僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第3章 ハーレム系主人公

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

6

 
 文句なしの最強の美少女、五行弥生を手に入れた僕はもはや無敵状態といってよかった。そして同時に、リア充部成立まであと1人。
 つまり――生徒会長・氷河苫の栄華もあとわずかで終わりを告げる。
 ふふ、ふふふふふ。完璧だ。完璧すぎて自分が恐ろしい。
「うわ……なに気持ち悪い顔でニヤニヤしてるの、九郎」
 日傘をさして隣を歩く珠洲が、まるで汚いようなものを見るような目で僕を見ていた。
「いや、4人目の部員が見つかったから、残りはあと1人だなぁって考えてたんだよ」
 最近こうして再びこうして珠洲と登校するようになったけど、誰かと一緒に登校するっていうのもなかなか悪くない。
「ふ〜ん。なんか最近、九郎は変な感じだよね」
 暑い暑いと言いながら、白い日傘をくるくる回す珠洲。
「変な感じってどんな感じだよ」
「う〜ん……どんなって言われたら難しいんだけど、なんか説破詰まってるっていうか、生き急いでるっていうか、九郎らしくないって感じ……かな」
 日傘と一緒に、珠洲のツインテールも軽く揺れている。
「なんだそりゃ。変なのは珠洲の方だろ。昨日も夜遅くまで部屋の明かりがついてたけど、またプンプン動画やってたんだろ。その目を見たら分かる」
 珠洲の目の下にはくまができていて、いかにも寝不足って感じにだるそうで眠そうな表情をしていた。素材はいいのに残念な奴だ。
「な……なに人のプライベート探ってんのっ。そんなの放っといてよ! 私からプンプン動画を取ったら何も残らないのっ!」
「自分で認めちゃってるよ! そんな悲しいこと言うのはやめて!」
 珠洲だって昔はこんな人じゃなかったはずなのに、どこでどう踏み間違えたんだか。でもこいつは昔から体が弱いし、あまり外に出て活発に遊ぶというよりはこっちの方がらしいって言えばらしいし……なるべくしてなったということか。
「それで九郎……4人目の部員ってどんな人なの?」
 当の珠洲は特に悲しむ素振りを見せず、普通の感じに訊いてきた。むしろ……その口調はなんか怒っているような感じでもあった。
 珠洲のことは考えたってよく分からないから僕は素直に答える。
「ああ、同じ一年で五行弥生さんっていう人だよ」
 とんでもなく美人で性格もいい完璧少女。
「え、五行弥生さんって……あの五行さん?」
 すると名前を聞いた珠洲は、なぜか意外そうな顔をして僕に確認した。
「あのっていうのが何を指してるのか分からないけど……そう。1組の五行弥生さんだよ」
「そ、そうなんだ……なんか意外だな。てっきり私、九郎は……」
「うん? 僕がなんだ?」
「あ、ううん。なんでもない。なんでもないよ〜。でもちょっと安心したっていうか。そうだよね、女の子ばっかりじゃバランス悪いもんね」
 珠洲はうんうんと頷いて勝手になにか納得してるみたいだけど……うん?
「それじゃ九郎。また放課後ね〜」
 と、その時学校に到着して――珠洲はぶんぶん手を振って校舎の方へと駆けていった。
「おいおい、お前体弱いんだからあんま無茶すんなよ」
 僕は無駄と思っていながら一応声をかけておく。走るスピード全く落としてないし、やっぱり無駄だった。
 ……なんか引っかかるような事があったような気がしたんだけど……ま、いいか。

「よ〜う、柳木。今日も元気かぁ!」
 僕が教室に入ると、教室全体を震わせるくらいテンションの高い声が響いてきた。
「ああ……贄か。君と比較したら多分みんな元気がないことになってしまうんだろうけど、一応僕は元気だよ」
「ぬふぁふぁーー! ひょっとしてそれはギャグか? 一流のアメリカンジョークってやつかっ? さっすが柳木。賢いだけじゃなくて面白い一面も備えてるんだな! ……好きだ」
「ちょっと、あんまり褒めないでよ。なんか馬鹿にされてるみたいじゃないか」
 そしてさりげなく好きって言ったよね? いや、僕は聞かなかったよ。絶対聞いてない。
「そ……そんな……っ。俺が柳木を馬鹿にしてるだって!? そんなこと……っ、そんなことあるわけないだろっっ!!!! だって俺は柳木を、柳木をおおおお! うおおおおお!!!」
 と、なぜか贄は雄叫びを上げながら教室を飛び出していった。
「ちょっと待って、贄! 僕を……僕をなんだっていうんだーーーーっ!」
 僕に不気味な謎を残していかないでおくれ!
「どうしてお前は男に生まれてきたんだ、柳木ーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」
「いや、僕も知らないし、その疑問の意味が分からないしーーーッッッ!」
 猛スピードで消えていく贄の背中に僕は叫んだ。
 つーかホント、彼に何があったのだろう? 贄丈哉という男はやたら僕に懐いていてもうなんか気持ち悪い。気持ち悪い筋肉馬鹿。僕が邪気眼を手に入れてからの1番の失敗が、誤ってこの男に発動させてしまったことだろう。

 そうして授業も始まって今日も一見何事もない一日が流れていく。窓の外からは、夏の陽気とセミの鳴き声が聞こえてくる。
 やがて昼休みになった。ちなみに贄はまだ帰ってきてなかった。どうでもいいけど。
 僕はふとなんとなく廊下に出て、そのまま1年1組の教室へと向かった。
「……いないじゃん」
 1組の教室を見渡して僕は軽く落胆。五行弥生の姿は教室の中のどこにもない。
 ――ひょっとして彼女は嘘をついたのか? いいや。邪気眼がかかった状態で、この僕に対して何の意味もない嘘なんて吐けるはずない。
 だったら……どうして。
 僕が腕を組んで真剣に悩んで考察していると、1組の教室にいた男子生徒が僕の方をチラチラと伺っているのが目に入った。それは先日、僕が気になっていた例の美少年。
「あの生徒……なんか怪しい」
 僕がその視線に気付いて美少年を見ると、美少年は慌てて視線を逸らした。
 そして顔まで赤くして、心なしか僕に対して照れているようでもある。
 なんだろうなぁ、としばらく見ていると――美少年は席から立ち上がった。そして。
「えっ……」
 その美少年が、僕の方に向かって歩いてきた。
 美少年は廊下の窓際に佇む僕の前まで来ると、まるで女の子のように、おしとやかに笑って話しかけてきた。
「や、やぁ……柳木くん」
 ……あれ? この人なんで僕の名前を知っているんだろう? 僕達は多分話し合ったことないと思うんだけど。
「えっと、ごめん……どこかで会ったかな。僕ちょっと記憶力悪いから、その」
 僕が気まずい気分を感じながら言い訳しようとすると、美少年は。
「え……あ、そっか。まだ気付いていない……か。ふぅ……なんだ。だったらよかった……」
 なんだかよく分からない独り言を呟いていた。
「えっと……君は誰なんだ? 僕に何か用でも?」
 僕が尋ねると、謎の美少年は――少し寂しげな眼差しを僕に向けて。
「……ううん。なんでもない。ただ声をかけただけだよ。ごめんね、柳木君」
 それだけ言って、美少年は片手を上げて去っていった。
 え……何だったんだ。不思議な少年というか……それにやっぱりどこかで見たような顔だったし。デジャヴってやつだろうか。
 い……いやいや、今はあの男子生徒に構ってる場合じゃなかったのだ。
 かといって……もうこの時間には弥生ちゃんには会えそうにもない気がする。それに弥生ちゃんは放課後に来ると言っていた。だったらその時でいいや。僕は1人、自分の教室へと戻っていった。

 そして放課後、先に僕と珠洲と一ノ宮さんが中庭で集まって、弥生ちゃんが来るのを待ちながら、最後のメンバーをどうやって見つけるかについて話している……つもりだったけど何故かどうでもいい雑談に脱線していた。
「つまり珠洲ちゃんはお友達が少ないんですねぇ」
 ベンチに腰掛ける一ノ宮さんは憐れむような目を珠洲に向けた。
「ななな、何言ってるのかなっ、紅葉ちゃんはっ。わた、私に友達がいないって!? あっはっは〜、変な冗談はよしてよね〜」
 珠洲は立ち上がって顔を引きつらせながらジリジリ後退する。ほんといきなり何言ってんだ。
「いや、そのリアクションすっげー分かりやすいぞ、珠洲。自分で認めてるようなものだぞ」
 僕は間抜けな幼なじみに忠告してやる。
「なっ……認めるって、そんな根も葉もない事を認めるって意味分かんないんだけどっ。九郎なに言ってるの? 私を陥れたいの? 友達いっぱいの私に嫉妬してるのっ?」
「わぁ〜……珠洲ちゃん必死だぁ。必死なのがとてもリアリティを感じさせますぅ〜」
「うるさい、電波女っ」
 あ、珠洲がキレた。
「ふええっ!?」
 涙目になって体をビクンとさせる一ノ宮さん。意外と繊細なのね。
 珠洲と一ノ宮さん。この2人……意外と馬が合うのかもしれない。まぁ馬が合うからと仲がいいとは限らないが。
 つーか……いつの間にこんなグダグダした話になっていったのか、僕にもよく分からないけど……でも僕はもうそんなに危機感めいたものは持っていなかった。
 もうすぐしたら新メンバーの弥生ちゃんも来る事だし、これで4人になる。
 あと1人……。5人揃えば部活を設立することができるし、生徒会長・氷河苫を倒すことだってできる。
 奴に文句を言わせる隙を与えない。その為の5人だし、それにもう1つ意味がある。
 それは奴の邪気眼を封じる必勝技。
 氷河苫は言っていた。あいつの能力は視線を合わせている間、対象の動きを停止させることだと。
 つまり5人同時にかかればあんな奴恐るるに足りない存在だったのだ。
 さらにこっちには、僕の邪気眼を完全無効化する体質を持った加瀬川珠洲がいる。なんとなくだけど、その体質は氷河苫の『固定』にも効果があると思う。なら彼女は切り札だ。
 詳しい作戦はメンバーが5人揃ってからでも遅くないだろう。今やるべきことは、最後の1人を勧誘することだ。
 珠洲と一ノ宮さんが言い争って騒がしくしているのを横目で見ながら考えていると――そこに人影が現れた。
 ああ、弥生ちゃんようやく来たか――と思って僕が振り返ると、そこにいたのは。
「や、柳木九郎……。貴様という男は。まだ……懲りてないみたいだな」

 衝撃の展開。
 僕の天敵であり倒すべき障害。僕が今抱えている最大の難関。それが今、ここにいる。
「ひょ……氷河苫……どうしてここに」
「先輩に対して呼び捨てはどうかと思うぞ――柳木九郎」
 生徒会長・氷河苫がいた。
「そ、そんな……」
 やられた――。まさか向こうから来るなんて。まさかこのタイミングで来るなんて。
「柳木九郎! ワタシは前に言ったよな? こんな馬鹿な真似をするのはもう止めろと」
 怒ってる。生徒会長がとても怒ってらっしゃる。
「あ、いえっ、えと……それは。えと」
 僕は努めて落ち着こうとしてるんだけど、体の震えが止まらない。
 でもどういうことだろう。前回の時のように、真っ先に僕を『固定』させるものだと思ってたけど、僕の体はまだ動いている。
 ひょっとすると……この場に珠洲や市井やさんがいることが原因じゃないだろうか。
 彼女は僕達の能力のことをなるべく周りに隠しておきたいようなふしがある。多分彼女が僕を執拗に脅すのも、僕の能力が世間に知られるのを防ぐためだろう。
 だったら、今このタイミングで氷河苫を倒すべきなのかもしれない……。
「その2人は貴様の部員か? 柳木九郎」
 氷河苫は珠洲と一ノ宮さんに目もくれず、視線を僕に向けたまま冷たい声で言った。
「あっ、はい……一応」
 いつ体が硬直してもおかしくない状況に、僕の心臓は爆音を鳴らしまくってる。
 で、でも氷河苫が能力を使うわけない。だって、そんなことしたら珠洲に、一ノ宮さんに……一般人に知られてしまうことになるっ。
「まさか貴様、彼女達を無理矢理に仲間に入れたのではないだろうな?」
 ギロリと、刃物のような瞳で睨みをきかせた生徒会長。
「い、いえ! 違います違います! 僕は普通に勧誘して普通に入ってもらっただけです! やましいことなんて何もしてません! なぁ、珠洲! 一ノ宮さん!」
 全身から汗が滲み出る。これは決して夏の暑さが原因ではない。
「やましいことがどんなことか分からないけど……私は自分から入りたいって言ったし」
「はぁい。わたしも青春をエンジョイして楽しい毎日を送りたいから〜」
 珠洲と一ノ宮さんが僕をフォローしてくれた。きっと2人は僕が生徒会長に対して異常に怯えているのに疑問を感じていることだろう。
 2人の意見を聞いた氷河苫は、やはり僕の顔から視線を外さないで、不満の残ったような顔をした。
「ふん。本人達がそう言うならいい。こんな部に進んで人が入るなんて思えないがな。しかし、そもそもだ……どうしてまだ部員集めなんてしているのだ? 柳木九郎」
 依然、氷河苫は僕を追及する。きっと氷河苫は……見抜いていたんだ。僕が復讐を企んでいたことを。そしてもうすぐ彼女に勝負を挑むことを。
 だから氷河苫はこの絶妙なタイミングで再び僕の前に姿を現した。部員が揃いそうなタイミング。部活創設直前のタイミング。氷河苫打倒の準備を整える前。
 そして、だから僕は――『固定』されたんだ。
 僕の体はあの時と同様、ピクリとも動かせなくなった。
 ま、まさか……一般人がいる前で邪気眼を使うなんて……いや、氷河苫はそういう女なんだ。
「部活はもう創らないと約束しただろ? 貴様は本当にワタシの期待を裏切るのが好きなようだな。よほど制裁されたいとみた」
 氷河苫の鋭い眼光。やるからには周りも気にせず徹底的にやるというその瞳。全てをねじ伏せる威圧を感じる。……このままでは殺される。
 そう感じた僕は――覚悟を決めた。
「珠洲! 一ノ宮さん! 生徒会長を取り囲むんだ!」
 固まった体のまま、僕は2人に向かって叫んだ。
 氷河苫の邪気眼を封じるには視線を合わせないこと。だから彼女の周りを等間隔に挟めば。
「……え? なに言ってるの、九郎?」
「取り囲むって……ほえ」
 僕の突然の言葉に2人は戸惑っている。それでも僕は。
「生徒会長は僕達の活動を邪魔しようとしている! だからそれを阻止するんだ!」
「くっ……言わせておけばッ! 柳木九郎ああああああああ!!!!」
 僕の反乱に、氷河苫は怒りを心頭させた。
 そしてまたもやどこから取りだしたのか、木刀を持って叫びながら僕に向かってきた。
「ふ、2人とも……せ、生徒会長を止めてくれぇっ」
 僕はみっともなく助けを請う。情けなくても今の僕にはこれしかできないからだ。
 しかし――。
「ひ、ひええ〜……暴力反対です〜っ。誰か〜」
 一ノ宮さんが悲鳴を上げながらあらぬ方向へ駆け出していった。……逃げやがった!
「う、うわああ……だ、駄目だ……」
 終わった。今から僕の邪気眼を発動させたって絶対間に合わない。
 そもそも『固定』されているから『魅了』を使いたくても使うことはできない。
 ジ・エンド。僕が今度こそ完全なる敗北を感じた、その時――。
「や、やめて下さいっ、生徒会長さんっ!」
 こちらに走ってくる氷河苫の後ろから――珠洲の声が聞こえた。
「す、珠洲……お前っ」
 見れば、氷河苫を挟むような形で、僕の対角線上に加瀬川珠洲が立っていた。
「ちっ……貴様……」
 背後をとられた氷河苫が、鬼のような形相で珠洲の方に振り返った。
「す、珠洲……っ」
 氷河苫を挟むことに成功したにはしたのだが……ここからどう逆転する?
 氷河苫の視線から解放された僕はもう体を動かせるはずなんだけど……動かそうとしても、痺れるような痛みが走るだけで、思うように体は動かない。なんという影響力なんだ。
「くっ……この女……さっさと消えろっ。なんなんだ、お前はっ」
 僕に背中を向けた氷河苫が珠洲を威嚇している。きっと氷河苫は珠洲に対し『固定』を発動させようとしている。ど、どうすれば。
「く、九郎が何をしたっていうのっ! そんなもので襲おうとするなんて酷すぎますっ!」
 珠洲が氷河苫の正面に立って、怯むことなく反抗している。
 って……あれ? 珠洲はまだ『固定』状態ではないようだ……。
「く……貴様……消えろと言っているんだ。貴様はいったい柳木九郎のなんなんだっ」
 よく見れば、氷河苫は珠洲に対して動揺している様子。視線も合わせていないようだ。
 まさか……そうか。やっぱり僕の読みは正しかった。彼女は……加瀬川珠洲は。
「私は――私は九郎の幼なじみ、加瀬川珠洲っっ!!!! だから九郎を傷つけることは私が許さないっっっっっ!!!!!」
 どん――という感じに珠洲が声高らかに主張した。
 さすがプンプン動画の女王。演劇部さながらの演技力。
 そして、僕の邪気眼に対して唯一耐性を持っている人物。
「お、幼なじみだと……ふん。それがどうした。怪我をしたくなければさっさと去れ」
 氷河苫は木刀を持った手をだらりと下げて、俯き加減で威嚇する。しかし、その言葉にはいつものような威圧感は感じられない。
「……ふふ、怯えているんだ。珠洲の存在に……」
 珠洲は邪気眼が通用しない特異体質を持っている。そして僕の読みは当たった。それは、氷河苫の『固定』に対しても同様だった。
「私はどこにも行きません!!! 去るのはあなたの方です、生徒会長!!!!」
「く……くぅううっ……」
 珠洲の迫力に完全に押されている氷河苫。無敵のはずの魔眼が通用しないのに戸惑っているのだ。そこに勝機はある。僕の体も大分動かせるようになってきた。いける。
 ――つまり僕は氷河苫を甘くみていた。
 彼女の本当に恐ろしい部分は、感情の起伏が激し過ぎるという点。追い詰められた時に、何をしでかすか分からないというその爆発力。
 加瀬川珠洲の方を向いていた氷河苫の体が、突然僕の方にくるりと向き直った。
「だ、だったら無理矢理にでも柳木九郎に制裁を加えるまでだっ!!!! 貴様に敗北感というやつを徹底的に体に刻みつけてやる! るあああああああああああ!!!」
 氷河苫が般若のような面相になって、再び襲いかかってきた。
 なんていう猪突猛進型。後先を考えないヤケクソ的行動。こんなに美人でクールに見える美少女なのに。僕は……この少女の思考も背景も目的も信念も、何もかも読めない。
 今度こそ駄目だ――僕はぎゅっと目を閉じた。
「な、何してるんですかっっ!」
「ぼ、暴力はやめて〜〜〜〜っっ!」
 その時。ハスキーな声と、甘ったるい舌足らずな声がした。
 僕は目を開いた。そこには目前まで迫っていた氷河苫が立ち止まっている姿と、その奥に……。
「弥生ちゃん! それに……一ノ宮さんも!」
 2人の部員の姿があった。一ノ宮さんが弥生ちゃんを連れてきてくれたのかっ?
「ご、ごめんなさい〜……ここから職員室は遠いから先生を連れてくることができなくって、他の生徒さん達もみんないなくて弥生くんしか連れてこれなかったですぅ〜」
 一ノ宮さんが息を切らしながら申し訳なさそうに説明する。てっきり逃げたとばかり思っていたけど……疑ってごめん、一ノ宮さん。
「いいんだ。それより戻ってきてくれてありがとう。それに弥生ちゃんも」
 僕は思わず安堵の溜息を漏らして2人に感謝する。
「ふん、それが4人目のメンバーか? まさかもうこんなに人数を集めているとは大したものだ、柳木九郎。……やはりその力は封印しなければならない」
 氷河苫は劣勢になったにも関わらず、まだ意味不明な事を口にしている。
「やめろ、こっちは4人いるんだ! あなたに勝ち目はな……うっ!」
 ようやく自由に動かせるようになってきた僕の体が、再びピタリと硬直した。
「関係ない! いくら人数がいたところで所詮は烏合の衆! ワタシの狙いは柳木九郎ッ、貴様さえ倒せればよいのだからーーーーーーーーーッッッッッ!!!!」
 氷河苫は怒りに身を任せて突っ込んでくる。何に対して彼女はああも怒っているんだ。
 彼女は何と戦っているんだ。彼女の、氷のように固く閉ざされた心の奥に何があるんだ。
「先生…ここですよ」
 小さいけど、その場によく通る無機質な声が響いた。
「……ッッッ!!?」
 思わず僕達全員の動きが止まって、声のする方向を見た。
「こ……此花さん」
「みなさん元気そうですね…なにしてるんですか?」
 そこには僕のクラスメイト、此花薫がいた。
「また新たな登場人物か。だが……見たところ教師なんてどこにもいないではないか? 邪魔だから消えろ」
 氷河苫は落ち着きを取り戻して再び僕の方に視線を向けた。
「ここにはいないですが、でももうすぐ来ますよ…先生達。さっき呼びましたから」
 此花さんは何を考えているのか分からない無表情で、無感動な声。
「……ふん。ハッタリだ」
 氷河苫が此花さんをチラリと伺って、強がるように言う。
「ハッタリ…ですか」
 そのポーカーフェイスと、口ぶりに僕も本当のところどうなのか分からない。
 氷河苫も此花さんから情報を読み取るのを諦めたか、再び視線を僕に向けた。
 また僕と氷河苫は対峙する。だけど今度は状況が違う。
 5人に囲まれた氷河苫と、僕達、『日常生活充実クラブ』の面々。
 しばらく張り詰めた沈黙が流れたが、やがてそれを切り裂いて、此花さんが気になるような一言を口にした。
「そういえば話は変わりますが生徒会長…聞くところによるとあなたには変わった特徴があるようですね」
 ただ僕にのみ視線を合わせている生徒会長に向かって、ポツポツ呟くように話す此花さん。
「な……なにっっ!? わ、ワタシが……だと! そ……それは……」
 まっすぐ僕をみていた氷河苫は、そのままの状態で体をビクリと跳ねさせた。
 な、なんだ……氷河苫には何か秘密があるのか?
「そうです…でも、この状況と、そしてあなたの態度ではっきりしました。なるほど…生徒会長。これで私…あなたにも興味を持ちました」
 1人で何か納得している此花さん。何が分かったんだ?
 すると氷河苫は。
「な……わ、ワタシは。ワタシはぁぁ……」
 なぜか恥ずかしそうに顔を赤くして震えている氷河苫。明らかに動揺している。でも、それでも視線を僕から外さない。いや、他に視線の向かう場所を知らない目というか……。
「貴様達みんな嫌いだ……大嫌いだ! こんな部、ワタシは絶対に認めないぞっ! 全部……貴様が、貴様が元凶なのだ、柳木九郎ぁあああ!!!」
 その時、僕を見据えていた氷河苫の視線に殺意がこもった。瞳の色が輝く。僕を『固定』させようとする。僕をねじ伏せようとしている。
「でも――少々遅すぎですよ、生徒会長」
 だけど戦いは、もう終わっているんだ。
「なぁ――あっ? し、しまっっ……ぁっ」
 僕の思惑に気付いた氷河苫が叫び声を上げるが、それは叫び声というよりもむしろ喘ぎ声で。
「僕の勝ちです。そして――あなたの負けです」
「ぁあああ……はぁ……こ、これが……これがぁ、柳木九郎のぉ〜」
 瞳を潤ませて、荒い呼吸で僕を見つめる氷河苫。こんな状態になっても僕を『固定』しようと懸命になっている。
「なんだかよく分からないですけど生徒会長……あなたは僕を狙い過ぎなんですよ。少々迂闊でしたね。僕だってあなたにとっての天敵になりえるんですよ?」
 そう。氷河苫が『固定』を発動させる前に、僕が『魅了』を使った。気を取られている間に僕は10秒間見つめていた。あなたにどんな秘密があるのか分からないが……此花さんに気を囚われすぎて集中力を欠いたのが敗因だ、氷河苫よ。
「え……いきなりどうしちゃったの、生徒会長」
「ふえ〜、顔が赤いですぅ〜……熱でもあるんですかぁ」
「わ、わ……なんだか、すっごく……」
「…エッチですね、生徒会長。ふふふ」
 珠洲やみんなはいったい氷河苫に何が起こっているのか分からないようだ。それぞれ勝手な想像をしているようだが。
 ふふ……安心して下さいよ、生徒会長。みんなには黙っています。僕だってこの能力をみんなに知られるのは好ましくありませんからね。
 しかし氷河苫は尚、喘ぐような息づかいをしながらも僕を氷のような瞳で睨み続けていた。
「こ、このワタシが、貴様のような奴に……み、認めん。認めない」
 ……な……た、耐えている……だと!?
 そんな馬鹿な……。この様子からして珠洲のような特異体質というわけじゃなさそうだけど……でも、そんな……意思の力で魅了に耐えるだなんて。
「絶対に認めんっ……んんっ! わ、ワタシはっ、こんな……こんなものでっ!」
「む、無駄な悪あがきはよすんだ、生徒会長っ! もうあなたは限界のはずだっ!」
 そう言いつつ僕は内心すごく焦っていた。鋼の意思で僕の『魅了』が破られてしまうのではないだろうかと。
 だけど、僕の心配は杞憂に終わった。
「んっ――くぅっ――んっ」
 一際大きく氷河苫の体がビクンと跳ね上がり、脱力するように肩がガクリと垂れ下がった。
 そして己の敗北を悟ったのか、このままここにいては僕の事を好きになってしまうと感じたのか、氷河苫は顔を上げて。
「くっ……お、覚えておけっ、柳木九郎っ! ワタシは……諦めたわけじゃ……んんっ」
 顔を真っ赤にさせて、涙目になった氷河苫は、声を震わせながらも、僕に背中を向けて小刻みに走り去っていった。

「終わった……」
 実際には数分のことだったけど、すごく長い戦いだった感じだった。
 僕がその場にへたりと座り込むと、珠洲達が僕の元へとやって来た。
「大丈夫、九郎?」
「生徒会長さんとなにがあったんですか〜」
「…熾烈な戦いだったわね」
「ボクに何かできることがあったら言ってよ」
 僕の体を気遣ってくれる少女達。ていうかちゃっかり1人部員じゃないのが混じっているが。
「助けて貰ってすごく嬉しいけど……此花さんはどうしてここに? たまたま通りかかったとか?」
 ここは普段人があまり寄りつかない中庭で、しかも放課後だから偶然来るには確率的に結構低いと思うんだけど。
「それは当然よ…五行君がここに来たから私も来たに過ぎないわ」
 此花さんはいつものような、何を考えているのか分からない顔をして答えた。
「ええっ? ぼ、ボク……!?」
 これに驚いたのが弥生ちゃん。
「だってあなたが行くところには常に私がいるのだから…」
 此花さんは何やら深い意味のある台詞を言った。って、それって……。
「それってつまりストーカーってことじゃね!?」
「あっ……じゃあもしかして最近誰かがボクの後をつけていたような気配がしてたのは……」
 そういえば弥生ちゃんと電車に乗ってる時、そんな事を彼女が言ってたけど。
「…バレたか」
「あんただったのか!」
「近頃私のマイブーム。五行君の観察」
「どんなマイブームだよ! それ犯罪だよ!?」
 此花さんのムッツリ変態ぶりに僕は開いた口が塞がらない。
「う、ううっ……」
 当の被害者、五行弥生ちゃんは、顔を俯かせて嗚咽をあげていた。
「ほらみろ、弥生ちゃんが泣いちゃったじゃないか!」
 これはもしや仲を深めるチャンスと、僕が弥生ちゃんを慰めようとすると。
「ううん……違うの。嬉しいの」
 涙を手で拭って、弥生ちゃんははにかんだ笑顔で答えた。
「嬉しいの!? なんで!?」
 女の子の考えはよく分からないよ。女の子同士だったらいいものでもなかろうに。それに此花さんも此花さんで……彼女は腐女子属性を持った人間じゃなかったのか? 男同士専門じゃないのか? もしかしてなんでもOKなの?
 僕がその辺りの事を此花さんに聞いてみると。彼女はやけに真に迫っていた顔で、
「ふふ…何を言ってるの…ここにあるじゃない…禁断の愛の兆候が」
 神妙な口ぶりで答えた。そして僕の顔を意味ありげな目で見てた。
「そうか……って、どこにあるんだよ! なんでそんな目で僕をジロジロ見る!? え? 僕!?」
 あるの!? そんな愛が水面下で育まれようとしてるの!? そんな愛。僕は知らないぞ!
「なに…って、そんなこと言うまでもないけれど…あ、そうか」
 此花さんの中でなにか合点がいったようで、ぽんと手を叩いて驚いたような顔をしてみせた。
「え? なにか分かったの? きっと僕のことを何か勘違いしてたんだね?」
 此花さんは何とも言えない顔で僕を見て……そしてなぜか弥生ちゃんの方にも視線を向けて、僕達を交互に何回か見比べてから言った。
「私も部活に入っていい…?」
 僕の疑問に答えず、此花さんは僕にそう尋ねた。……って。
「な、ええええっっっ!?」
 僕は跳び上がりそうなくらい驚いた。
 見れば珠洲たち他の3人も呆気にとられた顔をしていたが、
「わぁ〜い、これで5人揃ったぁ〜」
 一ノ宮さんはすぐに表情を明るくして大げさに喜んでいた。お前は無垢な少女か!
「な、なんだか怖そうな人……」
 珠洲は珠洲で暗い顔をしているし、弥生ちゃんは、
「……」
 さっきからずっと恥ずかしそうに下を向いている。
「で、でも此花さん……どうしていきなり部員になるって……だって前に誘ったときはビックリするほど、むしろ感心するほどのスピードで断ったじゃん。弥生ちゃんの観察のため?」
「…私には私なりの目的があるの」
 深い理由を胸に秘めていそうな遠い目をして此花さんは答えた。
 そうか……きっと此花さんには、僕達には測り知る事ができないくらい複雑な思いを抱えているんだろう。でも……なんだろう。僕にはそれが、とてもしょうもない理由のような気がしてならないのだ。
 しかしいずれにしても――5人集まった。
「ははは……あとはこれで部活動申請をすれば晴れて日常生活充実クラブの設立だっ」
 僕は興奮する。ハーレム主人公への道筋がいま、はっきりと見えているっ!
「さぁ、我が仲間たちよ! 共に日常生活をエンジョイしよう!」
 僕が気分良く声高らかに盛り上げる。でもみんなそれぞれ顔色はバラバラで。
「う〜ん……一気に2人も入るなんて……」
 人見知りの激しい珠洲は、不安そうな表情で弥生ちゃんと此花さんを交互に見ていた。
 ……ていうか、すっかり珠洲の存在忘れていたよ。ごめんね。こんな事とても珠洲には言えないね。
「…私はただ、アブノーマルな愛が育まれていく様を観察できればいい」
 その一方、存在感のある此花さんはそう言って、僕と弥生ちゃんを見た。
「…………ぽっ」
 で、弥生ちゃんはなぜか顔を赤くして上目遣いで僕をみてくる。
 なんだ? なんかみんな腹に一物抱えてる感じなんだけど。全然まとまりないんだけど?
「えへへ〜、楽しくなりそうですねぇ〜」
 ああ……何も考えてなさそうなのが1人いた。
 僕が茫然としている横で1人、一ノ宮さんだけが楽しそうな声ではしゃいでいる。
 先が思いやられるけど……けれどそう。フラグは達成された。
 僕の物語はようやくここから始動するのだ。


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