僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第2章 魔眼『固定』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 家に帰った僕は自室に引きこもって、ただずっと怒っていた。
 生徒会長・氷河苫。僕は彼女を許さない。
 僕のプライドを引き裂いて、肉体的にも精神的にもズタボロにしてくれた女。
 何が正義執行だ。どう考えても不当な暴力だし、ただの犯罪者じゃねーか。 
 歪んだ正義を名乗っているのなら、僕が奴を修正してやる!!
 ……だけど、やっぱり怖い。
 もう1人の邪気眼……あいつは魔眼と言ってたけど……厄介だな。固定の能力ときたか。
 しかもあいつの固定は僕の魅了と違って、10秒間相手の瞳を見つめ続けなければならないといった発動条件がないようで、恐らくは瞳を合わせた瞬間、効果が発生する。
 本当にやっかいだ。そう表現するに他ない。
 しかもアイツちょっと頭がどうかしてるみたいで、他にも魔眼遣いが複数存在するような事を言っていて、さらにその者達で生き残りの戦争をしているのだと言う。
 戦うわけない。戦えるわけない。他にいると考えたくない。……が、しかし――少なくとも1人とは戦わなくてはいけない。
 氷河苫――僕の野望の為に打ち倒さなければならない障害。それは彼女が僕に対してそうであるように。
 ……さて、そうなると困った。発動時間という問題で、氷河苫の能力は僕のそれを越えている。正攻法では勝ち目はないだろう。
 じゃあどうすればいいのかと、僕が机に向かって考えていると――窓にコツンと何かが当たる音が聞こえた。
「……珠洲か」
 今はそんな気分じゃないんだけど、まぁダラダラ悩んでいてもしょうがないので僕は部屋の窓を開けて、向かいの家の2階ベランダに立つ珠洲を見た。
「あ、九郎……って、どうしたの!? 九郎、ボロボロじゃない!?」
 僕がベランダに姿を見せると、ジャージ姿の珠洲が目を丸くして驚いていた。相変わらず学校に行く以外は引きこもりモード全開なんだな。
「階段で……転んだんだ」
 とっさに適当な言い訳をしてみたが……う〜ん、そんなに僕はひどい姿をしているのか。
「え、転んだの!? 大丈夫、九郎っ」
 いちいちリアクションが大げさな珠洲。両手を口に当ててパチクリまばたき。
「いや、そんなに大したことないって。別に全然平気だよ、これくらい」
「だ、だったらいいけど……」
 珠洲はベランダの手すりに腕でもたれて、心配そうな表情のまま僕を見る。
「それより何か僕に用事でもあるのか、呼び出したりするなんて」
 昔はよく、こうやってお互いの窓に小石などぶつけて呼び出したりしていたが……もう何年ぶりだろう、こんなこと。
「えっ……と……いや、ちょっとその……久しぶりに九郎と話がしたくって……えへへ」
 なんだか煮え切らない態度を取る珠洲。用がないなら僕はもう戻ろうかな、なんて思っていると――珠洲は思い出したように、体をぴくんと跳ね上げて、早口で言った。
「そ、そうそうっ。私、聞いたんだよ。九郎が部活を新しく創ろうとしてるって」
 ――部活。日常生活充実クラブ。またの名をリア充部。今日、生徒会に新設を要請し却下されて、そしてついさっき生徒会長に制裁を加えられた。……いやな思い出だ。
「そ、それは誰から聞いたんだ?」
 僕はその事をまだ誰にも言ってないはずだ。身を乗り出し珠洲に注目した。
「あ、うん。生徒会の人達が話していたのをたまたま聞いたんだよ。1年の柳木って奴が変な部活を創りたいってやって来た〜って。ちなみに却下したって言ってたよ」
「そ、そうか……」
 もう噂は広まっているって事なのか。……弱ったな。
「九郎」
「ん?」
「九郎はまだその部活つくるのを諦めてないの?」
「突然なに言ってるんだ、珠洲……いや、まぁ、諦めてるか諦めてないかって言われたら、非常にピンチな岐路に立たさせてるって感じなんだけど……」
 珠洲の意図が分からない僕は曖昧に答えるしかない。
 すると珠洲は、どこか恥ずかしそうな素振りで、両手の指をくりくりさせながら言う。
「だったら……ね、九郎。私も、その部活に入っていいかな……?」
 僕の機嫌を伺うように、小さな声で――珠洲は言った。
「……え?」
 僕はその意外な言葉で体が固まってしまった。
「だ、だって、聞くところによると部活動を設立するにはメンバーが最低5人必要だし、九郎くんの事だからまだ他に誰もいないんでしょ? だったら……私でも人数合わせくらいにはなるよ」
 まるで言い訳でもするかのように珠洲は早口にまくし立てた。
「でもお前、いいのかよ。部活はやらない主義なんじゃないのか? っていうか僕の創る部活動がどんなものか知ってるのか」
「だって九郎が創る部活だからっ。だから私は、昔みたいにまた……一緒に遊ぼうよ、ね?」
 僕の部屋と珠洲の部屋。隣り合った2つのベランダに、沈みかけた太陽のオレンジ色が溶け込んできた。僕と珠洲は一気にオレンジに染まった。
 加瀬川珠洲――。僕の幼なじみで、性格は活発だが生まれつき病弱で、人見知りで友達が少ない女の子。
 そして……僕が邪気眼に目覚めても、彼女だけはずっと変わらずにいてくれる。僕が安心できる存在。唯一、僕の邪気眼が通用しない存在。
 昔のように、またあの頃のように……僕達はあの頃と変わっていないのかもしれない。
 変わったと思ったのは……僕の思い過ごしだったのかもしれない。
 まったく――今日はいろいろてんこ盛りな一日だ。
 当初僕は邪気眼を使ってメンバーを集めるつもりだった。こんな部活じゃ誰も寄って来ないって僕にも分かっていたから。
 それがまさか、よりにもよって僕の魅了が唯一効かない珠洲が1番最初に仲間になってくれるなんて。
 ……やれやれ、これじゃあまだ諦めるわけにはいかないよな。
「分かった。それじゃあ珠洲は僕の日常生活充実クラブ――リア充部の初の部員だ」
「え……いいのっ!? その名称はどうかと思うけど」
 珠洲の全身がぴくんと跳ねた。ツインテールがぴょこんと揺れた。
「ああ、いいさ。その代わり、部長はこの僕だからな。名称も気にするな」
「わぁい。私頑張るからね〜」
 珠洲は両手をあげて大げさに喜んでいる。そんなに嬉しいことなのか?
 感情豊かな性格……昔とちっとも変わっていない。頼もしい部員だ。
 部員――か。1人では無理な事だって、仲間がいれば解決できる事はある。それがたとえ世の理から外れた強大なものであっても。
 せめて部活動申請する為の必須条件の5人……僕を入れてそれだけの部員を集めればまだ望みはあるかもしれない。
 ならあとは……生徒会長、氷河苫の問題。1番厄介な問題。
 でもそれさえクリアすれば……氷河苫の『固定』を打ち破り、僕の『魅了』を彼女に発動できれば、もう何も立ちふさがるものはない。
 その時――僕の頭に閃きが走った。
「……倒せる」
 僕は氷河苫を打ち倒す秘策を思いついた。
「ん? さっきから黙っちゃってどうしたの九郎? もしかして……私がいたら迷惑……かな」
 向かいのベランダから珠洲が不安そうに僕を見ていた。
 珠洲はいつも快活に振る舞ってはいるけれど、たまに繊細な部分を出してくることもあるのでなかなかに扱いづらい。
「ああ、いや……なんでもないよ。そうじゃなくてさ……あと3人集めなくちゃいけないなぁ……って」
 そう。氷河苫を倒し、部活を設立するにはまずメンバーを集めなければならない。
 部活を設立するにあたって必要な人数、5人。僕と珠洲を入れてあと――3人だ。
「ねぇ、九郎……」
 僕の言葉を聞いて安心そうな顔をしてみせた珠洲は、くりくりした瞳をぱっちり開いて僕に呼び掛ける。
「ん? なんだ」
 珠洲がこの顔をする時、それは何か僕に答えを求めている顔だ。僕はぞんざいに用件を聞く。
「そう言えば今更なんだけど、ねぇ九郎。いったいその部活は何をするところなの?」
 珠洲がぱっちり瞳を瞬かせて、微かに首を傾げた。
「聞いて驚け――この部活は……青春をエンジョイするものさ!」
 僕は口元をにやりと引きつらせて、そう答えた。


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