僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第4章 ハーレム系主人公

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 そして翌日になって、僕はとんでもないことに気付いた。
「あれ……僕の部屋に来るってことは……僕の部屋の中に来るってことじゃねーーーーーかっっ!!!」
 つまりベッドの下に隠してある本とか、本棚に紛れ込んでいる変なDVDとか……あとはやたらと大きな箱に入ったアニメ絵のゲーム。
 他には何だっけ……って、そこはどうでもいいだよ! 大切なのはそれらをどうやってみんなの目に触れないようにするかってことで。
 しかしそれは悲しいことに、僕が学校に向かっている時に気付いたのだった。今となっては遅すぎる。今から戻ってたんじゃすっごい遅刻になる。
「あああああ……どうして僕は忘れていたんだ! なぜ、いま気付いたんだチクショー!」
 天に向かって僕は大きな声で叫んだ。
「チクショーって、何がチクショーなのよ?」
 と。僕が嘆いていたら、少女が声をかけてきた。
「うわあああ! ……て、長田野さんっ! どうしてここにっ!」
 不意に声をかけられた僕は、びっくりして3mくらい体が宙に浮いていたような気がした。
「どうしてって、それはたまたまとしか言いようがないけれど……アンタこそ何してるのよ」
 見れば長田野さんは夏らしい軽装の私服姿で、これから友達と遊びに行く的な感じの風貌だった。
 たいして僕はTシャツとジーパンの軽い(チープ的な意味で)服装。自分で自分が情けなくなる。
「僕は……そうだね、強いて言うならデートってところかなっ」
 精一杯の見栄を張ってみる。
「ふ〜ん、そう。じゃあね」
 長田野さんが何の感慨もなく僕に背を向けた。
「って、反応薄い!」
「当たり前じゃん。そもそもあんたに興味ないんだから」
「で、ですよねー……」
 ……う〜ん。長田野さんには以前僕の邪気眼を強制解除されてるからかなぁ。興味ないどころかメッチャ嫌ってる気がする。……うん。一回更新かけとこう。
「長田野さん」
 だから僕は長田野さんの名を呼んだ。
「えっ、なに。まだ何か用があるの?」
 長田野さんが面倒臭そうに振り向いて――僕は瞳を邪気眼発動のそれに変える。
 長田野あすか。僕を含めた男子全般を嫌う女の子。そして、だからこそ邪気眼を使うにはピッタリの女の子で――つまり彼女は僕のいわばモルモットなのだ。
「うん。実は君に話しておきたいことがあってね」
「なによ、話って?」
 長田野さんが僕と目を合わせた。やっぱり長田野さんは本当に実験台にピッタリだ。簡単に僕と目を合わせるし、僕から逸らさない限り威圧するように睨み続けてくれる。
 ふふ、カウント開始だ。1、2……。
「え〜と……これから遊びに行くの? お洒落な格好してるけど」
 3、4……。長田野さんが邪気眼に引っかかり易いからって、話す内容を何も考えていないってのはまずいな……質問が適当すぎだよ。
「そんなのアンタには関係ないわよ」
 予想ピッタリの返答だし。う〜ん。これじゃあ10秒間会話を続けるのが難しいよ。5、6……。 ところが、長田野さんの口から予想外の言葉がついて出た。
「ま、でもそんなに知りたいなら教えてあげる。アタシもこれからデートよ」
「で、デートぉ……?」
 男嫌いだと思っていた長田野さんがデートなんて言葉を口にしたから、僕は思わず間抜けな声が出た。7、8……。
「といっても女子同士だけどね。いい男を探しに行くのよ。学校の男子はアンタみたいなのばっかりだから、もっと広い視野を持たなきゃね」
 あ……ああ、だから今日は精一杯のお洒落をしているわけか……まったく相変わらず生意気なクラスメイトだ。
 でも……そう語る長田野さんは実に楽しそうで、その顔は今日の日が素敵な日になると確信している顔だった。
 だから気付いたら――僕はいつの間にか長田野さんから視線を逸らしていた。
「ん? どうしたの? いきなり変なとこ見ちゃって」
「いや、なんでもないよ。それより……とっても素敵だよね。その爪……ネイルアートっていうの?」
 僕は長田野さんの指先に視線を落として尋ねた。適当に話を振ったとは言え、確かにそれは芸術の域に達していると言っていいくらいの技術力だった。
「そうよ。アタシ、メイクとか超うまいって有名なのよ。学校内じゃ右に出る人はいないし、プロ級クラスだってみんなも言ってるわ。元々手先が器用だから細かい作業も得意なの」
 長田野さんは得意げな顔でいきいきと語り続ける。聞いてもいないのに髪のセットがどうとか、服のコーデがどうとか話し続けた。
「ふ、ふ〜ん。そうなんだ。あ……それじゃ長田野さん。僕もそろそろデートに行かなきゃ」
 僕はタイミングを見計らって長田野さんの話を遮り別れを告げる。
 最後までなるべく長田野さんの瞳を見ないように、僕は夏の真っ白な雲を見上げるような形で、長田野さんに手を振った。
「……うん? そう。じゃあまた明日学校でね、柳木」
 長田野さんも手を振って、僕に背を向けた。
「…………」
 ――別に長田野さんに邪気眼をかけようと思えばいつだってかけられる。
 今かけなかったのは、決して生徒会長・氷河苫を恐れての事じゃないし、まして長田野さんに対しての憐憫とかそんな感情では全くない。
 これは――ただの僕のきまぐれ。そう、長田野さんは僕の気分次第でいつでも僕にときめきさせられるんだ。
 だけどただ……今は、今は使わない。
 僕はこれから遊びに行く楽しそうな長田野さんの背中を、夏の蜃気楼の中に消えていくまでなんとなしに見つめていた。どうしたことだろう、僕は無意識的に表情が柔らかくなっていた。

 そして長田野さんを見送った僕が学校の正門前に行くと、そこには既に一ノ宮紅葉と此花薫と五行弥生ちゃんの姿があった。
「…遅い」
 僕を見るなり此花さんがボソリと呟いた。地味めなダークなゴスロリ風の衣装を着ている。
「ごめんごめん、待たせちゃった? でも、集合時間には遅れてないと思うけど」
 携帯で時間を見れば約束時間ちょうど。
「柳木君気にしないで。もう、此花さん駄目じゃないか。君もいま到着したばかりだろ」
 さすが弥生ちゃん、心の広い女の子。なのにその少年っぽい喋り方がマッチしていて可愛い。
 そしてその服装はまるで妖精を彷彿とさせるものだった。とても言葉で表現できない。
「九郎くん。珠洲ちゃんは〜?」
 豊満な胸を強調するかのような大胆な薄着の格好をした一ノ宮さんが、ここにいない残り1人の部員について尋ねた。
「ああ。珠洲は僕の家の隣に住んでるから、みんなが僕の家まで来た時に行くだって」
 僕は一ノ宮さんの乳に視線がいきそうになるのを注意しながら答えた。
「ふえ……そ、そうなんですかぁ」
 さすがの一ノ宮さんも、珠洲の協調性のなさというか、空気の読めなささに驚いているよう。
「んじゃあ、こんな暑い中立っているのもあれだし早速行こうか」
 僕は珠洲についての話を逸らすようにして、もと来た道を引き返そうとするが、
 その時僕は、校門の影に人影が隠れるのを見た――ような気がした。
「あれは……」
 それは僕がよく知ってる人間だったような気がして。
「うん? どうかしたのかい、柳木くん」
 と、僕の名前を呼ぶ弥生ちゃんの声が聞こえた。
「ん……ああ、なんでもないよ、弥生ちゃん。さぁ行こう」
 きっと僕の気のせいだろう。弥生ちゃんのストーカーは此花さんだったわけだし……。
 弥生ちゃんによって引き戻された僕は、うだるような暑さの中、僕の家に向かってまた引き返していった。

「…それで柳木君。そろそろ聞かせてくれなかしら」
 僕達4人が電車に乗っていると、此花さんが僕の耳元で囁くように尋ねてきた。
「聞かせてって、なにを……」
「…あなたと、加瀬川さんの関係」
 此花さんは僕に顔を急接近させながら言う。静かな迫力というか。
「か、関係ってそんな。僕と珠洲はただの幼なじみだよ。家が隣同士で小学校からの付き合いってくらいで、うん。それだけだよ」
 少なくともここで此花さんが期待するような関係じゃないことは確かだ。
 しかし此花さんは、それでも僕から顔を逸らさないまま、また口を開く。いくら聞いても答えは変わらないよ、此花さん。
「それじゃあ……柳木君と五行君の関係は……?」
「なんで次にこの2人が並べられるの!?」
 もしかして僕が妄想の中で弥生ちゃんを好き勝手してるのに気付いているっ!?
 此花さんは何故かさっきよりも興味津々といった具合に僕を見つめている。しかも。
「な、なにかな……。あまり見つめちゃ恥ずかしいよぉ」
 弥生ちゃんはなんかその気になって照れている。こりゃなかなか好感触じゃん!
「そりゃあまぁ……どうなんだろうな。それはまだ一概には言えないなぁ」
 僕はそれっぽい事を言ってはぐらかして、そしてとてもいいことを思いついた。
 ――いっそここで弥生ちゃん達に邪気眼を使ってみるのはいかがだろうか。
 ここには幸い、珠洲がいない。いま彼女達を魅了状態にしておけば、この後僕の家に来た時でも大人しくしおらしくしてくれるし、もしかしたらもっといい事が待っているかもしれない。
「いや……でも、待てよ……ちょっと――いいかな?」
 僕は思わせぶりな感じに言葉を溜めて、此花さんと弥生ちゃんに視線をロックする。
「なに…?」
 此花さんと弥生ちゃんは固唾を呑んで僕の目を覗き込んでいる。くっくっく。
 しかし一ノ宮さんだけは窓の外の景色を見ながらぼんやりしてる。僕について興味ナッシングかよ。
「一ノ宮さん……ほら、お菓子をあげるから僕を見るんだ」
「えっ、お菓子をくれるんですかっ? わぁいっ」
 走行中の電車の中だというのに、僕の言葉に一ノ宮さんが体を跳ね上がらせ、期待の眼差しを向けてきた。
 一ノ宮さんには適当にこんな感じの事を言っておけば対処できるのだと薄々把握してきた。
 まぁ……こんなもんだろう。僕は――瞳に魔力を込めた。
「うん。ちょっとね……疑問に思ったことがあるんだけど、僕が……」
 1、2、3……。
「僕が…なに?」
 4、5、6……。
「勿体ぶらずに教えてくれよ、柳木くん」
 7、8……。
「お菓子は? ねぇ、お菓子は?」
 9……10――。
 ――よし。
「実はみんな僕に惚れているんじゃないかな――って思ってさ」
 僕は不敵に笑って、勝利の愉悦を口元に浮かべた。
「…え、そ、そんな…っ」
 瞬間。此花さんが目を丸くして戸惑いを隠せないといった顔をする。ふふ……なかなかレアな表情いただきました。
「あれ……また、胸が苦しく……どうして、ボク……まさか、だって相手は男なのに……っ」
 弥生ちゃんも可愛らしい反応を示すけど……ん? 男が相手じゃなにか不満なのかい?
「お菓子なんて、もういらないですぅ。わたしが欲しいのは……」
 そして一ノ宮さんもお菓子なんかよりも、もっと大事なものがようやく見つかったようだ。
 今、3人の少女はみんな瞳をうるうるさせ始めて、僕に対し見とれている。
 3人同時攻略――達成。
「あれあれ? どうしたんだい? みんな急に息が荒くなっちゃってさ。ほら、そろそろ電車が到着するよ」
 僕は口元をニヤリとさせておどけたように言った。
「ううん…なんでも、ない」
「そうだよ。あは。あはは」
「うんうん。なんでもない、なんでもないよぉ、九郎くぅん」
「そうかい? だったらいいんだけどさ。あっ。そうそう、僕の体には触れないように注意しておいてね」
 僕の謎の忠告に、3人が首を傾げながらお互いの顔を見合わせていたけど気にしないようにして僕は家に向かうことにする。
 はははは。さぁ、楽しくなってきたぞ!
 ――僕が期待に胸を膨らませていたから全然気にしていなかったけれど。
 電車が到着してホームに降りた時、やっぱり僕は誰かに見られているというか……つけられている気がした。


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