女はすべて俺の敵!

第2章 レディ・バグ 対 男性殺し(マン・イーター)

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 次の日、俺が学校に行ったらクラスの連中から羨望と嫉妬と軽蔑の目で見られ、たくさんの質問攻めにあった。
「丑耳遙架と付き合うってほんと!?」
「いや、違うよ。丑耳さんの告白を断ったって話じゃないの?」
「違うよ違う。なんか対決するんだよね? 付き合うか付き合わないかの」
「え? なにそれ? 対決って?」
「2組の男子生徒を解放するために我らがレディ・バグが立ち上がったのだっ!」
「それほんと? まったく、相変わらず馬鹿なこと言ってんのね、支倉は」
「でも2組では神格化されてるんでしょ? 丑耳さんを倒すことで2組に平穏が取り戻せると。あははは。完全に遊びじゃん」
「ま、そうなんだけどさ。しかし一方2組の中には支倉を敵対視する動きもあるらしいんだ。完全に意見が真っ二つに分かれていてな。妨害工作あるかもしれないな」
「なんか面白そ〜。おいおい、支倉か丑耳さんどっちが勝つか賭けないか?」
「よし、じゃあ昼飯を賭けて勝負だ。オレはもちろん丑耳さんだ!」
「おいおい我がクラスの汚点、支倉燎池が負けるというのか? 俺達が信じなくてどうするんだ! よし、じゃあ俺も丑耳さんで」
「じゃあ俺も俺も〜……って、おいおい! そんなんじゃ賭けになんねーじゃん! 支倉の味方はいないのかよっ」
「っていうか羨ましい。支倉死ね」
 なんか賭け事に利用されているし、いつの間にか神格化されてしまっているし。どさくさにまぎれて死ねって言われてるし!
 正直、俺はこのまま有耶無耶にしようと考えていたんだけど……引き返せないなこれじゃ。
 2組の救世主となるのか、それとも俺も丑耳遙架の手にかかり、やがて学校の男子生徒全てが丑耳に隷属することになるのか。
 そんな訳で自分のクラスである3組と、丑耳が属する2組から俺は一気に注目の的となった。
 その後、美来の調査で分かった事だが、2組の男子は確かに骨抜きにされていた。丑耳の言う事には逆らえないし、丑耳の為ならなんでもする風潮であった。たくさんの貢ぎ物も受け取っているようだ。まるで女王だ。
 無法地帯と化した2組。これは確かに解放するべきなのかもしれない。そして何より俺を求める声があるのだという事実。
 思えば、俺がレディ・バグとして誰かのために戦うというのは、今までなかった事かもしれない。ふむ……ならば俺はやらねばならんのだろうな。……よかろう、俺が性を越えた英雄となってなろうではないか。ぶわっーはっはっはっはっはッ!
 と、心の中で俺が高笑いしていると、前の席に座る来栖咲喜が出し抜けに振り向いて言った。
「聞いたわよ、支倉。またあんた変な事始めたんでしょ? ほどほどにしなさいよね」
 いつものような爽やかな顔でそれだけ言って、すぐに背中を向けた。
 俺は一瞬ドキリとして固まってしまったが、頭を振って立ち直る。いかんいかん、こんな事じゃあ先が思いやられる。
 ああ、そうだ。すまない……咲喜よ。俺は新たな戦いに生きるのだ。俺はお前を乗り越えていく、お前の心を胸に宿して俺は戦う。お前の為にも――俺は絶対に負けないッッッッ。

 ――そしてあっという間に放課後になった。
「なぁなぁ燎池。なんか色々騒がしい一日だったけど結局今日は丑耳さん、お前んとこに来なかったよな〜。もう愛想尽かされたのかもなぁ。あっはっはっ」
 隣の席で女の子っぽい仕草をして夜見史がにやついてた。言われてみれば……昼休みの間、2組に一度顔を出したのだが、その時も丑耳の姿を見ることはなかったな。
「フン。奴め……さては怖じ気づいたか。まあ。無理も無かろう。俺の心を揺れ動かすことなど一介の小娘には不可能なのだよ、あははははは!」
 大言壮語を吐いてみるが実は内心ほっとしていたりする。
 しかし俺が高笑いをしていると……恐怖の女王がとうとう俺の元へと現れた。
「あ、支倉くん。こんにちわ」
 突如、後ろから声がした。
 俺は高笑いのポーズのままピタリと凍りつきながらも、頭だけで少しずつ振り返る。
 大方の予想通り――そこには丑耳遙架が微笑みながら立っていた。
「私、支倉くんとお話しようと思ってたんだけど、支倉くん朝からずっと忙しそうだったから……とうとう放課後になっちゃったねっ」
 幼い顔つきでにゃぱら〜と笑う丑耳。舌を出して、自分の頭を軽くげんこつで叩いている。
「あ……あ……」
 とっさのことに俺は言葉が出ない。もの凄く帰りたくなった。あと、それは反則のポーズだぞ、丑耳よ。夜見史とかちょっと鼻血出してるもん。てか失神しちゃってるもん。
 そして周囲を見渡せば、いつの間にか騒がしかった教室内はシンと静まりかえり、教室に残っていた全員が俺達に注目していた。
「それでね、支倉くん。私、まずは支倉くんとお友達になりたいな〜って思ったんだけど……とりあえず携帯番号交換……していいかな?」
 甘えるような声で囁く丑耳。ちいっ……さっそく俺を攻略しにかかったかッ。だがそんな簡単に俺が女などに屈すると思うなよおおおおッ!
「ふ、ふんっ……昨日の今日で早速俺のハートを奪いに来たか? ハンッ、結構だ、丑耳遙架。俺は貴様と仲良くしてやる道理なんてないのだ。よく貴様はこんな茶番に付き合えるよな? こんな見世物みたいな真似して貴様にプライドはないのか? 恋愛ごっこをしたいのならば他をあたれいッ」
 先手必勝ッ。俺の一撃必殺技・死に至る透明の傷(誹謗・中傷)。
 ふん……これで貴様はもう俺に近寄れないだろう。そうだ、傷つくのが怖いなら初めに傷ついておけばいいのさ。傷は浅いにこしたことないだろう? 丑耳遙架よぉおお。
 教室にいるギャラリー達は固唾を呑んで見守っている。俺の毒舌に引いている者さえいる。ふん、こんなものいつものことだ。俺は修羅の道を往くと誓ったのだ。他人の目など気にしないッッ。
 見れば丑耳遙架は体を震わせていた。そんなメンタルで俺に勝とうなんて1万年早い。
 そして、丑耳は静かに口を開く。逆上するか、それとも敗北宣言でもするつもりかぁ?
「支倉くん……その言葉、嘘だよね。まだ支倉くんの事ぜんぜん分かんないけど、支倉くんはこんな事言う人じゃないって私、知ってるんだからっ」
 なっ? こ……これは完全に予想外の言葉だっ。目を潤ませながらもけなげに俺を擁護しているではないか。敵であるこの俺を。
「くっ……な、何をっ……この女。知ったような口をッ!」
 そうだ。この女には愛なんて感情はないのだ。全て口からの出任せだ。なんでお前が俺の事をお見通しなんだよ! どうせゲームのつもりでやっているに過ぎんッ。
「ごめん……やっぱり信じて貰えないよね」
 俺の考えている事が分かったのか、丑耳は済まなさそうに小柄な体を竦ませた。
「当たり前だ。これは俺とお前の勝負なんだろう? ……確かに先日、危ないところを助けてもらったのは感謝している。だけど、それはそれだ。俺とお前は相容れない存在なのだ」
「そ、そうだよね……こんな大勢の人達が見てる前でするような話じゃなかったね……ごめんね、支倉くん。でも信じて欲しいの……私、支倉くんの事もっと知りたいと思ってるし、もっと仲良くなりたいと思ってる……」
 丑耳の伏し目がちの瞳からは涙が滲み出ているように見えた。肩を小刻みに震わせている。
「し、信じられない……都合が良すぎる。なぜ今なんだ。本当にそう思っていたんなら勝負が始まる前にお友達とやらになればいいだろう。そうだったら考えてやってもよかったのに」
 うっかり最後の方に本音を言ってしまった。そうだ、俺も本当は期待していたのかもしれない。この小柄で童顔の、他人を本気で心配できる優しい心を持った少女。八百屋で一生懸命バイトに励む少女となら……。く、くそっ、いったい何を考えているのだ俺は……。
「それは……だって、あなたに初めて会った次の日にいきなりこんな事になっちゃったから……。だから順番が逆になったけど……本当は私、こんな勝負なんて興味ないの」
 俺だって興味はないんだ。というか勝負なんてしたくない。
「じゃあなんでこんな馬鹿げた事を……」
 俺の声は震えていた。
「私、あなたと親密になりたいからこの勝負を利用しただけなの……勝負にかこつけて自分の気持ちを隠しただけなの……卑怯だよね、私」
「……」
 何を……言うんだ。こいつは……こいつは……。
「こんなんじゃ支倉くん、私のこと嫌いになっても仕方ないよね……ごめんね、なんか変な空気になっちゃったよね」
「……」
 何を言っているのだ、この女……。信用できない信じられない信じない。
「えへへ、それじゃあ今日のところは私の負けってことで。一応、勝負は勝負だからね……私まけないよ」
 丑耳遙架は手で涙をぬぐって走り去った。勿論俺はその背中を追いかけることなんてできなかった。何が何だか分からない……俺の頭にあったのはそれだけだった。
 俺がやっていることは正しいのか? 果たして丑耳遙架は本当に巷で囁かれているような酷い女なのか? そして俺は本当に丑耳遙架の事が嫌いなのか? 丑耳がただ女であるという理由だけで……いや、違う。奴は男性殺しなんだ。でも、じゃあ丑耳が男性殺しじゃなかったら俺はあの女とどうなりたいのだろう……そんな事を考える位に俺は奴からダメージを受けた。
 俺は有耶無耶とした気持ちで家に帰った後、パソコンを立ち上げて『男革命・レディバグ団』へ行ったがそこには誰もいなかった。団長からメッセージが残されていて、しばらく忙しいので来れないとのことだった。俺はパソコンの電源を落とした。
 リンネは相変わらずTVゲームをやっている。最近は恋愛シュミレーションゲームにハマっているみたいだ。ふん。


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