ヒーローズ

第2章   漂流劇場

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 碧之が気が付いた時、辺りには何もなかった。
「う……ん。ていうか、ここはどこだ?」
 そもそも先程とは場所が違う。風景が異なっていた。
「公園でもないし……まだここはフォルス・ステージなんだ」
 現実世界に戻ったわけでもないようだ。どうやら碧之は助かったようである。ではここは一体どこなのだ。
 一見すると先程の砂漠にも似た土地だが、違う。ここは砂漠ではない。ここは谷だ、峡谷だ。高くそびえる岩肌がそこらじゅうに屹立する荒涼とした峡谷。崖まで行って下を見下ろせば、遙か遠くかすかに川の流れが見える。ここは……まるでTVで見るグランドキャニオンのような景色だった。碧之はわけが分からなくなった。
「どうなってるんだよっ! す、煤利っ! 煤利はっ? 煤利っ……煤ヶ崎さんっ! すす……お、おーいっ、だ、誰かあああああ!!」
 碧之は叫ぶが、声は虚しく峡谷に響き渡るばかりだった。
 高い位置にいるためか、太陽までの距離が近く感じられた。
 碧之は思う。自分はヘビみたいな巨大なモンスターに食われて殺されたはずじゃないのかと。それとも怪物に吐き出されて、煤利同様どこかに吹き飛ばされたのか。
 いずれにしろ結果は変わらない。確かな事実が一つある。碧之にとって切実な問題。
「ど……どうしよう。煤ヶ崎さんとはぐれてしまった」
 碧之宮臥は帰る術を失った。フォルス・ステージに閉じ込められてしまったのだ。

 碧之はその後しばらく何もない峡谷で煤利が来るのを待っていた。この世界からの脱出方法を知らない碧之は、煤利がいなければもはや帰る事はできないのだ。
 峡谷の高いところにいた碧之は、景色の見通しがいい、崖の淵であぐらをかきながら思案していた。いや、煤利の救助を待っていた。
 だが何時間待っても煤利が来る事はなかった。連絡を取ろうにも、この世界に来た時点で携帯電話はなくなっている。現実に戻らないと携帯は現れないのだ。しかしたとえ携帯がここにあったとしても、この世界で電波が繋がるのかという疑問はある。どっちにしても碧之には助けを呼ぶ術がなかった。
 このまま待っていても時間が無駄に過ぎていくだけだ。何日たってもこの世界から出られない。何日か経ったとしても現実では数時間なので大丈夫なのかはしれないが、一生戻れない可能性だってあるのだ。待っていても助けなんて来ない。
 そしてとうとう決心する。碧之は腰を上げて歩き出した。

 碧之は見渡す限りゴツゴツした岩でできたその地を当てもなく歩く。広大な大自然。果てしなく続く大地。
「ふぅ……ふう……」
 歩く度に足元でジャリジャリと砂が崩れる音。そして碧之を阻むように乾いた風が吹きすさぶ。
 高く上がった太陽は、砂漠にいた時に比べ大分マシにはなったとはいえ、碧之の体力をゆっくり奪っていくかのようにカラカラと照りつける。
 ここはまるで迷路のような地形で、谷を登ったり下ったり繰り返す。果たして自分が峡谷の出口に正しく進んでいるのかさえ分からない。
「はぁ……どこまで行っても岩、岩、岩……くそぉ」
 かれこれ半日近く歩き続けている碧之は疲弊していた。仮想空間にいると言っても現実での時間だって少なからず経っているのだ。腹だって空くし、眠たくもなる。精神的にも肉体的にも、じわりじわりと確実にダメージは蓄積していく。
「もう限界だ……」
 碧之は死を覚悟した。この世界で死ねば現実世界へ戻れるのだ。ここでの記憶を全て失うことになるが。せっかく手に入れた世界。失いたくはなかったけれど、もうそれしか方法はないのかもしれない。
 だけど――諦めかけたその時だった。碧之の前に救世主が現れたのは。
「な、あ、あれは……人っ?」
 視界の遠くから、こちらに向かって歩いてくる人影があった。一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。碧之は立ち尽くして、その人物から目が離せなかった。
 そして碧之の元までやって来たその人物は丁寧な物腰で頭を下げた。
「やあ、こんにちわぁ〜」
 それは、笑顔をいっぱいに広げた、いかにも無害そうな男だった。
「あっ、あのっ……」
 碧之は必死で言葉を放とうとするがなかなか出てこない。その時、煤利の言葉が脳裏によぎった。この世界で何より大切なのはロールプレイ……そうだ、碧之のキャラは。
「な――なんだ、人がいるじゃねえか。こんにゃろ」
 やっちまった。碧之は思いっきり後悔した。発言が不自然すぎる。思わず頭を抱えてしまう碧之だった。しかし柔和な男はくすくすと笑ってから優しく述べる。
「おやおや、これまた随分とワイルドな方ですねぇ。お若いのに大したものですぅ」
 その人物は青年……というより年齢不詳の男性。成人していることは確かなのだが20代なのか30代なのか、はたまた40代にも見える不思議な男だった。顔自体はなかなかに整っていてそれなりの美形。そしてボサボサの髪は――真っ白だった。この髪が男の年齢を分かりづらくする要因なのかもしれない。そして服装は仙人みたいな着物姿。まさにファンタジーな世界感を体現しているなと碧之は思った。
「あ、ああ。ま、まあな……」
 この世界では煤利以外に初めて会った人物。碧之はまだまだ自分のキャラに慣れきれない。というか、相手の男はあんなに丁寧な物腰なのに、こっちはこんなにもぶっきらぼうな態度でいいのかと少し困っていた。年上に対しての言葉じゃないし、それ以前に怒られそうで怖かったけど……あくまでこれはゲームなのだと碧之は割り切ることにした。
「ふぅん。それにしてもあなた、こんな辺鄙な場所で一体なにをしているのです〜? 見たところ……」
 謎の男はここで言葉を句切って、不意に碧之のすぐ傍まで近づきその耳元に口を寄せる。
 荒涼とした、乾いた風が吹いた。
「あなた……ひょっとしてあちらの世界の人ではないですかぁ?」
 柔和で囁くような声で、衝撃的な言葉をささやいた。
「あ……あちらの世界?」
 碧之は思わず後ずさる。
「そうです。この世界にとっての上位世界で、あなたにとっては現実の世界です」
 男は碧之の正体を見破っていた。碧之は驚いたが、ばれたのなら隠していても仕方がない。事情を知っているのなら話してもいいだろう。
「は、はい……じゃなくて、ああ。そう……なんだぜ」
 弱々しく答える碧之。
「はっはっは。あなたまだこの世界に不慣れみたいですねぇ。大方、仲間とはぐれてしまったとかでしょう」
 男はずっと笑顔のままだ。
「あ、ああ。実はそうなんだけど……って、あなた……え〜と」
 そういえば碧之はまだ男の名前を聞いていない。
「あはぁ〜、そう言えば自己紹介がまだでしたねぇ……ワタシは風雲(かざぐも)と言います」
 男は見た目もRPGらしければ、名前もRPGらしい名前だった。
「オレは……宮臥だ、よろしく。ところであの、風雲……。えと、あんたはその、オレと同じプレイヤーなのか?」
 風雲と名乗る男は碧之の事情について知っているみたいだし、この世界についても詳しそうだ。だから碧之は自分と同じ立場の人間がいてくれたことに喜びを感じたのだが。
「あ、いえ〜。あいにくワタシはこの世界の人間なんですよ〜」
 どうやら違うようだ。ということはこの男は煤利が言うところのNPCなのか?
「ですが、宮臥さん〜。老婆心ながら一つ忠告させて頂きますぅ」
 男はにこにこ笑いながら流ちょうに話す。
「な、何だ?」
 碧之は正体不明の白髪男の物腰に少し不気味さを感じていた。
「あまりこの世界の人間に対して自分の正体を打ち明けない方がいいですよ〜」
「な、なんで?」
 煤利も似たような事は言っていた。しかしそれは、現実世界でフォルス・ステージのことを公言するなという意味だったが。
「だって、そんな事を知ってしまえばパニックになるじゃないですかぁ。考えてみて下さい。もしあなたの暮らす世界がここと同じように仮想世界であって……それである日突然そんな荒唐無稽な話をされれば困惑するでしょう? 普通こういう事は黙っておくものです。まぁ、お決まりみたいなものです。むやみやたらには話しませんよぉ」
「ま、まあそうだよな……」
 半ば強引に押し切られる形で碧之は同意する。
「どこでもそうです。変にかき乱しちゃ、そこに住む者達の生活文化や生態系が壊れちゃいます。ということで黙って世界を満喫するに越した事はありませぇん。ゲームに没頭するのに現実の事をいちいち持ってくるのはナンセンスですぅ」
 風雲は指を振って笑顔でウインクした。不気味である。
 けれど風雲が言う事も一理ある。いちいちゲームをするのに、自分がゲームの外側にいることを意識してやる必要はない。そもそもそんなプレイはゲームに熱中できない。冷めた目でプレイすることになる。それに外から勝手にやって来た自分のエゴで、そこに住む人々をかき乱すのも悪い気がする。
「分かったけど……でもさ、そういうアンタは何者なんだ? アンタは自分の世界の秘密を知っているようだけど」
 そう思えば目の前の人物は、その雰囲気も相まってかなり怪しかった。
「ふふぅん。私はまあ……たまたま知ってしまっただけですよぉ。まあ、あなたはただのNPCに興味を持つことありません。それより、宮臥さん。あなた元の世界に戻れなくて困っているんでしょう?」
 現状陥っている碧之の悩みをピタリと的中する風雲。
「そ、そうなんだけど。な……なんで分かったんだ?」
「だって好きこのんでこんな場所でオロオロしている人間なんて普通いませんからね〜」
 あははは〜と笑いながら答える風雲。碧之は照れ隠すように風雲の笑いを遮って尋ねた。
「な、なあ風雲。元の世界に帰る方法とか何か知ってないか?」
「うん? 方法ですか? う〜ん……そうですねえ。なにぶんワタシはNPCですからそんな超常的なことは難しすぎて手に負えませんが……あ、あるいはあそこならぁ」
 腕を組んで頭を左右に揺らしていた風雲は、何かを思いついて顔を綻ばせた。
「あ、あそこって?」
 碧之は風雲に食いつくように体を近づける。
「ええ、この峡谷を抜けた先にある『カロン国』。ここは学問が発達した国でねえ、世界の真理を解くことに力を入れているみたいなんですよぉ」
「世界の……真理?」
「まぁ何と言いますか哲学みたいなものじゃないですかぁ? そこでは上位世界のことや、勿論あなた達みたいな人の事も極秘で研究なさっているみたいですよ……ふふふ」
 その国は自分がいる世界に対して、それを包括する世界がある事を認識しているのか。確かにそんな研究極秘にする必要があるだろう。一般に知られていいものではない。だけど……どうして一介の旅人である風雲がその国家機密を知っているというのだろうか。答えてくれるとは思えなかったが、碧之は一応聞いてみた。
「あくまで噂話の延長みたいなものです。こうやって様々な場所を歩いていると自然と耳に入ってくるんですよ〜。人の噂に戸は立てられないってやつです」
「は、はあ……。でも一応話は理解できた。ならオレはその国に行くことにするよ」
 納得はできなかったが、それでも何も手がかりがないよりは遙かにマシだった。
「そうですか、それはよかったのです。ならば、ワタシも途中までご一緒させて頂けませんかぁ? 峡谷を抜けるまでは方向が同じなのですよ〜」
 それは、碧之にとって願ってもない申し出だった。
「そ、そいつは有り難い。多分オレ一人じゃ迷ってしまうからな」
 さっきまで絶望に暮れていた碧之だが、ようやく希望の光が見えてきた。
「あっはっは、旅は道連れですよぉ。それでは行きましょうか、宮臥さん」
「あ、ああっ。よろしくなっ」
 こうして碧之に仲間ができた。RPGらしい展開になってきたなぁと碧之は思った。

 碧之は風雲と共に峡谷を抜けることになった。抜けるには2〜3日かかるらしい。
「って――そ、そんなに!?」
 驚いて隣を歩く風雲に顔を向ける碧之。
「この世界は意外と広いんですよお」
 険しい谷を下りながら顔だけ碧之に向けて、風雲はにっこり笑った。
 碧之は驚いたが、冷静になって考えると大した問題でもないことに気付く。2〜3日ということは現実世界では1時間以上の経過。ならば現実に支障をきたすことはないだろう。
 旅の途中、碧之は風雲からこの世界についての情報をたくさん仕入れることができた。
 このフォルス・ステージは、碧之のような現実の人間にとってはゲーム世界の感覚だが、この世界の住人にとっては――当たり前だが――現実である。だから彼らにとって碧之の世界は、ここよりも上位の世界なのだと言う。
 この世界の人間にとって、碧之のような人間はまさに神とも呼べる存在と言えた。碧之にとって仮想世界であるこの世界では、上位世界の人間は超人的な力を発揮する事ができるのだ。いや、むしろできない事は何もないと言っても過言ではないらしい。夢の中のようなものなのだ。やろうと強く念じれば何でもできる。恐らくこの世界の人間が束になっても碧之一人に勝つ事はできないと言う話であった。
 風雲は自分の事も語った。
「ワタシは一応旅人なんです。国から国をかけて、街から街をかけて歩く旅人」
「ふ〜ん……そうなのか。でもなんで旅人が上位世界のことを知ってるんだ?」
「旅人だからですよ。旅をしていると色々知るんですよ。まぁ私のような人間は滅多にいないでしょうけどねぇ」
 風雲はその見た目と物腰からか、正体が分かってもなお不思議な人物に思えた。
 そして碧之も自分がこの世界で迷子になった経緯――仲間に連れられてフォルス・ステージに来たまではいいが、正体不明の巨大モンスターに襲われ、気付けばこの峡谷にいたと――をかいつまんで話した。
「きっとあなたのお仲間さんも無事です。この世界であなたの事を探しているかもしれないし、あるいは体勢を立て直すために一度向こうの世界に帰ったかもしれないですね」
「だったら……いいんだけど」
 まさかと思うが、もしや煤利は碧之の捜索を諦めたりしていないよな、と思った。
「――ちなみにそのお方、お名前は?」風雲は碧之の瞳を凝視して尋ねた。
「……煤利っていう女の子だ。赤髪で赤い瞳の女の子。拳銃を持ってる」
 瞬時迷ったが、特に言っても問題ないだろうと思って碧之は素直に答えた。
「ふ〜ん、煤利さんですか〜」と、急に顔をニヤニヤさせる風雲。
「え? 煤利を知ってるのか?」
 風雲のリアクションが気になった碧之は尋ね返す。
 煤利の実力はかなり凄い。もしやこの世界で名が知れているのかもしれない。だが、
「あはあ。いいえ〜、生憎ですがぁ」
 知らないようだ。
 風雲は曖昧に否定しながら歩を進めた。やがて少ししてから嬉しそうな声を上げた。
「おや、宮臥さぁん。こんなところに丁度いい洞窟がありますよぉ。いやぁ、ラッキーです。そろそろ日も暮れてきましたし、今夜はここで一晩過ごしましょう〜」
 見れば岩の奥まったところに、熊の巣穴のような大きな穴がぽっかり開いているのが見えた。結構深くまで続いているようだ。
「あ、ああ……そうだな。もうヘトヘトだしな」
 長距離を歩いた碧之は疲労を隠しきれない顔をしていた。

 こうして洞窟で一晩明かすことになった碧之達は、夜が訪れるとそこでたき火を焚いて過ごすことにした。
「食べますか〜? これ携帯食です。さっき捕まえましたぁ」
 たき火を挟んで腰を降ろしている碧之と風雲。風雲は木の棒で串刺しにした、野ネズミみたいな生き物をたき火の中に入れて焼いていた。
「ああ……いや、腹は減ってないから遠慮しておく」
 本当は少しお腹が空いていたが、さすがにネズミを食べる位までは空いていない。
「そうですかぁ? おいしいのに」
 風雲はこんがり焼かれたネズミにかぶりついた。
 たき火の炎でぼんやり照らされた洞窟の中は物寂しく、その中で小動物をばくばく食べている図は不気味だった。
「うん、絶妙でえす。宮臥さんも食べればいいのに。もう1匹ありますよ」
「まあ、お腹いっぱいだし……」
 嘘だけど。
「残念ですねぇ」
 風雲は悲しそうに言ってもぐもぐと咀嚼していた。
 しばらく碧之が風雲の食事風景を、茫然と腹を空かしながら見ていると、突然風雲が顔を上げて碧之の顔を見つめ返してきた。
「……そういえば、宮臥さん。多分あなたは知らないでしょうけど、あなたが目指す『カロン国』にはね、ある伝説があるんですよ」
 風雲は碧之を見つめたまま、真面目そうな顔で話を切り出した。
「で、伝説?」
 いきなりの事に驚いて、怪訝な顔をする碧之。風雲の顔は炎の光で輝いて見えた。
「そうです、カロン国がなぜ世界の真理を求めているかにも繋がるみたいな噂話なんですけどね……あの国では信じているんですよ、救世主の存在を」
「きゅ、救世主?」
 いきなりの話に碧之は戸惑う。
「はい、世界が終わりを迎えた時、救世主が現れ平和に導くだろう……と、そんなありがちな伝説ですよぉ」
 風雲は肉をむしゃむしゃ食べながら笑顔で語った。
「救世主か。でも、世界の終わりってのはなんだ? 何から世界を平和に導くんだ?」
 煤利が言っていた事を思い出す。このゲームのクリア条件。それはこの世界を救うこと。だけど具体的に何から救うのか、どうやって救うのかは分からないとの事だった。
「ええ、それなんですがね……。実は50年以上前にね、カロン国が滅亡の危機に陥った事があるんですよ。戦争だか何かが原因らしいですけど」
「それで……その時に救世主が現れてカロン国を救ったのか?」
「ご明察で〜す。それでね、救世主はカロン国を去るんですけど去り際に言ったんです。世界が終わりを迎えた時、再び現れて世界を救済に導こうって」
 風雲は大げさな手振りを加えて語る。洞窟の壁面にその影がぼんやり映し出される。
「でもさ、それがどうして世界の真理に関係しているっていうんだ? まさか……」
 碧之は話している内に思い至った。世界の真理とはすなわち碧之が暮らす現実世界の事なのだろう。カロン国は現実世界を知っている。そして……世界を救った救世主。
「そうでぇす。なかなか勘が鋭いですね、宮臥さぁん。その救世主はね、多分あなたと同じ上位世界から来た人間なんですよ」
 つまり、それは碧之や煤利と同じ、ただのゲームプレイヤー。
「そして……救世主が去ったというのは言うまでもなく、宮臥さんが暮らす世界に帰ったということなんですよ、きっと」
 このゲームの目的は世界を救うこと。つまりそのプレイヤーは世界を救ったから、もう用がなくなって現実に帰ったということなのか。
「そうか。じゃあカロン国の人間なら元の世界に帰る方法を知っているかも!」
 思わず気持ちが高ぶってくる碧之。一時はどうなる事かと思ったが、若い仙人のような旅人のおかげで一気に生還への道が開けてきた。
「まあまあ宮臥さん、焦らずに。今はこの峡谷を抜けるのが先ですよ。抜ければすぐカロン国に到着です。明日は結構歩きますから今はゆっくり休みましょう」
 風雲は苦笑して碧之をなだめる。いつの間にかもう1匹のネズミも完食していた。
「あ、ああ。そうだな!」
 たき火の明かりでぼんやり照らされた薄暗い洞窟の中は、それでも物寂しい雰囲気はなくなっていた。暫くひとときの団らんを過ごす2人だった。
 だから、希望に満ちあふれていた碧之は到底考えも及ばなかったのだ。
 結局、彼はこの先カロン国を訪れることはないという事実に。


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