僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第3章 ハーレム系主人公

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

5

 
 翌日、部員の勧誘は今日も行うわけだけど、既に4人目は決定したようなものだった。僕が本気を出せばこんなものさ。
 邪気眼遣いのこの僕と、幼なじみで僕の邪気眼が通用しない加瀬川珠洲と、天然巨乳の美少女である一ノ宮紅葉。昼休みになって僕達3人は人が少ないという理由で校舎の屋上に集まっていた。
「ふええ? 今日は活動なしなんですかぁ?」
 高校生らしからぬ胸の大きさゆえ、一部男子生徒から乳ノ宮揉みじとあだ名される一ノ宮さんが、広げたお弁当をつまみながら言った。
「うん。仲間になってくれそうな人にあてがあるんだ。だから今日は僕に任せといてくれ」
 僕は購買で買ったハムカツサンドイッチを一口かじって不敵に微笑む。
「え、いつの間にそんな人が……」
 メロンパンを持った珠洲が驚いた顔で僕を見た。
「そんな顔するなよ、珠洲。僕には秘策があるんだよ。とっておきの秘策がね」
 そう、無条件でこの僕に対して好意を持ってしまう、とんでもなく恐ろしくエグい技。僕はあの純粋で罪なき美少女に使用する。
「秘策……? いったいどんな方法を使うっていうの?」
 珠洲が僕を見る目は、なんか疑っているようでもあった。えらい食いつくなぁ。
「と、とにかく残りのメンバー集めは僕に任しておいてくれ。なんとかするから」
 さすがに邪気眼のことは言えないので、僕はハムカツサンドイッチを全部一気に口に放り込んで、誤魔化すように立ち上がった。
「あ、ちょっと。九郎」
 珠洲の呼び掛けにも答えず、僕は校舎の中へと戻っていった。
 ああ、言えるわけがない。僕は人の心を、感情を冒涜する力を平気で使おうとしているのだ。だけど、それはやらなくてはいけないことなのだ。たとえどんなに辛くても、心が痛んでも。
 僕には絶対遵守のチカラ、邪気眼があるのだ。理由はそれだけ。持っているから使う。
 僕という存在は魅了の能力という記号によって定義されてしまったのだ。だから僕から邪気眼を取ったら何も残らない。それが僕を動かす強さなんだ。
 だから僕はその原動力に従って行動を開始した。動かなければ嘘だ。ハーレムを築き上げなければ無価値だ。だけど。
「僕は彼女の事に関してなにも知らない」
 タイの色からしてあの美少女は1年の生徒だということだけは分かったけど……クラスくらい聞けばよかった。口では偉そうなばかり言っといて僕はどうしようもない間抜けだ。彼女の名前すら知らないなんて。
 しかしここで不満を言ってても、それこそどうしようもない馬鹿なので、僕は自分に絶望しながらも、廊下から1つ1つの教室を覗き込んでいった。
 でもいない。昼休みは教室にいないのだろうか。どこか別の場所で昼食を食べているのだろうか。それとも別の用事でもあるのか。
 僕は不安な気持ちになりながらも最後となった1組の教室をじっくりと見渡した。
 やっぱり、ここにもいな……ん?
 その時、一瞬――僕の目が1人の男子生徒に釘付けになった。
 色が白くて線の細い、一見すると女子にも見えそうな整った顔をした美少年。きっと男子の格好をしてなかったら女子と見間違えそうな顔をしている。
 でも、それにしてもなぜあの男子生徒が気になったんだろう? 自分でも分からない。
 分からないけど……それがなんとも不思議な事に、僕にはあの男子生徒が一瞬目当ての少女に見えたのだ。僕が電車の中で出会った、目下捜索中の金髪美少女。
 なのに肝心のその少女は結局見つけることはできなくて、そのうち昼休み終了のチャイムが鳴って僕は自分の教室に戻っていった。
 ふん。この時間はたまたま見つけることができなかったが勝負はこれからだ。
 今にみてろよ、放課後こそは君は僕にメロメロになるのさ。
 それまでまだ時間はある。じっくりと作戦を考えておこう。
 君を魅了させるに至るプロセスと、君を僕の虜にさせてからの扱いを……ね。
 僕は声を上げて笑いそうになるのを我慢して、ニタリと口元を歪ませた。
 と、その時……なんとなく、僕が1組の教室に視線を戻すと――例の僕が気になっていた美少年が……僕の方をじっと見つめいた――ような気がした。
 なんだろう……僕はあの男子生徒の事は知らないはずなのに、どこかで会ったような。それに向こうもまるで僕の事を知ってるみたいな。
 それに……やっぱりあの金髪美少女と姿がダブって見えた。
 いやいや……何を考えてる。どうして見間違える。気にしすぎだ……。僕には変な趣味はない。いくら美少年でも男に邪気眼をかけるつもりなんて毛頭ない。なので僕はさっさと自分の教室へと戻った。

 ――それから午後の授業はあっという間に過ぎていって、放課後になった。
「よし、張り込み開始だ」
 僕はすぐに廊下に出て、1年の教室から出てくる生徒達を観察していった。ここにいれば帰ろうとする1年の生徒全員を確認することができる。ここで必ず例の美少女を見つけ出して、邪気眼にかけるッ!
 しかし――。
「な、なぜっ。なぜ出てこないんだっっ!!」
 待っても待ってもあの美少女は見つからない。もう1時間くらい待っているのに。
 もう僕の前を通り過ぎる生徒の数もほとんどいない……いったい自分は何をやってるんだろうかと虚しくなる。
 ……どういう事だ。今日は学校を休んでいるのか? いや、そもそも彼女はこの学校の生徒なのか。あんなに可愛い同級生がいるならもっと話題になっていてもおかしくないのに、僕は今の今まであの子のことを全く知らずに数ヶ月も過ごしてきた。彼女は本当にこの学校の生徒なのか。昨日の彼女はもしかして僕の幻覚だったんじゃないか?
 僕の脳裏に様々な思惑が浮かんで消える。だんだんと疑心暗鬼になっていった。
「……諦めよう。今日はもう帰る」
 僕は自分が信じられなくなってきて、これ以上は無駄な気がして、帰ることにした。
 この時間帯なら裏門が開かれているだろうということで、校舎から出た僕は裏門へ向かう。駅に行くにはそこを抜けた方が早いのだ。だから僕は人気のない校舎裏を歩いていく。
 その時だった。
「……あ」
 校舎裏の裏門近くにある、木々が並ぶ広い場所にぽつんと建った、今は誰も使っていない古びたプレハブ小屋から――人影が現れた。それは1人の女子生徒。
 ああ……間違いなかった。彼女……彼女だ。僕が昨日見た――金髪の美少女。
「……ぉぉ」
 僕は思わず溜息を吐いてしまう。
 小麦畑のような金色の長い髪。細い手足と華奢な体。女子にしては長身で清楚且つスマートな印象を与える佇まい。
 やっぱり、とても綺麗な少女――。ちょっと視界に入っただけで強烈な魅力を与える、その際だった存在感。おかしい、一瞬見ただけで脳裏にこびりつくというのなら、どうして僕は廊下で彼女の姿を見落としたのだろうか。
 それにこんな時間にプレハブ小屋で何をしていたのかという疑問もあったが……この際それらの謎はおいておこう。
 何が入っているのか、大きなボストンバッグを抱えた美少女は、プレハブ小屋の前でしきりに周囲を確認してから裏門の方へと向かった。
 僕は挙動不審な彼女の後を黙って追っていった。
 このまま家に帰るのだろうか、彼女は裏門を抜けて歩き続けていく。
 僕は決心した。
 ここで勝負をかけよう。僕としては絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。丁度この裏門付近という場所はあまり人が寄りつかなくてじっくり話すには最適の場所なのだ。
 つまり――今がその時なのだッッッッ。
 僕は足を速めて、彼女の元に近づいた。
「あれっ、君は確か昨日電車の中で会った……」
 自分でもわざとらしいなと思う声。僕は偶然を装って彼女に話しかける。
「えっ? あっ……や、やぁ!」
 いきなり話しかけられてびっくりしたのだろうか、美少女はおおげさなくらい体をビクリと硬直させて、まるで少年のような言葉遣い。見た目の割にボーイッシュな性格なのか?
「もしかして驚かせた? ごめん」
「う、ううん……大丈夫。そ、それより……えと、また会ったね。こんにちわっ」
 美少女は完璧な造形で笑顔をつくった。な、なんと眩しい笑顔っ。
 くぅ……駄目だ。こんな美少女を相手に僕はやれるのか。以前の僕ならまともに会話することもままならない相手だぞっ。
「偶然だね。な、何組にいるの?」
 でも今の僕にはチカラがあるんだ! 人の身にて人を超えし者なのだ! 気力を振り絞り無理に言葉を紡ぐ。とにかく邪気眼を発動させる為、会話を途切れさせないように話を続けなければ。そしていつでも自然に邪気眼をかけられるように、目を合わせるように心がけないと。
「えと、ボクは……1年1組にいるんだけど」
 美少女はなぜか言いにくそうに、渋々といった感じでそう答えた。
 1年1組か……。休み時間に何度か探しに訪れたけど、僕は彼女を見なかったぞ。
「そうなんだ。僕は5組なんだけど……あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。僕は柳木九郎って言うんだ。君は?」
 そろそろ彼女の瞳に視線を固定させよう。が、まだ発動はさせない。瞳孔は開かない。あまり焦っては怪しまれて視線を合わせてくれなくなる。それはこの数日間の実験で学んだ成果だ。
「え……えと、ボクは……弥生……五行弥生」
 やっぱり言いにくそうに彼女は名乗った。その言葉には後ろめたさがあるというか……それにしても……弥生ちゃん、か。可愛い少女には可愛い名前がつきものだ。
 名前も知ったしクラスも知った――さぁ次はどうしよう……うん。もうないな。こんな可愛い子と会話のキャッチボールを続けていくすべを僕は知らないわ。けど気にすることはない。だったら邪気眼を発動させればいいんだ。それが僕のコミュニケーションのすべ。
 僕は――弥生ちゃんの瞳を見つめる目に、誘惑してやるという確固たる意思を込めた。
「そうか……よろしくね、五行さん――」
 話しながら頭の中でカウント開始。いーち、にーい、さーん、しー……。
「?? ど、どうかしたのかい? 柳木君。ぼ、ボクの顔、もしかして……な、なにか変かな?」
 カウント4秒を越えた時点で、弥生ちゃんが怪訝な顔をしてから視線を逸らしてしまった。……失敗だ。功を焦りすぎた。
「あ、いや……五行さんの顔を覚えようと思って。僕、顔と名前を一致させるのが苦手っていうか、なんか初対面の人の顔をじっくり見てしまう癖があるっていうかっ……」
 言い訳する僕。これ以上不審感を持たれて視線を合わせなくなられてはまずい。
「う……あ、そうなんだ。あは、あははは」
 弥生ちゃんは照れ笑いする。しかしその顔はどことなく焦っているようにも見える。なにかを隠そうとしているような顔というか。
 とにかく2人共ぎこちない態度なのは間違いない。僕達はいったい何の腹の探り合いをしているんだろう。もしかして弥生ちゃんも僕と同様……何か秘密を抱えているのかもしれない。
「で、でも大丈夫だよ、五行さん。もう君のことは覚えたからっ……あ、確か電車同じだったよね? だったら途中まで一緒に帰らない?」
 僕は弥生ちゃんを諦めない。とにかく魅了を成功させなければ……。さぁ、弥生ちゃん!
「うん。いいよ、柳木君」
 焦燥感や、どす黒い感情を僕が抱えているなんて露ほども疑っていないであろう弥生ちゃんは、輝く笑顔ですんなりOKしてくれた。
 やった……とりあえずは安心だ。
 でも冷静に考えるとホント……自分の行動力に感心するよ。これじゃあただのリア充の行動じゃないか。僕は本来こんな大胆な行動をとる人間じゃないのに。
 邪気眼は他人だけでなく、僕自身の存在も根底からねじ曲げていくのだ。
「あ、ありがとう。そ、それじゃ行こうか」
 そして歩きだした僕は弥生ちゃんの様子を窺ってみた。昨日会った時とうって変わってそわそわしている彼女。さっきからしきりに周りの様子を気にしているっぽい。
 ……あぁ、そうか。僕と一緒に並んで歩いていることで変な噂が立たないか心配なんだな。
 でもそうすると厄介だな。これじゃあ邪気眼がかけにくいじゃないか。果たしてこの娘相手に10秒も瞳を見つめ続けることができるのか。
「そうそう、五行さん。さっきプレハブ小屋で何してたの? あそこって確か昔野球部か何かの部活が使ってた部室で、今はもう誰も使ってないはずだよね?」
 僕はジャブのつもりで五行さんに話を振ってみた。それに本当に気になってたことだし。
 すると弥生ちゃんは僕と目を合わせて、
「着替え……かな」
 と言って、手に持ってたボストンバッグに視線を落としてから、また再び視線を前方に向けた。僕と目が合っていたの一瞬だけだった。視線交差時間わずか2秒くらい。
 駄目だ。10秒は無理だ。てか……着替えって何? 体操服でも着ていたのか?
「そういえば、五行さん。なんか小屋から出てきた時、辺りをキョロキョロ見てたけど何だろうな〜って……答えたくないならいいんだけど」
 大事なのは会話を途切れさせないこと。気にせず話を続ける。
「え、あ……それは……え〜と、実は最近誰かにつけられてる感じがして……」
「え? つ、つけられてるって……それってストーカーじゃん!」
 弥生ちゃんのような可愛い女の子なら分からない話じゃないけど、それでも驚きだ。
「ふぅ〜……でもおかしいなぁ。なんでボクなんだろう」
 弥生ちゃんは溜息を吐いて遠い目をした。……いや、君だからこそ狙われると思うんだけど。
 しかしそんなこんな僕の不安をよそにタイムリミットはどんどん迫っている。ボクはとうとう駅に着くまで邪気眼を発動させる事ができなかった。
 ホームまで行くとちょうど電車がやって来て、僕達は同じ車両に乗り込む。
「ふぅ……」
 もうここまでくれば同じ学校の人がいないから安心したのだろうか、弥生ちゃんはため息を吐いて肩の力を抜いた。
 ゴトゴトゴト……と僕達を乗せた電車が動き出す。
 勝負はこの車内で決める。幸い、昨日と違って車内の人数はまばらで、行動に適していると言えよう。
 僕達は座席に並んで座って――そして僕はさっそく弥生ちゃんに話しかける。
「五行さんはどの辺に住んでるの?」
 隣に座る弥生ちゃんの瞳を見るように僕は話す。
「う〜ん。結構……遠いね」
 弥生ちゃんは前を向いたまま俯き加減で答えた。
 …………話続かねぇよ。曖昧すぎだよ。なら話題変更だ。
「五行さんって何か部活とか入ってる?」
「部活? 部活は……入ってないね。あんまり入りたい部活がないっていうか……」
 やっぱり視線を僕の方には向けずに答える弥生ちゃん。このままじゃ埒があかない。僕だけ弥生ちゃんに熱烈な視線を送っててなんか馬鹿みたいじゃないか。なら弥生ちゃんが食いつく話題を探る。
「そうだ、五行さんって何か趣味とかないの? 熱中できる何かがあるといいよね」
「女子力アップ」
 今までとはうって変わっての即答で、その声には力強さがあった。
「こ、これ以上の女子力を求めてどうするつもりっ!?」
 思わずツッコんでしまった。
「そんなボクなんて……全然だよ。ボクはもっともっと頑張らないと」
 そういう謙虚な態度が、また弥生ちゃんの可愛さを強調するのだ。
「は、はは……そりゃすごいね。じゃあ五行さんは料理とか裁縫とかなんだ」
「あ、ボク不器用だからそういうのはやらないんだ。ボクは専ら、じょそう……」
「ん、除草……?」
 草むしりでもするのだろうか。
「え、いやっ……助走。助走が大切だよね、柳木君っ。何事を始めるにもっ。ゆっくり徐々に始めないとねっ」
「あ、ああそうだね。ガーデニングとかだよね? 女の子らしい趣味だよね」
 弥生ちゃんの態度が急におかしくなったように見えるんだけど……。
「ん? ガーデニング……? あ……そ、そうそうっ。除草ね。うん。やっぱり女の子の部屋には緑がないと! リラクゼーションがないとっ!」
 なんか知らんが弥生ちゃんがめっちゃテンパってる。
「そ、そうだねー……僕もやってみよっかなー、ガーデニング」
 というかなんだ。この会話が噛み合ってないような空気は。なんか弥生ちゃんが今までより余計に挙動不審になってしまったし。
 駄目だ。まだ僕に対して警戒しているのか。それともやっぱり、何か彼女自身に秘密があるというのか。その秘密を解かないと弥生ちゃんを攻略することができないのか。
 そしてまた1つ電車が駅に到着して、乗客が電車を降りていく。
 昨日彼女が下車した駅まで、あと1駅。つまりもうチャンスは残っていない。
 なにか、なにか彼女に気付かれずに瞳を合わせる方法を考えなくては――僕は前方の車窓を見つめ考えた。向かい側に座っていた乗客が立ち上がって下車していった。
「…………っ!」
 そして――僕は邪気眼を発動させる作戦を思いついた。
 単純だ。この電車は地下鉄。そして座席は空いていて、僕達の向かいは誰も座っていない。
 考えれば簡単だった。僕が何もしなくても、最初から視線を合わせることができたんだ。
 僕は向かいの車窓を見た。そこには僕が映っていて、隣には弥生ちゃん。車窓に映る弥生ちゃんは緊張した面持ちでまっすぐ前を見ていた。向かいの車窓を。……条件は、揃った。
 僕は黙って、ガラスに映った弥生ちゃんの瞳を見つめた。誘惑の気持ちを視線に込めて。
 そして――。
「ね、ねぇ、柳木くん……」
 弥生ちゃんは、ほんの10秒前とはうって変わって、全身の力が抜けたような、とろけるような声をあげて、僕に何かを求めるように体を寄せてくる。
「うん? どうかしたのかい?」
 魅了状態が解除されないように、僕は弥生ちゃんから距離をとって微笑んだ。
 僕の笑顔に、弥生ちゃんは顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「あ、う、ううん……なんでもないんだ。ちょっとぼんやりしてただけだから」
 何かを言おうとしていた弥生ちゃんは、誤魔化すように首をブンブン振った。
「で、でもなんで……こんなことあり得ないのに。だってボクは、ボクは……こんな気持ちって、そ、そんな……」
 ……は。は、ははははは。ははははははははははははは!!!!!!
 弥生ちゃんは自分の心境の劇的な変化に戸惑っているようだ! ふふふ、弥生ちゃん。君は――もしかしてこれが初恋なのかい?
 この様子を見て僕はもう確信した……勝った。僕の勝ちだ。
 やはり電車の窓に映る瞳でも効果はあったようだ。これも実験の成果だといえよう。
「五行さん……いや、弥生ちゃん。そういえば僕、君に言いたい事があったんだ」
 勝利の愉悦と、野望へ、また一歩近づいた事への達成感を噛みしめ、僕は言葉を放つ。
「え……伝えたいことって、なに?」
 口に手を添えて僕の機嫌を伺うように見つめる弥生ちゃん。
「弥生ちゃん。よかったらリア充部の部員になってくれないかい?」
 本当はここで手を差し出したかったけど、今の弥生ちゃんに僕を触らせるわけにはいかないからここは我慢。
 弥生ちゃんはぽーっとした熱っぽい顔を向けて、
「……うん。入るよ。ボクを部員にしてほしい……」
 弥生ちゃんがそう告げた時、ちょうどタイミングよく電車が駅に停車した。
「ありがとう、弥生ちゃん。君ならそう言ってくれると思ったよ。ほらほら、弥生ちゃん。君はここで降りるんじゃなかったのかい?」
「え? ああ……ほんとだ……あ、あの。それじゃあ柳木君……明日、放課後に行くから」
「うん。僕は中庭のベンチ辺りにいるから……待ってるよ、弥生ちゃん」
 僕は笑顔で弥生ちゃんに手を振り、それを受けて弥生ちゃんも手を振って電車を降りる。
 そして人々が行き交うホームで振り返る彼女の瞳は愛おしそうで、サラリーマンから大学生まで様々な男性の視線を一身に受けているのも、気にしてない様子だった。
 結局彼女は、電車が発車するまで名残惜しそうに、ずっと僕を見つめていた。
 これが――これが僕の目指していたハーレムの形だ。僕はとても気分が良かった。
 ――だから僕は気付かなかった。
 弥生ちゃんが言っていたストーカーが、実はこの時僕達のすぐ傍にいて、この後その人物が波紋を呼び寄せるだなんて。
 しかしそんなことつゆ知らず、僕はただ絶世の美少女をリア充部のメンバーに加えられたことにただ興奮していた。


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