僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第3章 ハーレム系主人公

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4

 
「あと2人のメンバーをどうしようという事だよ」
 放課後になって、僕と珠洲と一ノ宮さんの3人は、人気のない中庭に集まっていた。
 集まってもろくな話をしないので、部長である僕がこの場を仕切る。
「うん、そうだね……九郎のクラスはもう駄目だったんだよね?」
 今朝からの気まずい感じはなくなってすっかり機嫌のなおった珠洲が僕の目をみて尋ねた。
「そうだな……駄目だったな」
 クラスの女子はほぼ誘った。あくまで女子は……ね。というか僕の能力の性質上、女子じゃないと意味がないもん。男子生徒なんて入れたら気軽に邪気眼を使えないよ。
 でも……それを言ったら邪気眼の通用しない珠洲がいるのもどうかと思うけどね。
 そんな事を考えていたら一ノ宮さんが舌足らずな甘い声で言った。
「でもぉ〜、こんな部に入る人なんているんですかぁ〜?」
「いや、現にこうして君が入って来てるじゃないか。僕は他に一ノ宮さんのような変わり者が他にもいると信じてるよ」
 なかなか滅多にいるものじゃないだろうけど。
「ぅ〜、わたしは変わり者じゃないですぅ……」
 歩く希少動物、一ノ宮紅葉は不満そうに鼻をならした。
「それでどうするの、九郎。これからメンバー集めするの? もしかして……3人それぞれ手分けして勧誘するの?」
 珠洲が小動物のように表情を曇らせ唇を震わせている。そんなに嫌なんだ、勧誘活動……そういうの苦手そうだもんな。
「安心していいぞ、珠洲。今日はただ闇雲に声をかけてくわけじゃないよ。だからこうやって3人が意見を交わして、どんなメンバーで入れようか話し合ってるんじゃないか」
「ほとんど話し合えてませんけどねぇ〜」
 一ノ宮さんの厳しい指摘。でも話を脱線させているのは主に一ノ宮さんなんだと思うけど……口には出さないでおこう。
「はぁ……仕方ない。それじゃ今日はここまでにして、後は各自で作戦を練ってきて明日行動に移そう」
「うん、そうだね。帰ろう、九郎」
「了解で〜す。解散ですぅ〜」
 なんかこういう時だけみんなの意見がすぐさま一致したし、いきいきしてる感じがするし。
 いいや、別に……。手に負えなくなったなら邪気眼を使えばいいだけの話。
「そうだね、それじゃあ帰ろ……って、あっと」僕はここで、とある事に気が付いた。「そういや鞄持ってきてないや……僕は教室に戻っておくから今日はこれで解散ということで」
「あ、九縁。私、待ってようか――」
「わざわざ待っててなくてもいいよ、珠洲。先に帰っててくれ」
 僕は珠洲の言葉も待たずに校舎の方へ小走りに駆けていった。
 その際にチラリと見えた珠洲の顔が、なんだか妙に寂しそうに見えたのだけれども、それは僕の気のせいだろう。
 再び振り返った時、珠洲が白い日傘をさして、夕日から身を守るように歩く後ろ姿が見えた。

 僕が忘れ物を回収するため教室の中に入ったとき、教室の中にはまだ人が1人いた。
「…………」
 それは――此花薫。無口で何を考えているのか分からない、不思議系少女。
 その此花さんは、教室に入ってきた僕の顔を黙ってじっと見ている。
 あ――僕はクラスの女子には全て声をかけたと思っていたけど、そういやまだ此花さんに声をかけていなかった。存在感が薄いから気が付かなかったのか……。
「あのぉ、此花さん。ちょっといいかな」
 僕はその事に気付いたのと同時に、ほとんど反射的に此花薫に話しかけていた。
「…なに?」
 無機質で淡々とした声に僕はちょっと尻込みするけど、僕はもう昔の僕ではない。
「うん。実は僕、新しく部活動を……」
「入らない」
「……。は……はやい! 断るのはやい!」
 ずっと断られ続けて僕はある種のお断りマスターと化していたけれども、これにはマスターも驚いたね。今まででダントツぶっちぎりの速さだよ。びっくりだよ。
「だって…興味ないから」
「しごく端的で素直な感想に僕は返す言葉もないよ」
 ここまできっぱり言われたら逆に申し訳なくなったよ。
「そ、そう……それじゃあさよなら、此花さん」
 この分じゃ此花さんがメンバー入りする可能性はないに等しいだろう。
 にしても教室で1人残って何していたんだろうなと思いながら、僕は教室から出て帰宅することにした。
 今日は邪気眼を使うことはなかったけれど、それは単に生徒会長・氷河苫が怖いからじゃない。これは作戦の一環なのだ。


 帰宅時。僕が電車に乗っている時だった。
 車窓から漏れてくる西日に僕は目を細め、街並みの遠くを眺める。
 放課後だらだらと話していたせいで遅くなったからか、帰宅ラッシュと重なったみたいで、普段は少ない電車内は結構な人で溢れていて――つまり座席は全部埋まっていた。
 僕は運良く座れているわけだけど……いや、この場合運が悪いというべきか。――僕の座っている前方に、老婆が立っている姿が視界にあった。
 うう……やだな、この感じ。チラリと周りを見ればみんな携帯をいじっているか寝てるかで老婆の存在に感心がない様子。
 勇気を出して席を譲ってもいいんだけど、でも距離もちょっと離れてるし、別に老婆もしんどそうじゃないし。
 ああ、こういう時に人は自らの器を試されるものなのか。所詮僕は根っこのとこでは弱い人間だってことなのか。僕の頭はぐるぐる回る。誰かに助けて欲しかった。老婆よりも僕の方がピンチだと思った。
 そう思った時――僕は自分がやらなければいけないんだという事にようやく気付いた。そう、ハーレムの主人公がこれくらいの行動できなくてどうする。僕はモテキングなんだ!
「お、おお、おばあさんっ、ぼ、ぼぼ僕がっ……」
 僕が勇気を持って立ち上がり、みっともない声をあげたのと同時だった――1人の少女が席を立った。
「あの。よろしければ座って下さい」
 少しハスキーな声の少女は、思わず二度見してしまうくらいの美少女で、しかもその娘はうちの高校の制服を身に纏っている。
 ていうか、僕の立場はどうなるんだろう。1人で立ち上がってすごく間抜けみたいというか。
「あっ。ご、ごめんなさいっ。せっかくの好意を無駄にさせちゃって……」
「い、いや、いいんだ。当然の事をしたまでだし、どうせすぐに降りるし」
 背が高く、金色の長い髪の美少女は僕の存在を無視していなかった。この娘のおかげで僕の行動は恥をかくどころか、親切な人として救われた。すごく気のきくいい娘だ。
「いやぁ〜……すまないねぇ、お嬢ちゃん。それにあんたも」
 老婆は美少女と僕に感謝すると、席に座った。
「え、お嬢ちゃんですか……ぼ、ボクが? え、えへへ。……いいえ。どういたしましてっ」
 その少女はお嬢ちゃんと言われて嬉しそうに頬を赤くしていた。こんなに可愛いのにそれを振りかざさないのは、好印象で素敵だ。しかも一人称がボクだなんてグッドすぎる。
 今、僕と美少女は体が密着しそうなくらいの距離に立っている。いつもより乗る時間が遅いだけでこんなにも幸福な気持ちになれるなんて思ってもみなかった。なんかいい匂いするし。
 そういう風に僕がぽけーっと美少女の横顔を見ていたら、電車は目的地の駅に到着した。
 でも僕は、少女が気になってもう少しだけ様子を見守ることにした。
「……ちらっ……ちらっ……チラリンっ」
 僕が気付かれない程度に美少女に視線を送っていると……もしや彼女の方も僕の事が気になっていたのだろうか。
「あのっ……同じ学校なんだね」
 美少女のほうから僕に話しかけてきた。……や、やったぁ!
「あ、う、うん。そうだね。で、でも学校ではあまり見ないよね……」
 絶好のチャンスなのに、僕は緊張して上手く話すことができない。自分の精神的弱さがほんとに情けないよ。
「そうだね。ふふ……実はボク達、案外気付かないうちにすれ違っていたりするかもしれないねっ」
 金髪美少女は変な顔ひとつしないで僕に優しい微笑みを返してくれる。君にすれ違って気にしない男子なんて僕には信じられないよ。
 僕はいま、居心地の良さを感じている。こんなこと今まであり得なかった。いつもの僕なら美少女と面と向かって話すなんてシチュエーション、生きた心地がしないはずなのに。
 もしかして彼女は……僕の運命の人なのかもしれない。僕は心の深いところでそれを感じ取った――しかし美しい時間はあっという間に流れて。
 電車が減速し、次の駅に停車する。
「あっ、それじゃあボク、ここだから……さようなら、また学校で会えたらいいねっ」
 彼女はそう言い残して、電車を降りていった。とてもいい香りがふわりと漂った。
「あ、ああ……また、学校で」
 僕は半分ぽけーっとして誰にともなく気のない返事をする。
 とんでもない美少女だ。うちの学校にこんな娘がいたなんて僕は全然気付かなかった。
 彼女がいなくなった後の電車内はどこか殺風景で。
 僕は次の駅で降りて、そこで反対方向の電車に乗って……。
 揺られながら密かに決意を固めた。
 あと2人の部員のうちの1人は彼女に決まった――彼女だ。
 氷河苫との戦いの後、僕は邪気眼を使用することを控えていたが……。
 大いなるチカラの使いどころというものを、今こそ見せてやろうじゃないか。
 そう、僕はあの美少女に……美少女……。
 と、僕は今になってようやく、彼女の名前も聞いていないことに気付いた。本当に……情けない男で、僕はつくづく自分が嫌になった。
 きっと。だから僕は選ばれたんだ……僕こそが邪気眼を使うにふさわしい人間なんだ。


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