僕の邪気眼がハーレムを形成する!
第1章 邪気眼『魅了』
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1
僕はもともと他人と目を合わせるのが嫌いだ。
対人恐怖症とまではいかないけれど、いわゆる人付き合いが苦手なタイプで、誰かと話すとき、相手の目を見つめ続けるということができなかった。話しているうちに、緊張感に堪えられなくなり視線を外してしまう。特に女子とまともに会話なんてできなくて、いつも視線を泳がせていた。気兼ねなく話せる異性といったら母親か、幼なじみの加瀬川珠洲くらいである。
ま、でも最近はその幼なじみともあまり話さなくなったんだけど……。
話が逸れた。
でだ……そんな僕だったけど、つい最近、異能のチカラに目覚めたのだ。
異能のチカラ――うっとりする。なんともいい響きだ。それは思春期の誰もが一度は憧れるであろう言葉であろう。
例えばそれはどんなものでも打ち砕く最強の拳であったり、例えばそれは自由自在に空を飛べる能力であったり、例えばそれは他人の思考を読める力であったり、例えばそれは時間を止めるという反則技であったりする。
だが勿論、この現実世界にそんな能力を持った人間がそうそういるはずもなく、まぁだからこそ憧れの対象となるわけだが……つまり本気でそんなものを欲しいと願うような人間はいないわけであった。
しかし――しかしこの僕、柳木九郎は、誰もが渇望し手に入れることを諦めてきたチカラを手に入れたのである。
そう。僕は能力者である。
それは他人と瞳を合わせる事で発動するタイプの能力で――いわゆる邪眼とか魔眼とか言われているもの。古くから世界中で伝えられてきたチカラ。どうだ、カッコイイだろ?
ん? 瞳を合わせる事で何の効果を発揮するのか知りたいだって? ああ、教えてやろう。そのチカラは――魅了である。
つまり一言で言うと、僕はどんな相手も自分の虜にすることができる瞳を持っている。
僕に見つめられたらその相手は僕にメロメロになってしまう。それだけの能力。
僕はそれを邪眼――もとい、邪気眼と呼んでいる。
一見下らないように思われるかもしれないが、賢明な人間ならこの能力が何を意味するか分かるだろう。
この能力があればハーレムだって夢ではない。
夢の酒池肉林。全ての異性は僕の虜。この学校はもう支配したも同然。人生バラ色。
だから僕は変わった。いや、このチカラを手に入れたのなら変わらざるを得なかった。
僕はもう人間関係に悩む必要はないし、相手が僕の事をどう思っているとかそんなことを考える必要もなくなったのだ。
もう僕には何も恐れるものはないようにみえるだろう。だけど世の中そう上手くいかないもので……実はこの能力にはいくつか制約があるのだ。
それに制約抜きにしても、この能力を使うことを意味するものは……人の心を無視してねじ曲げる非人道的な存在にならねばいけないということ。
しかし……それが何の苦になるのだろうか。もう僕は相手の顔を伺う事がなくなったのだ。これからは全ての人間が僕の顔を伺うようになるのだ。
このチカラに目覚めたばかりでまだまだ不安要素は多いけれど……やってやろうじゃないか。目指すは――マンガやアニメやラノベのような、ハーレム系主人公だ!
「ふふふ……だけど僕は間抜けじゃない。この能力に溺れたりはしないぞ。目立たず不審感を抱かれずに、着々と野望を実現していくんだ」
朝、僕はいつものように学校に登校しながら1人でほくそ笑んでいた。
梅雨の時期もようやく終わって、空は鮮やかに青く輝いている。周りを歩いている学生服を着た人達は、もうすっかり夏服一辺倒だった。
道路のところどころに雨の名残があって、草が濡れていたり小さな水たまりがある。僕は雨上がりの晴れた空が割と好きだった。
「しかし――こうやって普通に登校する時ですら、僕は自分の能力について考察するのを怠らない。そうだ――重要なのはその点だ」
僕はもはや普通の人間とは違う存在。自分の人生のステージを新たな場所に移さなければならない。
昔から異能のチカラを持ってしまったがためにその身を滅ぼすという話はよく耳にする。
能力を持たない一般人にも分かりやすく説明すると……そう、宝くじのようなものだ。宝くじを当ててしまった人達は意外とその後の人生、不幸に彩られる可能性が高くなっている。
それは自分の限界を超えた莫大な大金を手に入れた事によって金銭感覚が狂い、自らの人生の歯車まで狂わせてしまうからである。
「その点、僕は違う」
僕は能力を過信しすぎないし、頼りすぎない。僕は自分の力を最大限に活用するために緻密に調べ上げる。もう弱点だって把握しているのだ。
僕の能力には3つの弱点が存在している。だが、弱点を知る事は同時に強さに繋がる。
用心深くやる。僕はこの邪気眼を賢く使って、やがては世界最高のハーレムを築くのだ。
僕がくくくと笑っていると。
「なにニヤニヤしてるのよ、気持ち悪いわね」
と言う声がして僕が顔を上げると、そこにはクラスメイトの長田野あすかがいた。
彼女はクラスの中での女子グループの中心人物といったポジションで、結構勝ち気な性格をしていて――正直苦手なタイプだった。
「なによ、無視? 挨拶くらいしたらどうなの? ふんっ」
僕が黙っていると、長田野さんは非難めいた口調で言った。
「そっちだって挨拶してないじゃん……」
「なに言ってんのよ、こういう場合、目下の人間から挨拶するものだって相場が決まってるでしょ!」
「いつから長田野さんは僕の上司になったのっ!?」
「えっ? 違ったの? 最初からそうだったとばかり……」
「ひどいっ! 平等だよ! 僕達は対等の立場なはずだよっ!」
――どうやらその様子からして僕に対する愛情は微塵も感じられない。
う〜ん。やっぱり一日経ったら魅了は解けてしまう、か。長くても持続時間は数時間が限界というところか。
そう。実は、この長田野あすかさん。彼女は昨日、僕の邪気眼を喰らっているのだ。
「さっきからチラチラ見ちゃってさ。見るなら見る、見ないなら見ない。はっきりしなさいよね」
僕が長田野さんを盗み見るように伺っていると、彼女は厳しい言葉を吐きかけてきた。
困ったことに彼女は勝ち気な性格からか、クラスの男子を見下しているふしがあるのだ。もちろんそれは僕も例外ではない。いくら僕が邪気眼の持ち主であろうと、その人の本質の部分までは変えられないのだ。
しかし、一時的な催眠状態にすることはできる。表面的な部分はねじ曲げることはできる。それが僕の能力なのだ。
……いいだろう。だったら今日初めての邪気眼はこの女に使ってやろう。
「わ、分かったよ長田野さん。じゃあ――はっきり見てやるよ……君の瞳を」
僕は明確なる意思を持って長田野さんを見た。長田野さんの脱色した金髪と、白い肌。そして、やや切れ長の瞳。
長田野さんの瞳と僕の瞳を合わせる。長田野さんを誘惑するという純粋な意思を視線に込める。それは文字通り――目で殺す。
いーち、にー、さーん……僕は心の中でカウントを数え始めた。
「な、なによ……その眼は……」
長田野さんはまるで僕の瞳に吸い込まれてるように、目を見開いている。本能の部分で危険を感じ取っているのだろうか、少し怯えが見られる。
しー、ごー、ろーく……。
「見ろっていうから見てるだけさ」
それでも僕は、その瞳を力を込めた眼差しで見つめた。決して目を逸らさない。そうでなければ僕の邪気眼は効果を発揮しない。
「ちっ……地味な童貞野郎のくせに生意気なっ」
長田野さんは僕の挑発にまんまと引っかかっている。……でも童貞はひどいよね。や、童貞なのは確かなんだけど。しかし……その間も死のカウントはどんどん近づいてるよ? 長田野さん。
しーち、はーち……。
――10秒だ。僕が今まで調べてきた結果、相手が魅了されるにかかる時間は10秒。その間、僕は誘惑するという気持ちを持って相手の目を見つめ続けなければならない。
これは意外に難儀な条件で、大抵の人間は目を逸らしてしまう。これが第一の弱点といえる。
だけど長田野あすか。彼女は比較的やりやすい相手である。彼女は負けず嫌いで、僕のような人間を見下しているから、目を逸らしたら負けだとでも思っているんだろうか、決して自分から目を逸らすことはないのだ。
そういう意味では……彼女はいい実験材料だ。もう何回邪気眼をかけてやったことだろう。単純な女だ。
きゅーう、じゅう! ……ふふふ。ほら、簡単だ。
「……あ、あれ……なに……アタシ、どうして。どうしてっ」
長田野さんの目つきが明かに変わった。魅了――成功だ。
僕の邪気眼に一度とらわれれば、一定の時間が経過するか、強制解除するかでしか解放されない。
「おやおや……長田野さん、どうしたんだい? 体調でもくずしたのかい?」
僕はわざとらしくとぼけた顔で長田野さんを見た。
「えっ、あうっ……な、なんでもないわよっ、なんでも……」
明らかになんでもある――。
相変わらずこの瞬間は面白い。僕は誤って魅了状態を強制解除してしまわないよう、長田野さんから距離をとって観察した。
「アタシ……アタシ……どうしたんだろ。なんでアンタなんかに、アタシ……」
距離をおいた僕に対して長田野さんは切なそうな表情で、子犬のような声で言う。
「んんっ? 僕がどうしたって?」
いつやっても気分がいいなぁ。女の子の意外な一面というか。
「わ……分かんないわよ。けど……最近、おかしいんだ。アンタを見てるとたまにさ、変な気持ちになるんだよ」
長田野さんがぽつぽつと語り始めた。
ふ〜ん。ほんと意外だなぁ。長田野さんの事だから、僕の魅了に対して自分の気持ちを否定し続けるものだと思っていた。
僕も見ていて楽しいから、それはそれで良かったんだけど。
「そうか……それで、変な気持ちってどんな気持ちなんだい」
少し周りを見渡してみた。……幸いなことに生徒の姿はあまりないみたいだ。今は登校中だからな。あまり目立ちたくはない……っていうか、邪気眼の事は誰にも知られたくないし。
「アタシの気持ち……それは……それは」
伏せ目がちに、もじもじと指を絡ませ、言葉を濁らす長田野さん。
「うん?」
「わ、分かんないけどっ……」
と――いきなり、長田野さんが僕の方に向かって飛びこんできた。
「――って、長田野さんっ、なにをっ!?」
まずい。これは非常にまずい展開っっ!!!!
「ばかっ、分かんないよっ! 分かんないから、とりあえず殴らせろっ」
な……なんて理解不能な思考回路をしているのだ。まさかこんな行動は想定外だ。
「って、うわっ。ちょっ……駄目だ、長田野さんっ。やめろっ、僕にっ、僕に触れるんじゃないっっ!」
まずい。まさか彼女が追い詰められると殴りにかかるなんて……これは僕の能力の性質的に本当にやばい。
今の彼女が僕に触れると駄目なんだ。ぺ、ペナルティーが……っ。
「なによっ、少しだけ……少し触れるだけだから、何も減るものはないから。だからっ」
とうとう、ガバリ――という感じで、長田野さんが僕の腕を両手で抱きしめた。
「そ、それが減るんだよっ! 駄目なんだよっ! う……うわあっ!」
さ、触られてしまった!
僕はすぐに長田野さんから飛び退いたけど……駄目だ。今のは――完全にアウトだ。
僕は恐る恐る長田野さんを見る。
「あれ、アタシ……いったい何やってたんだろ……」
思った通り、長田野さんの表情はいつものように凛としたものになっていた。
魅了が――解けてしまったのだ。
僕の魅了の解除条件は時間経過とそして――発動者である、この僕に触れることである。
これこそが僕の能力の弱点その二。
「……って、なにっ!? なんでアタシこんなこと……くうっ、一生の不覚っ」
長田野さんがきつく僕を睨みつけた。邪気眼をかけられる前よりも、僕に冷たく当たる。
そうなのだ、僕の魅了がこのように強制解除されてしまうと、ペナルティか何か分からないが魅了されていた分、その反動で僕に対しての嫌悪感がわき上がるらしいのだ。
その仕組みがどうなっているのかは不明だが、僕の邪気眼の効果時間にばらつきがあったりするのも何か関係があるのだろうか。
本来の心が思っている事を無視して、その心を強引に僕に対する愛情に傾けさせられて、それが時間が経つことで本来の心にゆっくり戻っていく。途中で僕に触れると一気に本来の心に戻ろうとするから、僕に対する嫌悪の心が高まる……とか。
だったらそこに……珠洲に僕の邪気眼が効かない理由というのがあるのかもしれない。僕の幼なじみの加瀬川珠洲。僕の邪気眼が通用しない唯一の存在。昔と比べて関わる事がめっきり減った僕の幼なじみ。
う〜ん……よく分からない。
「とにかく、アンタと一緒にいて誰かに誤解とかされたりするの嫌だから、さっさと消えてくれない? なんか臭いしっ」
「く、臭くないよっ!」
にしてもひどい言われよう。
すぐに再び邪気眼をかけてやりたいところだけど、あいにく邪気眼を強制解除した人間に対し、連続して魅了する事はできないのだ。今回は長田野さんに邪気眼をかけた瞬間に解除されてしまったから……学校が終わるくらいまでは期待できそうにないな。
「ほら、さっさと去るのよ……この地球上から」
「それって、僕に死ねって言ってるの?」
「そうよ」
「はっきり答えてるよ! わ、分かったよっ。それじゃあ僕はもう行くよ……じゃあねっ」
僕は長田野さんに手を振って、逃げるように学校へと早歩きで行った。
朝にごたごたしていたせいで、僕が教室に入ってしばらくしたらすぐにホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。
「今日はギリギリだな。柳木」
僕が席につくと、前に座っている贄丈哉という、高身長で筋肉質なガチムチ体育会系が僕の方を振り返って話しかけてきた。ちなみに柔道部のエース。
「あ、ああ……まぁね」
間違っても邪気眼を発動させないように、僕は贄から視線を逸らして答えた。
「あっはっはっは、元気ないなぁ〜。もしかして寝不足か? それとも何か悩み事でもあるのかぁ?」
贄は真摯な顔で僕に顔を寄せてくる。
「いや、そんなことないけど……ってか顔近いって」
というか悩み事があったとしてもお前に打ち明けるわけないし。
「ほんとうか? 1人で悩んでいても解決できないことは多いんだぞ? 話すだけでも気は紛れるんだぞ? な?」
ガチムチ男が僕に体を寄せて捨てられたチワワのような瞳で見てくる。やめろ、気持ち悪いっての。
まぁ、仕方ないか。これも僕の邪気眼のせいなのだから。
僕の邪気眼は性別を問わずに効果を発揮する。
そして僕は不覚なことに、この能力を手に入れた直後の時に、知らなかったとは言え無意識に無差別的に不特定多数の人物を魅了させてしまったのだ。
それがきっかけで変な世界に目覚めてしまった犠牲者が何人かいて……その1人が何を隠そう贄丈哉なのである。一生の不覚である。
「どうしたっ? さっきから黙っているけど、打ち明ける気になったか? 俺はいつでもお前の味方だぞ。なっ? ばっちこい。……な?」
き……気持ち悪い。だがこれも僕の責任だから仕方ないけど……でも、あくまで僕の魅了の効果は一時的なもののはず。だから贄の魅了はとっくに解けてはいるはずで。
それでもこんな性格になっちゃったって事は……贄は元々そっちの気があったということ……。結局、僕がその扉を開けてしまったのだから良くも悪くも責任は僕にあるわけだ。
「ありがとう、贄。でも本当になんでもないから。ほら、もうすぐ先生来るぞ」
僕は薄笑いを浮かべて受け流した。
「だったら仕方ないな…………あとそれから、柳木。オレの事、アニキって呼んでいいんだぞ?」
ひゃあああああああ〜〜……。僕はあまりの背筋の寒さにおもらししそうになった。
「え、遠慮しとくよ。マジで僕のことは大丈夫だから、ほら、予習でもしておけって」
「もしかして、照れてるのか……お前……。恥ずかしがらずに言ってみろ……な? ほら、一度だけ……一度だけでいいから」
…………精神的に僕はいま、一回死んだ。
贄という男。はじめの頃はもっとまともだったはずだ。ただの爽やかなスポーツマンだったはずだ。それもこれも僕の責任なのか。僕が贄をこんな不気味なナニかにしてしまったんだろうか。
僕が責任を感じて心の中で謝ってるその時、タイミングを見計らったように担任教師がやって来て、ホームルームが始まった。