天使がきても恋しない!

    1. 第2章 愛の普請者と愛の不信者と愛の不審者

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    2

     
     登校して僕が教室に入ると、いきなり甲高い声で怒鳴りつける声が響いた。
    「コラあああーーーっ! 清貴ぃいい! あんた昨日また勝手に1人で帰ったでしょーーーーっ! 春祭の準備があるって言ってたでしょーーーーーっ!」
     怒鳴りながら1人の女子生徒が僕の前に立ちはだかる。
     肩まで切りそろえた藍色のショートカットに、黒の瞳。男勝りで活発な少女は男性よりもむしろ女性からの人気が高い、そんな少女。
     紹介しよう。彼女は僕のクラスメイトで、幼なじみであり、僕がまともに会話を交わす事のできる数少ない女性の1人――宇佐原仮夢衣。
     ちなみに男勝りなのに胸はクラス一大きい。僕の眼前で仮夢衣の胸がぽよぽよ揺れてる。レディバグの僕にとってはただの目の毒でしかないんだけど。
    「なっ、なんだよ。仮夢衣。僕に馴れ馴れしく話しかけるなっていつも言ってるだろ」
     僕はうざったく視線を逸らした。
     本当は仮夢衣ともあまり仲良くしたくなかったが、仮夢衣の奴は幼なじみのよしみとか言って、よくちょっかいをかけてくるのだ。僕達はもう子供じゃないってのに。
    「あんたが別に女子を嫌うのは勝手だけどさ、クラスの仲ってものがあるでしょ。和を乱すような真似はやめなさいよ。ほら、もうチラシだって完成したのよ!」
     そう言って仮夢衣は『春祭』の告知チラシを僕の前に突き出した。
     困ったことに……仮夢衣は面倒見がいいというか、やたらと余計な世話を焼く節がある。
    「和だと? 僕の知らない言葉だ。てか仮夢衣には関係ないだろ。なんでお前はそう、誰にもお人好しなんだよ。だから頼りがいがあるって、同性から告白されたりするんだぞ」
     ちゃっちいチラシを突き返しながら僕は文句を言う。
     見た目が決して悪くない仮夢衣は男性から好かれていたりするが……男勝りで頼れる性格なので女性からの方が好かれてる。やはり性的な意味で。
    「なっ、そんなの関係ないでしょ。あたしはただ清貴のためを思って……だってこのままじゃアンタ、本当に孤立しちゃうわよっ……あたしはっ」
     たまに同性からラブレターとか貰ったりしてるけど、仮夢衣は基本的にいい人である。昔から仮夢衣の属性はこんな感じだったが、ここ最近はそれが特に顕著になってきたように感じられた。無償の愛。
     彼女に何があったかしらないが、今の僕にはそれが何だか癪についた。僕の立場上、それはただのおせっかいだし、それにその優しさ……なんだか、あの天使を彷彿とさせる。
    「あたしは……あたしは清貴がっ――」
     だが僕は、そういった助け合いとか信頼とかそんな無償の愛的なものはいらないんだ。
     だから僕は差し伸べられた手を――払いのける。
    「はははっ、僕に施しは必要ないっ。なぜならば僕は愛に敵対する異端児。レディバグの城崎清貴なのだから!」
     気分が高揚すると、ついついネットでのキャラを現実世界でも堂々と発動させる痛い人間、それが城崎クオリティー。その後いつも後悔してるんだけどね。
    「どうしてあんたはあたしの言う事聞いてくれないのよ……ばか。ばかばか……」
     僕が高笑いしてると、なぜかいきなり大人しくなった仮夢衣。
    「な、なんだよいきなり……っていうかこっちこそ聞きたいよ。なんで僕にそんなに構ってくるんだよ。放っておけって言ってるだろ」
     突然の仮夢衣の態度に僕もつい戸惑ってしまう。
    「だってだって……あたし達幼なじみなんだよ? そんなの……放っておけないよ。だってあたし……」
    「な、なに言ってるんだよ。仮夢衣……」
     普段とは違う仮夢衣の珍しい態度に、なんとなく調子が狂ってしまう。
    「あ……き、清貴。あたしは……」
     うるうると瞳を潤ませる仮夢衣。その様子に僕はただならぬものを感じ取った。
    「熱でもあるんじゃねーのか? 少し疲れてるんだったら休んだ方がいいぞ」
     だから僕は珍しく素直に、仮夢衣の体調を気遣ってみたりした。
    「……も、もういいわよっ。なら勝手にしなさいっ。あたしはどうなっても知らないんだからねっ!」
    「な、何を怒っているんだよ、仮夢衣……」
     よくは分からないが、とうとう仮夢衣はさじを投げたみたいだ。怒って教室を出て行った。お互いらしくない行動は取らない方がいいという事か。
     ま、でも。女である仮夢衣の事など気にする必要ない。
    「ああ、僕は勝手にやらせてもらうよ。レディバグは常に孤独に戦う宿命にあるのだからな。ははははは」
     僕は高笑いをして自分の席へ歩いていった。そしたら。
    「今日もまたいつもの夫婦喧嘩か。けっ、羨ましいね」
     席に着くなり僕の前に座る悪友、遠野友晴が綺麗な顔で憎々しげにそう言った。
    「だっ、誰が夫婦だっ。もっとよく観察してものを言えよっ」
     その言葉、レディバグの僕にとっては最大の禁句。勿論僕は慌てて否定しながら――自分と仮夢衣がそういう関係になっているのを想像して身震いを起こした。
    「でも実際お前ら仲いいじゃんか。宇佐原さんに憧れてる女子達もうらやましがってるぜ。もういっそ付き合っちゃえよ。てか死ね」
     遠野はさらに僕を責めてくる。そして同時に、どんどん心が荒んでいっている。
    「万一そんな関係になっても女子達に殺されるだけだし勘弁だけど……ふう。僕が言うのもなんだけどな、遠野……君はそんなだから女にモテないんだと思うよ」
     レディバグの僕にこんな忠告させるなよとも思うが、数少ない悪友のためだ。有り難く受け取れ、遠野。
    「黙れって。俺はちょっと本気出したら彼女くらいすぐ作れるんだよ。ハーレムだって建造できるんだよ。体だけの関係なんだよッ! だから、ねぇ女の子達! 僕の彼女になれないなら……せめて、せめて体だけでいいからあああああああああく、首が折れるるるっるるううううううう!!!!!」
     いつの間に戻って来てのだ、仮夢衣が遠野の後ろからその首を腕で締め上げていた。なんという無駄のない美しき技なんだ。
    「今、あんたはクラスの女子全員を敵にしたッ。その罪、万死に値するわよッ」
     仮夢衣は凛とした声を張った。
    「きゃ〜! 宇佐原さんカッコイイ〜〜〜!」
    「遠野最低……さすが城崎と並ぶクラスの2大粗大ゴミ」
     確かにクラスの女子達は完全に遠野の敵となってるな。さりげなく僕もとばっちりを喰らってるけど。
    「ご……ごめんなさ……もう許し……ぐえっ」
     あ、とうとう気絶したよ。自業自得だけど、本当に馬鹿な男だ。遠野という奴は。
     だけど、遠野……最期までお前は立派だった。名誉の戦死だ。
    「これに懲りたらもうそんな馬鹿なこと二度と口にしないでよねっ」
     そう言って仮夢衣は遠野をその場に捨てて、再び教室の外へと出て行った。
     クラスの女子達は惚れ惚れとその後ろ姿を眺めていた。
    「大丈夫か? 遠野?」
    「……な……なん……と、か」
     あ、生きてた。……まったく、毎度毎度こりない奴だ。どうせ仮夢衣の忠告も無駄に終わる。
     己の欲望に忠実な、僕とは違った意味で女の敵の遠野の夢は――さっき本人がうっかり口を滑らしたとおり――自分のハーレムを作ること。つーか、そんな事言ってる内は絶対に彼女ができないという矛盾に、なぜ遠野は気付かないんだろう。
    「ま、不純な夢だけどせいぜい頑張ってくれよ、遠野。僕はそんなのお断りだけどね。女なんて勘弁だし……仮夢衣だって僕と付き合うなんてまっぴら御免だろうよ」
     少なくとも女心を100%理解してないフェミニストよりかは、敵として女の事を研究する僕の方が分かっている。それに腐っても一応仮夢衣とは幼なじみでもあるのだ。
    「ご、ごふっごほっ……ふ、ふ〜ん……それはどうかねぇ」
     僕の女性観に反応した遠野が苦しそうに立ち上がって反論した。
    「どういう意味だよ……。ま、いいけどそれよりお前も同じだぞ、遠野。僕はこのクラスの嫌われ者だ、僕に関わっていたらお前まで巻き添えを食うぞ?」
     遠野は遠野でセクハラ的な意味から女子に嫌われてるんだが、一応彼は女性と仲良くしたい人間だ。僕のせいでこれ以上彼を貶めることはできない。
    「はんっ、なに言ってるんだよ、城崎。俺はお前とは違って女の子を尊敬する紳士なんだぞ? そんな誤解は受けないさ。むしろモテモテになる、の間違いなんじゃないかい?」
     女にモテるためなら何でもすると豪語する遠野は、僕の言う事なんか一切考慮せずにそう嘯いていた。
    「……なんだよ、お前らしくない事言っちゃって。僕なんてあっさり切り捨てればいいのに……さもないとモテモテになるのは女からじゃなくて男からになってしまうぞ」
     僕はぶっきらぼうに捨て吐いた。
    「だから俺は女の子専門だっての! とりあえず、もっとお前は周りの人の好意をないがしろにするなって事だよっ」
     変態だけど、友情に厚い悪友は、こんな僕に愛想を尽かすことなく忠告する。
    「僕に好意なんて必要ない……それに仮夢衣の方だっていずれ僕に愛想をつかすさ」
     僕は遠野から顔を背けてそう言ったが、仮夢衣はきっと諦めないだろう。
     彼女は、僕が愛をはねのけようとすればするほど、僕を見捨てようとすることなく手を差し伸べ続けるのだから。
     そしてそれはこの悪友も同じだった。自分の信条をねじ曲げてまで僕に構ってくる。
     どうして仮夢衣も遠野も僕を見限らずに付き合ってくれるのだろう。僕に人としてそこまでの価値はないのに。
     僕にはそれが、たまらなく嫌だった。


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