僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第5章 仲間

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1

 
 次の日、僕が学校に行くと下駄箱の中に一枚の紙切れが入っていた。
『果たし状  加瀬川珠洲を返して欲しければ今夜12時、公園に来い。以前ワタシが完膚無きまでにお前を叩きのめしたあの公園だ。来なければ加瀬川珠洲の命はないと思え  氷河苫』
 ……何が命はないと思え、だ。中二病にもほどがあるだろ。
 僕は何事もなかったように紙切れを折りたたんでポケットに入れ、上履きに履き替えた。
 そして自分の教室に入る前に、珠洲のクラスの教室を確認する。……やっぱりいない。
 あれから携帯電話も繋がらないし、家にも帰っていない様子。
 珠洲の母親は、友達の家に泊まったらしいと言っていたけど……よく誤魔化せたものだ。
 やがてチャイムが鳴り、ホームルームの時間が流れ授業が始まる。しかし僕はずっと上の空で考えを巡らせる。
 大胆な行動で僕を翻弄する氷河苫。僕はいつも彼女の後手に回っている。今回も完全に主導権を握られてしまっている。どんな罠が待っているか知れない。でも僕は勝たなくちゃいけないのだ。僕のため、珠洲のため、そして氷河苫のために。
 だが……何故だろう。僕には1つの疑問があった。加瀬川珠洲は邪気眼に対して耐性を持っていると僕は思い込んでいた。しかし実際は違った。珠洲には氷河苫の固定が通用した。
 それは何を意味するのだろう。魅了は効かないけど、固定は効く理由。氷河苫の固定は僕の魅了よりも優れているから珠洲に効いたというのか?
 いや、でも氷河苫は言っていた。この能力に普通の人間が耐えられるわけがないと。だったらなぜ? 分からない。どうして。
 魅了――それは自分に好意を向けさせる能力。つまり僕に対して好意を無理矢理向けさせるのだから……もし、もしにだ……そもそも始めから僕に好意を持っている人間に対して魅了を発動させた場合どうなるのか……まさか……珠洲は……。
 なんにせよ、僕は行かなければならない。万全の態勢で臨む。
 その為なら僕は恥も外聞も捨てよう。僕はなんでもするつもりでいる。

「此花さん、お願いだ……協力してほしい」
 昼休みに入って僕は、かつてのリア充部のメンバーに協力を要請することにした。
 しかし。
「…ごめんなさい。私はもう、部員じゃないから」
 相変わらずの何を考えているか分からない声で答える此花薫。
「でも君の力が必要なんだ」
「ごめんなさい。他をあたって」
 容赦ない返答だった。僕は悟った。此花さんはもう、いくら誘っても協力してくれないと。そして彼女は、邪気眼を強制解除された影響がまだ残っている。僕に対しての嫌悪感を言葉の端に読み取った。
「分かった……。無理を言ってごめん」
 これは此花さんが悪いというわけじゃないんだ。これは全部僕の責任。人の心を踏みにじってきたツケが回ってきただけなんだ。
 でも僕は一縷の望みを賭けて次にいく。――一ノ宮紅葉だ。
 丁度教室に戻ってきた一ノ宮さんをつかまえて、僕は彼女を廊下の外に連れ出して説得した。
「う〜ん。ごめんねぇ。わたし、遠慮しておきますぅ」
 両手をふるふる振って、大きな胸をプルプル揺らしながら一ノ宮さんは言った。
「ど、どうしてっ?」
 それでも諦めきれない僕は一ノ宮さんに理由を尋ねる。
「う〜ん。わたし、新しい部活に入ってみようかと思いましてぇ……で、今日は放課後ラクロス部とお料理研究会なのですっ」
 意気揚々とはしゃぐ彼女に僕は、
「そうなんだ……頑張ってね」
 そう言って僕はこの場を立ち去った。
 途方に暮れながら僕は廊下を歩く。しかしいつまでも嘆いていられない。僕にはくよくよしている時間はない。
「……まだだ。まだ弥生ちゃんがいる」
 この調子だと弥生ちゃんも駄目だろうと分かっていたけど……僕は必死だった。僕は勝つために戦う。こんなに熱くなって戦うことなんて、考えてみれば生まれて初めての事だった。
 そういう訳で、僕は最後の希望、五行弥生ちゃんに全てを託した。
 無限にも思えるほど長く感じた廊下を進み、僕は一組の教室に辿り着いた。
「……頼むどころか、やっぱりいないぞ弥生ちゃん」
 そうだろうとは思っていたけど、一組の教室内を見渡しても弥生ちゃんはどこにもいない。ていうか学校では絶対に見かけない。本当にこの学校の生徒なのかよ。いつもどこで何やってんだよ。……くそっ。
 僕は引き返そうと回れ右すると、廊下に見覚えのある男子生徒がいた。
「あ、あのっ」
 僕は反射的にその生徒に声をかけていた。
 例の1組の美少年。最近なぜか気になってしまう存在。
「え……え〜と……な、なに……かな?」
 美少年は僕と目が合った瞬間、微かに顔を引きつらせ、そして明らかに距離感を感じる態度。
「あっ、いや……その……」
 僕はなぜこの男子生徒に声をかけたのか自分でも分からなかった。どうにかしたいあまり、現状を打破したいあまり、僕はこんな行動に出たのかもしれない。
 勇気と行動力。乗り越えなければならない試練が僕を強くする。
「……1組に、五行さんっているよね? 彼女は今どこにいるか分かる?」
 僕は思いきって弥生ちゃんの所在を美少年に尋ねてみた。
 美少年は。
「……ご、五行さん……か」
 表情を暗くして黙り込んだ。
 この意味ありげな沈黙はなんだ……弥生ちゃんと何かあったのだろうか?
「知ってるなら教えて欲しいんだ。僕は彼女に大事な頼みがあるんだ……っ」
 僕は前からこの男子生徒に何か感じるものがあった。きっと僕にとってこの生徒は何らかの鍵を握っているに違いない。そう思っている。
 女顔の小柄で細い少年は――強い眼差しで僕を見て、
「……彼女はもう君の頼みなんて聞かないよ」
 突き放すような口調でそう言った。
「……え?」
 一瞬僕はあっけにとられた。その言葉の意味が分からなかったし、なぜその台詞が出るのか分からなかった。
「だからもう来ないで欲しい、柳木君。悪いけど君の為にしてあげる事は何もないんだ」
 どこまでも冷酷で残酷な言葉。
「な、なんで君にそんな事が分かるんだ。なんで君がそんな事を言えるんだ」
 五行弥生ではない、ただのクラスメイトにそんな決定権はないはず。五行弥生の言葉を勝手に紡ぐなんてどうかしている。
 なのにその男子生徒は、何の罪悪感も躊躇もなく、顔色変えずに言いう。
「――そんなの当たり前だろ? だってボクは誰よりも五行弥生を知ってるつもりでいるし……いや、少なくとも君よりはボクはボクを分かっているつもりだ……こんなボクでも」
 ……何を言ってるんだ。こいつは。
 でも、あれ? 僕は……この顔に、見覚えが……。僕は知っている。この顔を知っている。
 でも思い出せない。何かが噛み合わない。最後の1ピースが埋まらない感覚。
「君は……君はいったい誰なんだ」
 そういえば僕はこの生徒の名前を知らない事に初めて気付き、どうしても知りたくなった。
 僕の言葉に美少年は、まるであたかも本当の女の子のように、妖艶な微笑を浮かべて言う。
「ボクは――五行弥生だ」
 そう言って美しい少年は1組の教室へと入っていった。
「……全然、笑えない冗談だ」
 五行弥生にそっくりの男子生徒の後ろ姿を見ながら僕は呟いて、自分の教室に戻った。


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