天使がきても恋しない!

    1. 第2章 愛の普請者と愛の不信者と愛の不審者

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     ――翌日。僕は目を覚まして朝食をとろうとリビングに行くと、とんでもない害虫を見つけてしまった。
    「おはようございます。清貴さん。食パンに付けるジャムはイチゴでいいですか? いいですよね。イチゴ好きですもんね」
     テーブルに座って朝食していた天使見習いのラヴ。ちなみに私服姿バージョン。なぜかYシャツ姿。ピンクの髪は寝癖気味でぼさぼさだった。
     ラヴは茫然とする僕をよそに、イチゴジャムをべったり塗った食パンを口にくわえながら、新しい食パンを手にとってイチゴジャムをベタベタこれでもかと塗りつける。
    「いやいやいや! お前なにやってんだよ! なに自然な感じにパン食ってんだよ! その演出ベタすぎるんだよ! てかジャムちょっとつけすぎじゃね!?」
     僕はもう、恐怖を通り越して完全に呆れ果てていた。
    「あっ! もっ、もしかして清貴さんはイチゴ……嫌いだったんですか……? みんな大好きなイチゴなのに……」
     僕が怒ると、ラヴが肩を落としてたれ目をうるうるさせて、もの凄くしょんぼりした。
    「えっ? なに、そのイチゴに対する無駄な情熱は! キャラ付け? いや、えっと……別に嫌いって事はないけどさ。うん、じゃあ貰おうかな」
     ラヴの寂しそうな素振りに、思わず食パンを受け取ってしまう僕。
    「えへへ……清貴さんって優しいんですね。大好きですっ」
     ラヴは涙を拭いて、天使の笑みではにかんだ。
     僕は目尻に涙を溜めたその無垢な笑みに、思わず心が暖かくなったような……。
    「って……なるかあああああ!!!! 僕が言いたいのは何でお前が今、この場所に、いるのかって事なんだよおおおおおおおお!!!!」
     普段から冷静沈着を心がけるこの僕をブチ切れさすとは……やはりただものではないっ、ラヴラドル・ラブ・ライクッ!
    「あらあら、朝から元気ですねえ。若いって素晴らしいです〜」
    「ち、ちくしょおおおおお! 僕を馬鹿にしやがってえええええええっっっ!」
     だから僕は女なんて大嫌いなんだあああああ!
    「あらあら。私がパートナーの清貴さんを馬鹿になんてするはずないじゃないですか。清貴さん……私達パートナーなんですよ? だったらやっぱり……ここは一つ屋根の下で暮らすのがセオリーじゃないですか」
     ぽっ、と顔を赤らめてラヴは恥ずかしそうに顔を背け、お腹に手を添えた。
    「なっ、なんでそうなるんだよ! なんのセオリーなんだよ! そうやってたまにしおらしくなるの止めろよ! そしてお腹さするのやめろッ! いねーよ!? お前の中に赤ちゃんはいねーよッッ!?」
    「赤ちゃんは確かにいないかもしれないですが……そりゃしおらしくはなりますよ。だって私達……まだ付き合いたてじゃないですか。初々しいじゃないですか?」
     なんかトロンとした目でこっちを見つめてきた。
    「誰がそんな事決めたの!? そんな設定僕は何も聞かされてないんだけど!? なんにも初々しくないからね! むしろ殺伐としてるよ!? 僕もう爆発寸前だよ!?」
     ていうか半分もう爆発してる。
     もうこれ以上この女に振り回されるのは限界だ。仕方ない、僕はここではっきりと宣言してやろうじゃないか。発情天使に、この僕の――正体を。
    「ラヴ……実は君に言っておきたい事があるんだ」
     僕はレディバグの顔になって、シリアスに告げる。
    「あ、そういえばまだあなたから告白されていませんでしたね……どきどき」
    「しねーよッ! 違えよッ! フ、フンッ! のろけていられるのも今の内だ……実は僕はな、レディバグなのだっ! レディバグは愛を捨て、世の全ての女性と戦うことを決意した男の生き様なんだ。ははは、残念だったなラヴラドル! そういうわけだから僕は――」
    「知ってますよ。それくらい」
    「え――?」
     僕が興奮しながら説明するのを、ラヴが平坦な口調で遮った。
    「私達を甘くみないで下さいよぉ。既にそんな事は調査済みですよ。清貴さんは自分がレディバグとかなんか訳の分からないことをのたまっていて女の人と戦っているんですよね……きしょ」
     まさかこの女は――僕がどういう人間かを知った上でパートナーとか言ってたのかっ?
    「……っていうか今、さりげなくきしょって言わなかったっ!? 僕、今はっきり聞こえたんだけどっ!」
    「気のせいですよ。とにかく私は清貴さんがそういう人間だという事を承知でパートナーに選んでいるんです」
     ラヴは優しい笑顔を崩すことなくサラッと穏やかに流した。そ、そうだよな……天使がそんな事言うはずないもんな。でも僕の事を知っての上でって……。
    「じゃ……じゃあ、僕がレディバグと知っててなんで……」
     僕はラヴの衝撃的な一言に完全に無防備な状態になってた。だって、それ既に相思相愛ちゃうやん。
    「うふふ……そんな些細な障害で愛を遮ることはできません。本物の愛はそんなもので否定することはできません。だから清貴さん、愛から目を逸らしていても寂しいだけですよ。あなたはきっと愛が信じられなくて怯えているだけです……私が愛を教えてあげます。だから、ねえ、清貴さん。私と愛し合いましょう」
     天使らしい感じに慈悲を込めた調子で諭すラヴ。あれ、でもなんかおかしいよね? そもそも……僕の気持ち完全に無視してない? 最初っから君の一方通行の愛じゃね。
    「いや……本物の愛も何も僕にはそんな感情……」
     正しいはずの僕の方がなんか押されて、涙目になってきたよ。
    「というわけで……ほらほら、はやく食べないと熱々のトースターが冷めちゃいますよ。ほら、あ〜んして。あ・な・た」
     僕が反論する隙も与えず、まるで誘惑するようにラヴはやけに色っぽい声を出して、僕の口にベトベトにイチゴジャムが塗られた食パンをくわえさせようとしてきた。なんか一気に天使からかけ離れた顔になってるよ。君は性天使なのかい?
    「くうっ、だ、誰が食べるかよ。あとその呼び方はやめろって。調子に乗るなっての」
     僕は内心ちょっとドキドキしながらもラヴを拒絶する。
     その時。ぼとんっ、と。
     イチゴジャムがべたりと、ラヴの露わになっている胸元に落ちた。
    「あ、あんっ……ほらぁ、清貴さんが食べないから落っことしたじゃないですかぁ……ひゃ〜ん、ベタベタするぅ〜」
     そう言って、ラヴは滑らかな動作で、己の真っ白な肌に張り付いた、赤い濃厚なゼリー状のものを手ですくい取って、ぺろりと舌で舐めとった。ちょ、これは。
    「うふふ。とっても甘い……。清貴さんも……ほら。舐めてみて……」
     なぜかラヴがYシャツのボタンを上から外していき、胸元を更に大胆にはだけさせる。
    「えっ、なんでっ、嘘っ……そんな、ラヴ……」
     みなさ〜ん、これが天使のとる行動だと思いますか〜? 僕は思わないで〜す……ですけど――僕の目は否応なしにその胸に釘付けになる。
    「ゴクリ……」
     そして僕は、とうとう耐えきれなくなり――。
    「ってぇええ……朝からお前という奴はぁあああ〜〜今すぐここから出て行けええええええええ!!!!!!」
     僕はラヴを家の外に蹴り出して、厳重に扉を施錠した。
     レディバグの力を舐めるなよっっっ! 僕の理性の勝利だッ!
    「ひえ〜んっ。すみませ〜んっ! ちょっと調子に乗りすぎましたぁ〜! 入れて下さぁい〜〜〜!」
     外からはドンドンと、玄関を叩く音と悲痛な敗者の叫びが聞こえる。
    「ちょっとじゃねえだろ。にしても、くそう……まさか家の中まで侵入してくるとは」
     僕はその雑音を無視して家中の窓やら扉やらに鍵をかけた。
     そのうちどこからともなくパトカーのサイレンが聞こえてきた瞬間に、やべえというラヴの声が聞こえて走り去る気配があったんだけど……うん、気にしないようにしよう。
     てか警察に怯える天使って、絶対天使じゃないだろ。淫魔とかそんな類だろ……とか思いながら、僕はさっさと家を出て学校に向かった。


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