ヒーローズ

第3章 つかの間の日常と飛翔

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

終幕へ続くある戦い――

 
 ストレィが風雲に捕まり、毒を盛られ、そして牢に閉じ込められてからどれぐらい経っただろうか。
 弱々しい呼吸を繰り返していると、不意に遠くから足音が近づいてきて――それが牢の前で止まると言葉を発した。
「ほう、まだ生きていたのか。だが都合がいい」
 鉄格子越しから声が響く。どうやら看守が来たようだ。
 しかしストレィは猛毒の効果によってすでに満身創痍で、もはや満足に動く事も話す事もできない。牢の隅で縮こまりながらぼんやり声を聞いていた。
「出ろ。貴様にはまだ利用価値があるみたいだ。これから貴様をある場所に連れて行く。用済みになったら、おれがその体を思う存分可愛がってやるからな……ぐひぇひぇひぇ」
 屈強な男はそう言うと牢の鍵を開けて中に入ってきた。そしてストレィの体をひょいと片手で持ち上げて、牢の外へと引っ張り出していった。
 目隠しをされて、何かの乗り物に乗せられて辿り着いた先は――。
「なっ……こ、ここは……そ、それにあいつ、は……」
 乗り物から降ろされて、目隠しを外されたストレィは驚いた。
 そこは『ナイト・フライト』の拠点がある森の中。それも湖が広がる森の中心であった。
 そして目の前に広がる光景は――。
「オるううううぁあああああああアアア!!!!!!」
 無数のカロン国の兵士と戦う、1人の黒衣の男の姿だった。
 彼の周りには数多くの兵が倒れている。湖の周り全てに兵士で埋め尽くされていた。一騎当千。彼は文字通りたった1人で兵を二刀流で次々に薙ぎ払っていた。
 一瞬で、彼の周りに立つ者はいなくなった。
「せ、セイヴァ……」
 その様子を見たストレィは擦れた弱々しい声で言う。
 トゲトゲ逆立った髪に、神父のように黒づくめの狂犬――。
 ストレィに背を向けていたセイヴァは、ゆっくりと振り返って歯を剥き出しにして言った。
「よ〜う、我が下僕ぅぅ〜。助けに来たぜぇええええ」
 ストレィは、思わず心が緩んで涙が出そうになった。久しぶりの感情を、ストレィは取り戻した。しかし――。
「そうはさせるかぁ〜」
 と言ってぬうっと出てきたのは、ストレィを連れ出してここまで連れてきた看守。いや、看守ではない。それはカロン国が誇る狂戦士。ヴァリ・バリウス――。ストレィ専属の見張り番。屈強な体にそれを包む重装備。そして手には馬鹿でかい鉄球。
 さらにはストレィと共にやって来た兵達がセイヴァを取り囲む。
「雑魚がァァア……すぐに片付けてやるよォオ」
 しかしセイヴァは怯む様子もなく牙を剥き、たった1人で武装した集団を威嚇する。
「ふん……それはこっちの台詞だ。貴様を殺し莫大の懸賞金を頂く……さぁ、いけいっっっ!!!」
 ヴァリのかけ声と同時に、兵達は一斉に襲いかかる。
 ザ、斬――と。刹那の斬撃。
 それだけで、終わった。
 次の瞬間にはそこにいた全ての者が戦闘不能になっていた。
「前座にもならねェなァア、こんなミジンコォ」
 2本の剣を空ぶってセイヴァは体を伸ばす。
 ちなみにヴァリは真っ先に倒された。鉄球と防具は粉々に粉砕され、彼は湖の中に落ちていった。
 いまここに残っているのは、セイヴァと、ストレィ――そして、
「おやおや〜。本当にあなたは規格外の化け物ですねぇ。カロン国1番の実力者をいとも簡単に倒してしまうなんて〜」
 自称・旅人で、魔術師と影で囁かれる、一切が謎に包まれた人物――風雲。
 ストレィは目を見開く。自分の顔がみるみる蒼白になるのを感じた。NPCでありながら自分が全く敵わなかった、異質でイレギュラーな不気味の存在。
「はぁああ? なんだぁあ? 貴様はぁああ?」
 何も知らないセイヴァは見下すような視線で風雲を問い詰める。
「せ、セイヴァ……気をつけて……そいつは、ただ者じゃ、ない」
 ストレィは風雲の脅威を必死で伝えようとする。こいつは――普通のNPCではないのだ。まさにそれは怪物。
「だがストレィ。こいつとても強そうには見えねえけどナァ……」
 必要以上に怯えるストレィに対して、セイヴァは余裕に応える。
「強さ、ねえ……くだらない。そんなものにこだわるなんて……力だけが全てじゃないですよ。あなたは何故我々の邪魔をするのですか? やはりただのゲームクリアの為の行動ですか?」
 風雲が軽蔑するような冷めた目をセイヴァに向けて言った。
「……なっ、なに……貴様……なんでその事を……貴様もしかしてプレイヤーなのか?」
「ふふふ、さぁどうでしょう。あなたには関係ありません。それよりあなたは何の為に戦ってるのか、何故強さを求めるのか、私にはこんな世界に引きこもるあなたの考えが全く理解できないでぇす」
 そう語る風雲の目には明らかに一種の怒りが感じられた。
「そんな事貴様に関係ねえ。そして俺様にも関係ねえ。関係ある事って言ったらただ一つ、俺様は最強に強い、それだけで十分だろ?」
「ふふ……そう、十分なのですか。確かにあなた強そうです。聞くところによると、世界最強を名乗ってるそうじゃありませんか」
「だからなんだァ? 自分の目で見て見たいってかァ? アァ!」
 セイヴァの恫喝に、しかし風雲は微笑んだまま、
「愚かですね。虚構のゲームにのめり込んで自分の置かれた現実と向き合おうとしない屑は。外側を見ようとしないゴミは! それで最強? 笑わせてくれます。それってもはや最も弱いじゃないですか。こんなもので満足しちゃってさぁ!」
 風雲は不気味に笑って――だけど、怒っているようにも見えた。
 瞬間、ストレィは確かに感じた。セイヴァが怯んだ。得体の知れない男に対して、あのセイヴァが揺らぎを見せたのだ。
「くっ……貴様よくも俺様に向かってそんな口をッ! ぶっ殺してやるぜぇえええ、仙人さんよぉおおおおお!!」
 強い語気で嘯いているが、セイヴァは明らかに動揺している。ストレィは薄れゆく意識の中で不吉な予感を強く感じた。
 セイヴァは――贄冶刀夜は――負ける。風雲には勝てないと。そしてそれはきっと……贄冶刀夜自身も理解している事だろう、と。
「分かりましたぁ。だったら、冥土の土産に教えてあげましょう。あなたが知ってる世界なんて、実にちっぽけで閉じているものだってことを。あなたはもう――この世界とはお別れですよ」
 風雲は不気味に笑って――直後、地響きがして湖の中から世界の破滅が現れた。


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