天使がきても恋しない!

    1. 第3章 天使 対 悪魔

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     僕が下校中、木漏れ日の公園沿いの歩道を歩いていると、思わぬ人物に遭遇した。
     公園の中で片手をかざしながら、そこら中を歩き回っている挙動不審な人物がいた。その人物は挙動不審だけど、想像を絶するような美しさだった。
     僕がじっと見つめていると、美しき変質者はこっちに気付いて声をかけてきた。
    「あら、あなたは確か……ラヴのパートナーではないですか?」
     ツインテールで金髪の美少女。僕は昨日彼女に会った。
    「君は……天使見習いの」
     悪魔との戦いの最中、危ないところを助けてもらった人物。ってか人じゃないやん。
    「そうです、昨日お会いしましたね。天使見習いのジュティー・ムゥです」
     今日は私服姿をしたラヴの同僚は、僕ににっこり微笑んだ。
     やっぱり人間とは違う、天界の住人だからだろうか、僕が言うのもなんだけどムゥはきめ細かい肌でとても綺麗な顔をしている。通りすがりの男もみんな振り返ってる。
     レディバグである僕は、本来なら無視して通り過ぎたいところだけど……この場合は致し方ない。
    「あ、ああ……僕は城崎清貴……よろしく。ところで今は何してるんだ?」
     女と気軽に挨拶を交わすなんて……僕も変わったな。というか最近いろんな女性と知り合いになってしまった……。
    「ええ。ちょっとこの辺に負のエネルギーを感じたので、それを浄化してたんです。面倒臭いけどラブパワーを得るためです。ダルいけど、いいことしないとダメなんですよ」
     なんていうか……その発言は天使としてどうなん?
     あと。同じ天使なのになんだかムゥはラヴと違って、僕に対して他人行儀的な印象を受けた。パートナーじゃないからかもしれないが……もしかすると僕の事がそれほど好きじゃないのかもしれない。
    「……いいことって?」
     僕に距離をとっているような感じがする黄色の天使に僕は尋ねる。
    「う〜ん、城崎さん。あなたラヴのパートナーなのに、本当に何も知らないんですねぇ」
     ムゥは嘲笑するようにわざとらしく肩を上げた。
    「……ある程度は聞いているけど」
     天使といってもやはり女だ。僕の方だって決してムゥに心を許すつもりはない。
    「そうですか。ならラブパワーがこの地上における天使見習いのエネルギー源になる事は知ってますよね?」
    「ああ。それくらいは知ってるよ。パートナーが供給するんだろ」
    「はい。ですがそれ以外にも方法はあるんですよ。要するに愛のある行動をとればエネルギーはたまります。人助けや慈善活動とか……つまり、いいことです」
     それでムゥはこうしてうろうろ歩いていたっていうのか。
    「でもそんな面倒な事しないでパートナーから直接もらえばいいんじゃ?」
     それにエネルギーを得るためにいいことをするなんて、なんだか動機が不純というか……それとも天使ってみんなこんなもんなんだろうか。それは人間世界においてもこれが普通なんだろうか。
    「う〜ん、ウチのパートナーはなぁ……ま、ちょっと色々と複雑なんすよ〜」
     ムゥはへへへ〜と、僕に初めて隙を見せている。ムゥをこんな顔にさせる彼女のパートナーとやらを見てみたいものだな。
    「つまりパートナーからエネルギー供給できないから、こうして公園の周りを不審者よろしくうろうろしてるってわけか」
    「なっ、不審者とは失敬な。一応、悪魔がいないか偵察も兼ねてるんですけどね。悪魔はウチ達とは対照に悪いことして魔力を溜めますからね、いわゆる不幸が奴らの力の源です」
     それを聞いて、やっぱり天使と悪魔は表裏一体の存在なんだなと感心する。
    「なかなか仕事熱心だな。それとも好きでやってるのか?」
     こいつもラヴと同じように、愛こそ全てとか思っているんだろうか。
     公園の中で走り回ってる子供達を冷めた瞳で眺めながらムゥは言った。
    「ははは。ウチは天使昇格を狙ってますからね、悪魔を退治すればかなりの点数稼ぎになるんですよ」
    「黒いな、おい! 仕事でやってたのかよ!」
    「天界も人間界も同じですよ、今の世の中そういう風になってるんです、悲しいけど」
     ちっ、やっぱそうなのかよ。おんなじじゃないか。結局はノルマのためだって言うのかよ。しょせん本当の愛なんてないんだ! 絶望した!
     なんて、僕が愛の不在を密かに嘆いていると、ムゥが。
    「そんな事より城崎さん。教えてくれませんか……ラヴの事を」
    「ら、ラヴの事を? いや……僕もあいつの事はあまり知らないんだけど」
     突然ムゥがラヴの話を振ってきて、僕はついムゥから視線を逸らしてしまった。
    「昨日、ウチが悪魔と戦ってる隙にまんまと逃げられてしまって……聞きたい事いっぱいあったのに」
    「聞きたい事?」
    「ええ。ウチ、どうしてラヴがこの町にいるのか不思議なんですよ。ここはウチの管轄ってのは知ってるとは思うんすけど、ラヴが人間界にいる事がおかしいんすよねぇ……」
     ムゥは首を傾げて唸っている。こうしてみると普通の女の子みたいだ。
    「いいや……僕にも何も言ってない」
     そう、僕だってラヴから何も聞かされていない。ラヴは僕の事をあんなに慕ってくるっていうのに……僕は少し寒気がした。
    「そうっすか……。ラヴラドル・ラブ・ライク。彼女は天界では少々問題児でして、色々な方面から目を付けられていたんですよ。そして彼女についた二つ名が――堕ちた天使、なんですよ」
    「お、堕ちた天使……」
     堕ちた天使。それはすなわち堕天使。それはすなわち、悪魔と同義。
    「まぁ、実際に堕天したわけじゃないんすけど、このまま問題を起こし続ければ異端審問にかけられて、いずれは本当に堕天使になるかもしれないですね。そんな事になれば天界中の大問題になりますけど」
    「まさかラヴがそんな問題児だったなんて……」
     正直僕は少なからずショックを抱いている。なぜなら僕にとってラヴは正真正銘の天使でしかなかったのだ。
    「ま、城崎さんが知らないならいいんですけど。きっと彼女は何か秘密を持っていると思うんすよね。城崎さんをパートナーにしたっていうのも解せないですし」
     それは僕も1番解せないことだ。
     ラヴラドル・ラブ・ライク。彼女はいったい何者なんだろう。
     ムゥは声の調子をいつものような軽いものに変えて、別の話題に移った。
    「そうそう。あとですねぇ、城崎さん……昨日の悪魔の件なんですが」
     悪魔――。見た目12歳くらいの水色の髪の毛ぱっつんの少女、レヴィアン。
    「そうだよ、あの悪魔……あの後どうなったんだ? 倒したのか?」
     2人が戦っているどさくさに紛れて逃げたけど勝敗は決したのだろうか。
    「いえ、それがお恥ずかしいことに逃げられてしまったんすよ。それで少し分かったんですがね、どうやら彼女……何か企んでるみたいなんすよね」
    「企んでる? 何を?」
     悪魔なのだから悪巧みなのだろうけど。
    「詳しい事は分からないんですが……とても不吉な事みたいです。この町全体を脅かすようななにか」
    「ま、町が……?」
     町全体って、そんなにスケールが大きい話になってるのか。僕はどこまでこんな馬鹿げた物語に巻き込まれていくんだ……。
    「そういうわけで、今日はもうラブパワーを得られるような事件はなさそうですからもう帰りますけど……とにかくウチはもう少し調べてみようと思うっす。悪魔のことを。そして……ラヴのことも」
     ムゥが訳知り顔でにやりと笑ってみせてから、僕に背を向けた。
    「そうか……」
     悪魔もラヴも、ムゥにとっては同列なのか。堕天使……か。
    「……あ、ちょっと待って、ムゥ」
     僕はムゥに聞いてみたい事を一つ思い出したので、とっさにその背中に手を置いた。と。
    「うっ……ひゃあああああっっ!」
     瞬間、ムゥの体が思い切りビクリと飛び上がって――、
    「へえっ――えっ?」
     気が付けば僕は地面に転がっていた。全身に強い衝撃が遅れてやってきた。
    「って……いったあっ! な、なにすんだよぉ」
     何が起こったかいまいちよく分からない。
     ただ僕は声にならない叫び声をあげて、地面に這いつくばっていた。
    「す、すいませんっす。でもいきなり触ってくるからっすよっ! な、なんなんですかっ」
     ムゥが僕から距離を置いて、身を強張らせ、警戒するような視線を向けてくる。
     まるで僕が犯罪者みたいになっちゃってるよ。僕、そんなに非道いことしたのっ!?
    「なっ……僕はただ聞きたい事があったから呼び止めただけなのに。ま、まあ僕にも非があるから別にいいんだけどさ。ふん……本来だったらレディバグの僕がここまで譲歩することなんてないんだけど」
     僕は地面から立ち上がり、埃を払って毒づく。これぞ秘技・粘着性質。
    「は? レディバグ? ……そんなことより聞きたいことってなんすか」
     しかしムゥは僕の攻撃をもろともしてない。どころかちょっと腫れ物を見るような目を向けてきてる。天使だったら僕の事気遣えよ。
    「……最近、モテない男とかそういうのに彼女を作ってあげたりとか、愛を説き回ったりとか、そういう事してないか?」
     僕は仕方なくムゥに尋ねる。それは昨夜のレディバグ団での話題。それが聞きたかっただけなのにこんな目に遭うなんて。
    「……う〜ん、多分してないですね〜。そういう回りくどい事は性に合いませんからねぇ。それが何か?」
     ムゥは、何を聞いているんだこの男? みたいな顔で僕を見ていた。
    「あ、いや、なんでもないんだ……頑張れよな」
     僕はごまかすようにムゥに手を振った。
     後になって気付いた事だけど、僕はレディバグという自分をすっかりこの状況によってかき消されてしまいつつあるようだ。頑張れよな、だなんて……こんな事……望んでないのに。


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