ヒーローズ

第2章   漂流劇場

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6

 
「いつつつつ。くっそ〜……まだ腹が痛む。あのクソ生意気な男、今に見てろよ。いつか眼に物言わせてやる」
 なんて独り言を呟きながら碧之は草木を踏み分け目的地を目指していた。
 碧之宮臥はいま、壮大な自然が溢れる森の中を散策していた。うっそうと生い茂る見慣れない植物。どこからともなく聞こえてくる獣の鳴き声。木々の間から差し込む太陽の光で碧之は目を細める。
 セイヴァが小屋を去った後、碧之はストレィの監視下に置かれることになったのだが、特に問題を起こすこともないだろうという訳で外出は自由にしてもいいことになった。
 それで碧之は長旅などでだいぶ汚れていた体を綺麗にするため、散歩がてら湖まで行って水浴びすることにしたのだ。
「この世界はホント……すごい。まさにジャングルだ。それに……こいつには驚いたなあ。まさかここがあの遺跡のある森だったなんて……」
 と言って、碧之は目の前の壁に手を触れる。そう、実は碧之が現在いるこの森は、風雲と峡谷の崖上で見た森だった。そして、峡谷の上からも見たように、この森には至る所にところどころ崩れた白い壁のようなものが建てられていた。ヘビのように蛇行しているように、縦横無尽に、不規則に建てられていた。壁の高さも不規則だった。まるで波のように、高くて100メートルほど、低くて50センチに満たない高さ。何の素材でできているのか、触ってみても分からなかった。色々と正体不明の物体である。
「……っと、あったあった」
 間もなく碧之は森の中心にある湖に到着した。ここは先程ストレィやセイヴァと一悶着あった場所で、一度通った道なので迷うことなくすんなり行けた。
「ふぅ〜……煤利とはぐれて以来、体なんて洗ってなかったからなぁ」
 森の深いところにある湖まで来た碧之は、服を脱いで水の中へ飛び込む。大きな水しぶきがあがった。
「うひゃ〜冷たい。でも気持ちい〜っ」
 湖を泳ぎながらはしゃぐ碧之。にしてもやたらと独り言が多い男だった。
 しばらく泳ぐと、碧之は仰向けになって湖に浮かんだ。しばしの森林浴を楽しむことにしたのだが――ふと何かを感じて水中を見ると、そこに白い建物を発見した。
「うわっ? ま、まさかこんなところにも――遺跡っ!?」
 何気なく湖の奥底に目を向けた碧之は驚きの声をあげる。湖の中心、その深い水深に沈んでいるのは、すっかり見慣れた白い建物。湖の底全体を覆うような馬鹿でかい建物の頭部分。屋根だろうか、丸く曲線を描くシルエットで不気味に静かに存在している。
「も、もしかして本当にここが世界の中心だったりして……」
 いかにもそんな場所だった。ここが森の深奥部分、そして遺跡の本体部分。それほどに威厳ある建物に思えた。カロン国が研究するわけが分かるような気がした碧之。
 しばらくはそんな事を考えていた碧之だったけれど、今はリラックスすべきと気持ちを切り替え楽しむことにした。とりあえず仰向けになって再び湖に浮かんでみる碧之。
「う〜ん。気持ちいい」
 太陽が燦々と輝く空。辺りはかすかに鳥のさえずりが聞こえてくるのみ。平和だった。
 チュンチュン。がさがさ。チュンチュン。
「……ん?」
 鳥の声に混じって、何か近くで草をかき分けるような音を聞いた。だけどいちいち確認するのも面倒なので碧之はそのまま森林浴を続ける。
 チュンチュン。しゅるしゅるしゅる。ちゃぽん。
 すると、今度は何かが湖に入る音が聞こえた。丁度、草木で碧之の死角になっている場所からだ。さすがに気になった碧之は立ち上がって様子を確認しに行く。この辺りは水深が浅くて自分の全裸状態が露わになるのだが、まあ人なんか誰もいないので大丈夫だろう。草木をくるりと回り込んで音のした場所を見る。
「え……?」
 碧之は目の前に現れた光景に、一瞬我が目を疑った。碧之の目の前にいたのは。
「あ……」
 今まさに湖の中に入ろうと片足を浸したストレィ・ショット。
 もちろん――全裸だった。小さな体にぼんきゅっぼん、という感じのスタイル。
「……や、やあ」
 なんと言えばいいか分からなかった碧之はとりあえず挨拶した。
 次の瞬間。
「……きゃ、きゃああああああっ!」
 大声を上げ、身をすくめるようにして自分の体を隠そうとするストレィ。けれどその間も腕の間からはみ出るたわわな胸から目が離せない碧之だった。
「って、何を見てるんだっ! このバカぁーっ」
 ストレィは逆上し、湖の中に入り碧之に襲いかかる。水がバシャバシャとしぶきを立てているが、それでも豊満なストレィの体は激しく自己主張する。大きな胸が一歩踏み出すためにぼよよんと揺れる。ストレィは怒りのせいか、それを隠そうともしない。
「おお……」
 碧之は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。フォルス・ステージで補正された煤利の胸も遙かに凌ぐ大きさ。一種の崇高なものを見ているような気持ちになった。
「だからっ、ジロジロ見てるんじゃないわよっ……」
 いつの間にか女言葉になっているストレィ。その台詞を聞いて碧之はついドキリとする。近づくストレィの顔は真っ赤で目には涙を浮かべていた。
「ゆ、許さないんだからぁっ……」
 水しぶきで髪が濡れて艶めかしさが増しているストレィ。照れた表情も相まって、その姿に碧之はもう一歩も動くことができないほどに心臓をわしづかみにされていた。
 ストレィは放心状態の碧之の目の前にまでやって来て、片手を振り上げる――が。
「あ、れ……あっ、ひゃっ」
 水中だから歩きにくいのか、バランスを崩してしまったのか、ストレィの体がぐらりと大きく前に傾いて――、
「きゃああっ!」
「うわあああっ」
 ストレィは碧之を押し倒す格好で倒れる。そして碧之とストレィの体はもつれて、2人は勢い良く音を立てて水中へ沈んだ。
「うぁご、もごごごごごご」
「ふゃああああああっ、もほわああああ」
 水中で暴れる全裸の男女。水の中だからだろうか、互いの体がもつれ合いうまく立ち上がれない。2人が互いの体を抱き合うような形になり、ようやく湖から顔だけを出す。
「ぷわっ。はあ……はあ……あっ、あんた何するのよっ、この……バカバカバカッ!」
 ストレィは自分のキャラも忘れてヒステリックに叫ぶ。
「うわ、わっ、ごめんなさいい! って、当たってる。当たってるよっ、ストレィ!」
 むにゅっとした感触が碧之の胸に押しつけられている。
「なっ……ちょっと、ア、アンタいつまで……離れなさ……あっ、あ……んっ」
 いきなりストレィの声の調子がおかしくなった。
「えっ? ストレィさん、今の声は……?」
 ストレィの変貌に驚いた碧之は手を動かそうとする。すると――むにゅ、と碧之の手に柔らかい感触。
「あんっ」
 また変な声を上げるストレィ。気のせいか、恍惚の表情を浮かべているように見える。よく分からないので、とりあえず碧之はもう一度揉んでみることにした。もみもみ。
「ひゃ……あんっ。や、やだっ……あ」
 ストレィは碧之の肩に頭を預け、何かに耐えるような顔をしている。
「そうかっ、これは……お尻かっ?」
 揉み続ける内にようやく答えが分かった碧之。この柔らかいものはお尻だったのだ。胸は押しつけられるしお尻は触るし、とんでもない破廉恥な事態だ。むにむにむに。
「あっ、あっ、あっ……って、いいかげん離れなさいって言ってるのよおおっっっ!」
 直後、バシーン! と乾いた音が響き、今度は碧之の体だけが湖の中に沈んだ。
 そして、ともすれば二度と碧之は浮かび上がることはないのかもしれない……そう思われる位の地獄が、この後すぐ繰り広げられた。

 死の淵を彷徨った後、碧之は奇跡の生還を果たして、現在森の奥深くにある小さな小屋へと戻ってきていた。
「……ふん」
 湖で起きたハプニング以来ストレィは一言も口をきいてくれなかった。2人は夕食を囲っているのだが、食卓は沈黙に包まれていた。
「いいかげん機嫌直してくれないかな〜……何度も謝ってるじゃないか……」
 ご馳走になっている身分で言うのもなんだが、碧之はストレィを諭そうと試みた。
「五月蠅い。死ね」
 ストレィはそれだけ言うとまた黙り込む。
 ――とても許して貰えそうにない。
 全部自分に非があるとは思えないと少々不満な碧之。あれは不可抗力だ。なのに先程碧之はストレィに殺されかけた。今もボロボロの状態だ。けど何も反論できなかった。
 いま小屋の中は気まずい雰囲気に包まれている。食器の音だけがカチャカチャ鳴る。
 ――息が詰まる。碧之はさっきから何度もこんな風にストレィに語りかけていたがことごとく無視されていた。反論もできないし弁解もできない状況だった。
 もういいかげんこんな気まずい中で時を過ごすのもどうかと思った碧之は、ストレィが食いついてくれそうな会話を振る事にした。
「そ……それでさ〜、オレはこの後どうすればいいんだ? カロンに行かせるつもりはないんだろ? でもオレは現実に帰る手段もない。ずっとこの森で暮らせってのか?」
「……それもいいかもしれんな」渋々と口を開いた少女。
 やっとストレィが会話してくれそうになったので碧之はとても嬉しくなった。けど。
「って、よくねーよ!」
 やっぱり全然嬉しくなかった。
 もしかして碧之はストレィに見放されてしまったのか。
「こんな男を現実に戻してしまえば、いずれ性犯罪に手を染めるのは目に見えている。一生この森に隔離するのが世の中の為だろう」
 ストレィは軽蔑の眼差しを碧之に向ける。
「違うっ。あれは事故なんだ! 不可抗力なんだ! 信じてくれぇ!」
 しかるべき制裁は碧之の身に刻まれたはずなのだが、まだ足りないのというのだろうか。それにしても酷い言われようだ。
「……ふう。分かった分かった。お前の事は信用しないが、お前のいいわけは信じてやろう。俺に感謝するんだな」
 ストレィは大きく息を吐き、肩の力を抜いた。碧之はそれを見てひとまず安心した。
「なんだかすごく納得いかないものがあるけど、まあいいや……で、結局オレはどうすればいいんだよ? まさかアンタ達の仲間に加われなんて言わないよな?」
 安心した碧之は緊張を解いて気楽に尋ねた。
「まさか。どうやらお前はこの世界の初心者のようだし、俺達にとって大した脅威にもならないだろう……ま、自由にしていいぞ。カロンに行きたいならば行けばいい。どうせお前は救世主じゃないのだからな」
 なんとまさかの解放宣言。少し碧之が見くびられている気もするが、今の台詞に気になる言葉があったのでスルーして訊いてみた。
「その……救世主って言葉。それってあれだろ? 世界に終わりが訪れた時に現れるってやつ。この世界に50年以上前に来て、一度世界を救ってるんだよな。それって――」
「そうだ。恐らく俺達と同じプレイヤーだろう。こちらの世界で50年といえば、現実世界では約2年くらい前の話になる。その時、このゲームをクリアした者がいるのだろう」
「そっか……その救世主ってきっともの凄い強さなんだろうな」
 ヘビの巨大モンスターや、セイヴァに一発も攻撃を当てられなかった碧之は途方に暮れそうになった。だが、碧之に対してのストレィの返答は意外なものだった。
「お前は何か勘違いしているようだがな……何も腕力だけがこのゲームの全てというわけではないぞ」
 ストレィは童顔の顔で碧之を睨みつけて言った。
「えっ、それはどういう事だ……」
 眉を八の字に曲げる碧之。
「まぁ単純に力が備わっていなければこの世界で生き残る事ができないから必須条件だが……それ以外にも知識や勘や対人能力も必要になってくる。世界を救うといっても具体的に何をすればいいかは分からないのだ。むしろ重要なのは頭を使うことなのだ」
「頭を使うのか……というか、なんとも途方もないストーリーだな」
 このゲームは思っていたよりもずっと奥が深いようだ。それともただ単に何も考えられていないのか? いずれにしても、まだ碧之は1人しかこの世界の人間には会っていないし、国や村なども行っていないからクリアにほど遠いプレイヤーという事になるのだろう。
「でもさ、さっきのアイツ……セイヴァだったらさ、強さだけだったらかなりのもんじゃないのか? 世界最強とか言ってたし、クリアに近いとこにいるんじゃないのか?」
 生意気な奴だったけど、強さは相当なものだった。それに組織のリーダーでもある。
「ああ……まあ、確かにセイヴァはカロンの連中からは不老不死の狂犬として恐れられてる程の実力の持ち主だが……この世界はまだまだ未知に包まれている……俺達の想像を絶する驚異が溢れているのだ……だが、俺の知る限りではカロン国は恐らくセイヴァの敵ではない。それ位の実力は少なくとも俺達は有している」
 そういえば風雲も言っていた。カロン国の敵対組織のリーダーは不老不死なのだと。
「たしか何十年も歳をとっていないとかいう噂らしいよな?」
 風雲が言うにはただの噂に過ぎないとの事だったが。彼がプレイヤーなら話は別だ。
「そうだ。彼はこのゲーム歴が長いからな。ずっとやり続けているから、この世界の人間から見れば不老不死に見えるのだろう」
 ストレィは息を吹きかけてからスープをゆっくりと一口すすった。猫舌のようだ。
「セイヴァはな、現実よりもこちらの世界に傾倒しているのだ。よほどこちらの世界が好きなのか、それともよほど現実が嫌いなのか……」
 ストレィの意味深な発言。確かにこの世界は現実では味わえない魅力を備えている。碧之はどうなのだろうか。そして煤利は……。
「なぁ、アンタもやっぱり現実世界の人間なのか?」
 分かっている事だったが、碧之はストレィに確認する。ストレィだって現実世界に存在する人間なのだ。それを直接口から聞きたかった。
「ああ、そうだ。俺もプレイヤーとしてこの世界に参加している。だが俺はセイヴァと違ってこの世界にそこまで執着はしていないよ」
 やはりストレィもプレイヤー。
「そうか……。じゃあなんでアンタはセイヴァの元でこんなことしているんだ?」
 あの男と一緒にいるだけでかなりストレスが溜まりそうなのだが。
 ストレィは食器をテーブルに戻し、小さく息を吐いてから自嘲気味に言った。
「それはな……お前と同じだ。俺はこの世界から脱出する事ができないのだ」
「え――?」
 脱出できない。碧之と同じ境遇。この――ストレィ・ショットが?
「な、なんだって……それは本当なのか」
 碧之は驚愕に表情を歪めている。
「ああ。セイヴァは現実に戻ることができるけど俺は戻れないのだ。そうだな……現実で換算したらかれこれ1ヶ月近くは帰ってない事になるな」
「いっ、1ヶ月!? そ、そんなに……」
 警察沙汰にならないのかとも思ったが、もしかしたら自分もこの世界に漂流する事になるのかもしれないと、そんな恐怖が碧之の頭をかすめた。
「だから俺は現実に戻る方法を探しながら、セイヴァに協力しているのだ。そして俺は少しお前に興味がある……お前、呪符はどこで手に入れたのだ? あれは普通にプレイしていてもなかなか手に入らない貴重なものなのだが……」
 ストレィが言う呪符とは、煤利がフォルス・ステージへ出入りするときに使っている、扉を開くための御札みたいな紙のことだろう。
「それが……オレはこの世界には連き添いで来たみたいなものなんだ。だからその辺りのことはよく分からない……スマン」
 碧之は俯き加減になって答えた。こんな事になるなら煤利からもっと色々教えて貰うべきだったと悔やむ。
 だがストレィは大して落胆する様子も見せずに淡々と続けた。
「そうか……いや、いいんだ。呪符があったとしてもどっちみち俺は帰る事はできないのだ。呪いを解かない限りはな……」
「えっ、呪い……?」
 なんとも物騒な言葉が登場した。
「そうだ、呪いだ。……確かに普通のプレイヤーなら呪符を使えば何人でも世界を行き来することができるだろう。あれは相当なレアアイテムなんだ。だけど、俺の場合は呪符で創った穴を通ることはできない。そういう類の攻撃を受けたのだよ」
 いわゆる魔法のような攻撃だ、とストレィは付け足した。
「そ、そうなのか……呪いを解くのはやっぱり難しいことなのか?」
「ああ、まあな。だが気にするな。さっきはああ言ったが、案外俺はこの世界が気に入ってきた。それにこの組織もだ」
 きっと寂しい事のはずなのに、ストレィはなんでもないように気丈に笑った。少女はこの世界でずっと生きていくつもりなのか。
「アンタ、世界を守る為にカロン国と戦っているって言ってたよな……教えてくれ、カロン国は何をしようとしているんだ。アンタ達は何を守っているんだ?」
 碧之は知らないことばかりだった。信じるものがなかった。だからせめて彼女の言葉を信じたいと思った。
 ストレィは碧之の気持ちに気付いたのか、より一層真面目な顔になって告げた。
「俺達は……この森を守っているのだ。この森は世界の秘密が隠されている。奴らはそれを狙っているのだ」
 とうとう語られた真実。この森には――秘密が隠されている。
「それで、カロン国の人はその秘密を手に入れようとしてるのか?」
「そうだ。だが、奴らは世界の秘密を掴むためにこの森を制圧しようとしている。俺達はどうしてもそれを阻止しなければならないのだ」
「その秘密っていうのはなんなんだ? もしかして森の中にある白い遺跡のことか? それって彼らが研究してる世界の真理ってやつと関係あるのか? それに世界の真理って俺達の世界の事なのか?」
「……さあな。実は俺にもよくは分からないんだ。なにせ秘密だからな。多分セイヴァもよくは知らないさ」
「なっ、知らない!? 知らないものを巡ってアンタ達は争ってるって言うのか!?」
 煤利もフォルス・ステージについてあまり詳しくないと言っていた。プレイヤーはみんなそんなものなのだろうか。案外いい加減な者ばかりだ。
「知らなくても分かるのだよ。これはこの世界の人間にとって触れさせてはいけないものなのだと」
 ストレィはぷいと顔を背けて言った。
「でもたかがオレ達の現実世界の事なんだろ? いや、まだ分かんないけどさ。でも、なんで知られちゃまずいんだ? 別にそれくらいいいだろ?」
 碧之が普通に生活している、別の世界の存在があるという事実を教えるだけなのだ。
「それはつまり彼らに自分達がいる世界は架空だと教える事と同義だ。彼らにとっての世界とは5分前に創られたものだと言うようなものだ」
 ストレィは話にもならないといった感じに碧之の言葉を切り捨てる。
「そ、そこまで言っちゃいないだろ……」
 一緒だ――と言って、ストレィは童顔の顔を向け、つぶらな瞳を輝かせ語り始めた。
「世界の根本となる部分は、その世界に生きる者には決して知られてはいけないのだ。知らないからこそ、そこに無限の可能性の存在が許される。観測した時点で偽物の可能性は殺されるのだ。そしてこの世界は俺達にとって偽物なのだ……知る事によって死ぬものがあるという事実はな、あるんだよ世の中には」
 ストレィの言葉は真に迫っていた。碧之は背筋に悪寒が走るのを感じた。
「だから俺はこの森をカロンの奴らから守る。奴らは奴らで世界の真理への道を妨害するオレ達を敵だと見なしている。今、俺はここから離れることができないのだ。それに俺は信じている……森の中心、湖の中の遺跡には何か神秘的な力を感じる。俺はただ単純に、この美しい森を、そしてあの遺跡を壊されたくないだけなのかもしれない。そうだ、この世界は偽物かもしれないけど……確かに存在はしているんだ」
 それが彼女のここに残る理由。戦う理由。
「な、なるほど……複雑な事情があるんだな、アンタ達には」
 鬼気迫るストレィの演説に対し、碧之はまるで他人事のような感想を述べた。
 世界の真理に到達する為に戦う者、世界をクリアする為に戦う者、そして世界を守ろうとする者。それぞれがそれぞれの思いを持ってこのフォルス・ステージに臨んでいる。
 すると、ストレィは再び碧之から顔を背けて、視線をせわしなく動かしながら言った。
「さぁ、さっきも言ったようにもうお前は自由だ。後は好きにしていいぞ。だけど……もしお前がよかったら……その」
 らしくもなく、ストレィは顔を赤く染めてもじもじと言いよどんでいる。
「なんだよ?」
 突然のストレィの豹変ぶりに内心戸惑う碧之。
 するとストレィは驚くような事を述べた。
「しばらくはこの小屋に住んでもいいぞ……その、わた……俺も一緒でよければ……だが」
 髪を指でいじりながら、消え入りそうな声でストレィは伝える。
 そのしぐさに、碧之は思わず胸が高鳴るのを感じたが、平静を保って答える。
「と、とりあえず今日はもう暗いから……お言葉に甘えて泊めさせてもらおうかな」
 碧之のその言葉にストレィはますます顔を赤くして、一人であたふたしていた。
「か、勘違いするなよっ。俺はこの小屋でずっと一人で住んでいたから、ちょっと話し相手が欲しかっただけだっ。それだけだからなっ! あと、お前は床で寝ろよっ、いいなっ。変な真似したらただじゃおかないからな!」
 何も言ってないのにストレィは早口にそれだけ言って、そそくさとベッドに向かった。
「はいはい、分かってるよ」
 こうして碧之は自由の身になったのだが、カロン国に行くべきかそれともここに残ればいいのか分からなかった。果たして現実世界に帰還する事ができるのだろうか。そんな事を考えながら碧之は眠りについた。


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