ヒーローズ

第3章 つかの間の日常と飛翔

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

――終章へ至る幕間劇

 
 これは、フォルス・ステージを彷徨っていた碧之が現実世界に戻って間もない頃の話。とは言え、このフォルス・ステージでは約1ヶ月経った頃の話――。
 カロン国――。平原が広がる大地の、大きな川に沿って建てられた活気盛んな国。争いもなく、貧困もなく、国民は平和に暮らしている。決して大きくはないが、一見、問題は何もなさそうな国と見受けられる。
 そんなカロン国の中心に位置する荘厳な城の城内――その謁見の間。
 絢爛豪華な意匠が施された部屋の中には、長いテーブルに向き合うように座る、2人の人物以外に誰の姿もなかった。
 一人はカロン国の実質的な統治者。女王――ニルマーニ・ヴァイ・カロン。
 そしてもう一人は……この世界を放浪する自称・旅人――風雲。
 
「ところでどうです〜? 彼はどうでしたか〜?」
 碧之と会った時と変わらず、風雲は仙人みたいなボロボロの衣装を着ていた。そして相変わらずの年齢不詳な顔立ちと真っ白なボサボサ髪が、男の怪しさを浮きだたせる。
「……彼って何の話ですか?」
 カロン女王はその名にふさわしい、いかにも高級そうな衣装に身を包んでいる。年齢は老婆と呼べる位に歳を取っているが、それでも若さを感じさせる佇まいだった。
「あれあれ〜? もしやまだ来てないって言うのですか、彼ぇ」
 豪勢で贅沢極まりない部屋に不似合いの旅人はおおげなリアクションで驚いた。
「だから誰ですか?」
 カロン女王は風雲の言う事が分からなかった。いや、そもそも彼女にはこの男自体がよく分からなかった。調査をしても彼の素性は一切謎に包まれている。一部では彼が魔術師であるという噂も、研究者達の間で囁かれていた。
「そんなぁ……ワタシずっと想像してたんですよ〜。というかこの物語の展開上そうならざるを得ないはずなんですよぉ。彼がこの国に50年以上ぶりに訪れるはずなんですぅ」
 椅子にもたれてペラペラと饒舌に話す風雲。
「あ、あなた何を言ってるんです」
 カロン女王は困惑するばかりだ。理解が追いつかない。風雲が何を言っているか普段以上に分からなかった。
 しかしカロン女王が考えている間も風雲の話は止まらない。
「――そして、きっとあなたは言います。『ああ、あなたは……以前とちっともお変わりない。ようやく戻って来てくれたのですね〜』と」
 そこで風雲は口元を微かに歪めて、カロン女王を一瞥した。
「あ……あなた、まさか。まさか……」
 カロン女王は風雲が言わんとしている事がなんとなく分かってきた。だけど――それは到底信じられない話だった。しかし、風雲は言った。
「そしてこうなるのです……『さあ、救世主さま。再びこの国を救って下さぁ〜い』と」
 風雲は両手を広げて言った。そしてカロン女王は一気に顔色が蒼白になった。
「まっ! まさかッ! きゅ、救世主さまがっこの世界に戻られたと言うのですか!!?」
 カロン女王は椅子から飛び上がって叫んだ。
「ははは〜、落ち着いて下さいよ、女王様ぁ。そうですよぉ〜、この間旅の途中で会いましたよ〜。それでカロン国に行くように言ったんですがね〜。すごいですね〜。ゲームのストーリーを完全に破綻させているじゃないですか〜。ですが……救世主さまともなるとそんなテンプレートな物語じゃ満足しないって事ですかね〜。あへあへあへぇ〜」
 風雲は独り言のように、興奮気味にのたまう。その姿にカロン女王はゾクリとするものを感じながら、黙ったまま着席した。
「あへへへぇ……ふう。にしても、残念でぇ〜す」
 ひとしきり笑った後、風雲は興味を失ったかのように、普段から顔に張り付かせている笑顔を作った。
「な……何がです?」
 カロン女王は風雲に不気味さを感じていたが、救世主の話を放っておくわけにもいかなかった。この男は明らかに危険な男でできれば関わりたくない相手だけど、もたらす情報は確かなのだ。この旅人は特別な存在なのだ……たとえ魔術師であったとしても。
「だって、彼がこの国に訪れていたらきっとあったはずなんですよぉ、お城に泊まって浴場でのサービスシーン。きっと王女様とお風呂でばったり鉢合わせ、くんずほぐれずのイベントあったはずなんですよぉ……それだけが残念でなりませぇん」
「……相変わらずあなたは何を考えているのかよく分からない人ですね。さすが魔術師の異名を持つと噂される人物ですね」
「はぁい、よく言われますぅ〜。でも魔術師ではないですよぉ」
 本当に――分からない人間だ。たとえそんなサービスシーンがあったとしても、風雲には関係のない事ではないか。あと、自分の娘や孫が変な妄想の餌食にされていると思うとカロン女王は軽く怒りを覚えた。
「まぁまぁそう怒らないで下さぁい。どうして彼がここに来ていないのかはワタシには分かりませんがぁ……これも神の見えざるシナリオという事なのですかねえ」
 風雲は一人でうんうんと納得している。カロン女王にはちっとも理解が追いつかない。この男の考えが。この男の存在が。この男の真相が。
「あなたの目的はいったい何なのです……?」
 カロン女王は威厳のある声で風雲に問いかける。そこには女王としての貫禄があった。だが、それでも風雲はあくまでも飄々とした態度を崩そうとしなかった。
「あなたと同じですよぉ。ワタシはただ世界を救いたいだけ、そしてただ知りたいだけ。この世界の秘密を。そして外の世界をぉ」
 それはカロン国の極秘裏に行っている研究。そしてそれがカロン国の使命であり、在り方。だからカロン女王はこんな男と1対1で話し合うのだ。
「……分かりました。では、そろそろ本題に入りましょうか。風雲さん。本当なのですか、あの話……疾風のストレィ・ショットを捕らえたというのは?」
 疾風の大気――ストレィ・ショット。
 不老不死の狂犬・セイヴァが率いる、カロン国に対するレジスタンス組織『ナイト・フライト』の実質No2。もしストレィ・ショットを捕らえたのが事実ならステージは大きく移行するだろう。
 だが、あんな怪物を捕まえるなんて、それこそ国中の勢力を動員しても至難のように思われるのだが。
「ええ、本当ですよぉ〜。今は拘束して大人しくしてもらっています〜」
 あっさりと、なんでもないように言い切った風雲。この男がどうやってそんな事を可能にしたのか分からないが……カロン女王は決心する。
「そ……そうですか、ならここで計画を大幅に進める事にしましょうか……救世主さまがこの世界に来ているかもしれないですが、構いません。あたくし達の力でやりましょう。救世主さまに頼ってばかりじゃいけません」
 指導者としてカロン女王は決断を下す。この国の悲願のために。自分自身の幻想のために。もう一つの世界に思いを馳せて。
「えはは〜。そうですね〜。ワタシ、そういう考え好きですよ〜」
 カロン女王の決意の表情を他人事のように眺めながら風雲はへらへら笑っている。
「それよりもいま思い出したのですが、最近あたくし変な噂を小耳に入れましたの」
 カロン女王は、探りを入れるように独白するように語り始めた。
「……ほお、それはなんですかぁ?」
 少し風雲の顔色が変わったように見えた。
「実はですね、あなたはもしかすると……上位世界の人間なんじゃないかって、研究者達の間で囁かれてるのですよ」
 上位世界の人間。それはすなわち、ここではない別の世界……ここより外側にある世界に住むという人間のこと。
「えっへっへ〜? そぉんな噂が流れていたなんて知りませんでしたよぉ。魔術師なのかと思ったら、今度は上位世界の人間ですかぁ……ですが、期待を裏切らさせて頂きますがワタシはただの旅人ですよぉ〜」
 しらじらしい顔でやり過ごす風雲。
「ただの旅人が世界の真理にこんなにまで肉薄しているなんて普通は考えられません」
 だけどカロン女王は追求の手を緩めない。彼の正体を見極めなくてはならない。
「あは、あは、さすが女王。うふふ、そうですね〜、確かにワタシは世界の真理を知りたいと思っています。ですが、私はただ知りたいだけじゃないんですね〜」
 魔術師、そして異世界の人間と噂される男は、勿体ぶるように声を落とす。
「それは……どういう意味でしょうか?」
 カロン女王は息を呑んで、食い入るように身を乗り出した。
「簡単ですよ〜。もう一つの世界があるのなら行ってみたいと思うのが心情でしょう? 現にあなただってそう考えてるのではありませんか、女王陛下?」
 風雲の問いにカロン女王は言葉を返せなかった。確かにそうだった。今から50年以上前に出会った一人の少年によって、彼女の心は向こうへと惹かれてしまったのだ。
「ワタシはね〜、ただ行きたいだけなんです。生きたいだけなんです。ここではない彼方の世界に。……きっとこの戦いが終われば世界は大きく変わる事になります。良くも悪くもこの世界の在り方自体が根本から変わるでしょう。ワタシ達が時の流れを加速させるのです……そして、その先にあるなにかに到達するのです!」
 風雲は暴露する。自分の考え、目的を。しかし本当にそれが魔術師であるかもしれない彼の本音かは判断できない。が、やるべき事はいずれにしても決まっていた。
 カロン女王は覚悟を決めて、落ち着いた声で言った。
「……だったらまずはレジスタンス組織をどうにかしないといけませんわね。疾風の大気が我が手中にあるこのチャンスの内に答えを手に入れましょう」
 この怪しい男が何を隠しているとしても、手に入れねばならないものがある。
「ですね、ふへへぇ〜。さあさあ、ではいよいよ世界を救うときが来ましたよぉ〜」
 風雲は大げさに立ち上がって、へらへらした顔を崩さないままに笑った。
 ――世界の進化と終わりが始まる。


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