天使がきても恋しない!

    1. 第一章 小さな恋の物語

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     あのあと必死で家に逃げ帰った僕は、現在部屋に引きこもって怯えていた。
    「まずい……変な奴に目をつけられてしまった。僕はどうすればいいんだ……」
     ただ今の時間は深夜。眠れない僕は真っ暗な自室で毛布を頭から被って、ノートパソコンでネットをしながら考える。
     自分の事を天使見習いとか言う女は、何故か僕に『ぞっこん』らしい。そして僕を自分のパートナーにしたいとか言っている。
     で、そのパートナーを選ぶ条件はお互いの相性。そしてパートナーの2人は相思相愛。
    「む、無理だ……僕は女の敵であって、女は僕の敵なんだ……僕は女殺しなんだ」
     よりによってなんで僕なんだ。僕のオートスキル『不受愛(あいされず)』は常に発動しているはずなのに、それをかいくぐってきたというのかっ?
     ここで説明しよう――オートスキル『不受愛』とは、モテないオーラを身にまとうことで女から好かれてしまう現象を回避するという、超一級の技なのだ。あ、いや。もともと僕がモテないとかそういうのじゃないからな。能動的に僕がモテていないのだぞ。そこ重要だぞ。
     とかぶつぶつ呟きながら僕は、目的の掲示板に訪れた。
    『男革命・レディバグ団』
     ここは男の花園。僕と同じような考えを持った強き猛者達が、日々の女性との戦いによって疲労した心身を癒すための憩いの場なのである。
     レディバグとは直訳すればテントウムシなんだけど、ここでの意味は違う。
     それは害虫である女を我々が駆除するために戦おうという、そんな各方面から抗議が殺到しそうな理念が込められているのだ。
     つまりここは――世の女性全てと戦う偉大な男達の集う場所。
    『こんばんわ〜』
     こんな時間に誰もいないだろうなと思いながら、僕はチャットルームに入ってあいさつした。するとすぐさま。
    『おおっ、君はキヨくんじゃないか! 久しぶりだな、キヨくん!』
     深夜2時過ぎだというのに、そこには1人先客がいたようだった。こんな時間に1人でいるような強者はきっとあのお方だろう。
    『ああ、お久しぶりです。団長。相変わらずこんな時間にもいるんですね』
     ちなみにキヨくんとはこの僕、城崎清貴のハンドルネームである。そして先客は、この団の設立者である……通称――団長。
    『ぬはっはっはっは! 当たり前だ。我が団は世界を新しいステージへと進化させるという使命があるのだ! ならば団長たる俺に休みなどないのどぅわあああ!』
     この人は本気で世界を、男にとっての理想郷に変えようという壮大な野望を持っているのだ。
    『相変わらずの大言壮語ですね、団長。それで他の人達は? ライチさんとかノンケ君とか』
    『ふっ、いるわけなかろう。彼らも君と同じく学生であろう? それより君はどうしてこんな時間に?』
     誰もいないチャットルームに1人でいる方が謎だと僕は思うんだけど、そもそもこの団の団員達は変わり者ばかりだったので特に気にせず答える。てか団長はいったい何歳なんだろう。
    『ええ……実は今日ですね……見ず知らずの少女に告白されてしまったんですよ――』
     スライムに襲われただとか天使だとか悪魔だとかはややこしくなるから黙っておくとしても、僕は今日起こったありのままの出来事を話した。
    『……ふぅむ。なるほどねぇ。それはとても怪しいものを感じるなぁ。自分の知らないところで色々調査してたって……それはストーカー行為ではないか』
    『まぁ……そうですよね』
     ストーカーというよりももっと組織的で大々的なものではあるが……いずれにしてもプライバシーの侵害であることには違いない。
    『うむ。俺から言わせてもらうと、これはとても危険な香りがするぞ。きっとその女には何か目的がある。女性に免疫のない者の心を利用しようとしているのか、もしや我が団の壊滅を目論む対抗組織の罠かもしれん……っ』
     モニター越しから団長の緊張間がひしひしと伝わる。
    『わ、分かりました……僕、そいつには十分気を付けます』
    『そうか。良かったよ。最近、うちの団員も減少していってるし、君までいなくなったらと思うと心苦しいものがあるからな』
     その何気ない団長の一言に、僕は妙な引っかかりを感じた。
    『そうですよね。なんだか最近特にそれが顕著になってきてるっていうか……街でもカップルを見かける事も多くなったし、まるで世界に愛が広まってきているというか……』
     自分で言っている内に引っかかりの正体に気付いた。もしかしてそれは、あの天使の仕業なのかもしれない――と。
    『ん? どうしたんだね、キヨくん?』
     団長の呼び掛けに、僕の意識は現実に引き戻された。
    『あ、いや……なんでもないですよ。僕なら大丈夫です。女なんかに心を奪われる事なんか決してありませんよ』
    『はっはっは。それを聞いて安心したよ。たとえ人数が減ったとしても、我らレディバグ団は永久に不滅だということをしっかり胸に刻んでおくのだぞ』
    『ええ、分かってますよ団長。それじゃあ今夜はこれで……明日も学校があるんで』
    『相変わらず君はクールだなぁ。ライチくんなら涙を流してくれるシーンだというのに……まぁよい。ではしばしの休息を、キヨくん』
     そういう事で僕はチャットルームを抜け、掲示板から出た。
     結局、世の女性と戦う組織・レディバグ団の団長と話をしたところで何も進展はなかったけれど……それでも不思議と先程まで感じていた不安と恐怖は軽減されていた。
     僕はノートパソコンの電源を落として眠りにつく。
     そうだ。これは試練だ。この僕がレディバグとして強大な存在となったから、運命が僕に試練を与えたのだ。
     ふふふ……愛の天使か。そう考えてみたら僕にとって不足のないライバルじゃないか。
     愛ゆえに愛のため戦う天使と、愛ゆえに愛と戦うこの僕。
     面白い……いいだろう。やってやるよ、ラヴラドル。君の愛と、僕の愛無。どちらが正義なのか勝負してやろうじゃないか! あ〜はっはっはっは!


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