照れてねーよッッ!! その前向きすぎる思考どうにかなんないの!?」
「どうにもなりませんっ。てへ」
なんて、いつものようなくだらないやり取りを交わす僕達。
満月の夜の学校で、僕はラヴというこの天使……初恋の人と邂逅する。
やがて、ムゥが頃合いを見計らって口を挟んだ。
「それじゃ、そろそろこの悪魔も天界に連行しなければいけないので……」
脇に抱えたレヴィアンに視線を向けて告げるムゥ。
「そうですか。お気を付けて下さいね、ムゥ」
ラヴは笑顔でぴろぴろと手を振ってムゥを見送る。
「って、いやいや……ラヴ。あなたも来るんすよ」
「え――?」
ムゥの意外な言葉に、ラヴは目を見開いた。
「あなたはヴィーナス機関の命令を私欲のためにことごとく無視してきました。よって、天界への帰還命令が出ています」
ムゥの事務的な口調。天使見習いとしての言葉。
ラヴが……天界に帰る。本来僕はその事実を喜ぶべきはずなのに……どうしてだろう、全然嬉しいなんて思えなくて、むしろ僕は……すごく悲しくなっていた。
「…………」
ラヴは黙ったまま表情を暗くして目を伏せている。小さな体はわなないている。
僕はそんなラヴを見ていられなくなって、だから。
「そ……そんな、だってラヴは凶悪な悪魔を倒したんだぞっ」
僕に付きまとってくるラヴ。すぐに消えて欲しいと思っていた。それなのに僕はラヴを擁護している。僕の気持ちは……どうなってるんだ。
「城崎さん……パートナーと別れる辛さは分かりますが……それとこれとは話が別っすよ。機関の規律は厳しいんすよ。さぁ……ラヴ。ウチと一緒に来てもらうっすよ」
「なっ、ちょっ、ちょっと待て――」
別れるのが辛いなんてそんな事あるわけない。むしろせいせいするはずだ。なのに。なのに僕は、ラヴと別れたくないと思っている。
「い、嫌だっ。僕は――」
「いいんです、清貴さん」
ラヴが凛とした声で僕の言葉を遮った。
「え、いいって、ラヴ……なにがいいんだよ」
「心配しないで下さい……私なら大丈夫です、清貴さん。私、いきます」
ラヴは決心するような、迷いのない眼差しで言った
その瞬間僕は――あの時の光景を唐突に思い出した。
思えばそれは丁度同じような2人だった。僕と少女。別れの情景。
「短かったですけど、私はとても楽しかったです……清貴さんと過ごした時間。私はこの時の為に天使として頑張って来たのです。だからもう……悔いはありません」
ラヴは僕に別れの言葉を告げてくる。
「なに勝手にお別れみたいな空気になっているんだ。僕はそんなのまだ認めていないぞ。お前、僕に愛の素晴らしさを教えるとか言ってただろ? 僕は全然まだまだ愛なんてくそくらえな人間なんだぞ」
いろいろ違うけれど、あの時と似たような今の状況。黄昏の教室と、満月の裏庭。僕はまた――大切なものを失ってしまうのか?
「大丈夫です。清貴さんは迷いません。だって、あなたはもう、愛を知っていますから」
「僕は……僕はそんなもの知らない」
「うふふ。それでも私はあなたを信じています」
僕が恋していた少女。
ラヴは僕を信じてるから、だからラヴは綺麗な別れで去ろうとする。僕を傷つけないやり方で。それは彼女が……もう僕が壊れないと信じてくれているから。
「だから――さようならです……清貴くん」
そう言うと、ラヴが翼をはばたかせ――月夜の空を昇っていった。
レヴィアンを抱えたムゥが、ラヴを誘導するようにその先を飛んでいった。
どんどんと僕から遠ざかっていくラヴ。
僕の初恋の人は、こうしてまた僕の前から去ろうとしている――。
僕は――。
「ら……らああぶううううううう!!!!!!!!!」
満月を背景に、大空を羽ばたくその背中に叫んだ。
「ラヴーーーーっっっ!! またっ、また戻って来いよなッッ!」
どうして僕はこんな事を言う? 初恋の人が再び目の前からいなくなる事に怯えているから? それとも、ただ刺激ある非日常を逃したくないから? いや、僕がこれから先も愛をとうてい見つけられそうにないから?
違う――だって、僕は。僕は……。
「だって僕は――お前のパートナーなんだっっ!!! だから僕はお前にいてほしいんだよおおおおおっっっっっっ!!」
僕の言葉は止まらない。こんな台詞、自分を壊してしまうような台詞、禁句である言葉が止まらない。
「ラヴっっ!! 僕はお前がッッ、お前の事がずっと好きだったんだッ!! そして僕は今も……だから、だからぁぁ……ッッッッ」
僕の叫びに――ラヴは少しだけこちらを振り返って笑顔を向けて――、
「 」
僕に何かを言おうと口を動かした。でも距離が離れていて、僕にはその声が届かない。
そのまま、ラヴの姿は空の彼方へと消えていく。
僕は――また1人になった。
ラヴの言葉は分からなかったけど、なんとなく……なんて言おうとしたのか分かった気がした。
なぜなら――月の光を浴びた幻想的な少女の顔は、僕の記憶の中にずっと留まり続けていたあの少女の、あの日の顔と同じだったから。