天使がきても恋しない!

    1. prologue

  • ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

    追憶

     
     それは遠い過去の情景。

    「え、えと……あの……僕、じ、実は……き、君のことが……す、すすすすす……」
     放課後の小学校のとある教室。
    「どうしたの――城崎くん?」
     窓から差し込む夕日に照らされて、少女は顔を上げた。
     教室の中で2人きりの放課後。
     日直の仕事の為に少年と少女が机を合わせ、向かい合って作業していた時の事だった。
     少年――城崎清貴(しろさききよき)は長年少女に対して想い続けていた気持ちを、いまここで、ようやく勇気を振り絞って告白することにしたのだ。
     夕日に照らされる少女の顔は幻想的でとても美しい。それはまるで天使のようだった。
     その天使の瞳に吸い込まれるように、城崎少年は幻想少女に向かって――。
    「す……好きですっ。ぼ、僕と……付き合って下さぁいっ」
     胸に秘めていた想いを解き放った――。
     城崎清貴が恋する目の前の少女は、病弱だけどとても可愛くて、とても明るくて、とても優しくて――クラスのみんなから好かれていた。
     少年はそんな少女に密かに憧れて続けていた。
     自分に愛を向けてくれるかもしれない少女に。
     城崎清貴の言葉に、少女は少し唇を震わせていた。まるで何かを躊躇するようだった。
     しかし、それでも城崎清貴はこの沈黙が怖くはなかった。きっと、2人なら素晴らしい毎日を送ることができる。だって2人は最高のパートナーなのだ。城崎清貴は確信していた。
     だけど――。
    「……城崎くん。君……自分の立場分かってるの? どうして私が君なんかと付き合わなきゃいけないの?」
     瞬間。オレンジに染まる、ほろ苦くも暖かい空間が……反転してしまった。
    「……え?」
     それは城崎清貴にとって予想外の言葉だった。彼は自分の耳を疑う。誰にでも優しいあの子がこんな事を言うわけはない。こんなこと……。
    「正直気持ち悪いのよ、城崎くん。私……前から知ってたんだよ? 城崎くんが私の事好きなの。だって城崎くんいつも私の方ジロジロ変な目でみてるんだもん」
     ここはもはや、別の世界だった。つい数秒前とは世界がひっくり返っていた。教室の中は不気味なドロリとした血の赤に染まっている。
     城崎清貴は動転する。あの子がこんな事を思っていたなんて。自分の事をこんな風に思っていたなんて。こんなの嘘だ。嘘だ。嘘だ……そうして思考はループする。
    「そ、そんな……君が、そんな……」
     城崎清貴は声にならない声を上げる。パンクした脳ではもはやまともな思考が不可能。
    「なによそれ? まるで城崎くんが私の事なんでも知ってるみたいな言い方。あははは、城崎くんがいったい私の何を知ってるっていうのよ?」
    「…………」
     城崎清貴は間抜けに口を開けて放心するのみ。もう彼は完全に壊れていた。
    「――私の口からこんな事言うの嫌だったから今まで放っておいたんだけど……もういい加減分かって欲しいのよっ。悟って欲しいのよっ。ほんとヤダな……口で言わなきゃ分からないような人って……。私は、あなたが、大嫌い……なのよ」
     それは城崎清貴が未だかつて見たことのない残忍な表情。残酷な言葉。逢魔ヶ時と共に訪れた悪魔が乗り移ったとしか思えない彼女の態度。
    「あ……あ……ああ……あああああああああああああああ」
     城崎清貴は頭が真っ白になって、もはや言葉という言葉が何も出てこなかった。彼の知っている世界がガラガラと音を立てて崩れていった。
    「とにかく、もう私に近づかないで。もう私に話しかけないで。私……城崎くんのこと嫌いだから――ううん。あなたの事、なんとも思ってないんだから。だから――」
     そうして――その少女は去っていった。それは文字通り、城崎清貴の前から姿を消した。
    「――さようなら、城崎くん」
     あれから、彼女とは二度と会うことはなかった。
     そしてその時から、城崎清貴の孤独な戦いが始まって……それから数年。

     未だに僕の心は、壊れっぱなしのままだった――。


    inserted by FC2 system