女はすべて俺の敵!

第1章 物語の始動とレディ・バグの開始

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
「燎池。お前にとって恐ろしい話を聞かせてやろうっ」
 リンネと別れた後、そそくさと登校して教室に入って席につくなり、隣から碑文夜見史がテンション高めに語りかけてきた。どうせくだらない話だろう。俺にとって恐ろしい存在などこの世にはありえないのだ。ふははっ。ならば聞いてやろうではないか。
「実はさ、最近ある噂話が広まってきてるんだよね〜」
 夜見史はにやけ顔のまま、俺にこっそりと耳打ちした。
「ほう、噂話とな。で、どんな内容なんだ? というか俺にとって恐ろしいとはどういう意味だ?」
「それはな、僕らと同じ1年ですっげー女の子がいるらしいんだよっ」
「はあ……女、ねえ。お前は懲りずにまたナンパでもしようというのか? 黙っていればモテそうなのにもったいない奴だ……というか、そもそも女の話なんて俺には興味ないからするなといつも言ってるだろ」
 なにせ女は全て俺の敵。敵意ならあるが興味なんて全くない。夜見史とは対称的な思想だ。
「それが、さ〜、あるんだよぉ。何を隠そうその娘はな……どんな男も落とす、お水顔負けの男キラーなのだからねっ!」
 夜見史が声高らかに叫んだ。少しの間空気が止まった。
「……えっと、どういうことだ?」
 俺の理解が追いつかない。だからどうしたというのだ、夜見史よ。
「だからさ〜、惚れさせるんだよ。その娘はどんな男も骨抜きにするんだって! ふぅ〜、僕もメロメロにして欲しいなぁ〜! ちくしょ〜う!」
 興奮する夜見史は置いといて……ふむ。なんとなく話が読めてきた。
「そうか。つまりその女……俺の天敵と言いたい訳だな?」
「そうだよぉ〜、女嫌いな男さえも落とす自身があるらしいし、事実その娘がいるクラスの男子は一人残らず彼女に惚れてしまっているらしい。その娘は一部では『男性殺し』と呼ばれているんだ。そう聞くと女の子を敬愛するさすがの僕でもちょっと敬遠しちゃうよね〜」
『男性殺し』か。そういえば似たような話を先日ネットでも聞いたな。はははははっ! 何がお水顔負けだ! ぬるいぬるいッ!
「ふ……ふふふ。まだ入学して半年程しか経っていないというのにその女……なんとも悪食にして愚鈍でおこがましい奴なんだ!」
 そして、まるでレディ・バグの俺に対する挑発のような態度ではないか。
「そう言うと思ったよ、燎池。できればその娘、僕の彼女になって欲しいところだけど……今回は君にうってつけの相手だ。僕は密かに期待してるよ。全ての女を敵対視するお前と正反対とも言える人間。まさに最強の盾と矛……果たしてどちらの意思が勝るのか……ってね」
 そうか……俺はいま理解した。これが――リンネの言っていた物語なのだ。
「もう僕の言いたい事は分かったろう? わざわざ僕がお前に話すってことは、そういうことだよ……果たしてお前はその娘に食われずにすむのかい、燎池ぃ〜」
 俺はしばし考えをまとめる。夜見史はにやにや軽薄な表情を浮かべながら俺の返事を待っている。けど、俺の答えは決まっている。
「そんなもの――興味ない」
「ああ、そうだよな。女とみれば見境無く叩く、それがお前の信念だもんな。こんな男の純情を弄ぶようなレディを当然お前は黙って見逃すわけには――って……興味ないんかいっ!」
 うむ。朝から見事なノリツッコミ。腕を上げたな夜見史。けれど夜見史の顔は真剣そのものだった。あれ? 冗談モードではないみたいだぞ。
「おいおい、なに言ってるんだよ燎池ぃ。これはある意味女の攻略だよ。女は敵なんだろ? お前の使命なんだろ?」
 俺の答えに納得できないらしい。まぁ、その気持ちはよく分かる。
「ああ、確かにその女はまさしく俺の敵なんだろうが……しかし勘違いするなよ、夜見史ぃ〜。俺は世の中の全ての女をただ憎んでいるわけじゃない。俺は真の男女平等の世界を望んでいるだけだ。そして俺は遊び半分でその女と真っ向勝負とやらをする気なんてさらさらない。俺の生き様は見世物ではないのだ」
 なんて、さもそれらしい事を俺は言ったのだが――正直、怖かったのだ。俺はその女に対して果たして自己を保っていられるのか。そしてこれが物語なら俺はこれからどう転がっていくのかが。
 夜見史は、「う〜ん」とか言って納得しかねてたみたいだが、俺としては単にその女に怯えているだけなのだ。
 なんとなく、夜見史と目を合わせず辛くなって俺は教室の扉の方に顔を向ける。するとそこには丁度、教室に入ってくる――来栖咲喜の姿が見えた。
 来栖咲喜……。そう、俺は昨日この女一人に対してあれほどまでに心を揺さぶられたんだ。こんな女一人に――。その時突然、来栖咲喜が俺の方を見たような気がして、俺は慌てて視線を逸らした。
 な……今のは。……そ、そうか、まさか咲喜。お前、まだ俺の事が……。俺はうつむき加減でチラリチラリと咲喜の方を伺った。
 すると、なんと咲喜はまっすぐに俺の方へと歩み寄って来ているではないか。敢えて俺を意識しない平然とした顔で向かってくる。な、なんだ。俺に何か用があるとでもいうのか!?
 ま……まさか、そうか……さ、咲喜。貴様、とうとう俺に告白するつもりなんだな。だから平静を装っているのか、覚悟を決めたというのか。そうしている間も咲喜はどんどんこちらに近づいて来る。だ、だけどまずいぞ、こんな教室の中でだなんて……。俺はどうすればいいのだッッ。
 と、考えを巡らせている内に、咲喜はとうとう俺の目の前までやってきた。俺は、俺は咲喜の気持ちにどう答えればいいのだあああッ!
 そして咲喜は――俺の前の席に座った。
 え……? 俺に告白しないのか? というか、これはどういう……。
 あっ、そうか。咲喜は自分の席に座っただけなんだね。っていうか、咲喜は俺のことなんて初めから眼中になかったのか……。なんとも思っていなかったって事なのか? そういえば挨拶すらしてないもんね。
 ……は、ははは。やっぱり俺の勘違いか。俺は一人で妄想していただけなのか。一人で勝手に浮かれていただけなのか。ふ、ふふ……そうだよな。咲喜と俺は決して結ばれない運命なんだ。レディ・バグの俺にはこういう終わり方が一番いいんだ。
 ふっきれたよ……さようなら、咲喜。そして、ありがとう。
「――ん? どうしたんだい燎池? さっきから挙動不審にキョロキョロしちゃって。ひょっとしてお前、『男性殺し』にびびってんのかい?」
「おわっと」
 気が付けば横で夜見史が不思議そうに俺を見つめていた。いかんいかん。なんだか変な感傷に浸ってしまっていた。そうそう。俺は自信がないのだった。その話をしていたのだった。だけど、勿論そんな事言えるわけない。
「はっ、はん。冗談ではない。俺は女などに割く時間が勿体ないと言っているだけだ。そうさ、俺は女に構っている暇なんてないのだ」
 と、強気に言い放ちながら前の席を見た。来栖咲喜はクラスの2大モテない王の俺達の会話なんか耳にも入れている様子もなく、机に教科書を広げていた。なんとなく悲しい気持ちになっていたその時――、
「な〜によ〜。それってアタシの事も言ってんの〜?」
 サバサバした、快活な女の声が後ろから聞こえた。
「う、うわっ、ごめんなさいっ。僕はこいつと違って女の子を何より大切にする紳士ですっ」
 夜見史は驚き高速で言い訳しながら声のする方を振り向いた。俺もゆっくりと顔を向ける。そこには椅子に座った俺達を見下ろす――此先美来(このさきみらい)がいた。トレードマークの眼鏡をくいっと上げている。
「な、なんだよ、美来か……まったく、驚かせるなよぉ」
 夜見史はほっと胸をなで下ろしてため息を吐く。そして俺も同様に息を吐いて言った。
「いや、安心しろ。お前は女として見ていないから平気だ」
「ひ、ひどいっ! 心に癒えない痛みを与えられたっ。燎池……やるようになったわねっ」
 やたらに大きい胸を大げさなポーズで押さえて、ショートカットの三つ編みにしたおさげを揺らしながら美来は苦しそうに顔をしかめる。すごくわざとらしいというか、痛い子というか。
 此先美来――。夜見史と同様、俺の幼なじみで、廃部寸前の3人しかいない文化活動部の3人目。そして部長にして創設者。ちなみに俺がまともに会話できる数少ない女性の一人だ。
 まぁ、見慣れているからかもしれないが、彼女は子供っぽい容姿でそんなに女性的でもないし、というかむしろ少年っぽい感じだし、胸は無駄に大きいのだがファッションにも興味ないし、というか見た目だけで言うなら夜見史の方が女性的といえる。顔の造りとかね。
 つまり俺にとって此先美来は男友達的なノリで接する事ができる女性という、ある意味特別な存在なのだ。あ、いや、俺は決してホモとかじゃないから。
「ねねね、それでさ、アンタ達さっきから面白そうな話してたみたいだけど、いったい何の話してんのよ?」
 たよんたよんと胸を揺らしながら俺達に食い寄る。美来は昔から何でも首を突っ込みたがる性格をしている好奇心旺盛で行動派なのだ。そして――。
「も、もしかしてッ……禁断のボーイズラブ的会話……っ!? ざわっ……ざわざわっ」
 そして、俗にいう腐女子である。やたらと男同士をカップリングしたがる重い病にかかっているのだ。さらに悪いことに、美来は中二病という特性も備えている。というか、俺の中二病にも見える部分は、実は美来から影響された部分もなきにしもあらず。いわば俺にとって美来は中二病師匠と言っても過言ではない。
「おいおい、やめてくれよ美来ッ。僕と燎池をそんな風に見るのはやめてっていつも言ってるだろ。僕に変なキャラ付けすんな、僕は燎池と違って健全な男子なんだぞ!」
「そうだ、俺が女を嫌うからと言って短絡的にそんな考えに結びつけるのはどうかと思うぞ」
 俺と夜見史の意見が珍しく合った。こういう時だけは合致するのだ。俺が健全な男子じゃないみたいな言い方が気になったが。
「じゃあ何の話をしていたのよ。アタシの眼鏡の奥に隠された魔眼について?」
 ……なんかもうこれ以上変な妄想を膨らませたくはなかったので仕方なく今朝のやりとりを説明することにした。かくかくしかじか。
「……ふ〜ん。な〜るへそ。男性殺しとレディ・バグの対決かぁ〜……」
 美来は腕を組んでうんうん頷いている。……なんか嫌な予感がする。
「……う〜し、分かった。んじゃ今度の新聞のネタ決定ねっ」予感的中だね。
「ね、ネタにされちゃったよ! こ……このたわけめっ! 俺はそんな勝負受けるなんて一言も言ってないぞ!」
 俺の意思は固い。そんな不毛な戦い誰がするか。俺にも守るべきプライドがある。
「なによ〜。だってアンタ達いつまで経っても学内新聞のネタになるような記事書いてくれないじゃん。このままだったら我が文化活動部は廃部なのよ? 存続の危機にあるっていうのに……まったくもう」
「文化活動部……だと? 何を言っている。ここはレディバグ団日本支部ではないのかっ?」
 てっきり文化活動部――略して文化部――は世を忍ぶ仮の姿だと思っていたのだが……。
「勝手に変な部に変更するなッ!」
 アンタの馬鹿な野望にアタシまで巻き込むなと言って、俺の頭を小突く美来。く、くそう……巻き込むなと言っておきながら、現在進行形で自分から巻き込まれようとしているくせに。
「とにかく、文句があるなら締め切り守りなさいっ。それでも嫌なら……燎池と夜見史を題材にしたBL小説に変更してもいいんだけど?」
「「やります。戦います」」
 俺と夜見史は声を合わせて即答。たとえプライドを捨てようとも、それより守らなくてはいけないもっと大事なものがある。
「分かりゃ〜いいのよ。んじゃ、さっそく今日から調査開始よ! まずはターゲットの周辺から調査するからその辺はアタシに任せて。燎池の出番はその後でっ」
 そういう感じであれよあれよと話は進んでいった。正直、不安だ。


inserted by FC2 system