天使がきても恋しない!

    1. 終章 All Need Is Love You

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     僕が通っている高校の裏庭に行くと、そこにはレヴィアンがいた。
    「とうとう見つけましたよ。レヴィ」
     ラヴが透きとおるような美声でレヴィアンに語りかける。
     満月の夜、校舎の裏の人気が全くない場所――春祭の小道具やら大道具やらが置かれたこの場所に、僕とラヴとレヴィアンが立つ。
    「その名でワタシを呼ぶなと何度言ったら分かる……」
     そう言うレヴィアンは、明らかに不機嫌そうな顔をしてこっちを――僕を睨んでいた。
     闇に溶け込む黒衣と、それに相反するような真っ白い肌。日本人形のような顔。
     ラヴの横に立つ僕は、悪魔と正面を切って睨み返した。
    「久しぶりだな、レヴィちゃん。だけど今日は残念ながらお菓子は持ってきてないぜ。君を止めにきたんだ」
    「くっくっくぅ〜。アナタの心をズタボロにしたとき以来だねお兄ちゃん。その節はたくさんのダークエネルギーをどうもありがとう。どうして、ここにいるのが分かったの?」
     わざとらしい笑顔で尋ねるレヴィアン。
     僕は挑発に動じることなく静かに答えた。
    「そんなのこれまでの状況で大体分かるよ……だって学校の春際の出し物を盗んでいたんだろ? 君が潜んでいた河原の橋の下にそれらを隠していたじゃないか」
     朝になればいよいよ開催される、この学校の名物の一つ――通称・春祭。
     僕の友人・遠野友晴は、最近なぜか春祭関連の備品が盗難される事件が立て続けに起こっていると言った。
     天使見習い・ジュティー・ムゥは、レヴィアンが潜んでいた河原の橋の下で、ぬいぐるみやら看板やら衣装やらを見つけたと言った。
    「あひゃひゃ。すっごーい、さっすがお兄ちゃん! ……人間のくせになかなかやるなぁアアア! あァそうだッ、盗んでたのはワタシだっっ!」
     自慢するように語る長い水色の髪の女の子。その身を包むは黒衣。背中にも同じく黒の翼。
    「でも……なぜみんなで作った春祭の出し物を盗んでいたんだ? そんな事して何があるんだ?」
     仮夢衣いわく、レヴィアンは人間界と魔界を繋ぐトンネルのようなものを創ろうとしてるらしいのだ。完成することになれば、地上に悪魔達がはびこる事になる。
     でも――それと春祭の出し物を盗むことに何の関連性が?
    「簡単さ! 天使がラヴパワーなら、悪魔は……そうだな、バッド・パワーってところかな。不幸のエネルギーこそが悪魔の力の源!」
    「まぁ、それは知ってるんだけど……で、春祭との関係は?」
    「いちいちうるさいなぁ……順を追って説明してるんだから少し黙ってなよ……」
     悪魔に説教されちゃったよ。
    「清貴、お前だったら分かるはずだろ〜。不幸は幸せから転落することで感じることができるんだ。生まれた時から不幸な人間は、周りの幸せな奴らが不幸だって哀れむだけで、本人はそれが普通だから不幸だと思わないんだ」
     そうか……まさに僕はそれの被害者じゃないか。
    「それで……より大きな不幸とはどういうものか。それは感情の落差にある。元々不幸の人間を不幸にしても、そこから生み出されるエネルギーは低いのよ。だから頭の賢いワタシは考えた!」
     僕がレヴィアンから受けた裏切り。あの時の辛さを思い出した。
    「春祭でみんなが楽しく盛り上がってる中で悪事を働いて、より強大なエネルギーを得ようって魂胆か。それでこの町に来たわけだな……」
     幸せから一気にどん底に突き落とす、えげつないやり方。
     そういえば、似たような事をラヴも言っていた気がする。まぁその時は全くの正反対の話だったけど……。
     もしかしてレディバグ団を壊滅に追いやったのはこいつなのかも……女嫌いな男達に彼女を作って、後から不幸のどん底に突き落とすための。いや、まさかこんな子供がそんな事するわけないか。こんなのに引っかかるのは僕くらいのもんだ。
    「だから話の腰を折らないでよ……そうだ、その通り。でもそういう状況探すのも苦労してね……この為にわざわざモテない男共にこのワタシが彼女になってあげて、その上で悲惨な破局で別れたりなんて遠回りな努力をしたりしてるんだよ!」
     こいつだったじゃん! てか……なんて手間のかかる方法なんだ。そしてみんなロリコンだったんだね!
    「世の男性の心を弄ぶなんてひどいです……」
     ラヴは珍しく怒ってる。けれどラヴよ、男性の心を弄ぶのは悪魔だけじゃない。世の女性全てが当てはまることなんだよ。
     僕とラヴのリアクションに、レヴィアンは狂ったように笑っていた。
    「それが悪魔の仕事なんだよ! でも、ひゃはは……ここに来たのがまさかアンタとはね、ラヴ。まさかワタシを止めに来たって言うの? アンタの今の力でぇ?」
    「ええ、イエスですよ。けれどレヴィアン。私を今までのラヴラドル・ラブ・ライクと思っていたら大間違いですよ」
     ラヴが一歩前に出た。
    「うっひっひぃ〜。ワタシの人間界魔界化計画を邪魔する者は排除するのみ!」
     レヴィアンが黒衣の中から大鎌を取りだし、構えた。
     そしてラヴは――。
    「あなたの野望、止めてみせます……。――変ッッッ身ッッッッッッ!」
     な、なんだかやけにはりきってる!
     僕も感化されてテンションが高まる中、ラヴの変身シーンが始まった。
     ぱぁぁああ、と辺りが七色の光に包まれ、ラヴの体がくるくる廻りながら宙を漂う。
     そしてまず着ていた服が、ぱっと消えて、足に派手派手な靴が装着される。手にはかわいい手袋。そしてピンクのドレスみたいな服にピンクのスカート。髪の色がよりアニメ色っぽくなってキラキラ光っててボリュームもアップ。顔はいつの間にか化粧してあって、まつげが長くなって口紅もひかれていて、普段よりも格段に綺麗に、神聖になって――その背中には真っ白い、天使の翼が生えた。
    「天使見習い、ラヴラドル・ラブ・ライク――見参ですっ!」
     くるくるくる――とどこからか現れたステッキを回し、手にとってポーズをビシッと構えた。
     よし、決まった! さすが運命の決戦だけあって変身シーンも省かずに盛り上げてくれてるな。というか……僕もこの雰囲気に随分馴染んだもんだなぁ。
    「「…………」」
     ぽっかりと浮かぶ満月、数時間後に開催される春祭の為に飾られた校舎やグラウンドを背景に、天使と悪魔が対峙する。
     ここはもう一種の異世界と化していた。祭りは既に始まっているのだ――。
    「ひゃひゃひゃ〜、ラァ〜ヴゥゥ〜〜。アンタがワタシに勝てると思ってるのぉ〜〜〜?」
     日本人形のような小さな悪魔は不気味に笑う。そして。
    「ワタシはゲートを創るのに忙しいんだッ。さっさと終わらせるぞ、ラヴーーーーッッ!」
     レヴィアンは大鎌を振りかざし、ラヴに向かって突っ込んで行った。
     ラヴは――、
    「あれっ?」
     気が付けば、今まであったラヴの姿が消えていた。
     高速移動? 瞬間移動? どっちにしたって早すぎる。どこに消えたんだっ。
     目標を失ったらしいレヴィアンも足を止めて立ち往生していた。
    「ラヴッ……どこにっ?」
     レヴィアンにもラヴの動きが見えないよう。きょろきょろと辺りを見回している。
     すると。
    「――私はここですよ、レヴィ」
     ラヴの声が聞こえてきたのは、上空からだった。
     僕はとっさに顔を上げる。
     そこには、バッサリバッサリと真っ白な翼を羽ばたかせるラヴがいた。
    「今のあなたに私を倒すことはできません……レヴィアン」
     闇夜に映える、純白の白。聖なる天使の色。彼女は黒衣の少女を見つめている。
    「くっ……ワタシを馬鹿にするなよッ! ラァヴ〜〜〜〜っっっっ」
     闇色の少女も翼を羽ばたかせて、その身体を宙に浮かべる。手に持つ大鎌からは竜巻のような水が幾筋もうねりを上げている。
     ラヴはステッキを構えて、レヴィアンは大鎌を構えて――、
    「――――――ッッッッ」
     天使と悪魔が空中で衝突する。
     2人の身体が交差した瞬間、激しい衝撃と轟音が生まれて――天使と悪魔はそれぞれ背中を向けて地面に着地した。
    「……」
     そしてラヴがレヴィアンの方に振り返って、
    「ぐふぅっ……」
     レヴィアンは――その場に倒れた。
    「観念するのです、レヴィアン」
     ラヴはハートマークステッキの矛先をレヴィアンに向けた。
    「く……まさか短期間でここまで強くなってるなんて……な、何があったんだ。もしかしてそのパートナーか? な、なんていうパワーなんだ……天使の力をここまで引き出す力をこんな人間が持っていると言うのか……。く……だが、認めざるを得ない。確かに……ワタシに勝機はないようだ」
     地面に這いつくばり僕の方を睨むレヴィアンは、今の一撃がかなり重かったのか、立ち上がる気配はなかった。
    「すごい……たった一撃で」
     僕は素直に驚く。レヴィアンはラヴよりもむしろ僕の方に驚いてるみたいだけど。
    「必殺、えんじぇる・ういんぐ・あたっくです。清貴さん……これもあなたが注入してくれたラブパワーのおかげです。あなたはやはり特別です。本当に……ありがとう」
     ラヴが僕の元に来ると、まるで子供のような無邪気な微笑みを僕に向けた。
    「あ、ああ。これで……終わりなのか?」
     思っていたよりも呆気なかったけど、これもラヴの思いがけないパワーアップのおかげだろう。決して……僕のおかげなんかじゃない。
    「そうですね。もうレヴィアンに向かってくる力は残っていないでしょう。後は彼女を天界に連行すれば一件落着です」
     そう言うとラヴはレヴィアンを見て、彼女の方へ足を向けた。
     でも……僕は不吉な予感がしていた。僕はボロボロになった仮夢衣が僕に助けを求めてきた時のことを思い出した。
     ――そんな時だった。
    「くくく……くっくっくっくっくッ」
     不気味な笑いが闇夜に響いた。
     見れば、レヴィアンが顔をあげて嘲笑うように声をあげていた。
    「な、何を笑っているのですかっ、レヴィ!」
     この追い詰められた状況で、そのように笑える余裕があるのか?
     僕は直感する。この悪魔――何か隠し持っている。
    「終わりじゃない! ラぁヴぅ〜。ワタシがゲートを創る為だけに、ただずっとこの学校で盗みを働いていたと思ってたか? 違うぞ。ワタシは既にゲートを開いていたのだ!」
    「な……なんだってっ!」
     ゲートを開いただって!? まさか魔界と人間界が繋がったっていうのか?
    「残念ながら魔力が足りなくてすぐにゲートは閉じたけど……しかしワタシはこの地上に1人の悪魔を召喚したのだ! ワタシとは比べものにならないくらいの強さの悪魔! その悪魔さえいればこの人間界を支配することだって容易いっ! こんな町程度なら本気でやれば一夜で壊滅することだってできる!」
     そ、そんな……。レヴィアンよりもずっと強い悪魔だなんて……ラヴは勝てるのか? それとも……この町はもう終わってしまうのか。
    「……」
     ラヴは口を閉ざして桃色の瞳でレヴィアンを見つめている。
     レヴィアンは苦しそうにヨロヨロと立ち上がって、そして黒衣から――なぜか春祭のチラシを取り出して、頭上に高く掲げて言った。
    「正直どう猛で危険な悪魔だからあまり使いたくないけど……さぁ、来なさい。そして天使を倒すのよ――悪魔将軍・ビビラスッッッッ!!!!」
     ゴテゴテした配色の紙切れを手に、レヴィアンが叫んだ。
     そして……暫くの静寂。
     僕とラヴは緊張にその身を震わせる。どこから現れる……? 悪魔将軍・ビビラス――いったいどんな姿の悪魔なのだ。僕はその姿をいろいろ想像して震えそうになる。
     その時。ザザ――と、音がした。不気味で、不吉な、気配。
    「――っ」
     ラヴが校舎の方を見て、僕もそれにならう。
     すると、校舎の壁際に雑多に積まれていた春祭の出し物の中に。
     そこに――動く影があった。
     僕は呼吸が止まりそうになる。それでも目が離せない。その影は――。
    「なあっ!? あ、あれはっ?」
     のそのそとこちらに近づいて来る影。それは……それは――クマの着ぐるみだった。
    「って、クマっ!?」
     僕は思わず大きな声をあげてしまう。
    「清貴さん、知ってるんですかっ?」
    「ああ、知ってる……と思う。ていうか見たことあるし、たまに見かける……あれは、うちのクラスの出し物だ!」
     何者かに盗まれたクマの着ぐるみ。遠野が言うにはあれは怪物らしいけど、どう見てもクマにしか見えない。なぜそれが動いているのだ?
    「レ、レヴィ! まさか……まさかそれが、あのビビラスだと言うんですかっ」
     ラヴがレヴィアンに向かって天使らしからぬ叫びをあげた。
    「な、なんだ? 知ってるのか、ラヴ? そのビビってしまいそうな名前の悪魔」
    「ええ……悪魔将軍・ビビラス。向こうでは結構名の通った悪魔でして、軍団を率いている立場でありながら、本人は群れるのが嫌いな変わった悪魔なのですよ。でもまさかこの人間界にビビラスが来るなんて……」
     ラヴのせっぱ詰まった苦渋の表情。クマの着ぐるみ姿だけどそんなに凄い奴なのか?
    「で、でもどうしてうちのクラスで作った着ぐるみをその悪魔が着てるんだ?」
     一見すると滑稽に見える。緊張感も削がれてしまうし。
     僕の疑問にレヴィアンが答えてくれた。
    「それはだな……やはり即興のゲートでは力が不安定すぎて、肉体はこちらへ送ることができなかったんだ。だから魂だけをこちらへ送り、肉体は仮のものとしてソレを使ったんだっ」
     すごいだろー、と得意げに語るレヴィアン。なんでも説明してくれるのは助かるんだけど。
     そうこうしている内に、クマはレヴィアンの元へ辿り着いた。
     決して上手とは言えない、ちぐはぐな感じのクマの着ぐるみ。
    「さぁ、ビビラス! あの天使をやってしまいなさい!」
     レヴィアンは春祭のチラシを片手にクマに命令する。
     すると、クマがもっさりした動きで――。
    「ぬわぁああんで、オレ様が下級悪魔の言うこと聞かなきゃいけねえええええんだよぉおおおおお〜〜〜〜?」
     お……思いっきり拒否したっ! しかもやたらと渋い声!
    「なっ、なに反抗してんのよっ! 何回も言うけどね……アンタはこの、レヴィアン様が人間界に召喚してあげたんだぞっ! いい? ワタシに逆らったら、この契約書を破り捨てて、すぐにでもアンタを地獄に帰すことができるんだぞ!」
     ああ、その為の春祭チラシだったのか。まさかあんなものが契約書だなんて……驚きだ。
    「……ちっ、んあ〜分かったよ。やるよ、やりゃあああいいんだろ〜〜〜〜。ったく、一匹狼で通ってるこのオレ様が、こんなくだらねぇ〜格好させられて、こんなクソ下級悪魔にいいように使われるなんてなぁぁぁアアア〜〜〜〜……。こんな姿じゃ誰もビビらせることなんてできねえだろおおおお〜〜〜〜〜」
     なんかこの悪魔将軍、すっごい不満そうなんだけど。
     もしかするとここは、穏便に解決できるかもしれない。
     と思っていたら、悪魔将軍は、
    「けどおおおお、それ以上にいいいいい、オレ様は今、最ッッッッ高に嬉しいぜええええええ。まっさか人間界に来れるなんてよォおお。こりゃあ、ちっとは言う事聞いてやっても罰は当たらねぇよなぁ?? この格好も、下級悪魔のいいなりになるのも、我慢できる位に幸せだよなぁ〜〜〜?? だったらテメェら……思いっきりビビらしてやんよぉおおおお!!!!」
     いきなり勝手にノリノリになって、僕達の方を向いた。


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