僕の邪気眼がハーレムを形成する!

第1章 邪気眼『魅了』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2

 
 その後、つつがなく授業は進んでいく。ちなみに邪気眼を与えられし僕は、授業中であっても気を抜くことはできない。
 まず、教師とはなるべく目を合わせないようにしている。
 最近じゃ誤って邪気眼を発動させてしまうなんて事はなくなったけど、それでも警戒するにこしたことはない。教師が視線を投げかけてきたら、さりげなく逸らすようにしてる。
 でも、そろそろこの点は心配いらないだろう。
 今じゃちゃんとコントロールできて、僕が誘惑する意思を持って相手を見つめなければ、いくら10秒間目を合わせていても魅了できないようになってる。
 前は誤作動防止のためにサングラスをかけてきたこともあったけど、担任に怒られたなぁ。ちなみに色の入ってない眼鏡だと邪気眼は普通に発動してしまう。
 さらに言うなら、鏡に反射した瞳でも僕の邪気眼は効果があるのだ。眼鏡も鏡も両方共に実験済みだ。ここに僕の慎重さと研究熱心さが伺えるだろう。
 そしてもちろん、自分自身にも効くかどうか試したが、幸い自身には効果がないということが分かった。……なくて本当によかった。一歩間違えばナルシストになるとこだった。
 それでもまだまだ研究の余地はあるというわけだが――と、そんな考え事をしていたらチャイムが鳴った。もう昼休みだった。
「ふぅ〜……」
 時間が過ぎるのは早い。さぁ、今日も実験をしようと、僕は教室内をざっと見渡す。
 無闇に邪気眼を使うのも考えものだから、ここは目立たないように、1人でいる人間を狙うことにする。
 おっ〜とぉ、丁度いい相手が見つかった。あいつだ――此花薫。
 クラスでは目立たない存在で、休み時間になるといつも机で本を読んでいる少女。
 黒髪のショートヘアでくりくりした瞳は、可愛らしいけれど、眼鏡の奥の瞳はどこか寂しそうに見えて……。知的で静かな大人びた感じ。僕のハーレムに加わる素質は充分だ。
 だから僕は、此花さんが座っている席まで行った。
「…なに?」
 お弁当の包みを開けようとしていた此花さんは手を止めて、無機質な声をあげて僕を見あげた。眼鏡越しに見える瞳からは、なんの感情も読みとれない。
「ちょっと頼みがあるんだけど聞いてくれるかな?」
 そういえば、此花さんにはまだ一度も邪気眼を使ったことなかったな。さて、この無口キャラの少女に、僕の魅力というものを教えてやろうか。
「できることなら別にいいけれど…?」
 顔で首を傾げる此花さん。やはりその顔から感情を読み取るのは難しい。
 それと……なんか遠くの方から、多くの友人に囲まれた長田野あすかさんがこっちを見ているような気がするんだけど気のせいかな。ま、放っておこう。
 それよりも――僕は魅了させるために此花さんの瞳をじっと見据えた。
「少しの間、僕の目を見ていて欲しいんだけどいいかい?」
「…目を? いいけど…変なの」
 此花さんは上目遣いで不思議そうな顔をして僕を見た。
「ありがとう、此花さん」
 カウント――開始。
 ふ……ちょろい。それにしても此花さんって今まであまり注目してなかったけど、こうやって改めて見たら可愛らしい顔をしている。肌は透きとおるように白くて、ショートの黒い髪はサラサラしてるし、いい意味で日本人形を彷彿とさせる雰囲気。
 大人しくて目立たないけど、その性格がいっそう彼女の魅力を引き立ててるような感じを受けた。
「…まだ、見続けるの?」
「うん、もう少しだけ」
 僕の言いつけを真面目に守って僕の瞳を見つめる此花さんに、僕は思わず良心の呵責を感じたけれど……こんな事で心が痛むとは僕もまだまだだな。
 はーちー……きゅー……じゅ〜、っと。
 僕は邪気眼を持つ者として――冷酷なまでに此花さんを魅了させた。
 大いなるチカラには大いなる責任がつきまとう。僕は能力を使うことに対して躊躇ったり、後悔したりはしない。
「…え? あ…っ」
 僕の瞳を見つめていた此花さんが、妖艶な吐息を漏らした。――成功。
「もういいよ。ありがとう此花さん」
 ふっふっふ。朝は意外なハプニングが発生したけれど、やっぱり僕は凄い。こんなにも華麗に女子を僕の虜にしてみせるとは。
 此花さんはポオっと顔を赤くして、口を開いた。
「きゅ、きゅううん……」
「なんか変な声で鳴いたッッ!!?」
 すごいぞ、邪気眼。此花さんがこんな反応するなんて驚きだ!
「あ、あの…柳木くん…私…」
 そして照れくさそうに言葉を紡ぐ此花さん。
「うん?」
 僕は素っ気なく振る舞い軽く微笑みかける。さぁ愛の告白でもするのかい、文学少女。
 此花さんは――。
「私の奴隷になってくれない…?」
「と、とんでもない要望でちゃった!」
 此花さん、実は歪んだ愛情の持ち主なの!?
「あ、あはは……此花さん、さすがにそのお願いは聞き入れる事できないなぁ」
 僕は笑ってごまかすように言う。
「ううん…大丈夫。やさしくするから。あまり痛くしないように頑張るから」
「痛いの!? 何が!? 何を頑張るの!? 君はいったい僕に何をしようというんだいっ!!?」
 この子、大人しい顔の下に恐ろしい一面が隠されてるよっ!
「それは…恥ずかしくて言えない…ぽっ」
「照れてらっしゃるし! 全然想像がつかないけど嫌な予感だけはある!」
「やっぱり、いきなりあんなものは入らないわよね…ごめんなさい」
「なにを!? 僕のどこに何を入れようと妄想してるの!? あ、いや、言わなくていいよ! 言わなくていいけど、とにかくホントやめてっ!」
 う〜ん、なかなかやっかいな相手を魅了してしまったようだ。このままでは僕の身に恥ずかしい何かが降りかかってしまう。
 でも、だからといって邪気眼をかけておいてこのまま放っておくのはあまりにも勝手で無責任で……いくら修羅として生きる覚悟を決めた僕でもそこまで無慈悲にはなれない。適当に構ってやるくらいはしないとな。
「それじゃあ此花さん。僕にできる範囲なら頼みは聞くから、僕に何を求めてるんだい?」
「そうね…とりあえずは贄君あたりと絡んでもらえないかしら? 今度それをネタに同人誌を1本書かせてもらうわ」
「できる範囲をぶっちぎりで飛び越えちゃってるよ! 僕の可能な要素が1つも見当たらないよ! ハードル高すぎるよ! っていうか……なんで贄がでてくんだよ!」
 何が嫌って、それが1番嫌だ。
「さぁ…柳木くん。行きましょ…贄君と共に」
「今から!? 今から僕達はなにかをするんだ!? ぜ、絶対嫌だよ、僕はぁ!」
 此花さんの変貌が激しすぎる。言動が大胆すぎる。予想外にもほどがある。僕はこのままホイホイ話に付き合っていたら、未知の世界へと足を踏み外してしまう。
 っていうか此花さんって、もしや俗にいう腐女子という属性を持った存在なのか?
 これはもう、僕が此花さんの体に触れて強制的に魅了を解除しないと収拾がつかないかもしれない。
 そんな考えが僕の頭によぎった時だった――。
「ちょっと! さっきからアンタ、なにいかがわしい会話してんのよっ。変態っ」
 クラス内のリーダー的存在であり、今朝僕とちょっとしたトラブルを起こしたクラスメイト、長田野あすか。彼女が僕達の方にやって来た。ご立腹している様子。
「な、なんだよ……僕は別に何もやましい事はしてないぞ」
 長田野さんは今朝、僕の邪気眼を強制解除している。だから僕にとって彼女は今、危険な存在となっている。できれば関わりたくないのだけど……。
「大人しい此花さんを強引に口説いてたじゃない。けだものっ。鬼畜っ」
 ここまで長田野さんがヒステリックになるなんて……元々の気の強さと魅了強制解除のペナルティで、彼女の僕に対する嫌悪は、殺意の域に達していると言っていい。言い過ぎか。
「ぼ、僕は別に口説いてたわけじゃないって! そうだよね、此花さん?」
 むしろ口説いていたのは此花さんの方だもんね?
「…彼は」
 此花さんは静かに口を開いた。
「彼は……なんなの?」
 長田野さんはごくりと息を呑んで、食い入るように此花さんの顔を凝視した。
 そして此花さんは、真剣な眼差しで答える。
「彼は――私に調教を望んでいた」
「望んでねーよっっっ!!!!」
 滅茶苦茶だ。本当に此花さんは僕の魅了にかかっているのか? 僕は此花さんに視線を送る。
「…?」
 なんかとぼけた顔をしていた。くっそう。
「柳木……アンタ、やっぱり相当の変態だったようね……まさかそんな趣味があるなんて」
 長田野さんが僕の事をまるでゴミでも見るかのような冷ややかな目で見ていた。
「あ、長田野さん。違うんだよ、これは。だって僕調教とかそんな趣味ないし、此花さんが勝手に言ってるだけだし、ってかそれ全部此花さんが1人で勝手に盛り上がってただけだし、つまりこれはえん罪だし僕は全然悪くなああああああいいいぎゃああああ!!!! 腕がああああああ!!! 腕が変な方向にいいいいいいいい!!!!」
 長田野さんが僕の腕を掴んで関節技を決めてみせた。無駄のない動きだった。
「アンタなに女の子に罪を被せようとしてるのよ。どうやらあなた、痛い目に遭わないといけないみたいね」
「ひぎいいいっっ! 遭ってますよ! もう既に現在進行形で痛い目に遭ってますぅうううう!!!」
 えん罪なのに、どうして僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。助けてくれ、誰か……そうだ、此花さんっ。僕の虜になっている此花さんならきっとぉおぉおおお。
「…ふふふ、柳木くんの苦痛に歪む表情……それがいい」
「変態ここにいるじゃん! 僕が泣き叫んでる姿を見て愉悦に浸った顔してる変態ここにいますよ、長田野さんーーーーっ!」
「アンタ、まだそんな馬鹿なこと言ってるわけ? 変態はアンタの方よ。一回死んどきなさいっ」
「ホントなんだよ、見ぎゃあああああ!!!!!」
 長田野さんの怒りに火をつけてしまった。まずい。このままでは僕の命が、ハーレムがぁああああ。
「――こらこら、やめんかっ。喧嘩はいけないぞ」
 僕の叫び声を切り裂くように、野太いけれど爽やかな声が響き渡った。
「……チッ」と、興が削がれたように舌打ちをして、長田野さんは僕を解放した。
 仲裁者の介入により僕の命は一命をとりとめた。ああ……救世主よ。あなたはいったい。 
「おいおい、柳木。これは一体なんの騒ぎなんだよぉ?」
 僕の顔が凍り付いた。
 この惨劇を止めてくれたのは、柔道部のエース贄丈哉だった。
 ……い、いや。それでも僕を助けてくれたのは事実だ。彼にやましい気持ちなんてあるはずなかろう。全て僕の勝手な思い込み。彼はいい人間なのだ!
 そうしてみると彼はなんとも頼もしい。ガッチリ体型の贄に敵う者はいない。
 今まで内心うっとしいなぁとか思っていたけど……やっぱり最後に残るのは男の友情なんだな。ありがとう、心の友よ! あれ……なんか僕、この気持ち……は? 恋っ!?
 やばいやばいやばいやばいーーーーーーーーっっっっ。むしろ更なるピンチが訪れた?
 そして、僕達の間に入った贄は――快活に笑いながら僕の方を見ると。
「俺という者がいながら女子達とそんな事してるなんて……なんだか寂しいだろ?」
 意味深な感じに僕をじっと見つめて、そしてウインク。
「う……うっぎゃあああああっっ……」
 とどめを刺された僕は、口から血を吐いて倒れた。これは人を殺す邪気眼?
 遠ざかる意識の中で僕の耳に周囲の喧噪が聞こえてくる。
 周りの人々は異口同音に、「やっぱりそうだと思ったよ」とか、「私、怪しいと思ってたもん」とかすごく困る勘違いをしてくれてる模様。やっぱりって、何がやっぱりなんだよ!
 僕は反論したくてもできず、そのまま意識を失った。


inserted by FC2 system