女はすべて俺の敵!

第4章 愛と戦いの果てに

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
 連休初日。
 俺と丑耳の長かった戦いに決着が着く時が来た。
 俺は一足先に待ち合わせ場所の公園に来ていた。午後の太陽が燦々と世界を暖かく包む。
「そういえばこの公園……俺とリンネが初めて出会った場所だ」
 あの満月の夜に初めてリンネと出会った。そして全てが始まった。といっても、下らないラブコメもどきなんだけどな……。
 思い返せばまだあれから数週間しか経っていないのに、随分昔の事のように思えるし、かといって昨日のことのようにも思えた。
 本当に色々あったな。思い返して初めて気付いたよ……俺にとってこの日々は確かに物語だったんだと。
 本当に……不思議だよ。
 十二支リンネか……。
 俺は活気のない公園の中ほどにあるブランコに腰を降ろして、昨日のリンネと行った作戦会議の内容を思い出す。



「――つまりですね、燎池。丑耳さんの母親が水商売しているとのことですから、おそらく丑耳さんはそのテクニックを受け継いでいるのでしょう。それが彼女の魔力の正体なのです」
 ベッドの上であぐらをかきながら、リンネはびしりと言った。
「ああ、そういうことになるのかな。で、だから俺はどうすればいいのだ?」
 俺は翌日のデートに備えて、リンネと共に部屋で丑耳遙架攻略のための作戦を練っていた。
 俺はもう丑耳遙架に負けるつもりもなかったし、勝つつもりもなくなっていた。ただ、彼女の呪縛を解放させるために俺は戦うのだ。
「そうですね、燎池……じゃあ、今から丑耳さんのお家に行ってみましょうか」
「ええ!? そんな大胆な!」
 いったい何をしに行くというのだ。
「それでですね、お母様から聞き出しましょう。男を堕とす魔性のテクを」
「テ、テクを聞いてどうするの!?」
 そして、まさかそこでお母さんが出てくるなんて思いもしなかったよ!
「燎池に試すのです」
「俺に使うんだ!? もう趣旨変わってるし! 俺を堕としてどうすんだよ!」
 勝負から脱線しちゃってるよ! 何の話をしているんだ!
「冗談ですよ。燎池がいちいちツッコミするものだからつい」ついで言うな。
「ふん、悪かったな。俺はノリのいい男なのだよ……それより、リンネよ。真面目に考えろよ。明日の勝負で全てが決まるのだ」
 物語のクライマックスなのだ。少しは緊張間というものを持ってもらいたいものだ。しかしリンネは変わらない調子のまま言った。
「では真面目な意見で言わせてもらいます――丑耳さんのお家に行きましょう」
 先程と同じことを述べるリンネ。だけど今は冗談で言っているわけではないようだ。
「むう……本気か?」
「このままでは燎池は負けてしまいますよ。なにか攻略のヒントを掴まなければなりません。勝利フラグを立てないといけないのです」
 リンネはニコニコと何を考えているのか分からない笑顔をしていたが、やはり本気のようだ。
「フラグか……そうだな。確かにこのまま明日丑耳に挑んでも俺は負けるだろう。いや、俺は既に負けているのだ。逆転劇が必要なのだ」
「そうです、燎池。強制イベントですよ! 勝つためには何か大きなイベントを乗り越えないといけないのですよ!」
 リンネはフンフン息をならして興奮している様子だ。赤い瞳が燃えるように輝いている。うんうん、リンネの奴もなかなか言うようになったではないか。
「幸い丑耳は今バイト中だ。よし、なら何を迷うことがある! さあ行こうではないかリンネよッ!」
 その気になった俺は意味もなく立ち上がって手を高く挙げた。リンネは俺を憧憬のまなざしで見つめている。そうだ、リンネよ。貴様も俺のような人間を目指していけばいいのだ。存分に憧れるがいい。讃えるがいい。
「なんかさりげなく私も行くとこになってますね。ほんと、へたれなご主人様ですね」
 くぅ……俺の格好いいシーンに水をさしやがって……。
「うるさい、つべこべ言わずついてこいっ」
 俺は面倒臭がるリンネの手を引いて雨の中、以前訪れた丑耳の自宅まで向かった。

「わあ、随分古びた建物ですねえ」
 丑耳家前に到着するや否や、リンネの口から素直な感想が漏れる。
「おいおい、あまりそういう事は口にするなよ」
「ごめんなさい、燎池」
 傘をさして物陰から丑耳家を見守る男女の図。なかなかに怪しい。
「いいか、干支子よ。女は敵であってもその尊厳は認めてやらねばならん。それが高度な精神を有したレディ・バグのフェアプレー精神なのだよ。余裕を持って優雅たれ……だ」
「へー、わー燎池大人ですー。あと私はリンネですー。で、どうするんです? 燎池。このまま見張っていても何も始まりませんよぉ」
 どうでもいい感じに流されたが、リンネの言うとおりだ。むしろこのままここにいれば、バイトが終わって帰る丑耳と鉢合わせする危険がある。
「そうだな……思い切って行こうかな」
 確か丑耳の家族構成は母親と下に兄弟が3人。母親は水商売をしているのだから今は家にいるのだろうか? ええい、考えていたって埒があかない。当たって砕けろだ。
「よ……よし、行くぞ。リンネ」
 俺は意を決して丑耳家に向かって歩を進めた。リンネが後をちょこちょこ追いかける。
 そして家の扉の前に立ち、チャイムを押そうとしたその時――。
 ガチャリ、と目の前の扉が開かれて、
「あら、あなたは――?」
 現れたのは綺麗な大人の女性。化粧が濃く、服装が派手で、香水の匂いが少しきついが、丑耳遙架にどことなく似た幼い顔立ちと大きな胸から見るに……とても若く見えるが恐らく――丑耳遙架の母親だった。
「え……あ、あの」
 突然出てこられたので何と言えばいいのか思い浮かばない。まさかいきなり母親と遭遇するなんて思わなかった。俺があたふたしていると、
「あなた……支倉燎池くん、ですね」
 丑耳の母親が穏やかな口調で尋ねた。それは丑耳遙架に似た甘い声だった。
「え? な、なぜ俺の名前を」
 俺は戸惑うばかりだ。丑耳の母親は「ふ〜ん、やっぱり」と、感心しながら俺とリンネを交互に見て、説明した。
「子供達から聞いていてね、最近遙架が嬉しそうに弟や妹達に話してるそうなのよね。彼氏ができた〜って」
「は、はあ」
 彼氏ではないですとは言えなかった。
「遙架、私とはあまり口をきいてくれないから……」
 丑耳母は寂しそうな目をして自嘲気味に笑った。丑耳が男性嫌いなのは知っていたが、母親とも不仲だったのか? そんな事はないはずだと思うのだが……。
 どこか儚げな印象のある丑耳母は、それでも力強く俺の目を見て言った。
「燎池くん、あなたに頼みがあるの……あの子のことについて」
 頼み。俺が頼みを。なんでだよ……俺は丑耳遙架を倒すために来たのだ。どうなっているんだよ。
「聞いて――あの子の心の闇を。私の罪を」
 俺は、丑耳遙架の母親から全てを聞き出した。丑耳遙架の背景を。そして彼女の根源を。



「――そろそろ約束の時間だな」
 物思いに回想に耽っていた俺は頭を振り払い、携帯電話を開き時間を確認する。待ち合わせ時間の5分前だった。
 昨日の雨とはうって変わって、連休初日の今日の天気は雲一つない快晴だ。まさにデート日和。デートの秋。俺は携帯電話をポケットにしまった。
 その時――。
「お待たせ、燎池くん」
 穏やかで優しく甘い声。すっかり俺の日常で流れるようになった声。
 俺は何も言わず、体全体を声のする方向に向ける。
 俺の対戦相手にして、男狩り。男性殺し。マン・イーター。
「じゃあ始めよっか、デート」
 丑耳遙架の登場だった。
「ああ、男と女の――戦いを始めようか」
 そして俺達のラストバトルだ。


inserted by FC2 system