僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第2章 魔眼『固定』

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 ――まずいことになった。非常事態だ。
 生徒会長・氷河苫は僕の能力のことを知っている。しかもかなり肉薄してきている。
 少なくとも氷河苫は、僕が最近になって不自然な位にモテだした事に疑問を持っていて、そしてそんな僕がいきなり部活動を創設したいと言ってきていることに不満を抱いていて、そして僕の瞳の変化に気が付いた。そして、瞳を合わせ続けることで能力が発動することを……。
 だがまだ完全に僕の能力について把握してはいないはず。そう信じたい。
 氷河苫は頭の切れる人間だ。あの時、僕という未知の存在に対して完全に圧倒していた。正直僕はいまだって怖い。
 怖いけれど、だからこそ僕の正体がまだ解き明かされていない内に早急に対処しなければいけない。大きな目的の為には大きな障害を乗り越えなければならないのだ。
 これはその障害であって、つまり氷河苫は僕を成長させる為に僕の前に現れた、いわば駒。
 冷静に考えれば僕が負けるはずがない。僕には邪気眼という必殺技がある。何も持たないただの一般人に僕を倒せるわけがない。
 一刻も早く生徒会長・氷河苫を倒そう。そして部活動を創ろう。
 とてもナイスなアイデアだ――と、そんな考えで頭がいっぱいの僕が、学校からの帰り道を歩いている時だった。
 こんな時間でもまだまだ日が高く上がり町を照らしつづける太陽。そして昼と夜の間の特別な時間帯特有の郷愁的な町の風景が流れていく中、僕が小さな公園の横を通りかかった時――。
「やぁ、奇遇だな柳木九郎くん」
 黄昏の公園の中で、生徒会長・氷河苫がブランコをこいでいる姿があった。
「ん、なあっっっ――!」
 そんな馬鹿な……どうしてここに生徒会長がっ。僕を待ち伏せしていたのかっ? でもなぜ僕がここを通ると……調べていたのか? 僕は狙われている? 目的はっ?
「な、なんですか、生徒会長」
 数々の疑問が頭に浮かぶも、僕はやっとの事でそう尋ねることしかできなかった。
 この生徒会長に僕は翻弄されぱなっしだ。まさかなんとかしなければいけないと考えていたら当の本人が現れるなんて。
 映画のワンシーンのように画になっている氷河苫は、ブランコからスタイリッシュに降り立つと、僕の方を見て言った。
「君と一度ゆっくり話がしたいと思ってな。誰にも邪魔されない、人気の全くない場所でな」
 物騒な響きを含んだ口調だった。僕を充分に怯えさせる言葉だった。
「……」
 躊躇している暇なんてない。使うしかない。僕の無敵のチカラを。
 僕は瞳に誘惑の魔力を込めて氷河苫の瞳を見つめる。もう決して僕は視線を外さない。
 だが、最悪の事態は最悪の時に起こる。氷河苫は、恐るべき言葉を口にした。それは僕がどこかで予想していたけど、あり得ないと否定していた言葉。
「さっき生徒会室で見た瞬間、確信したよ。やはり君のその目――魔眼だな」
「……な、な、な……ななああああああっっっっっ!!!????」
 こ、こいつ……やはり僕の邪気眼のことを知っている!!!!
 瞬間――僕は思わず氷河苫から視線を外してしまった。
「君の反応……分かりやすい。やはりそうか、君はその瞳で女性を魅了しているようだな。それが君の能力」
「……し、しまった!」
 氷河苫はニヤリと笑った。やはりこいつは僕よりも一枚どころか何枚もうわ手だ。
 僕にとっての天敵とも言える少女は、一歩僕に近づいて。
「だったら話は早い。柳木九郎、貴様には――死んでもらおうか」
 よく通る、氷のような鋭い声質でそう言った。
「え――?」
 それは何かの比喩で言っているのか? 僕をどうするというんだ。その意図が分からない。
 僕が息を吐くように呟いた瞬間だった。
「……? あ、あれ?」
 僕の体が、唐突に――動かなくなった。
「なっ……か、体が……動かないっ!?」
 先程までと同じ姿勢のまま、僕は指先1つ動かせないようになっていた。
 こ、これは……いったいどういう現象なんだ。
 でも僕は、これに近い体験をつい最近したような気がしていた。
 そうだ……この感覚は昼休みに生徒会室で味わったものに似ている。
 もしやこれは氷河苫が引き起こしているのかっ!?
「恨みはないが世の中において覇者は2人もいらない」
 氷河苫は僕の顔を真っ正面に見ながら一歩一歩踏みしめるように近づいてきた。
 く……だが不幸中の幸いというか、不注意な女だと言うべきか、僕はいま――氷河苫と視線を交わしている。
 だったら、なんだか分からないが、この状態で魅了するッッッッ!
 いーち、にー、さーん……僕の動きがたとえ止められていても、こうやって僕が氷河苫の瞳を見つめ続けているのなら能力は発動するはず。
 氷河苫に何らかの力があるかないかなんて関係ない。そんなものは氷河苫を魅了した後、僕にメロメロになった彼女にじっくりと聞き出せばいい。
 僕が邪気眼遣いと知っていながら何の策もなく不注意に僕と対面しているなんて……きゅーう、じゅうっ!
「……ふ、決まった」
 馬鹿な女め……僕の勝ちだッッ! ハッタリなんか僕には通用しない!
 勝利の愉悦に顔をにやけさせたいけれど、体が動かないからしょうがないので声高らかに笑い声をあげようとした時だった。
「どうした? 何をにやついているのだ、柳木九郎。もしかして貴様――魅了の発動条件を満たしたって思ってるのか? だったらやはり長い時間見つめないといけないようだな……今の間隔からして10秒――といったところか」
 氷河苫は僕の瞳を見つめ続けたまま淡々と語り始めた。淡々と僕の能力を解体していく。
「……え? あれ? なんでっっ……そんな、馬鹿なっっっ! 僕の魅了が効かない!?」
 僕が知る限り魅了が通用しない人間は喜多方珠洲以外にいない。まさか、例外は彼女以外にもいたというのか!? こんな最悪なタイミングで……っ。
「フフ。何もかも分からないといった顔だ……なぁに、簡単さ。ワタシも貴様と同じ、魔眼の持ち主だったという訳さッ」
 魔眼。僕と同じ、魔眼の……邪気眼の持ち主。
「そんな馬鹿な。もう1人の邪気眼遣い……」
「邪気眼……? おいおい、そんなかっこ悪い言い方やめてくれ。『魔眼』だ」
 ……他にも同じような能力の持ち主がいるかもしれないとは思っていたが、こんなにも間近にこんなにも唐突に現れるなんて。でもなぜ? なぜ僕の邪気眼が効かなかったんだっ? 氷河苫が邪気眼遣いであろうとも僕は彼女を10秒以上見つめた。それなのに――。
 僕は泣きそうになったが、しかし体が動かないので涙を流すこともできなかった。動くのは口元だけ。これが……これが氷河苫の能力なのか?
「フフフ、貴様の気持ちは分かる。さぞ怯えていることだと思うよ……だったら説明してやろう。いいか? ワタシの魔眼は『固定』だ。魔眼を発動中、ワタシと目を合わせている間は誰であろうと停止する」
 なんて能力だ……。『固定』だと……目を合わせている間ずっと停まり続けるだと……。
 ヘビに睨まれたカエルってのをまさに体現するような反則的な力に、僕の鼓動は一気に高まる。ああ……さすがに心臓までは止めないようだ。
 氷河苫は僕から決して視線を外さないまま、瞳孔を開くくらいに大きく目を見開いて話を続ける。
「それと――貴様は気付いていないかもしれないが、魔眼を発動させる際には瞳の色が若干変化するのだ。丁度いまのワタシのように」
 そう話す氷河の瞳は……なるほど、まるで氷のように蒼白に青く輝いている。固定……か。彼女にはピッタリだと思った。僕が突然動けなくなったのは『固定』によるもの。
「話せる状態にはしたが――それ以外は全て固定させてもらった。瞬きだってできやしないし、瞳を変化させることもできない。つまり貴様は魔眼を発動させることはできない」
 氷河苫は僕を見たまま薄く笑みを浮かべて、勝利宣言をする。
「私の『固定』の前に貴様の『魅了』はワタシには通用しない――このまま私の為に犠牲となれ、柳木九郎よ」
 イカれてる。犠牲ってなんだよ。なんかちょっと中二病はいってるんじゃねえのか。
「な、なぁ。さっきからちょっと物騒な響きなんだけど……どうするつもりなんだよ。まさか僕を殺すなんて言わないよな?」
 冷静に考えたらいくらなんでもそんなこと起こるはずがない。だって僕達は普通の高校生なんだ。確かに僕達は能力持ちだけど、これは別に能力バトルとかそういう物語じゃないだろ?
「もちろん――殺すッ」
「能力バトル突入しちゃったよっ!」
 この人、目がマジだよ。マジというかヤバイ目だよ。さっきからどうも中二な雰囲気になってんもん。シリアスな物語に持ってってるもん。非常にまずいぞこれは。
「ちょっと落ち着こうよっ。なんで僕達がそんな血なまぐさい事しなけりゃいけないんだ? 少し行き違いがあったかもしれないけど、僕達仲良くなれそうな気がするんだっ」
 命の危険を感じた僕は、とにかく必死で氷河苫をなだめた。
 僕の話を黙って聞いていた彼女は納得したようにふ、と小さく息を吐いて。
「全てを断つワタシの愛刀――斬鉄剣」
 おもむろに木刀を取りだして構えた。
「人の話を聞こうよっ。なんでそうなるのっ!? てか、どっから取りだした!? 斬鉄剣ってなに!? それただの木刀! 今までどこに隠してたんだ!? いやっ、そもそも……それで僕をどうするつもりなんだっ」
「決まっているだろう。木刀は――人を断罪する為にあるのだぁぁぁぁああああ!!」
 叫びながら、氷河苫が僕に向かって飛びこんできた。
「ないないないない! 木刀にそんな役割ないよ! もっと健全な事に使われるもののはずだよ!? 君は心が痛まないのか!? 断罪とか言ってるけど僕なんにも悪いことしてないよね!? あ……してるか。魅了してるよね―。あ、あはは。あはははぎゃぐばあああ!!!」
 氷河苫の振り下ろした木刀が僕の頭に命中。
 さらに、
「処刑執行っっっっ!!!!」
 動けない僕に追撃。氷河苫は手に持った木刀で僕をボッコボコにする。
「い、痛いっ! やめてっ。た、助けて……なんで、こんなっ。い……いぎゃあああ!!!」
 僕は話す以外に身動き1つできない状況で木刀でただ殴られ続ける。これは単に痛いだけで語ることのできない、想像を絶する恐怖があった。
「ふははははッッ、ワタシはッ、ワタシ以外の魔眼遣いを全て滅ぼすッ! それがイビルアイを継承した者の使命だからッッ!」
「ひ、ひぃぃいいい……」
 どうかしている。何を言っているのかさっぱり分からない。それが――余計に怖い。
 悪魔の所業にも等しい行為を、氷河苫は一切の躊躇いもなく執行していく。蒼穹の瞳の美少女の表情は、どこか愉悦に浸っているようでもあり、僕はそれを瞬き1つできずに見なければならなかった。
 人気のない、黄昏の寂れた公園で繰り広げられるそれは、まさにこの世のものとは思えない地獄だった。だからこれ以上はとてもじゃないが口にはできない。
 ……そして。
「――いいか? 今回だけは見逃してやる。何も命までとろうなんて思っていない。だがこれで分かっただろう? 貴様はもうワタシの前から姿を消せ、二度と関わるな。そしてその能力は封印しろ、二度と使うな」
 僕を容赦なく木刀で滅多打ちにした氷河苫は、肩で息をしながら満身創痍の僕に忠告した。
「ふ……ふぁい」
 一方、倒れることもできずにサンドバッグとなり果てた僕は、蚊の鳴くような声で従うしかなかった。
 僕が氷河苫に服従した直後――僕の全身に何かがずっしり乗りかかるような重みを感じた。
「う、うぐぅっ」
 僕は重力に任せてそのまま地面に倒れ込んだ。恐らく氷河苫の『固定』が解除されたのだ。
 情けないけれど、ようやく解放された気持ちで、とても嬉しかった。
「柳木九郎! 分かったな、もう魔眼は使うな。これは単なる脅しでしかない。禁忌を破れば次はもっと恐ろしいことが待ってると思え!」
 氷河苫は地面に這いつくばる僕に向かって容赦ない言葉を吐きかける。
「……わ、分かりました。で、でも」
 僕はなんとか顔だけを上げて氷河苫を見る。目と目が合ったけれど、もちろん僕にはもう邪気眼を使おうなんて考えは全くなかった。
「でも? ――なんだ?」
 僕の質問なんて一切受け付けないというような感じで氷河苫は目を細めた。
「すっ……すいませんっ。その……どうして、どうして氷河さんは……そこまで僕に邪気眼の使用を禁じるんですかっ」
 怯えながらも僕は、どうしても分からない疑問を氷河苫に尋ねた。彼女はどうして僕をここまで叩きつぶす必要があったんだ。
 氷河苫の氷のような表情が、一瞬だけ消えた――ように見えた。どことなく悲しそうな、寂しそうな……。だが、それは一瞬の事で、すぐに氷河苫は。
「……邪気眼じゃない、魔眼だ」
 氷河苫は長く黒い髪を掻き上げて、つり気味の鋭い瞳をさらにつらせ、力強い声で言った。
「魔眼遣いは1人で十分だ! 頂点に立つ人間は1人しかいないのだから! そしてもし他の魔眼遣いがいるというのなら……これはそういう戦いなのだ! 魔眼遣い達による戦争だ! だからお前や、他の魔眼遣いも――このワタシが倒す! 1人残らず!」
「な、な……なに言ってんだこいつ……」
 僕はぽかんと口を開けて、思わず口走った。
 しかし氷河苫は僕の失言を気にとめる様子もなく、自分の世界にトリップしている。
「神により無限の力を授かった、魔眼遣い達によるサバイバル……いいだろう。ワタシは普通の幸せなんてとうに捨てた。生き残って天上へと辿り着くのは――このワタシだッ!」
 駄目だこいつ……僕にはどうしようもない。
 だけど僕はこの時、何故かは分からないが何となく思った。
 そんなもの彼女の本心じゃない――と。


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