僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第2章 魔眼『固定』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
「君は自分が何を言っているのか分かって発言しているのか?」
 手足が長くスタイル抜群の美少女は、威風堂々といった感じで椅子に腰掛けていた。
「で、ですから部活を作りたいんですけど……生徒会長」
 顔立ちは整っているけれど、まるで見る者を圧倒させるようなその鋭い眼差しで……向かいに座る僕は、先程から緊張しっぱなしだった。
 噂には聞いていたけれど……生徒会長、氷河苫の迫力は噂以上だ。
「部活って……目的も何もない漠然とした不明瞭な活動を言っているのか? なんだ……リア王部だったか?」
 彼女は仮にも女の子なのにまるで男みたいな話し方をするし、むしろ男だってこんな話し方する奴なんていない。変わり者と言えば変わり者だ。いや、言わなくても完全な変わり者だ。
「いえ、リア充部です……正式名称は日常生活充実クラブです」
「どっちにしたって同じ事だ、答えるまでもないことだ」
 そう言うと絶世の美少女氷河苫は、話はこれで終わりとばかりに机の上に山積みにされた書類に目を通し始めた。
 ほんと……思った以上に厄介な相手だ。
 ――僕はいま、生徒会室に来ていた。
 それというもの、僕は僕のために新しく部活を立ち上げようとしていたが、部活を新設するには生徒会の同意がどうしても必要らしくて……。だから僕はこうして生徒会長、氷河苫のところに来たわけだ。
 しかし……これはなかなか骨が折れそうな難題になるぞ。それが僕の、氷河苫と出会ってすぐに感じ取った第一印象である。
 かつての僕なら物怖じして諦めたかもしれない。だが……もう僕は昔の僕じゃない。
 僕は前もって考えてきた部活動の目的とやらを暗唱する。
「やっぱり部活というものはよりよい学校生活を送るためにあるものであって、この部活動の方針は心身共に健やかに伸びやかに成長してい――」
「くだらない。よりより学校生活を送りたいのならばとっくに別の部活動に加入しているし、そもそも君がやろうとしている部活動には具体的なものが何一つ見えてこない。論外だ」
 一蹴。そして反論の余地もないくらいに正論だった。氷河苫――生徒会長の看板は伊達ではないということか。
 く、く……くく……くくく。だがしか〜し、こんな事になるだろうとはとっくに予想済みなんだよ。いわばこれも予定通りというものだ。
 僕には絶対の必勝法がある。誰に対しても通用する必殺の術がある。だから僕はここにきた。
「ねぇ、氷河生徒会長。いいでしょう、部活?」
 どんな不可能だって可能にしてみせる反則技。邪気眼。
 幸いにしてこの部屋には僕と生徒会長の2人しかいない。思う存分発動することができる。
 僕は生徒会長の瞳に焦点を合わせ――メロメロにな〜れ――といった思念を送り出した。
 いーち、にーい、さーん……ふふ、この不遜な態度の生徒会長がどれだけ変貌するのか僕は楽しみだ。
「……こほんっ。ところでだな、えーと……柳木九郎くん、だったっかな?」
 ところが、カウントが5秒にさしかかった辺りで、突然生徒会長が立ち上がって僕に背を向けた。
「え、あ……なんでしょうか?」
 くそっ……未遂に終わったか。なに急に立ち上がってるんだよ。こっち向けよ。
「いやな、確か君のクラスは5組だったな?」
 僕に背を向けたまま、生徒会長は淡々と尋ねる。
「ええ、まぁそうですが……」
「だったら――こういう噂は聞いた事がないか?」
「う、噂……ですか?」
 僕はその瞬間、胸の鼓動が急激に早くなったのを感じた。とても嫌な予感がする。
 生徒会長は、ゆっくりと僕の方に振り返って、そして宣言した
「ああ、近頃妙な噂が立っているのだよ。1年5組の様子がおかしい。そのクラスの生徒が時々、まるで人が変わったよう行動を起こすというのだ」
 生徒会長は、まるで僕を値踏みするかの如くじっくりと瞳を合わせてくる。
 き……きたか。いつかは来るだろうと思っていた事だけど、まさかこんなに早く嗅ぎつけられるなんて……。邪気眼の影響により最近乱れているのは事実。時間の問題でもあったかもしれないが……それでも僕にまでは至らないはずだ。それ位には上手くやっているつもりだ。
「さ、さぁ……僕はあまり何のことかよく分からないんですが、それがどうかしたんです?」
「そうか……分からないのか。そんな事はないと思ったのだがなぁ……結構噂になっているようだがなぁ……だが、ふぅ。分からないならそれでいいんだ」
 口ではそんな事言ってるけど、それでも生徒会長は僕を疑ってかかるような目を僕に向けている。……勘の鋭い女だ。ああそうだ。そんなもの、僕がやったに決まってるじゃないか。
「そ、それで部活の件なんですけど……」
 僕は話題を逸らそうと試みる。声が裏返ってしまった。
「くどいな、柳木九郎。何度頼んでも結果は同じだ。さっさと帰れ」
 やはり答えは変わらない、か、まぁ……だろうとは思ってたけどね。いいよ……。僕に顔を合わせた時、お前は敗北するのだ。こうなったら――強引に魅了させてやる!
 いーち、にー、さーん……。
 悪く思うなよ、生徒会長さん。僕の虜になれ。
 ろーく、しーち、はー……、
「ところでだな、柳木九郎くん」
 再び、氷河苫は僕からぷいと顔を逸らして視線を窓の外に向けた。
 ――くそっ、またしても不発だ。
「……なんですか、生徒会長」
 僕は怒り心頭の気持ちをおくびにも出さないように努めて尋ねた。
 もしやわざとやっているのではないだろうか。いや……そんな事あるわけない。
「生徒会長という立場にいるとな、何かと学園内の噂話などが耳に入ってくるものなのだよ」
「は、はぁ……」
 何が言いたいんだ、この女。
 生徒会長・氷河苫は視線を僕の方に戻してさらりと言った。
「君はどうやら最近、ずいぶんとクラスメイト達から人気があるそうじゃあないか」
 ……まずい――勘づかれている!?
「っっ!」
 僕の体が思わず飛び上がりそうになった。しかしあまりの衝撃の為か、僕の体は椅子に腰掛けたまま固まった動けなかった。
 だけどすぐに冷静な判断をする。僕はとにかく氷河苫と視線を合わせようとした……が思うように視点も定まらない。僕は動揺している。体が石のようにピクリとも動かない。
「ふふ……どうした、柳木九郎くん。随分慌てているように見受けられるが?」
 氷河苫は僕から目を離さない。まるで僕の邪気眼を知っていて、敢えてそれに対抗するように。僕の邪気眼は……邪気眼が……だせないっ。
「い、いえ……僕は……」
 僕は……氷河苫のペースに完全に嵌っていた。集中できないせいか、邪気眼がうまく発動できない。心が落ち着かない。焦点が定まらない。
 駄目だ……ここは退くべきだ。氷河苫は僕についてなにかしら気付いている。そして気付いた上で不敵な笑みを浮かべている。
 さすがに邪気眼の事は知られていないとは思うが、それでも僕がここ最近モテモテになった事を怪しんでいるのだ。……さすがに目立ち過ぎたんだ。
 けれど氷河苫がそれを知ったところでどうする事もできないとは思うが……無闇に危険を冒す必要はない。現に僕は、氷河苫のただの瞳に圧倒されている。
 だったら、僕は――。
「そ、それじゃあ僕はそろそろ失礼します」
 今日のところは僕の負けだ。僕は固まったまま震える声で言った。
「そうか、帰るか。それがいい。君は少しやり過ぎてるからな。出る杭は打たれるという言葉を覚えておくんだ、柳木九郎くん」
 氷河苫がそう言って、嘲るように微笑むと――途端に、僕の全身の力が抜けて、思うように動かせるようになった。
「わ、分かりました。ですが……僕はまだ諦めていませんからっ」
 僕は精一杯の強がりを言うと、椅子から立ち上がって部屋を後にしようと氷河苫に背を向ける。
 ……助かったな、生徒会長。今回は大人しく退くことにしようじゃないか。だけど、この借りはいつか必ず返す。
 内心で僕が笑うと、まるで僕の心を読んだのか、氷河苫が去りゆく僕の背に一言語りかけた。
「ところで君の瞳……途中2度ほど、色が変わったように見えたんだが……う〜ん。とすると……ワタシの見るところ、どうやら結構な時間、見つめ続けないと発動しないらしいな?」

 …………………。

 僕は――何も言わず、振り返らず、生徒会室を後にした。


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