女はすべて俺の敵!

第3章 レディ・バグの失墜

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 翌日、俺が学校へ行くと、クラスではちょっとした騒ぎになっていた。 
「実際、もう付き合ってるんじゃないのか〜?」
「だけどまだ正確には付き合ってないみたいだけど」
「いやいや、これもう支倉の負けだろ」
「っていうか支倉め……このまま丑耳さんとできちゃったりしてみろ……殺す」
 どうやら俺が負けたのだと思われているらしい。俺の元には真相を問い詰めようと男女問わずが寄ってきた。その度に夜見史と美来がなんとか人払いしてくれたおかげで混乱にはなっていないが、これは俺と丑耳の勝負が始まった時以来の騒動だった。
 しかも今度はただの興味本位からの騒ぎではない。2組の男子生徒が俺に対しての恨み辛みまでぶつけてくるのだ。どうやら対戦が始まってから2組の男子生徒達は丑耳の魔力から解放されたようなのである。つまり相手にされなくなったと言える。だから俺は嫉妬に狂った一部の男子生徒達から狙われているみたいなのだ。
 まあ、これも美来と夜見史が影で色々と活躍してくれているみたいで、今のところ俺に危害はないが……それだけ俺は絶体絶命のピンチに見舞われていたのだった。
 しかしこうして支倉燎池敗北説が濃厚になっている空気の中、それでも当の俺自身はまだ勝負に負けたつもりはなかったのだ。
「ふははははッ、馬鹿め、まだ気付かんかっ。これは作戦だッ。このまま長期戦でジリ貧の戦いを強いられるなら、いっそ相手の策に乗って付き合う振りをするという作戦なのだよ。敵のより深い検証のためにだな……」
 と、俺は懇切丁寧に説明したりもしてみたが、結果は最悪。ふざけるなッ! と、火に油を注ぐ形となってしまった。
 この日はそんな荒れ模様だったので、当然丑耳と会う機会もなく、学校が終わると俺は逃げるようにまっすぐ家に帰った。

 俺は細心の注意を払いながらやっとのことで自宅に到着した。最後に尾行がないか、念入りに確認して玄関のドアを開いて中に入る。
 そしてそのまま自室に行こうとすると――珍しく妹の為巳が家にいた。
「おかえり〜、お兄ちゃ〜ん。ってか何コソコソしてるの? 泥棒ごっこ?」
 為巳はリビングのソファに寝転んでお菓子を食べながら気怠そうに言った。だらしのない奴め。
「俺がそんな寂しい遊びするような奴に見えるのかっ! それよりどうした為巳ぃ。今日、部活はないのか?」
「見えるから言ってるんだけど……ま、いいや。うん、今日は休みだよ〜……それよりさ、お兄ちゃん。なんだか元気ない?」
 頭だけで俺の方を振り向いて、為巳はずばりと聞いてきた。というか鋭い。
「は、はあ? 何言ってるんだ、お前は……お前は俺の心配をするより、自分の心配をするがよい。このままだとまた赤点を取ることになるぞ。ぶははははっ」
 まさか俺が学校でイジメ紛いの扱いを受けているなんて言えるわけがない。敵はあまりにも強大なのだ……お前まで巻き込むわけにはいかんからな。
「うっせー、ばぁ〜かっ」
 為巳はそばにあったクッションを俺に投げつけてくる。俺はそれを華麗に回避。そしてそのまま優雅に自室に直行。ここまでの一連の流れ、美しさ部門第一位。
 意味不明な事を考えながら自室に籠もった俺は、早速パソコンの電源を付けて久々に『男革命・レディバグ団』へ行くことにした。
 ちなみにリンネはまだ帰ってきていないようだった。というか普段何しているのだろうな、あいつ。今まで家族と鉢合わせしてないのが奇跡のようだ。
 と、俺がパソコンの起動待ちしながら疑問に思っていると、ドアの外から為巳の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん。なんか分からないけど……お兄ちゃんは今までのお兄ちゃんのままでいいから。だから……まあ、頑張ってねお兄ちゃん」
 その声は大人しくて、いつも元気だけが取り柄の為巳らしくない声だった。為巳はそれだけを告げて、どたどたと階段を降りていった。
 ……だけどその台詞は為巳らしい、元気づけられる台詞だった。
「ああ……お前に言われなくとも分かっているよ」
 ふふ。妹にまで心配されていたら世話がないな。
 もしかしたら誰もいないかもしれないけれど、みんな『男狩り』にやられてしまったのかもしれないけれど……それでも望みを持って俺は久々の『男革命・レディバグ団』に入った。
 そして……そこには一人、団長の常道一本さんがいた。
『お、おお……君はライチ君ではないか! よくぞ戻ってきてくれた!』
『だ、団長……よかった。無事だったんですね、団長〜!』
 俺と団長はしばしの間、お互いの無事を喜び合った。気持ち悪いので割愛。
『――ところで団長はしばらく空けていたみたいですけど何してたんですか?』
 しばらくして、落ち着いた俺は団長にここ最近の状況について尋ねた。
 ほとんど毎日レディバグ団に訪れる団長なのに、今まで何をしていたのだろうか?
『ああ、それはだな……、まさにいま我々の脅威となっている男狩りについての調査を独自に行っていたのだよ』
『男狩り、ですか……そう言えば、俺が最後に団長と話した後にマン・イーターなる人物がここに訪れて俺に宣戦布告していきました……』
 あの時ここに訪れたマン・イーターが丑耳遙架だとは勿論思わないが、学校で『男性殺し』と呼ばれている丑耳遙架は『男狩り』の一人であるのだろう。いや、そもそも『男狩り』という呼び名自体、俺達が分かりやすいように便宜上勝手に呼んでいるだけだ。これからは分かりやすいように男性殺しで統一しよう。
 そして逆説的に言って、丑耳遙架の存在自体が男狩りという勢力があることを証明している。
 とにかく俺は、前回起こったマン・イーター事件の一部始終を団長に語った。
 だけど、俺の話を聞き終わった団長は俺にもっと大きな、衝撃の事実を伝えた。
『そ、そうか……ライチ君。実は俺もマン・イーターなる人物には何度か遭遇したことがあるのだ』
『な、なんですって……!?』
 一度だけではなかった。マン・イーターは幾度も侵略行為を行っていたというのか!
『恐らくは荒らしだろう、ライチ君。多分同一人物の手によるものではない。なぜか今、男性を堕とす現象が世の中で多発しているらしいのだ……だからその為の障害となるレディバグ団が大きな攻撃を受けているようなのだ。だけど、どうしてこんなことに。なぜ男狩り……いや、男性殺しなんて現象が……』
 団長の書き込みには迷いが見て取れる。事態の深刻さに焦っているのだろう。
 俺は団長になんて言えばいいのか思案していると――ふと、俺の頭に十二支リンネの顔が浮かんだ。以前から男性殺しの噂が囁かれていたとはいえ、こんなにも大々的になったのは俺があいつと出会ってからだ。これはれっきとした大きな物語だ。もしかしてあいつが原因なのでは……いや、まさかそんな事あるわけない。こんなものは偶然だ。
『とにかくライチ君。我々は崖っぷちに立たされている。かくいう俺も何度かピンチに見舞われそうになったがなんとか邪心を振り払ってここまで戻ってきた。ライチ君も大丈夫か?』
 団長の言葉で俺は我に返る。そして今まで頭の中にあったリンネの顔が、別の少女に置き換えられた。
『お、俺は……』
 丑耳遙架。……そうだ。団長に話そう。俺は、これは、恋なのかどうかを。迷いを断ち切るために。団長に戦えと言って貰うために。そう言ってくれればきっと俺は戦える。だから。
『聞いて下さい、団長……。実は俺、団長に相談したい事があるんです……』
 そして俺は丑耳遙架の事について話した。付き合っているのかいないのか微妙な関係。俺の心が丑耳に惹かれつつあるこの状況を。
 一通り俺に起こっている事情について話をした後――しばらくの沈黙があって――団長は俺に宣告した。
『ライチ君……君は、レディバグ団から出て行け。お前は、その女の子に負けた』
 それは――無慈悲な解雇通知。俺の敗北通告。死刑宣告。
『え……い、いや……』
 俺は我が目を疑った。
 そんなの――嫌だ。
『……団長。嫌ですよ。俺は負けてない。だって俺、ここから出て行くつもりはないんです。俺はレディバグ団の一員として戦っていきたいんです。だから俺は女と付き合うつもりはないですよっ!』
 俺にはここしかないのだ。ここがなくなったら心の隙間をどこで埋めろと言うのだ。だからそんな事言わないで下さいよ、団長っ!
『――馬鹿野郎ッッッッ!!! お前の負けなんだッ、ライチィィィッ!!』
 団長の叫び声。いつも温和で紳士的な団長が……初めて怒った。
『え、団長……』
 俺は言葉を失ってしまった。頭にたくさんあった言い訳が全て吹き飛んだ。
『俺はお前らが憧れを抱くようなかっこいい大人じゃないんだ……羨ましい。これが俺の正直な気持ちだ。口では色々言ってきて自分を色々誤魔化してきたけどこれが真実だ。俺はお前が羨ましくて羨ましくて憎くて仕方がない……俺だって、俺だってホントはモテたいんだ! 女子にチヤホヤされたいんだよぉおおおおおおお!!!!!』
『だ、団長……あなたは……あなたは』
 あの団長が……何を言っているんだ。冗談だ。これは現実じゃない。
『お前は……大事なものが見えなくなっている。ここはな、確かに居心地の良い場所かもしれないけど、所詮ここは満たされない心を癒す為の場所でしかないんだ。女性から相手にされないというルサンチマンを発露する場所なんだっ! 俺が団長として頑張っているのは今までモテなかった事に意味が欲しかっただけなんだッ! そうでもしないと俺の今までのみじめな人生は報われないんだよおおお! モテない事を正当化したいんだよおおおおお』
『ち、違います……俺は……違います。俺は本当に女と戦うために』
 そうだ。ここはそんな消極的な場所じゃない。俺はモテないからこんな事をやってるんじゃないんだ! 団長はそんな事言わない! 思ってるわけない! 少し混乱してるだけだ!
『違うッ、ライチ! お前はこう考えているはずだっ。もしかしたら女性は悪ではないかもしれないと。今のお前は、ただこの場所にいたいから……レディバグ団の一員という自分のアイデンティティーを守りたいだけで女を無理に憎んでいるに過ぎないッ。それはお前が不幸になるだけだ。そんなのは俺が――いや、レディバグ団全員が望まない。お前は今、女性と戦うという事に疑いを持っているのだろう? だったらこの場所はお前にとって毒でしかない。お前には未来がある。こんな吹き溜まりにいていい人間じゃないのだっ!』
 乱心してるはずの団長の言葉は、けれど俺の胸を突き刺す。なら、そうなのか? 団長が正しいのか? きっと団長は……正しいのだろう。俺はいつも団長の言葉を素直に信じてきた。
『だ、だんちょお……』
 だから俺には言葉がない。何も反論できない。何を信じればいいのか分からない。音を立てて崩れていく。レディバグ団が。レディ・バグが。俺の全てが――。
『それに、そんな考えの人間にいられても迷惑なだけだ。俺達の足を引っ張るだけだ。ここにはリア充の居場所はない。消えるんだ。そして……もうこんなところに戻ってくるんじゃないぞ……幸せになれよ、ライチ』
『……だ、団長っ団長っだんちょ――』
 ――《ライチ》さんは強制退室させられました――
 俺は団長の手によって部屋から強制的に追い出された。
 俺はレディバグ団から除名処分となった。


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